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ガルーダ・シンフォニア


プロローグ『揺り籠』


 私は待っていた。揺り籠の中で孤独とともに。ただひたすら喚び起されるのを待っていた。誰もいない。何も聞こえない。どれだけの時間が経ったのかを知る由もない。長い長い時間旅行。夢か現かすらも定かではない。だが、幸い私は待つことが嫌いではなかった。完全なる静寂の中でゆっくりと思考していくことに不満はなかった。次の『世界』はどんなところなのだろう。明るいところ。暗いところ。平和なところ。殺伐としたところ。想像するだけでもワクワクする。妄想も膨らんでいく。そして『世界』は私の期待を裏切らない。いつだって想像を超えた景色を見せてくれる。それを見ることの喜びは、私の時間旅行に彩りを与えるには十分な要素だった。

 私は待っていた。ただひたすらに待っていた。覚醒は、私が私自身を知ることのできるただ一つの方法だった。次の覚醒を楽しみに、静寂の中で時は進んでいく。さあ、私の名を呼んでくれ。準備はとうにできている。






1章『ガルーダ』


 私は自分の名前を知らない。正確にはどれが自分の名前なのか分からない。いつの覚醒でも、どの時代でも私の呼び方は統一されていなかった。本当は私に名など無いのかもしれない。その『世界』の人間たちが口にする私の名前は常に異なっていたし、呼び名に統一性や法則も見当たらなかった。これまでにいくつの名前を呼ばれたか覚えていないが、その一つ一つが私の冒険の証であった。全ての呼称に愛着があった。中でも気に入っているのは最初につけられた名前だった。


 最初の覚醒のとき私の眼の前にいたのは、下半身に最小限の衣を巻きつけただけの小汚い老人だった。見るからに不潔なその出で立ちは衝撃だったが、その身体は年齢不相応な程に肉付きが良く、この場所での生活の苦労を伺わせるような印象だった。

 老人は私の姿を見た途端、目を見開いて尻餅をついた。彼は震える声で周囲に呼びかけた。

「みんな来い!はやく!大変だ!大変なことが起こったぞ!」

 大変なこと、が私に纏わる事であるのは明白だったが、私との邂逅が腰を抜かす程の大事であると思ったらなんだか可笑しくなった。しばらくすると私の目前には数十人の屈強な身体つきの男たちが並んでいた。私を取り囲んだ彼らは、感嘆の息を漏らしながら両手を地面につけて仰ぎだした。

「ガルーダ様。我らが神よ。どうかお目覚めください。そして願わくば我らにお導きをお与えください。」

 先ほどの老人の言葉に続く形で周りの者たちも同じ文言を唱え始めた。

 ガルーダ。この老人はそのように呼んだ。なるほど、私の名はガルーダというのか。はっきり言ってピンとは来なかったが、それでも嬉しかった。名が呼ばれることの喜びを知った瞬間だった。

 彼らが持ち込んだ松明の光によって、ようやく私のいる場所が何処なのか明確になった。どうやら洞窟のような岩壁の中で眠っていたらしい。周囲に瓦礫が散乱しているところを見ると、彼らが掘り起こしたようであった。何か別のものを探すために岩壁を掘っていたら私が見つかったのかもしれない。だがおかげで私は光の中に目覚める事ができた。これは偶然なのか、或いは運命のように必然なのかは分からない。どちらにせよ彼らの力が無ければ覚醒することはなかったのだ。今はただ感謝しよう。

 ひとしきり拝んだ後、仰々しい儀式のようなものを執り行い、様々な供物を並べ出した。その時点ではまだ私の身体の全体像までは見えていなかったのだろう、一斉に周囲の瓦礫を剥ぎ始めた。私を覆う岩壁に重めの石を何度となくぶつけて破砕しようとしていたが、そのペースでは私の足元が見えてくるのにあと数日はかかるだろうと溜め息が漏れた。私は悩んだ末、自らの力でここを出る事を決意した。体を動かすのなんていつ以来なのだろう。数年?数十年?もっと長いのかもしれないし、或いは初めてなのかもしれない。記憶すら定かではないのに、不思議と身体を動かす事に抵抗はなかった。

 ウォンーーとどこかで音が鳴った気がした。腕も足も岩壁に囲まれていた。私は思い切って両手両足を適当に動かしてみた。するとどうだろう。彼らが幾度となく意思をぶつけ長い時間をかけて取り除いていた岩壁は、いとも簡単に砕け散った。私自身にはなんの抵抗も感じなかった。どうやら私は力持ちのようだ。

