―勇者Ⅰ―
あれからすぐに正規軍が到着し、拘束された実行犯達は全員逮捕され、憲兵警備隊の現場検証などが入り、夜が明けても物々しい雰囲気は継続していた。
俺はと言うと、自分の離れへと担ぎこまれ、エリシアの治療を受けながらの事情聴取を受けることとなった。ちなみに、その聴取の担当者は……。
「ふぅむ。レイ坊、お前幾らなんでも殺しすぎだぞ? 主犯と思しき連中を皆殺しにしおってからに、証拠はともかく証言が一つも取れん。死人に口無しをお前が実践してどうする。一人二人は生かしておかんか、戯け者が!」
フルプレートのガントレットを装着したまま、俺の頭を押しつぶすように撫で付けるその男は、以前もこのように、俺の頭を押しつぶしていた。
「レイザー将軍、潰れます。痛いです。俺まだ治療中です。暗部の隊長の音声データなら俺の端末に保存してありますよ。あ、なるべくコイツ(エリシア)を含め、マスターやロキウス王には聞かせないで下さい。あまりにも吐き気のする罵詈雑言なので、後の八つ当たりが本当に面倒です」
「コイツってお前……。彼女はエリシア皇女なのだろう? どうやらジャミング魔法でエリシア皇女のご尊顔とは別人に見せられては居るが、エリシア皇女なのだろう? 一瞬、あまりのその無礼な態度にワシ、卒倒するかと思ったぞ」
「あはは、私はもう慣れました。それだけ私が彼と信頼関係を結べたという証拠ですから。ですからレイザー将軍殿。あなたも、私が皇女だということはひとまずお忘れください」
「む、むぅ。貴女様がそうおっしゃるのなら……。では、レイ坊。音声データを聞かせてもらえるか?」
俺は端末にイヤホンを挿し、レイザー将軍に、問題の暗部隊長の不愉快極まりない罵詈雑言の音声データを再生してやった。
「……なるほど。こりゃひどい。そしてレイ坊。お前も大概だぞ。なんじゃい、ズリセンの後処理に使って返すって。しかも自身ではなくメンバーの武道家のズリセンってのがまたひどい。お前仲間をなんだと思っとるんじゃ。っと、失礼。女性の前であった」
しかし当のエリシアは、きょとんとした顔で、こんな風にのたまうのだ。
「はい? ずりせん? 後処理? えっと、それは詳しく聞いちゃダメな感じですかね?」
「……聞かなかった事にして頂きたい」
「すんませんねぇ。コイツ見ての通り温室育ちなもんで」
「お前はもう少し彼女を見習えこのスカポンタン!!!」
振り下ろされる鉄拳。いや、実際ガントレットを装着したままの拳が振り下ろされるんだ。比喩表現などではなく、実際に鉄の拳が振り下ろされ、俺はその痛みに目がチカチカした。
治療中だというのに何てことしやがるんだ、このクソ親父は。
「しかしまぁ、コレでとりあえず資料は十分だがな、レイ坊。お前、今度こそ正真正銘、アサシンから脱退したんだろう? ならば一介の冒険者として生きるためにも、その不安定な心をどうにかせんといかんぞ?
