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美人のいる部活  作者: 魚之眼 ムニエル
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会いたくなかった。YES、君に

 いくつもの曲がり角、直線と階段を経て尚目的地は遠いらしい。来て一ヶ月というのに、周りは既に見慣れないもので埋め尽くされていた。

 入学してから校長か誰かの話で聞いたことだが、この学校は少し面倒な形をしている。少し前に一度新しい校舎を増築したらしく、比較的新しい校舎にくっつくように古ぼけた小さめな旧校舎が残った。

 俺達の教室は新校舎の方にあるが、一部の先生達の研究室や資料映像を見るための情報室などは旧校舎に残っているらしい。


 どうやら先生の案内したい場所はこの旧校舎にあるらしいが、その旧校舎に行くためには必ず一階に降りなければいけなかった。増築するときに少しは考えなかったのだろうか。


「ここだ」


 唐突に先生は立ち止まる。目的地についたようだ。指し示された部屋の中からは少し光が漏れていて、人の存在を感じさせる。

 窓には曇り加工が施されていて中の様子は伺えず、変色した枠が歴史を感じさせた。何の部屋なのだろうと視線を上に向けるが、本来部屋の名前がある筈の場所には何も掛けられていなかった。


「今更ですけど、ここに何があるんですか」

「入ればわかる」


 何処か不穏な気配を感じて先生に確認を取るが、上手くはぐらかされてしまう。怪しい。物事ははっきり言うタイプの人だと思っていたのだが、どうにも歯切れが悪い。


「まぁ、来て一ヶ月経つとはいえ、ここら辺は来たこともない場所だろう。不安を感じることもわかる。私が先に入るから、様子を見てから入り給え」

「それは無理そうなら帰っていいってことですか」


 かなり底意地の悪い返事をすると、先生はフッと微笑んだ。


「後悔先に立たず、という言葉がある。私の人生の中で何度も肝に銘じている言葉だ」

「それは……」


 その言葉の真意がわからず聞き返そうとする前に、先生はココンと部屋をノックした。音が連なって一つに聞こえるような特徴的なノックだ。癖なのだろうか。


「入るぞ」

「はーい」


 先生の言葉に、少し高めのアルトの声が返される。聞き取りやすい透き通った女性の声だった。恐らくは生徒だろう。部屋の中に最低でも一人、女子がいる事になる。

 その事実に必要のない緊張をしてしまい、その間に先生が部屋に入ってしまう。クソ、全く中を見れなかった。

 俺が入るか入らないか迷っている間に、中では先生が女子と談笑してるらしかった。何だろう、少しずつ逃げ場を奪われている気がする。


 動きを止めている間、ずっと先生の「後悔先に立たず」の言葉がチラついていた。

 恐らく、ここまで来た経緯を考えると、この部屋は部活関連なのは間違いないだろう。ならば最悪、嫌気が差したら辞めればいい。

 ちょっと入るぐらいなら、何の問題もないはずだ。


 後ろ向きな決意を固めてから、コンコンと二回ノックをする。

「入れ」

 俺の決断に満足したのか、少し上機嫌な先生の肯定が入る。ドアの溝に手を掛け、意を決して開けた。


「こんにちは」

「オッスオッス」


 中には先生を除いて4人の人間がいた。いずれも女性である。2人は俺の入室に反応してくれたが、残りの2人はチラリと一瞥をくれただけだ。その反応も片方は少しおかしい気もするが。


「こんにちは」


 取り敢えず返事をして、おどおどと入室する。部屋の中央には教室にある机がいくつか集められており、そこにノートパソコンやらお菓子やらが置いてあった。椅子は4つあるが、内3つは空いている。

 埋まっている席には小柄そうな茶髪の少女が座っており、一生懸命ノートパソコンのキーボードを叩いていた。


「どうぞ」


 声が掛けられた方向に向き直ると、中性的なベリーショートの女子が新しい椅子を用意してくれていた。部屋の隅から持ってきてくれたらしい。


「ありがとう御座います」


 座り込んで話す気はあまり起きなかったのだが、無下にするわけにもいかずに座る。

 取り敢えずどんな人間がいるのか、と周りを見回した。

 俺の対面に座るのは、先程椅子を用意してくれたベリーショートの女子。髪は綺麗な黒で、整った顔立ちは男と言われてもギリギリ納得できそうなものだった。

 だが、そうではないぞと彼女の胸が強い主張を放っている。開いた本で隠れてしまったが、それでもはっきりと存在は確認できた。何故か目視するのもはばかられて、顔を逸らした。