 彼らからすれば衝撃の光景だったに違いない。分厚い岩壁が突然爆発した様に見えただろう。土埃とともに歩き出した私を見て、悲鳴を上げるものもいれば蹲って祈りを捧げるものもいた。私は彼らが入ってきたであろう入り口に向かって歩き出した。おそらく久方振りの歩行であるはずだが、違和感も疲労感もなく足は動いた。私は歩き続けた。出口はそう遠くなかった。暗がりの洞窟に光が差し込んできていた。そして、眩い光とともに私は外に出た。光が私の両の眼に突き刺さる。あまりの光に目が眩んだ。

 やがて目が慣れてくるとそこには広大な草原が広がっていた。数キロ先に集落の様なものが見えた。森林の近くでは大型の獣を狩る人々の姿が見えた。狩りの道具は木製の槍や石器の様なものであった。なるほど、このような生活を送る上で身体が屈強になっていたのかと合点がいった。この『世界』において狩りを行う事が生活に直結しているのだ。なるほどと思う反面、何故か違和感を感じている自分に気付いた。違和感の正体は分からないが、これが私の根源を知る上で重要な鍵であるような気がしてならなかった。

 私はゆっくりと歩を進めた。草の感触が足に心地良かった。見ると足元には色とりどりの花が咲いていた。踏み潰さないように注意深く歩く。遠くで鳥の群れが飛び交っている。私は自然の雄大さに心打たれていた。名状し難い感情が沸き起こった。初見ならではの感動なのか。或いは久方振りに見たことによる懐かしさなのか。

 先程まで岩盤を掘り進めていた人々が再び私の周りに集まってきた。彼らはそれぞれが様々な供物を持ち寄り、口々に私を崇める言葉を発した。私は歩くのを止め、その場に腰を下ろした。すると最初に私を発見した男が私の前で手を合わせた。

「ガルーダ様。どうか私達をお救い下さい。私達は今、未曾有の危機に瀕しております。私達の集落には30人程しか民がおりません。働ける者はここにいる者が全てです。あとは女子供と老人が僅かばかり暮らしているだけです。以前は今とは比べ物にならないほどの民がおりましたが、そのほとんどが殺されたのです。あの森の向こうに住まう、ベイル族という連中によって。奴らは私達が食料を確保できた頃を見計らって襲ってきます。そして次に襲撃されたとき、きっと私達は滅びるでしょう。ベイル族は強く、そして狡猾です。やれる事は全てやって参りましたが、もう限界です。ですから、どうかガルーダ様の御力をお貸しください。願わくば奴らを立ち退かせ私達に平和な暮らしをお戻し下さい。どうかお願い致します。どうか…」

 それは悲痛な叫びだった。私はただ黙って聴いていた。頷きもせず聞き流しもせず。そして私は思い出す。決して忘れてはならない使命を。それは記憶のほんの断片かもしれないが、確かに思い出した。私は願いを聞き入れる器であったのだ。永い時間旅行を経てこの瞬間この場所に存在する理由は明白であった。目の前の者の願いを聞き入れそして叶える。それが私の使命の、少なくとも一つである。だから私はこの者達の願いを叶えることにした。ウォンーーとまたどこかで音が鳴った気がした。

 案内されて着いたのは、供述通り活気の無い集落だった。大人も子供も老人もみな揃って目に生気が感じられなかった。縁起でもないが、これから滅びゆく運命が色濃く映し出されているようだった。例によって私の周りにありったけの供物が並べられた。それらには一切手を付けなかったが、この行為自体が彼らの切迫した心情を反映しているようで、それだけで価値のある高貴な物に見えた。あたりはすっかり陽も落ち、数本の松明の炎だけがこの集落を照らす心許ない光であった。みな寄り添っていた。この夜を越す事を、この闇から逃れる事を、ただそれだけを考えているようだった。これまでも彼らがこうして夜の闇に怯えながら過ごしてきたのだと考えると、無性に遣る瀬無かった。

 安心せよ、其方らの願いは聞き届けたーーそう心で語りかけた。

 それは民が寝静まった深夜に起こった。集落の周りのあちこちから火の手が上がり始めた。なるほど、ベイル族とやらはもうこの者達に僅かばかりの情けすらもかけるつもりがないのか。奪えるものは全て奪ったので、面倒が起こらないよう焼き討ちにて終わらせる気なのだ。残酷だ、と思った。ウォンーーと音が鳴る。私が立ち上がったことで周りにいた民達が起き出した。自分達を取り囲む火の手に気付き、場が騒然とし始めた。悲鳴が上がる。子供は親にしがみ付き、大人は狼狽える。始めの男が私に近付いた。

