―エピソードイリーナⅣー
―コルトタウン東、某所―
「コルトタウン東……260-40って、ここがそうなのですか!?」
私の目の前には、異様な光景が広がっていました。
「このコなんてどうです? いい声で啼きますよ? しっかりと調教れば、きっとお役に立てるかと……」
「ふむふむ。なるほど。確かに逸材のようだ……」
「アン! アンアンアンアン! うぅぅぅ……わん♡」
「ねぇ? 小さいけれど可愛くって、良い声で啼くでしょう? このパピヨンちゃん♡」
「うむ、めっちゃ可愛くて、ワシ禿そう♡」
そこには、いかにもって顔のいかついおじさんが、エプロンとバンダナをして、小さな仔犬や仔猫を販売していました。
……どこからどうみても、ペットショップです。
「ええ。声が大きいので、泥棒の侵入を知らせる番犬には最適かと存じます。ただ、見ての通りかわいらしい小型犬ですので、撃退も視野に入れるとなると、やはり大型犬ということになりますが」
「いやいや、この子をいただこう。私はこの子のかわいさに、どうやらノックダウンさせられてしまったようだ♡」
「ありがとうございます。きっとその子も、旦那様に購入していただけたことを、幸せに思う事でしょう。では奥のほうで手続きを……」
あ、あれぇ? よくよく見ても、こんな小さな平屋のお店じゃあ人身売買なんて到底無理だし、あの店員さん。確かに顔は怖いけれど、動物達が本当に好きですっていう人だと思います。だってあの人、売れたパピヨンちゃんをあんなにも、愛おしく、そしてどこか寂しそうに撫でてあげてるんですもの。悪い人のはずがありません!
まさか、偽の住所だったのでしょうか? そんな、ここまで来て……。
「あ、諦めません! 私が諦めたら、だれが彼女らを助けられるのですか!? とにかく、このコルト東をしらみつぶしに当たってみるのよイリーナ! 待っててくださいね。アルト、シエラ、シオン! もう少し、もう少しの辛抱ですよ!
―3時間後―
なんていうことでしょう。私は、やっとの思いで、ソレらしい場所を見つけることが出来ました。
日は既に暮れ、闇夜に包まれた倉庫街に、その場所はありました。
何故そこがわかったか。理由は2つあります。
一つ目、半ば諦めかけたその時、ふと殴り書きしたメモ紙をもう一度見直してみたんです。『コルトタウン東地区206-40』。
あれ? っと、思ったんです。
私の地図に付いた印。それはコルトタウン東地区260-40……。
フッ。あまりにも衝撃的で、焦っていたのでしょう。運悪く、殴り書きでしかメモを残せなかった私は、また運悪く、260と206を間違えて読んでしまったようなのです。
…………私悪く無いもん。
そうしてもう一つは……。目の前に、ベルガーさんと同じようなスーツを着た大男が、頭から血を一筋流して気を失っているからです。
「こ、これは一体……」
困惑し、どうしたら良いのか分からなくなった私の背後で、それは起こりました。
『ガッシャァァァァァァァァァァァァァン!!!!!!』
窓ガラスが砕け散り、散乱する業音。振り返ると、大の大人の男性が、窓ガラスを突き破って吹っ飛んで行き、道端へと転がり、そのままビクンビクンと痙攣したまま、泡を吹いて気絶してしまいました。
私は、思わず口を塞いで悲鳴を噛み殺していました。もし、見つかってしまったら、私もこうなってしまうと思ったからです。
『バン! バンバンバン!!!』
倉庫の中から聞こえる炸裂音。間違いありません、幼い時に、戦場になってしまった村で聞いた銃声でした。私は竦み上がり、物陰へと身を潜め、震えてしまいます。
「く、くっそ! 何故当たらない!」