今のお前はとどのつまり戦闘中毒者じゃ。その戦いが過酷になればなるほど、自身を見失い、殺人を快楽として感じてしまう。
勿論、そう仕組んだのはゼクスのアホンダラが一番悪いが、ゼクスはお前の中のその危うさを見逃さなかったのだろう。だから幼少のお前を弟子に欲しがった。
老婆心から言うぞ、レイ坊。お前はそのままじゃ身を滅ぼす。ロキウス王、セイラ殿。そしてワシでも、お前を庇ってやれんほどにな。行き着く先は、また奴の元だろうよ。ゆめゆめ忘れるでないぞ。さて、ワシは行くとする。ご苦労だったな」
「……うっす」
レイザー将軍はため息混じりに離れから出て行き、離れには再び俺とエリシアだけとなる。
「とてもいい人ね、レイザー将軍。レイは色んな人が心配してくれるのに、あなたはどうしてこうも、他人に対して無関心なのかしらね? 私ビックリしちゃう」
「……まだ怒ってるのかよ。散々謝ったじゃないか」
あれから凄く大変だった。他の人間が割って入れないほど、エリシアはあの後から、クドクドクドクドと静かに怒り続け、俺に治療を施しながら、このように小言を言い続けるのだ。───ストレスケアの効果を打ち消すレベルで。
「ほーんと。私が居なかったら、レイは今頃生きていなかったのよ? もう少し感謝してくれてもいいと思うなー? それなのにレイってば、私に向かって『馬鹿』よ? 馬鹿。しかも治療だって私がしてあげてるのにぃ。至れり尽くせりとはこのことじゃない?」
「悪かったって。……感謝もしてる。情けないけど、助かったよ。でもこれ3度目だぞ。お前に何度謝って何度感謝すれば、お前は機嫌を直してくれるんだ?」
「うーん、そうねぇ。じゃあ宝石世界とアヴァロンが前提の4日間のデートプランで手を打つわ♡」
「4日って……。なんか忘れておきたい忘れたら殺される約束を彷彿させてくれるね、お前も」
多分、エリシアはカトレアと交わしてしまった約束のあてつけに、4日なんて
ことを言い出したのだろう。
「……はいはい。いつかそのうちな」
「えー? なんか軽ーい。誓約書でも書かせようかしら」
エリシアは大きくため息をつき、回復魔法を停止した。
「こんなもんかなっと。どう? レイ。見たところ霊瘴による影響も、傷も完治した様に見えるのだけど、レイ自身はどうかな? まだ違和感みたいのは感じる?」
「……いや、大丈夫そうだ。ただ、今回ばかりは流石に堪えた。なんつーか、うん。……疲れた」
俺は自分のベッドへと横になり、布団の温もりに埋もれる。
「……そうだね。お疲れ様、レイ。少し眠る?」
「……ああ、今はそうしたい」
俺がまどろみに身を任せ、目を瞑ろうとしたその時だ……。
「わんわん! わぅおうおうわん!」
「あはは、そうだったね。レイ、シェリルが、「寝る前に心配してくれた人達や、協力してくれた狼に感謝を述べるのが先じゃないの? 寝るならその後にしなさい」って言ってるよ。私としては、もう少しだけ休んでてもらいたいのだけど」
なるほど。シェリルの言う事は尤もだ。グレン達は後回しにしたとしても、狼達には礼を述べなくては。狼は使役する立場であっても、彼らへの感謝や礼儀を忘れてはいけないと、スキラから口酸っぱく言われていたからな。
「そうだな。おまえの言うとおりだよ、シェリル。それと、お前にも礼を言わないと。おかげで命拾いしたよ。ありがとな、シェリル」
俺がシェリルの小さな頭を撫でてやると、シェリルとエリシアは目を丸くして驚く。
「れ、レイ? やっぱりもう少し休んだら? 熱とかあるんじゃない?」
「わんわん! うぅぅぅぅぅわん!」
「ほ、ほら! シェリルも「前言撤回するわ! 今すぐ布団に入りなさい! そのおかしな病気が治るまで絶対安静よ!」って言ってるし!」
「はぁ? 何を言い出すんだよ急に。別に何処も悪くないって。お前の治療だって完璧な施術だったじゃないか。俺の何処に問題があるって言うんだよ」
「だってだって、レイはシェリルのこと嫌いでしょう!?」
「わう!」
なんだ、そう言うことか。俺は呆れて、ため息をつきながら、もう一度シェリルの頭を撫でる。
「あのなぁ。俺はスキラ、狼人族に育てられた人間だぜ? エリシアも自分で言ってたじゃないか。狼は俺にとって、家族であり、特別な存在だ。そんな俺が、お前を嫌えるはずないだろう? これからもよろしく頼むぜ、シェリル」
シェリルは何も答えず、ただフイっと明後日の方向を向いて、わんと、短く吼えるだけだったが、俺はソレがいい返事なんだと受け取る事ができた。そして、シェリルは再び、ぽんっという小さな音を立てて姿を消してしまった。
