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―エピソードイリーナⅤ―


どうして、忘れていたのでしょう。

エアリアルウィングと聞いて、真っ先にあの二人を思い出したけれど、もう一人、マスターより先に会ってる人が居たじゃないですか。


「えーっと、紹介するわね? レイちゃんよ。レイ=ブレイズ。えっと、レイちゃん。こちら新人のイリーナちゃん。全くのド素人さんだから、優しく、ね? 意地悪しちゃだめよ?」


 あからさまに、私の修道服を見るなり殺気を漂わせる、全身黒づくめの危ないお兄さん。そのプレッシャーに、私は思わず涙目になってしまいます。


 だ、だめよイリーナ! こんな所でくじけてたら、冒険者なんてやっていけないわ!


「い、イリーナ=ヴァルキリーです! アギトル教のシスターです! お世話になります!」


「チッ…………」


 し、舌打ち!? 私今舌打ちされた!? って、さっきよりこの人、不快度指数が絶対上昇した! だってさっきより嫌な顔してるもん! なんで!?


「……あっそ。精々頑張れよ。死ぬなら俺の死なない場所で頼む」

「なっ!?」

「グラビティカノン!」


マスターは即座に攻撃魔法を唱え、レイさんを床に叩き付けました。それでも、レイさんの表情は一切変わりません。まるで、そのまま気絶しましたとでも言うように。


「ご、ごめんねぇいっちゃん。レイちゃんは人見知りな上に、宗教関係者とか聖職者が大嫌いで、触れたらアレルギー起すってくらい拒否反応見せちゃうの! 本当にゴメンね? いっちゃん何も悪く無いわよ」

「神なんて腐った牛糞でも食って死ねば良い」


悪魔です。天空から舞い降りた天使達に混じって、地獄からやってきた悪魔が混ざっていました。



それから1ヶ月ほどしても、レイさんは私と一言も喋ろうとしてくれませんし、私も怖くて、話しかけることもできません。


そんなある日でした。


 私は覚えたての回復魔法で、怪我をしたほかのギルドの冒険者さんや、憲兵の皆さんの治療をするというお仕事で頂いた報酬を握り締め、ギルドのレストランで、パンケーキを、おとーさんに作ってもらおうと思っていたのですが……。


「……オーダーは?」


 いつもおとーさんが立っているカウンターに、なぜかレイさんがバンダナとエプロン姿で、不機嫌そうに立っていたのです。


「えと、あの。おとーさんは?」

「……知り合いの葬式だそうだ。今日は俺が代理コックだ。オーダーは?」

「え、あの……。スペシャルパンケーキを……」

「……了解。少し待っててくれ」


 レイさんは、ミキサーに卵をいくつか割って、スイッチを入れて、砂糖をゆっくり足して行きました。


そして小麦粉を慣れた手つきで振るいに掛け、牛乳とバターを湯煎し、ふっくらと綺麗に膨らんだ卵に、小麦粉を丁寧に足しながら、最後に溶かしたバターと牛乳を混ぜ、バニラエッセンスを数滴垂らしました。


そして、丁寧に作ったケーキ生地を、フライパンでゆっくりと焼いていきます。


信じられますでしょうか。目の前に居る、流れるような動作でパンケーキを焼いてる人が、倉庫街で、たった一人で犯罪グループを壊滅させた張本人なんです。


「……よっと」


 そして彼は、慣れた手つきでフライパンを振り、見事にパンケーキを綺麗にひっくり返して見せるんですよ!? しかもその焼き目ときたら、思わず『きれい……』と呟きたくなるほど見事な焼き目なんですよ! もう何なんですかこの人、訳がわかりません!


そうして焼いた3枚のパンケーキを重ね、生クリームとバニラアイスクリームを添え、メープルシロップを網目状にかけて、最後にシナモンパウダーを掛け、小さなミントを添えてくれました。


「……ほら。おまちど」

「ほぇぇぇ……」


 あんな悪魔のような人から、こんな芸術作品のようなパンケーキが生まれるだなんて!