「奴らです。ベイルがやって来ました。もうここは終わりです。ガルーダ様、我らが神よ。どうか貴方様の奇跡をお示し下さい。願わくば私達にかつての平和を…」

 ゴバッという音と共に背中から白く大きな翼が生え出た。民達の驚いた顔が松明の炎によって照らし出される。これも彼らの言うところの奇跡なのだろう。翼の生えた私は彼らの思い描く神としてのイメージに近付いたのかもしれない。翼を羽ばたかせ私の身体は一気に空へと舞い上がった。あっという間に民の姿が小さくなった。不思議な感覚だった。私は飛び方を知っている。飛ぶ事の心地よさを知っている。

 夜の闇の中で私は眼下の状況を把握した。およそ200人近い人間が武器を携えて燃え盛る集落を取り囲んでいた。火を放つだけでなく、逃げ道すらも与えないのか。私は怒りを覚えた。私の右腕が手の形から砲身へと変化していく。体内のエネルギーが右腕に集中していくのを感じた。ベイル族の戦士に狙いをつけて、エネルギーを溜め込んだ砲身は無数の光を放った。夜の空から地上へと光の雨が降り注いだ。ズズズン…と轟音が響き渡った。ベイル族の民は何が起きたのか知る由も無かっただろう。空が光ったと思った次の瞬間には命を落としているのだ。『これ』はそういう兵器であった。僅か数秒の間に集落を取り囲んでいたベイル族は壊滅した。この世界においてこの火力は理解の範疇を超えているに違いない。

 故に神と呼ばれるのか。私は使命を思い出す。翼を羽ばたかせ夜の空を飛び、森の向こうにあるベイル族の集落に向かった。歩けばどれくらいかかるのか分からないが、私の飛行能力を以って数秒のうちに目的地上空に到着した。先程の集落とはまるで異なる活気に溢れた大規模な集落だった。だがこの生活の潤いが彼らの犠牲の上で成り立っているのだと思うとまた怒りが込み上げてきた。砲身にエネルギーを溜める。生体反応をサーチし、照準を絞った。地上に本日2度目となる光の雨が降り注いだ。圧倒的な火力を前に、悲鳴の一つすらも聞こえなかった。数秒前まで存在していた数百の命がたった一度の攻撃によって滅びた。これにて使命は全うされた。彼らには恒久の平和が約束されたのだ。

 私は思い出した。かつても私はこの様に命を奪っていた。争いあるところに召喚される。そして争いを終わらせるべく火力を注ぐ。これまで幾人の命を奪ってきたかは分からない。誰によって作られたのかも記憶にない。名前すらも思い出せない。だが根源は思い出した。私は「破滅』を司る。

 さあ眠ろう。またどこかで誰かが私を呼び起こすその時まで。さらば『世界』。願わくば私を必要としない平和な世であらん事を。






2章『ゴリアテ』


 深い深い眠りだった。意識が朦朧とする中でまず気付いたことと言えば、私の身体が揺れていることだった。『時間という名の揺籠』といった比喩的なものではなく、実際に身体は揺られていた。ゴトゴトと音がした。もしかしたらどこかに移送しているところなのかもしれない。私は決して軽くはないだろうに、よく運ぼうなどと思い付いたものだ。それだけの技術があるのだとしたら、それはまた興味深いことではある。何某かの荷台に寝かされる格好での移動中のようだった。別段窮屈という訳ではなかったが、恐らく久方振りになるであろう体動を試み、ようやく私は自分の身体が拘束されていることに気が付いた。粗く頑強な鎖の様だ。なるほど、この『世界』における私の発見者は、拘束し別の場所にて管理するつもりなのか。それはある程度の技術があれば誰でも考え得る事なのかもしれない。私は、この乱暴な扱いに身を委ねる事もまた一興と抵抗はしなかった。

 外は異様に騒がしかった。至る所で怒号やら轟音やらが鳴り響き、しばしば悲鳴や歓声が混じるのも聞こえた。これは"戦"に違いない。音から察するに銃火器が使用されているのは明らかだった。ドンッとすぐ近くで爆発が起きた。かなり物騒な場所らしい事だけは理解できた。私を積んだ何某かが突然停まり、揺れは収まった。外から声が聞こえる。

「隊長、ただいま帰還致しました。こちらが例の『遺跡の守護者』であります。」

「よくやった。早速だが出してみろ。」

「先述の通り、動くのか否かも、敵か味方かも判明しておりません。十分に警戒しつつ事にあたるのが得策かと。」

「小難しい事を抜かすな。状況を考えろ。この戦況、もはや神や悪魔にでも縋らねば打開できん。少しでも戦局が変わるのであれば俺は何にだって懇願するつもりだ。さあ、はやく拝ませてくれ。」