どうやら、受肉召還されては居るらしいが、シェリルは任意で姿を消したり表したり出来るらしい。実に便利で羨ましい限りだが、そもそも受肉する意味はあったのかと首を傾げてしまう。
「あはは、シェリルもツンデレだねー。まぁレイは、シェリルに感謝して当然よね? シェリルがんばったもの。私も同じくらいがんばったけどねー? 大変だったなー」
「だから、お前には謝ったし、感謝もしてるって。デートは色々片付いてからだろ? 今の俺に出来ることで、他に何が出来るんだよ」
エリシアは、大きくため息をつきながら、小さく呟いた。
「───鈍感」
途端に、エリシアは腰掛けていた丸椅子から立ち上がり、おもむろに俺の座るすぐ隣、ベッド際へと腰掛け、俺の体へと身を寄せてきた。
「はっ???」
エリシアの唐突で突拍子もない不意打ちに、俺は訳が判らず変な声を上げる。
「……ぎゅってして欲しい。がんばったから、凄く不安だったから、怖かったから、私を安心させて欲しいの。……ねぇ、いいでしょう?」
「……えと、あー……うん」
俺は戸惑いながら、ゆっくりと腕をエリシアに伸ばした。
ぎこちなく震える指が、エリシアの服に触れた途端。エリシアは急に振り向いて、俺にしがみ付くように、締め付けるように、俺の腕の中へと飛び込み、ぎゅっと抱きついた。
「───っ!?」
再び繰り出される不意打ちの一手に、俺の頭は完全に真っ白になり、ただただ、ギギギと錆び付いた玩具のような動きで、エリシアを抱きとめる事しかできなかった。
腕の中に感じるエリシアの温もり、吐息、花の様な甘い香り、そして柔らかい肌に、俺の心臓はバクンバクンと暴走をはじめる。
またあの感覚だ。頭がボーっとしちまう。だと言うのに、五感だけが研ぎ澄まされる。アドレナリンとかドーパミンとか、脳内麻薬が全身を痺れさせてるのがわかる。
「レイの馬鹿!」
「へ……?」
失いかけた理性を、エリシアの怒気を孕んだ罵声が取り戻させた。
「エリシア?」
「……どれだけ、どれだけ私が心配したと思う? どれだけ、怖かったと思う? ねぇ、どうして私の声が聞こえなくなっちゃったの?
あの時のレイ、人殺しを楽しんでた。もちろん、どうしてそうなったかなんて想像つく。そう言う風にあなたは訓練された。ゼクスさんは、あなたを自分の後継者に相応しい、最強にして最凶のアサシンに育て上げるために、貴方に相手を殺して生存を勝ち取る喜びを植え付けたのは、容易に想像できるわ。
でも、あんなの間違ってる! レイがレイでなくなっちゃう! レイが居なくなっちゃうって本気で思った!
それだけじゃない。一歩間違えれば、レイ死んじゃってたのよ?
怖くて、不安で、居ても立っても居られなくて、泣き出しそうだった。もうあんなのやだよ! お願いだから、いつものレイで居てよ。私を一人にしないで。
レイが居なくなっちゃうなら、私はもう貴方の傍を離れない。
最前線だろうが、地獄の果てだろうが、私は貴方の隣に立ち続けるわ。
危ないって思うでしょう? 何かあったらどうするんだって思うでしょう? それを私は感じたの。
ねぇわかる? 貴方が今感じてる不安の3倍、私は不安だったのよ? 怖かったのよ? だって実際にあなたは死に掛けたんだから!
……ほら、もっとぎゅっとして? 大丈夫だよって言ってよ。今はそれだけで安心してあげるから、私の我侭、聞いてよ……」
堰を切ったように、エリシアの目からは、涙が溢れ出ていた。
「ごめん。ごめんな、エリシア。もう、大丈夫だから。傍に居る。もうあんな事は二度と繰り返さない。俺が悪かったよ。……だからもう、泣くな」
俺はエリシアの頬に触れながら、指先でエリシアの涙を優しく拭ってやると、エリシアは、無言のまま、俺の手に自分の手を添えて、瞳を閉じた。
俺は、エリシアの額に自分の額を重ね、自らも瞳を閉じ、エリシアの細い体を優しく抱き寄せ、エリシアの温もりを全身に感じる。
エリシアの細く小さな手が、俺の背中を優しく、まさぐる様に撫でながらゆっくりと上り、うなじに触れる。
「……ねぇ、レイ。はやくキスしてよ。また誰かに邪魔されちゃう」
唐突に、エリシアが耳元でそんな事を、妖艶に優しく囁いた。
「なっ!?」
驚いて、エリシアの顔を覗き込んでしまった。彼女は、顔を真っ赤にしながら、視線を一切合わせずに、ちょっと震えながら呟くように告げた。
「だって、3回目だよ? そろそろ、ちゃんと……キスしたい」
「ああ、わかった……」