「……気にするな。お前の腕が悪いせいじゃない。俺が早すぎるだけだ。だが、人身売買なんて悪事に染めた手は、ただじゃおけないな」
『ボキリ……!』
倉庫から響くそのおぞましい音に、全身の毛が逆立ちました。そして、一瞬の静寂の後に、断末魔のような悲痛な男の叫びが聞こえてきました。
「うぎゃああああああああああああ! 腕がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!? 俺の腕がぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
あまりの恐怖に、足が竦んでしまって、動けません。体の震えが止まりません。胃の中のものを、ぜんぶ吐き出してしまいそうです。
「さて、ベルガー。ベルガー=ベルモット。
お前には人身売買斡旋、麻薬取締法違反。マネーロンダリング、贈賄。エトセトラ、エトセトラ。面倒だから全部は読まないけど、およそ20件の容疑が掛かってるんだけど、さらに追加の罪も見つかった。……お前、この国の研究施設から情報を盗み出し、アルデバランに売ったな? 機密の回収はなんとかできたが、向こうに潜入中のアサシンが一人負傷し、再起不能でリタイアになったそうだぞ。
割と優秀な奴だったが、新人を守って名誉の負傷って奴だ。結果、ゼクス隊長は超不機嫌で、八つ当たりのように俺にまで任務を言い渡して来たよ。おかげで俺のオフは台無しだ。
でだ。その任務の内容の条件に、ターゲットの捕縛。(生死問わず)って項目があるんだけどさ、どーするよ。これから先、一生臭い飯を食うか、俺にこの場で切り捨てられるか。好きなほうを選べよ」
「ま、待ってくれ! お、お前、エアリアルウィングのレイ=ブレイズだろ? なら、正規の警備隊じゃないんだよな? ど、どうだ俺と取引しないか? 俺の有り金全部くれてやる! ま、まだヤクも残ってる! 女なんてどうだ! 極上の女を用意してやるよ! だ、だから助けてくれ! 殺さないでくれ!」
「死にたくなきゃ、大人しく逮捕されれば良いだろ? それとも何か? 裁判になったら確実に死刑になるっていう核心でもあるのか? 例えば、少女強姦殺人罪とか……な」
「や、やめろぉぉぉぉぉ!」
私は、思わず恐怖で目を閉じました。ですが、次の瞬間。
『ガッシャァァァァァァァァァン!!!』
再び窓ガラスが砕け散る音がして、今度は目の前に、ベルガーさんが転がって来ました。
私は思わず悲鳴をあげそうになりますが、どうやらベルガーさんは、先ほどの男性のように、気を失っているだけのようでした。
「……なーんてな。よかったな、ギャラリーが居て。流石に一般人の目の前で殺すのは、目撃者にトラウマ与えちまうからな。それに、これ以上始末書やら、報告書なんか増えちまったら、俺もやってらんねー。ま、精々良い弁護士でも雇え。金ならあるんだろ?」
割れたガラスを踏み潰し、気を失っているベルガーさんを拘束しました。
すっと差した月明かりが照らし出した彼は、まさに死神でした。真っ黒のフードマントにすっぽりと身を包み、フードの奥から覗く冷たく鋭い眼光が、ベルガーさんを見下ろしていました。そしてその鋭い眼光は、隠れていたはずの私を、正確に捉えたのです。
「……べつに取って食いやしねーよ。出て来いよ」
「ひぅっ!? あ、あの、私誰にも言いませんから! お墓まで持っていきますから! どうか命だけはご勘弁を!」
「……いや、何もしないって。グレンとジークが言ってたシスターってあんたか? 二人が心配していた。あんたの探してる子供たちも、恐らく無事だ。ただ、100人ほどを保護している。コルト東警備隊駐屯地で全員保護しているから、行って見ると良い。通報もしたし、そろそろ警備隊が到着する頃だ。一緒に連れて行ってもらえば良い。じゃ、俺はこれで……」