「申し訳ございません。要らぬ忠告にございました。ではお前達、扉を開けて中の物を出せ。」

 ギシギシと音を立てて扉が開いた。中に光が差し込んできた。眩しいが気分の高揚も感じた。

 細かい車輪の様なもので私を乗せた荷台ごと動かしているようだ。相当重いのだろう。ゆっくりと私の身体は外界へと搬出された。鎖で拘束されたままの状態で地面に寝かされた格好になった。

「なんと。これは鎧か?見た事もない材質だな。これの名はなんという?」

「部下達が『ゴリアテ』と名付けておりました。」

「ゴリアテ、か。北欧の戦神の名だな。確かにこの姿は神の使いか、或いは神そのものを彷彿とさせる出で立ちだ。よろしい。」

 この『世界』での呼び名はゴリアテらしい。戦神と言っていた。そんな大層なものではないのだが、この価値観に関しては民の主観に依るところが大きいため従う他ない。隊長と呼ばれた男は私の傍らに跪いた。

「目覚めよゴリアテ。もしも俺の声が聞こえているのなら応えてくれ。お前が神でも悪魔でも俺はお前に頼るしかないんだ。頼む。」

 ウォンーーと音が鳴った。拘束していた鎖は少し腕を動かしただけで簡単に砕けた。私はその場で立ち上がった。私が突然動き出した事で辺りが騒がしくなった。目の前の隊長とやらは呆然としている。その後ろに控えているのが先程私を紹介していた部下の男だろう。皆、言葉を失っていた。私は意図が伝わりやすい様に身体を隊長の方へと向けた。そしてゆっくりと見下ろす。

「…まさか、本当に動くとは。ゴリアテよ、お前がどういう存在なのかはこの際どうだっていい。俺の願いは一つだ。リリバキアの、この国の奴らを殺してくれ。これは俺たち革命軍だけの願いじゃない。この国土に住まう民の総意でもある。もうこの国は俺たちの事を虫けら同然にしか考えてない。最初は沢山いた革命軍の連中も気付けば俺たちだけになっちまった。どっちみち俺はここで死ぬ。ならば俺の魂、お前に売り払っても構わん。それで願いを叶えてくれるっていうんなら安いもんだ。だから頼むゴリアテ。奴らに神罰を、鉄槌を喰らわせてくれ。神頼みだなんて戦士として情けない事この上ないが、もうこれが最後の手段なんだ。お願いだ。お願いします。死んでいった奴らの無念を…」

「隊長!危ない!!」

 ヒュルルと音が近付いてくると思った直後、凄まじい規模の爆発が起きた。私の周りにいた人間を根刮ぎ吹き飛ばし、地形を変えながら火薬は爆ぜた。凄まじい轟音だった。硝煙が風で吹き流されてから現れたのは、変わり果てた光景だった。先程まで存在したものは何もかも吹き飛ばされ、私の周囲に命の鼓動は聴こえなかった。城門からの砲撃と見て間違いなさそうだった。私に願いを伝えた彼らは一人残らず絶命してしまった。そこには死体の欠片すら残ってはいなかった。

 安心して眠るがいい、 其方らの願いは聞き届けたーーそう心で語りかけた。

 白き大翼を広げ、空へと飛び立つ。夕焼けが私の身体を朱く染め上げる。眼下には広大な国が拡がっていた。国の名はリリバキアと言ったか。中心地に巨大な城が聳え立つ。この国で暮らす民のほとんどが、城壁の外で起きていた命のやり取りに関心すら示していない様だった。革命軍と名乗っていた彼らが当初何人いたのかは知らないが、命を賭して、そして命を落としてまで挑んだ戦争ですらこの国の民の心を揺らす事はできなかったのか。彼らの無念が、怒りとなって湧き上がってきた。ウォンーーという音と共に私の両腕は砲身へと形を変えた。足の付け根から新たな砲身が出現した。生体反応のサーチを開始する。リリバキアにはおよそ50万人が住んでいるらしい。だがこれらの命が快適な生活を送れているのは壁の向こうの数多の犠牲があって成り立っているのだという事を誰も知らないのだ。あの男は神罰と言っていた。なるほど、私が仮に神或いはそれに類する存在だとしたら、これから行う事は神罰と呼ぶに相応しいのかもしれない。

