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美人のいる部活  作者: 魚之眼 ムニエル
1/3

嵐を呼ぶ

 季節は春、月は4月の終わり頃。人は色めき立ち花は咲き乱れ、なんなら恋の予感に男女のアレも乱れてくる時期だ。


 この俺だって例外ではない。なんてったって今年から高校1年生だ。期待に胸を高鳴らせ鼻歌交じりにステップを踏む、そんな気分だった。


 だが、ああ、俺の新生活を彩る輝かしき一歩は、もしかすると地獄行き片道列車へのそれだったのかもしれない。


「よろしくニキー! おお、もうイッチ来てるんか、勤勉やねー」

「……こんにちは。そのあだ名は妙に居心地が悪いのでやめて欲しいって言いましたよね」


 椅子に深く腰掛けてくつろいでいると、部室のドアが勢い良く開き、一陣の風が舞い込んでくる。それと共に飛び込んできた女性はまさしく元気印といった感じで、小柄な身長に少し幼めの整った顔立ち、よく通る高めの声を持った結構な美人だった。


 口調以外は。


 本当に、口調以外は。


「イッチ呼びは……いかんのか?」

「いかんでしょ」


 反射的にそう答えると、顔だけ美人野郎はむっふー、と満足げな笑みを向けてくる。ここまでニッコニコだと一周回ってウザそうなもんなんだが、なまじ顔はいいだけあって不覚にもドキッとしてしまう。


 それを直視したくないのと、危惧していた自分の失敗の反省に目を覆い、空を仰いだ。


 なんで、なんでこんなことになったんだろう。


ーーーー


 わんさか抱えた小冊子の中からまだ読んでない物を探す。表紙はどれも自作であろう、そうクオリティの高くない絵やフォントの歪んだ文字が載っている。拙いながら努力の感じられるそれは中々に微笑ましいものだった。

 だからこそ一つ一つをぞんざいに扱いたくはないのだが、いかんせん量が多い。幾つかはもうぐちゃぐちゃになっていた。どうしたもんかね、と思いながら片手にザッと冊子を広げ、見覚えのないタイトルの一つを引っ張り出した。

 だが、まぁ元から片手の上という不安定な場で、そこから更に支えの一つが取り除かれるわけで。抱えた冊子はバサバサと無様な音を立てて廊下に散らばった。廊下を歩く生徒達の目がウザったそうにこちらを見る。


「だぁー、全く」


 鈍くさいったらありゃしない。


「その通りだな」


 俺の頭の中を読み取っているかのような言葉が後に続く。驚いて声がした方向へ振り向くと、視界の隅を綺麗な茶髪が掠めた。

 振り向いた瞬間に追い抜かれたのだと気づいてから顔を戻すと、その人物はふむ、と頷きながら散らばった冊子を拾っている。

 手際よく見えてかなり雑にそれらをかき集めてから、更にぐしゃぐしゃになった紙の束を返された。


「ありがとう御座います。……先生」


 受け取ってから、その人の名前が思い出せずに言い淀む。おどおどと顔を覗くと、形よく伸びた眉が片方、ピクッと跳ねた。

 全体的に鋭さを漂わせる、どこか気だるそうな顔立ち。一つ一つのパーツはピシャリと整っているのに、何故か力の入ってない印象を感じさせる。

 淡く金色に近い茶髪がそれを増幅させていた。


「流石にそろそろ担任の名前ぐらい覚えて欲しいな。私は覚えているぞ、月川(つきかわ)


 女性にしては低めの、良く通るが何処かノイズが混じったような声で、先生は呆れる。酒に焼けた感じなのだろうか。身長が高いのと相まって、不思議な威圧感があった。

 俺が高校生になってから一ヶ月弱になる。人間関係が固まり始め、クラスの中でも仲良しグループができはじめる頃合いだ。先生とも馴染んでおくべきだろう、とはわかっているのだが、俺はこの先生が苦手なのだ。

 元から女性が苦手というのもあるが、ひたすらに怖くぶっきらぼうなのだ。義務的な事が終わればさっさと教室からいなくなるし、授業も分かりやすいのだがあまり生徒には当てない。質問すれば正確に答えてくれる辺り、来る者拒まずといったスタンスなのだろうが、自分から生徒と仲良くなろうという気概は感じられなかった。