「い、いただきます!」


 私は、そのふっくらとしたパンケーキにナイフを入れ、パンケーキを頬張りました。


 それは、まさに衝撃。初めて食べたお店のパンケーキよりも美味しかったのです。理由は全く分かりませんが、プロ顔負けの味だったことは確かです。そんなモノを作っておいて、彼は無表情のまま、洗い物を終らせ、アイスティーを飲んでいるんです。本当にこの人が分かりません!


「と、とっても美味しいです」

「そうか、そりゃよかった」

「あの、コツとかあるんですか?」

「コツ? そうだな。焼く前にフライパンを濡れた布巾で一度冷ましてから焼くときれいに焼けるぞ」


 あ、あれ? なんか普通に話をしてくれます。


「あ、あのぅ、レイさん。私レイさんに何か失礼な事をしてしまっていたのでしょうか? 今まで全然お話もしてくれてないし、初日はあんなでしたから、嫌われているのかと……」

 

 レイさんの表情は一瞬強張りましたが、すぐに彼は、また感情が読み取れないような表情を見せ、アイスティーを飲み干しました。


「悪かったな。人付き合いというものが得意じゃないんだ。それが聖職者となると特にな。俺が元アサシンってだけで説教は垂れてくるし、親切の押し付けだって事を理解して無い奴が多い。大きなお世話だよって話だ。特にアギトル教は、嘘と欺瞞に満ち溢れてるからな。それは君も知っているだろう? 信じる神を乗り換えたらどうだ? まぁ、俺なら居もしない存在を信じるつもりは無いけどな」


 嫌い、ただそれだけなのでしょうか? 彼がアギトル教の話を見聞きする時のあの態度。アレは、敵意に他ならない気がしました。


「あの、どうしてそこまでアギトル教が嫌いなんですか?」

「……君は嘘と欺瞞をその目にしたんだろう? よくもまぁそれでも信じようと思えるな。……そうだな、俺の友人が、目の前で母親を無実の罪で、アギトル教の魔女裁判にかけられた。友人の母親は、、友人の目の前で、そして公衆の面前で首を刎ねられたよ」

「そ、そんな! 何でそんな事が!? 魔女裁判なんて50年以上前に廃止されたはずでは!?」

「その母親が、獣人族だったからさ。その地域では、彼女の一族は魔女だと恐れられ続け、在りもしない呪いをかけるとずっと信じられてきたからだ。彼女の処刑が遂行されてから、彼女の無実が分かっても、アギトル教はそれを隠し続けた。そして当代の法皇が逝去した際、彼の残した日記に、真実が記載されていたにもかかわらず、そこから再び5年。どこぞの泥棒が日記を盗み出し、大々的にメディアへとばら撒くまで、ずっと隠され続けたんだ」


 ……思い出しました。私がまだ今より小さい頃、絶対的だったアギトル教の権力や支持が失墜したとされる、『黒薔薇の魔女の呪い事件』。きっとレイさんが言っているのは、あの事件の事だ。


「そういう事をする奴らの神を、どう信じる? 君はそれでも、アギトル神を信じるのか?」


 彼の問いかけは、まさに私の心に突き刺さる物でした。ですが、私にも譲れない物くらいあるんです。


「……レイさん、あなたの様に強い人はきっと、自分を誰よりも信用していたり、神以上に信頼できる存在があるのかもしれませんね。でも、世界には、『神を頼ることしか出来ない』人たちも必ず居るんです。あなたにとって、目に見えない存在を信じる彼らは、滑稽でいて貧弱に見えるでしょうね。ですが、あなたにそれを否定する権利も無いはずです。人が何を信じようと、その人の勝手ですよね? あなたも言った筈です。大きなお世話と。私は信じますよ? 何か問題ありますか?」