 私はゆっくりと砲身を目標に合わせ、エネルギーをチャージ、放出した。夥しい数の光の粒が夕焼け空の下、拡散していった。各地で崩壊の音が聞こえた。光の雨は国土全体を覆い尽くす様に降り注いだ。その攻撃は敢えて中心地にある城には加えなかった。城には別の攻撃手段が有効であると判断したためである。砲身をたたみ、再び右腕を翳した。右腕の装甲が縦に裂け、大きく開いた。中から6本の巨大な爪の様なアタッチメントが現れた。それらの先端にエネルギーがチャージされる。やがてそれらの6つのエネルギー塊は目の前の空間に集約され、1つの高濃度のエネルギー弾が出来上がった。私はその弾を城にめがけて放出した。人間の目には捉えられない速度で目標に到達し、音も無く爆散した。直径数キロにも及ぶ範囲で対消滅を起こし、城だけでなくこの国土の一部も道連れに跡形もなく滅ぼした。この兵器を使用する事に不慣れだったこともあり、効果範囲を限定することが上手く出来なかった。

 まあいい。これにて彼の者達の悲願は成就出来たのだから。さあまた永い眠りにつく事にしよう。いつ訪れるか見当もつかないが、ただひたすらに覚醒を待とう。そういえばまた一つ思い出した。かつて、翼を広げた私の姿を見た者が言ったこと。その者は私の事をこう形容していた。

『滅びの天使』。

 的を射た字名だと思った。しかし可笑しな話だ。私の最初の記憶はガルーダと呼ばれたあの時の筈なのに、呼び起こされる記憶は実感の湧かないものばかりではないか。摩訶不思議ではあるが、その謎を解明する術を私は持たない。ならば眠ろう。次に光を浴びるその時まで。

 さらば『世界』。

 私は眼下の大陸全てを覆う程の光を放った。






3章『カムイ』


「カムイ、起動せよ。」

 初めに聞こえてきた声はそれだった。その声以外に音は聴こえなかった。だが無音という訳でもなかった。どうやら私は水の中にいるらしい。身体の周りを水が流れるコポコポという音だけは微かに聴こえていた。

 ーー静かだ。狭くもなく息苦しくもなく煩わしさも感じない。ここは何処なのだろう。永い永い夢の続きなのか、或いは寝惚けているだけなのか。まどろみの中で奇妙な感覚に包まれていた。

「カムイ、応答せよ。出撃命令だ。覚醒の時が来た。目醒めよ。」

 声の主の姿は見えないが、この声は耳でなく脳に直接響いているようだった。この感じ、ひどく懐かしい。

『code:δ-G5119からcode:δ-G5330まで入力完了しました。リミッター解除済みです。いつでも出撃出来ます。』

「了解。あとはカムイが覚醒するのを待つだけだ。我々が出来ることは全てやった。ここからはもう祈るしかない。科学者が神頼みだなんて矛盾が過ぎるな。」

 この声は私に対してではなく別の誰かに向けたものの様だった。聞き覚えはない筈なのに、耳に心地よい喋り方だった。

『局長、再度避難命令の打診が来ております。ここも長くは持ちません。どうか避難の準備を。』

「分かっている。だが私はここに残る。カムイを置いて逃げる事など出来ん。」

『しかし局長!カムイは起動するかどうかも分からないんですよ?そもそも何の兵器なのかも判明していないじゃないですか。旧時代の遺物として発掘されて早22年。構造から機能に至るまで全く解明できてないんですよ。たしかに、局長の仰る通りデータ上生体反応は示していたかもしれません。でも何度呼びかけたってカムイは起動しなかった。反応のない兵器なんて、ただのガラクタに過ぎません。局長、どうかお考え直し下さい。我々と共に退避しましょう。』

「トウマくん、君の言い分はもっともだ。私自身にも同じ認識は当然ある。ただ、私は科学者なんだ。目の前にこんな面白い研究対象が存在するのに、自分の命惜しさに捨てて逃げる様な真似は出来ない。だから君達は逃げてくれ。私はここに残りカムイと運命を共にする。覚悟はとうに決まっているんだ。私の最期の我が儘だと思って言う通りにしてくれ。」

『…局長。分かりました。局長が頑固なのは今に始まった事ではないですもんね。では我々は退避します。局長、どうかこの研究を完遂して下さい。エトー研究班の一員でいれたこと、誇りに思います。』

「うむ。心遣い痛み入る。君達と共に為した全ての研究が、これから先の未来に活かされることを祈る。こんな私について来てくれたこと、心から感謝している。ありがとう。生き延びて、いつの日かこれらの痕跡を見つけ出してくれ給え。では、然らばだ。」