 ぶっちゃけるなら、教師として担任としてそれはどうなんだとツッコみたくなってくる。


「すいません」

「うむ。如月夏美(きさらぎなつみ)だ。覚えておくように」

「わかり、ました」

「なんだ。似合ってないとでも言いたげだな」

「いえ、まぁ、大分可愛らしい名前だとは思いましたけど」


 そこまで露骨に顔に出しているつもりはないのだが、こう何度も考えを読まれると流石にたじろぐ。俺の反応に如月先生の顔が曇った。


「こういった反応は慣れているのだが、こうも正直に返されると来るものがあるな」

「すいません」

「謝るなら最初からするな。で、月川。お前は部活動がしたいのか」


 俺の手元のを顎で指しながら先生は問う。さっきから後生大事に抱えていたのは部活紹介のパンフレットだ。自分のみの周りに余裕が出てき始めたこの時期に、丁度新入生への勧誘をしているらしい。売り込みのように部員自体が配っているところもあれば、紹介ポスターやらご自由にお取り下さいスタイルの所もある。

 取り敢えず何かの部活に入ろうと思っていた俺は、それらを集められるだけ集め、興味があるところに行ってみようとしていたところだった。


「はい」

「良い心がけだ。何処に入るかは決めているのか?」


 微笑ましそうに唇を上げて、先生は追加で質問を投げかけてくる。今までの印象と違う表情と質問に少し驚いたが、顔に出すとまた一悶着起こしそうなので抑える。


「今のところ、特にはまだ」

「こういうことがしたい、というのはあるのか?」

「そうですね、特別したいことはありませんが、できれば文化系でそこまで大変じゃないのがいいですね」

「なるほどな」


 呟くように返事をして細長い指を口元まで持って行く。片足に体重を預けるように上体を揺らしてから、視線を下に落とした。着ているスーツがキマッているのもあって、いちいち所作が絵になる。肩に触れるか触れないかぐらいの茶髪が軽く揺れた。


「さしずめ、学校生活の充実のために部活動をしたいが、私生活に影響が出るほど厳しい部活動はしたくないし、やる気も無いといったところか」

「正直に言うと、まぁ」


 言いにくい本音を要約して、先生は確認を取る。わざわざ嫌味なことを言う人には思えなかったのだが、何か意味があることなのだろうか。


「半端に部活に入ってもすぐやめてしまうようなことになるぞ」

「それは一番最初に考えたんですけれども、まぁ取り敢えず合いそうな部活がないか探そうかなと」

「ふむ。見るだけ見てみよう、といった感じか。部活動の内容よりは、その場の人間関係が目的か」

「そうです」


 何故か恥ずかしくなって言い淀んでいると、助け船を出すように言葉が割り込んでくる。経験則からだろうか、こういう時に生徒が何を言いたいかというのはお見通しなのだろう。

 帰宅部というのに抵抗感はない。先生の言うとおり、入りたいところがなかったら帰宅部になるつもりでいた。


 だが俺は、自分の「コミュ(りょく)」というものに、少し不安がある。勿論今のクラスに話せる相手がいないということはない、最低限はこなせている自信はある。

 だが小学校の頃、親の転勤に合わせて一度転校をしたとき、転校先の学校に上手く馴染めずに卒業までを過ごしたことがあった。いじめられたというわけではなく、中学校で上手く巻き返す事はできたのだが、その時から一抹の不安を拭えずにいる。

 何か、特別なグループに入ることでどうにかできるのではないかという期待が、何処かにあった。


「ふむ、よくわかった」


 少し考え込んでしまっていたところを、先生の声に引き戻される。また顔に出ていたのだろうか。俺を見る先生の目が、良い獲物を見つけた、とでも言うようなものに変わっている。一瞬視線が合わさってから、先生の口がグイッと曲がる。


「着いてきなさい」

「え、あ、はい」


 言葉と共に先生は回れ右をする。ダンスのターンのような流麗な動作に、思わず素直に返事をしてしまった。どうやら、従うしか無さそうだ。

いつエタるかがわからない

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