「あ、あの! ありがとうございました!」
彼は、一瞬私をチラっと睨むと、何も告げずに屋根までジャンプし、そのままどこかへと去ってしまいました。
私は、あの人に何かしてしまったのでしょうか。なぜ、今私のことを冷たく睨み付けたのでしょうか。正直、めぇぇぇぇっちゃ恐かったぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……。殺されるかと思ったぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……。
それから、私は警備隊の人たちに連れられ、駐屯所で彼女らと再会しました。
彼女達は、幸い何事もなく、十分な食事と新しい服を与えられ、自分達が身売りされそうになっているという自覚すらなかったようです。今後、彼女らはこの町の施設で一旦引き取られ、改めて里親を探すか、この街の施設で大人になるまで過ごす事となるでしょう。
グレンさんとジークさんにも再会できました。彼らの話によると、二人がアルト達を救い出してくださり、他の子供達と共に保護してくださったのでした。わたしの居た孤児院の院長も、収賄や人身売買の容疑で逮捕され、子供達も保護される事となりました。
「で? シスターはこれからどうする? 帰りの路賃あるの?」
「ええ。特急を使わなければぎりぎり帰れます。けれど、もうあそこに戻るつもりはありません。私、決めたんです。私も冒険者として、人々の役に立ちたいと思います!」
「え?」
「何? お嬢ちゃん、エクソシズムなんて使えるのか?」
「ええ、もちろん使えません!」
「「はい???」」
「ですから、一から勉強できる冒険者ギルドに入ろうと思います! お二人とも、本当にお世話になりました! ありがとうございました!」
私は再び、お二人に深々と頭を下げ、とりあえずは今夜の宿を確保すべく、再び走り出します。
「お二人とも、いずれどこかでまた会いましょう!」
「……あー、うん達者でねぇ」
「……なんだろうな、あの子。間違いなく失敗するっていう直感が沸くんだけど」
「……奇遇だなグレン。俺も同じ事思ってた」
―翌晩、コルトタウン南公園・噴水前―
「ふぇぇぇぇぇん。何でぇ? どぉしてぇ? ふぇぇぇぇぇ……」
決意も束の間。私は、誰も居ない公園で一人、ベンチに座りながら泣いてしまっていました。
今日丸一日、朝から晩まで、コルトタウンにある冒険者ギルドの殆どを回りました。
結果全て不採用。
それどころか、行き先に困った私を、アギトル教の教会は決して、私のために門を開こうとしてくれませんでした。どうやら私は、恩人である院長を売った裏切り者だと認識されているようでした。
ソレもそのはず。人身売買にアギトル教の孤児院が関わっていたとされたニュースのおかげで、国中でアギトル教への批判が高まっていたのです。よって、いつも開かれている神の家の扉は、硬く閉ざされていたのです。
もちろん、魔法も使えない私が採用してもらえないのは当たり前なのですが、面接をしてくださったギルドのマスターさんたちは皆、アギトル教という単語を聞いた瞬間、苦虫を噛み潰したような顔をされました。
私の信じてきた物は、一体なんだったのでしょうか。
私は、その信じてきた物を、自分で壊してしまったのでしょうか。
なら、私は一体どうしたらよかったのでしょう。
見ないフリをして、目を背け続ければよかったのでしょうか?