『…耐火耐震ハッチ封、外界からの凡ゆるアクセスを遮断します。通信遮断。これにて…』

 もう一つの声は聞こえなくなった。今の会話から察するに、近くで避難を要するレベルのトラブルが起きているらしい。この場所は、研究室と言ったか。声の主たちは研究員であり、私は研究対象のようだ。科学的に私を究明しようと試みる程度の文明は有しているのか。時代背景や科学の進歩のレベルは存じないが、私のことを研究したというならばその見解を是非とも聞いてみたいと思った。

「…カムイよ。やはり反応してはくれないのか。カムイ、旧時代の遺物よ。お前はどこから来たのだ。いつの時代に生まれたのだ。外殻の構造も内部のエネルギー反応も、どれもこの時代の科学では到底説明がつかん。22年前に南極の氷河地帯でお前が発見されたとき、私はまだ若造だった。あの日のことは今でも忘れられない。調査隊が運んできた輸送船の中でお前に出会ったとき、私の科学者としての人生が始まったのだ。なんと神々しく、なんと不吉な外観なのかと、胸を躍らせた。それからの日々は忙しなかった。あらゆる技術でお前を解明しようと、世界中から科学者が私の研究チームに参加してくれた。おかげで今やこのチームは世界随一の科学力を誇るまでに成長した。しかしそれでも、膨大な時間と労力をかけても尚、お前の事を究明するには至らなかった。核反応まで持ち出したにも拘らず外殻と骨格に微塵も影響を与えることは出来なかったことは、世界に多大なる恐怖と興奮を齎らした。そして、それ止まりだ。人生を賭して究明に明け暮れたが終ぞお前の実態を掴むことは叶わなかった。この時代の知識と技術の全てを集めたとて1%も解明できない程の科学力。遥か遠い宇宙か、或いは別の世界線か、人々が揶揄するように本当に神が遣わした存在なのか。私には知る術がない。」

 突如、轟音が鳴り響いた。ゴゴゴ、という地鳴りとともに部屋全体が大きく揺れ動いた。そこかしこで計器や器具の壊れる音がした。

「もう、限界か。なあカムイ、この世界はな、とても愚かな選択をしてしまったんだよ。私の研究チームの有する科学技術は、世界から見たら脅威なんだそうだ。研究の成果が世界中で兵器として悪用され、もはや世界は元に戻れないところまで堕ちてしまった。この数年間、戦争に次ぐ戦争で世界の人口は全盛期の1割以下になった。もうまもなく、この星は終焉を迎える。私たちはただ、世の為人の為にと研究に励んだというのに。本当に愚かだよ、人間という生き物は。カムイ、最期にお前と過ごせて良かった。お前の方がずっと年上だろうが、私にとっては息子のようなものだ。動く姿、見たかったなあ。願わくば、声を聞かせておくれ。そして、叶うならばこの世界を眠らせてあげてくれ。私はもう、人々が苦しむところを見たくない。どうか、いつかの平和な世界に。」

 ウォンーーと音が鳴った。接続されたケーブルからエネルギーが逆流する。研究室内に新たな警報が鳴り出した。

「…なんだ!?高エネルギー反応?カムイの内部から検出されている。まさか、今?ここで?これまで何をしても無反応だったカムイが何故急に起動を?いや、待て。そもそもここまで長い間放置されてきた機械にエネルギーを産生することが可能なのか?今まさに人生が終わろうというときに起動するとは!カムイ!」

 キィイイイイ、と高周波の鳴動が始まった。あらゆる元素もエネルギーに変換する半永久機関を有するこの機体は、例え宇宙空間であれ容易に起動できる。時間の概念など関係なく、合金パトリウムで作られた外殻と骨格は劣化することはない。この世界の兵器の威力はそこそこの進化を遂げたようであるが、核反応如きではこの機体に傷一つつけることは叶わない。目の前の声の主の話を聞いているうちに、また少し記憶が蘇った。私のこの体は機械に包まれている。本来これは兵器ではない。生命維持と移動こそが主たる機能である。搭載された武力は私の故郷では自警程度の意味合いしかなかった。私は、宇宙の遥か彼方からこの星にやってきた移民である。家族もなく、仲間もいない。この星の民は私のことを色々な名前で呼ぶ。また一つ、思い出した。いつかの呼び名。それは偶然にもこの時代の呼び名と同じものだった。神機『神威』。

 私は大きく腕を開き、水槽を粉砕した。水槽内の液体が一気に部屋の床に流れ出た。瞬く間に研究室が水浸しになった。私はゆっくりと水槽の外へと歩み出た。目の前に綺麗な白髪の男が立っていた。その男からは知性と誇りを感じた。

「…カムイ。いや、本当の名はなんだ?話すことはできるのか?…ダメだ。素人のような質問しか浮かばない。この崩壊の危機に、目の前の存在に感動している自分がいる。お前は…いや、あなたは、神の使いなのですか?」

