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―エピソードイリーナⅢー

―最寄駅前―


 早朝。私は荷物を纏めて教会でもある孤児院を飛び出していました。必要な物は全て持ちました。所持金は心許ないですが、仕方ありません。元より、戻るつもりもありません。


「どどどどどうしよう。とにかく、あの3人を見つけて保護して、コルトタウンの大聖堂に逃げ込んで事情を説明するしかありませんよねぇ? あれ、でも待って? コルトタウンの大聖堂の聖職者も汚職にまみれてたら!? うわぁぁぁん、誰も彼も信用できませんんんん!」


 ええ、もう完全に疑心暗鬼でした。


今まで信じていた物が根底から覆されたのですから当然です。しかし、私には使命があるのです。あの3人を助け出さないと!


 このままでは大変な事になってしまいます!


 そう、例えば如何わしく汚らわしい夜のお店で働かされたり!


 そう、例えばロリコンの悪徳領主な感じの貴族に奴隷として売られてしまったり!


 嗚呼神様、どうかあの三人をお守りください! 待っていて下さいね、シエラ、アルト、シオン! すぐに私が行きますから!


「はい、コルトタウンまでの特急ですね? 2つ先の駅で大陸循環鉄道に乗換えで 2万5360nになります」

「ぴゃっ!?」


足りません! しかも10nっていう本当に微妙な金額が足りません! いきなり足止めを喰らいました……。うぅ、どこかに10n硬貨落ちて無いでしょうか……。って、神の僕であるシスターがそんな物乞いのような真似絶対出来ません。


「ああ、神様私はどうしたら……」

「ギャウン?」

「ほへ?」


 困り果てた私は、無意識のうちに歩き回っていたようです。駅前の広場には、青く美しい飛竜が降り立っていました。


思えば、これが私とティアマトちゃんの出会いでしたね! そりゃーもうびっくりしましたよ。目の前にティアマトちゃんのくりっとした大きな目が、私をじっと見てるんですよ?


 ……正直食べられると思っちゃいました。あ、冗談です、冗談ですよティアマトちゃん!


「わ、わぁ!? ドラゴン!? や、待ってください! 美味しくないです! 見てください、私は自慢じゃありませんが肉なんてこれっぽっちもついて無いんですよ!? 孤児院の子供には鉄板だとか洗濯板って言われちゃうくらいなんです!」

「はっはっは、面白いシスターだね! 大丈夫、ティアマトは滅多に人は襲わないよ。俺が命令すれば別だけどね♪」


 頭の上から声がしたと思ったら、ドラゴンの背中には男の人が乗っていました。彼はふわりと舞い降りて、ティアマトと呼ばれたドラゴンの額を撫でて見せてくれました。


「ところでシスター。今、孤児院って言ったよね? 俺はジーク=ハインド。コルトタウンにあるエアリアルウィングっていう冒険者ギルドに所属してるんだけど、ちょっとした調査をしていてね。この男に見覚えは無いかな?」


 ジークと名乗る男性が差し出した写真は、忘れるはずも無いあの男の写真でした。


「知ってます! ベルガーって言う人です! この人超悪者ですよ!」

「おーっと。いきなり本命来ちゃったよ。だってさ、グレン。どうする?」

「どうもこうも、詳しく話を聞かせてもらうだけだろ」


 すっと、ティアマトさんの後ろから、サンドウィッチを頬張りながら、筋肉隆々の大柄の男性が姿を現しました。


「こんちわ、お嬢ちゃん。グレン=オルタナだ。俺もエアリアルウィングの冒険者だ。悪いがちょっと話聞かせてくれや」


 まさに、天の助けとはこの事でしょう。天空から舞い降りたドラゴンに乗った冒険者二人は、間違いなく私にとっては、神が遣わせて下さった、天使そのものでした。


 私は迷うことなく彼らに向かってズザーッと土下座をして頼み込むのでした。


「お助けください冒険者様!!!」

「ぬ、ぬぉっ!? 何事か、娘! 野伏せりか? 野伏せりなのか!?」

「ど、土下座って、また古典的な。で、グレンも合わせるんじゃないよ、全く……」



―駅前レストランにて―


「お待たせしました、スペシャルパンケーキ、アイス付きでございます☆」

「ふぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ…………♡♡♡」


 ソレはまさに、奇跡の産物でした。パンケーキです。パンケーキが3段重ねにされて、私の目の前に鎮座しているのです。蕩けるバターの香りが涎を誘い、てっぺんにはバニラアイスクリーム! そしてそこへ、メープルシロップです! 純・メープルシロップです! それをなんとなんと、バニラアイスクリームの上にゆっくりと垂らすのです! 