「ひっく、えっく…………」
涙が溢れて止まりませんでした。 寒くて、お腹が空いて、寂しくて、悲しくて……。
「……あらあら。女の子がこんな時間に、こんな場所で、一人涙してるだなんて。……とってもドラマチックだけど、それ以上にとっても危ないわよ? 田舎には狼が居るでしょう? 都会にはね、人の皮を被った狼が居るのよ?」
「え……?」
顔を上げると、そこには美しい女性が立っていました。
金髪の長い髪を風になびかせ、エルフの尖った耳に、赤い縁のメガネを掛けたその女性は、女神のような優しい微笑を私に向けてくれていました。
「こんばんは、シスター。どうしたの? こんな所で泣いて。ねぇ、良かったら私とお茶しない? こんな時間でも、美味しい紅茶とスコーンを出してくれる喫茶店を知っているの♡ もちろん、私のお・ご・り♡ どう? 素敵でしょう?」
彼女は、その白く美しい手を、私に差し出してきました。
「……えへへ、私もしかして、ナンパされちゃってるんですか?」
「ええ、ナンパです♪ 私のお誘い、受けてくれますか?」
私は、彼女の差し出してくださった手を握りました。
「はい、喜んで……」
「ふふふ、セイラよ」
「イリーナ=ヴァルキリーです」
これが、私とマスターの出会いでした。
薄暗いけれど、どこか大人な雰囲気の喫茶店で、セイラさんは、これまでに私が体験した事、そして、私の愚痴にも似た懺悔を、黙って聞いてくださいました。聞き終えた彼女は、一口紅茶を飲み、ふむ、と一言発して考え込み、そしてやがて口を開きました。
「でもさ、それって、いっちゃん何も悪く無いわよね?」
「え、いっちゃん?」
「ええ。イリーナだからいっちゃん♪ お気に召さないかしら?」
「い、いいえ! うれしいです……」
「そ♡ よかった♡ で、なんだっけ。あ、そうそう。悪いのは、主犯の男と、院長である神父さんでしょ? いっちゃんは不正の現場を目撃してしまって、冒険者に助けを求め、3人の少女達を救出してもらい、警備隊の憲兵さん達のガサ入れが入って、院長さんは逮捕された。それだけの事よ。あなたは正しい事をしたのよ。胸を張りなさい」
正しい事をした。胸を張りなさい。その言葉が、私にとっては救いその物でした。
「さてと、ねぇいっちゃん? あなたはこれからどうするの? またシスターとして、孤児院で働くの? それとも、冒険者として働きたい?」
セイラさんの問いかけに、私はどう答えれば良いのか、口をつぐんでしまう。そして、思慮の据えに私は答えを出した。
「冒険者になりたいです」
「それはなぜ?」
「今のアギトル教は、腐ってしまっています。誰かが正さねば、いつまでも腐ってしまったままでしょう。それでも、力なき人々は、神を信じる他ありません。そんな人たちの助けになるには、教会の中にいてはダメなんです。もっと、広い視野、広い世界を見て、私は神の教えを学び、困っている人々に手を差し伸べ続けなければならないんです。冒険者として、シスターとして、私はもっと成長したいんです!」
セイラさんは、ふっと微笑み、私の手を両手で優しく包んでくださいました。
「……あなたを採用します。イリーナ=ヴァルキリー」
「……え?」
セイラさんは、ふふふと微笑んだまま、小さなポーチから名刺を差し出してくださいました。
「改めまして、冒険者ギルド、エアリアルウィングマスター。セイラ=リーゼリットです。ジークとグレンがお世話になりました、シスター・イリーナ。
見たところ、あなたは魔術の経験は無いようだけど、魔力を体に宿しているようなので、今からでもしっかり勉強すれば、支援職として立派に働けるかと思います。
ただし、最高の師と最高の環境、そして本人の努力が必要不可欠です。
そして当方には、最高の師と環境のご用意がございます。
是非、貴方の正義の信念、我がエアリアルウィングで生かしてみませんか?
より良い世の中を作るために、一人でも多くの人に手を差し伸べられるように、私に力を貸してくれないかしら、いっちゃん」
「……よろしく、お願いします。どうか私を導いてください、マスター」
こうして、冒険者イリーナ=ヴァルキリーは誕生したのです。
マスターにエアリアルウィングへ連れて来て頂いた私は、、私はジークさんと、グレンさんと再会し、彼らが私を心配して、マスターに『実は』と、私の事を話してくださり、マスターは私を探してくれていたことを知りました。
オリビアさん、アーチャーさんにも、快く迎えていただいた事も、今でもよく覚えています。
皆さん、とっても歓迎してくれました。……たった一人を除いては。