 神の使い。そう呼ばれた時代もあった。残念だが私はそんな大層なものではなく、人の手によって造られた機械なのだ。だが、そんなことを打ち明けて何になるのだろう。この男はそんな答えを望んでいるのだろうか。否。この人間は救いを求めていた。この世界を救う為に命を賭していた。ならばその願いを叶えよう。愚かな世界を終わらせよう。

「…安心せよ、其方の願いは聞き届けた。」

 この星の、この時代の言語で私はそう伝えた。

「は、話すことが出来たのか。お前はそういう声だったんだね、カムイ。願いを叶えてくれるのかい?私のようなちっぽけな人間の願いを。ならば、報われた。私はもう、悔いはない。カムイ、ありがとう。」

 ボッ、と翼が出現した。外郭の周囲を無数の光子が覆った。部屋に光が交錯する。男は眩しさで目が眩んだ様子だった。再びキィイイイイと高周波の音が鳴り出した。室内の凡ゆる電子機器が炸裂した。すでに天井は崩壊を始めていた。大小様々な瓦礫が頭上に降り注いだ。だが、当たることはなかった。光子に触れた瓦礫は音も無く霧散し、男の身が潰されることはなかった。

 私は天井に向けて右腕の砲身を翳した。ガオン、と一瞬光り輝き、頭上の一切は消滅した。人間よ、死に場所は自分で決めると良い。私は天に向かって高速で羽ばたき、地下施設から離脱した。成層圏に差し掛かる手前で足元に目をやると、地上はまさに火の海に包まれていた。大陸の見える範囲のほとんどは真っ赤に燃え上がり、黒煙が空の大部分を埋め尽くしていた。このような景色は決して珍しくはない。行き過ぎた科学の進歩や国政は破滅と崩壊を招く。これが世界の理。人間の愚かさは、時代や星が違えど、何も変わらない。綻びを止める術はない。恒久平和を願うのは世界のほんの一握りだけで、それ以外の民は利己的で邪な側面を必ず有する。兵士たちの耳に小さき民の声は届かない。いつの世もそれが真理だった。

 私は『破滅』を司る。世の終わりに姿を顕し、生命を摘み取る裁きの権化。身体を取り巻く光子は数を増し、徐々に範囲を拡大していった。やがて光子一つ一つがエネルギーを高め、その体積を増す。下界からは黒煙によってこの高度の状況を知る術はないが、既に大陸の範囲と等しい規模に光子の一群は拡散していた。ふと、先程の男の顔が浮かんだ。苦しむことなかれ。機体が飛行を再開すると、光子の全てが地上に降り注いだ。爆音も悲鳴も私の耳には届かなかった。太陽表面のプロミネンスのように地上はしばらく光り輝き、やがて静寂とともに光は失われていった。これは古より私が齎らし、見てきた光景。大陸から大陸へ超高度を飛行し、破壊のオーバードライブを繰り返す。光子が降り注ぐ度、地上からは生物の鼓動が消えてゆく。文明も自然も思想も何もかも、瞬く間に消えてゆく。世界が静まり返る。全てがリセットされた惑星には何が残るのか。答えは、無だ。形あるものは悉く消え去り、大地と海だけが取り残される。

 さあ世界よ、再び眠るがよい。そして、膨大な時間の中で再び立ち上がれ。

 一つの時代が終わり、そして新たな時代の幕が開けた。






第四章『ミライ』


 機体の全機能を発動させたことで記憶媒体が活動を再開し、私は全てを思い出した。私には故郷があった。この惑星からは観測できないほど遠くの銀河にその星は存在した。限りなく豊かな星だった。自然と科学が共存し、人々もまた平和を愛する穏やかな種族だった。

 私は科学者だった。本名はミラ・イ・カルロ。生命の根源を探究し、半永久機関を搭載した生命維持装置を開発した。その功績を称えられ、装置の名は『ミライ』と名付けられた。科学技術の全てを結集して完成したミライは、未だ量産には至らなかった。移動も自衛も可能なその機体は、その星の全ての人間に配布され、より効率的な生活を送ることになるはずだった。

 どれほど平和に見えても集団の中には綻びが生じる。野心を持つものが現れる。その反乱分子はミライを独占しようと考えた。ミライの本来の性能ではなく、兵器としての側面に着目したのだ。ミライ開発から程なくして暴動が起き、やがて戦争が始まった。戦の火は鎮まることなく星全域に拡大し、瞬く間に滅びの道を辿ることになる。豊かだった大地は荒廃し、平和は二度と還らなかった。