 私の言葉を、レイさんは本当に興味なさそうに、フンと鼻で笑いました。かなりカチンときてしまったのを今でも覚えてます。


「信じる者は救われるってか。精々信じすぎて足元を掬われない様にするんだな」

「ムッキィィィィィィィィ! レイさんはやっぱり意地悪です! そもそもなんですか、このパンケーキ! 美味しすぎて、もぐもぐ! 止まらないじゃないですか! もぐもぐ! 絶対カロリー高いです! こんなの食べたら太っちゃうに決まってるじゃないですか!」

「……君さ、そりゃ流石に八つ当たりと言う奴なんじゃないか?」




 そう、レイさんは何時だって意地悪な人でした。今日に至るまで、ずっと意地悪されっぱなしでした。たまーに優しいけれど、一番意地悪な4番目のお兄さんなイメージが、私の中にはありました。それなのに、最近のレイさんと来たら、エリシアさんとあんな幸せそうにデレデレべたべたと! スペシャルパンケーキ並みに甘ったるいです!


「……というわけで、これで私がドジな訳ではなくて、不幸体質なだけだとご理解いただけたと思います! ご清聴ありがとうございました!……って、あれ、ジークさん?」


 私の目の前には、呆れた表情を浮かべながら、迷惑そうに大きな毛布に包まるティアマトちゃんだけが居ました。その表情はまるで、『終った? もうジークならとっくに下に降りたよ?』と訴えているようでした。


「え、えええええええええええええ!?」


 私はギルドの階段をだだだだだだだだっと駆け下り、食事を終えたジークさんを見つけました。


「あれ、いっちゃん?」

「あれじゃないですよぅ! 何時の間に下に降りてたんですかぁ!」

「えーと、俺が出て来た辺りから? っていうかそこから先は俺も登場してるんだから、俺に語る必要なんて無いじゃないか」

「……はっ!」


 言われて見ればそうでした! しかしそこから長々と、私は一人で夢中に語っていたというのですか!?


「ご飯だよーって声かけたけど、いっちゃん全然聞かないし……。一応レイには、晩御飯取っといてもらうように言ってあるから食べておいでよ。美味しかったぞ、レイのローストチキンとオニオングラタンスープ」

「はっ! そうでした! レイさーん!」


 私は慌てて、キッチンを覗くと、レイさんが丁度お皿を洗っている最中でした。


「あの、すみません! ご飯お願いします」

「んー? ああ、悲劇のヒロインのお出ましか」

「ぶっ!」


 レイさんにまでバレてる! いや、当然と言えば当然なんですけれどもね。いや、しかし寒空の下、ずっと夢中に語ってしまって居たせいか、体が冷え切ってしまっています。今すぐに温かいスープで暖を取るべきです! いざ、オニグラ!


「はい、おまちど」

「……………………あれ?」


 レイさんが出してくれたお料理は、実に美味しそうでした。


 バケット、ローストチキン。そして、パイが潰れたオニオングラタンスープ。


「ごゆっくりーっとね」

「……あの、レイさん? 私のパイ、潰れてるんですけど? なんですか? 失敗ですか? それともあれですか!? 私を揶揄しているのでしょうか!? 私をぺちゃパイとでも言いたいのですか!? レイさんまで私を鉄板と呼ぶのですか!? うわぁぁぁぁぁん!」

「いや、あのな……。出来上がった頃はしっかり膨らんでたよ。いっちゃんがすぐに来ないのが悪いんだろ? 時間が経てばパイは水分吸っちゃうし、スープも冷めちまうから、レンジで温めりゃ当然そうなるって……。でも、ぺちゃパイって……。上手い事言うな、いっちゃんは……ぷっ!」

「笑わないで下さい! 面白いことを言ったつもりはこれっぽっちもありません! やっぱりレイさんは意地悪ですぅ!」

「今のは俺全然悪くないと思うんだけどなぁ……クックック」


 こうして今夜も、私はレイさんに意地悪をされてしまうのでした。

 ああ、神様。どうか、レイさんに天罰をお与えください。


追伸、パイは潰れていても、オニオングラタンスープは絶品でした♡ おわり☆



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