俺達は、まるで熱に浮かされたように、互いの唇を寄せ合う。
ついに、エリシアの小さな唇に、俺の唇が触れる。
その直前だった。
『コンコンコン』
「───っ!?」
「うわっ!?」
小さなノックに驚いたエリシアが俺を突き飛ばし、俺はそのままガツンと頭側のベッド柵に頭を強打し、あまりの痛さに悶絶する。
「レイさん! 大変です! ロキウス王様です! ロキウス王様がいらっしゃいました!」
ドアを開けて雪崩込んで来たのは、いっちゃんだった。
「あ、エリシアさんも一緒だったんですね? あれ? レイさん頭なんて押さえて何をしてるんですか?」
「な、なんでもない! 着替えてから顔出すから、応接室で待ってもらってくれ! 痛ぅ~!」
「れ、レイあの、ごめんね? えと、いっちゃん、私もすぐ行くから、先に行っててくれる?」
「あ、はーい。わかりましたー」
元気良く離れを出て行くいっちゃん。俺とエリシアは、再びキスのお預けをされてしまい、重苦しく沈黙してしまう。
「……ごめん、レイ。先に行ってるね」
「いや、待ってくれエリシア……」
俺は思い切って、立ち去ろうとするエリシアをぐっと後ろから抱き寄せ、逃がさないように抱きしめてしまった。
先ほどのエリシアの台詞は、きっと彼女なりの精一杯の勇気だったんだろう。それを無碍にしては、男が廃る。
「え、えと。レイ? あの、ロキウス様がいらっしゃってるのよ? 着替えてご挨拶しないと……」
「良いんだ。あんな奴待たせとけばいい」
「あ、あんな奴って。か、仮にもこの国の王様で、あなたの親友でしょう? それに、マスターの旦那様になる方よ? 待たせちゃ失礼じゃないかな……」
「俺の今の最優先事項は、お前とキスする事なんだよ。……なんか文句あるかよ」
自分で言ってて、恥ずかしさのあまり顔面に血液が集中するのがわかる。
「ぷっ。レイ顔真っ赤♪ カメラがないのが残念だけど、もう目に焼き付けちゃった。……ほんとに、しょうがないなぁレイは。……いいよ♡」
ベッド際に腰掛けながら、エリシアを膝に乗せて抱きしめながら、再び瞳を閉じたエリシアに自分の顔を近づける。
『ドンドンドン!!!』
「レイ、入るぞ? 今回はまじでなんて詫びたらいいかわかんねーや。ほんとマジで迷惑かけちまった。とりあえず無事…………おっふ」
乱暴なノックと、入室を許可したわけでもないのにズカズカと入ってくるロキの前で、俺達はとてつもなく恥ずかしい格好のところを見られてしまう。エリシアは涙目で俺から飛び退き、部屋の隅で顔を隠してしまった。
そして俺は、おもむろに立てかけてあったイフリートに手を伸ばし、ゆっくりと鞘から抜き放つ。
「レイ、あの、ほんとごめんな? いや、だってまさかお前、なぁ? だってお前がさァ? ねぇ? ちょ、止せ!」
「死ねェェェェェェ!!!」
「わ~~~~!? セイラ! セイラァァァァァ!!! レイがキレたァァァァァァァァ!!! マジで俺焼かれちまうぅぅぅぅぅぅぅ!!!!!!」
脱兎のごとく逃げ出すロキを、俺は裸足で追いかける。
「お前と言う奴は一度ならず二度までもこの野郎!!! いい加減我慢の限界だクソボケ王がぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
「ひ、ひぇぇぇぇぇぇぇ!? だってお前、こんな昼真っから鍵もかけずに、ってうわ!? ちょっと焦げたぞ!?」
「そもそもテメェがとっととペテルを丸め込むなり退陣させるなり処分しなかったらこんな事になるんだろうが! しかもテメェ散々あれほど避妊には細心の注意を払えと何度も何度も言ってきたじゃねぇか! マジふざけんなテメェこらぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
「そ、ソレを謝りに来たんだろ!? 到着も知らせたし、イリーナって子が今離れに居て、着替えたら来るっていうから! 怪我人を呼びつけるのも悪いなと思ってコッチから出向いたらお前、まさかそんなことしてるだなんて想像できるわけないだろ!? イリーナって子もなんも言ってなかったし! ひぇぇぇぇぇ!? おまっ!? 本気で焼き殺す気かよ!? 当たってなくても十分すぎるほどあっちーよ馬鹿! ごめん嘘! 馬鹿は撤回する! 俺が馬鹿だったからお願いだから剣仕舞ってくれ! セイラァァァァァ! ひえぇぇぇぇぇぇぇ!?」
3分後。駆けつけたばーさんとエアリアルウィングの面々に俺は拘束され、ロキの頭は金色のブロッコリーみたいにチリチリになったとさ……。