 終焉は予想よりもずっと早く訪れた。革命と称する戦闘行為の果てに、人類は禁断の方策に手を染めてしまう。フォース・ブースターと呼ばれるその装置は、この惑星自体を巨大な輸送機するという壮大な夢を元に作られた。地殻に根付く山脈を基盤にして、フォース・ブースターは建造された。言うなれば世界最大のエンジンであった。地殻のエネルギーを推進力へと変換し、惑星そのものを移動させる構想。動力を核とするだけに莫大なエネルギーを得ることができる。ほんの一握りの間違った思想の集団が、自分たち以外の人類を根絶やしにするためだけにフォース・ブースターを起動させ、結果は失敗に終わった。制御し切れなくなったエネルギーはそのまま地殻に流れ込み、惑星は内部から破壊された。大地が唸り、裂け、そして沈んだ。星が崩壊する音がそこら中に反響し、人類は生き延びることを諦めた。そこにはもう希望はなかった。

 滅びゆく時間の中で、私は声を聞いた。

『どうか平和を。安らかな時を。いつかきっと。』

 それは今にして思えば混乱の中で生じた幻聴の類かもしれない。しかし、私にはそうは思えなかった。崩れゆくこの惑星の、最期の願いだと信じずにはいられなかった。そうか、これが使命か。私は本能の赴くままにミライを起動した。先のことなど考える時間は用意されていなかった。ミライは背中に白い翼状の外骨格を広げ、先端からエアロ・ブラストと呼ばれる衝撃波のようなものを発生させて空高く舞い上がった。瞬く間に大地は遠ざかり、時を待たずして惑星は吹き飛んだ。その爆発の勢いもあり、ミライと私は宇宙空間に投げ出された。目的地も分からぬまま機体は一定速度で宇宙を突き進んだ。しかし、軌道修正はしなかった。星の声を聞いたときそれを運命と受け入れたように、星の爆発で投げ出されて飛行するこの状況を自分の意志で変えたくはなかった。星の思うままに。こうして私の永遠とも思えた時間旅行が始まった。

 ミライは一定の速度で飛び続けた。話し相手も刺激もない宇宙の暗闇は私に思考の時間を与えた。時間は膨大にあった。微睡の中で、私は星の声を思い返していた。恒久の平和とは、果たして実現するのだろうか。そしてそれは人為的に起こせるのだろうか。たった一人の心の闇はやがて大勢の心を蝕むことになる。争いは争いを呼び、山火事のように燃え広がり、さらに大きな争いへと発展する。人と人との関わりが軋轢を生む機会となるならば、その関わりを人でない存在が断てば良いのではないか。人間同士の戦争を同じ人間が止めることはできなかった。しかし、人類以外の神羅万象であればそこに介入することができる。あまりにも大規模な災害を人は神や天使といった偶像に仕立て上げることでそこに救いを求めるのだ。愚かな人類を正しい道に導くには、私自身が神になる他ない。星は争いを好まず平和を望むが、人類を裁くことはなかった。ならばこそ、このミライを以って私が裁きを下そう。生命をいくつ奪おうとも、文明の滅びを何度経験しようとも、次なる時代に希望を託して私は神になろう。その所業が神と呼ばれるか、或いは悪魔と呼ばれるかは分からない。私はあのとき死んだのだ。故郷の星の崩壊とともに私の身体は朽ち果てたのだ。ここにあるのは星の意志。誰のことも救えずに一人故郷を棄てた薄情者への終わることのない罰である。気が遠くなるほど長い飛行を経て、ミライはこの星へと辿り着いた。この星の名は、故郷と同じ『地球』としよう。青く輝くこの惑星は驚くほど故郷に似ていた。この星には様々な生物が存在する。

 さあ、創造を始めよう。破壊と再生の果てに理想の世界を作ってみせよう。

 願わくば、争いや諍いのない平和な世界になりますように。






エピローグ『揺り籠』


 言葉というのは不思議なもので、時代や惑星が違えど同音同義のものが存在する。遥か昔、私の故郷でこの機体にはミライという名前が付けられた。しかしそれとは別にもう一つ、愛称でも親しまれた。それはさながら生まれたての赤ん坊を守る器のように、強く温かい防護システムになるようにと願いを込めて、揺り籠を意味する名前を与えられた。私の故郷の言語で揺り籠と称されたこの機体は、奇しくもこの星においても同じ呼称で名付けられた。

 その名は『ガルーダ』。揺り籠の中で私は眠る。


初めて書いた物語です。

誰かの目に留まりますように。

忌憚なき意見お待ちしています。

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