 声からして、先生に返事したのも俺にまともに挨拶してくれたのもこの人だろう。


 その隣の女子は変わらずカタカタと音を立ててキーボードを叩いていた。愛嬌のある可愛らしい顔立ちを、ムムムと不機嫌そうに歪めている。

 小刻みに頭と指を動かす度、緩く曲がったボブの茶髪が揺れていた。

 数秒、そのままの表情とキーボードを叩く指を止めてから、また何かの発作のように凄まじい勢いでキーボードを叩き始める。表情も徐々に邪悪な笑みへと変わって行った。

 不気味だ。極力関わらないでおこう。


 残る二人のうち一人は……持ち込んだのだろうか。さほど大きくないテレビの前に座っていた。手元の動きから、何となくテレビゲームをやっているのだとわかる。学校内だが。大丈夫なのだろうか。

 ぐにゃぐにゃとウェーブの掛かった髪の毛を肩甲骨辺りまでぶら下げており、その奥に浮かぶ表情は無そのものだった。

 遠目から見ると、光を吸い込んでいるかのような謎のオーラを感じられる。話しかけても無視されそうだ。

 極力関わらないでおこう。


 最後の一人はどこだろう。と探して、見つけて、絶句した。

 入ったときに気づかなかったのか、さっき始めたのか、その女子は一人だけスポーツウェアのような物を着て、逆立ちをしていた。

 いや、ただの逆立ちではない。上下している。腕立てをしている。見惚れるほど見事な美しいフォームで、ひたすらに腕立てをしていた。

 褐色に焼けたしなやかな足がスラリと上に伸びており、ポニーテールに括った髪が地面に着いたりつかなかったりしている。

 顔立ちはよく見えないが、恐らくゴリラの一族だろう。敵意を向けられないように気をつけなければならない。

 極力関わらないでおこう。


「うーい」

「うわっ、なんですか」


 いつの間にか後ろに回り込んだ先生が、するりと肩に手を回してくる。その肌が仄かに温かいなと思ったら、吐きかけられた息は酒臭かった。

 振り向いて見やると、その手にはスキットルと言うのだろうか。ウィスキーを入れるあのボトルが握られている。

 絶対酒だ。絶対関わりたくない。助けて。


「いや、何やってるんですか。職務中でしょう」

「バレなければいいんだよ。バレなければ」


 ちょっと声色が上機嫌な事を除けば、その反応は素面とそう変わりない。確かにその調子ならばバレる心配もないだろう。酒臭いことを除けば。


「この為にわざわざ長距離を自転車で来てるんだ。文句は言わないで欲しいな」

「努力の方向を我慢に向けてください」


 絡まれながら周りに助けを求めようとすると、他の人達は全員自分のことに没頭している。ボトルを持ち込んでいる辺り、ここで先生が酒を飲むのは慣れっこなのだろう。未成年もいるんだぞ。何やってるんだ本当に。


「で、どうだ」

「何がですか」

「この部活のことだ」

「部活? ここがですか?」


 全く想定していない答えに少し声が裏返る。


「そうだ。私が顧問だ」

「いや、ええ、随分と個性的な部活ですね。名前は?」

「苦手克服部だったかな。木下(きのした)、ポスターを作るように言ってなかったか」

「あー、それ、書こうとしたんですけど……何書いていいかわからなくて」


 木下と呼ばれたベリーショートの女子が、本を読む手を止めて気まずそうに答える。そりゃそうだ。全員が自由奔放に行動して咎められない部活をポスターにしろって方が無理がある。


「ふむ。それもそうか。無理を言ったな。こちらで作っておく。取り敢えず部活名を書いてプリントアウトすればいいだろう」


 思わず、白紙に「苦手克服部」と書いただけのポスターを想像する。訳がわからない。それは最早ポスターですらない。ニュースでよく見る「勝訴」のあの紙とまるで変わらない。

 どちらかと言うと敗訴だが。


「ま、という訳でだ。入れ。月川」

「……イヤです」


 予期していない、いや、最悪の方向すぎて見て見ぬふりをしていた言葉に、過去最高の拒絶のこもった言葉が溢れ出た。

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