「ああぁぁぁぁぁ♡♡♡ 生まれてきて良かった。神よ、感謝いたします……では、いただきまふっ!」

「……いや、まぁなんでも頼んでいいよとは言ったけどね」

「神の前にジークに感謝なんだけどなぁ」

「うんまぁぁぁぁぁぁぁぁぁ♡♡♡ こんな幸せ、許されるのでしょうか……。うんまぁぁぁぁぁぁぁぁぁ…………♡♡♡」

「ああ、うん。なんかそんなに喜んでもらえると、俺も嬉しいよ。沢山食べてね、うん」

「お嬢ちゃんよっぽどひでー暮らしをしてきたんだな……。かわいそうに……。1000nのパンケーキにそんなに感動しちまうなんて……」


 一度だけ、一度だけ街に買い物を頼まれ、やってきたとき。私と同い年くらいの女の子が、このパンケーキを食べて居たときから、ずっと憧れ続けていました。こんなにも天にも昇るような幸せをかみ締められるなんて……!


「……もう思い残す事はありません」

「いやあるだろ。戻って来いシスター。ベルガーについて教えてくれよ」 


 はっ! 私としたことが! 大切なことを忘れてこんなおいしい物を食べてしまっています!


「べゆがーはんはひっといんひんはいはいのはんへいはへふ!

(ベルガーさんはきっと人身売買の関係者です!)

もぐもぐ。はむっ!

 いんひょうにわひろをわたひへひまひた。

(院長に賄賂を渡していました)

もくもく。ほむっ!

 わはひはひはんへふ! おはひのはほのなはひ、おはねははくはんはひってひはひた!

(私は見たんです! お菓子の箱の中にお金が沢山入っていました!)」


「う、うん。なるほど? お嬢ちゃんが食いしん坊なのと、食べながら喋るという事が如何に見苦しく聞き苦しい物であり、行儀が悪い行為なのがよーくわかった」

「グレン、もう最後まで食べさせてあげよう。なんかもう、色々可哀想だよ」


 私は目の前にあった悪魔のような、いいえ、天使の恵のようなパンケーキを全て平らげ、口の周りに付いたメープルシロップをお絞りできゅっきゅと拭き取り、かくかくしかじか、お二人に私が見たこと、そして3人がこのままでは大変な事になってしまうと訴えました。


「なるほど。目撃証言はとれた。物的証拠は警備隊の連中に任せるとして。ジーク、俺はちょっくらマスターに連絡してくるぜ?」

「あいよ。よろしくグレン」


 グレンと呼ばれた筋肉隆々の逆髪の男性は、ケータイを持って店の外へと出て行きました。私は、その機械文明の象徴とも言える通信機をじっと眺めてしまいます。


 あんな機械とは無縁そうな(脳筋的な意味で)彼も、ああいうものを持ち合わせているんだなぁ。やっぱり都会は違うんだなぁ……。

「でだ、君はこれからどうするんだい? 話を聞く限り、もう孤児院には戻れないだろう?」

「……どうしたらいいのかは判りません。ただ、あの3人を助ける為に、私はコルトタウンに行かなきゃならないんです。あの、私もコルトタウンに連れて行ってくださいませんか?」


 私のもう一つのお願いを聞くと、ジークさんは少し困った顔をしました。


「それは別に構わないけれど、行ってどうするの? 君に出来ることはほとんど無いと思うけど……」

「ええ、きっと無いでしょうね。それでも、彼女らの無事を確認するまでは、私は元の孤児院に戻る事もできません!」


 ふーむと考え込むジークさん。


「ま、いいか。こちらとしても、身売りされた少女達がどのコなのか確認しやすいしね。それじゃあ、行こうか? コルトタウンへ」

「はい、よろしくお願いします!」



 こうして、私はグレンさんとジークさんと一緒に、大都会、コルトタウンへと向かう事になりました。




―コルトタウン―


「ええ? マスターが『アイツ』にGOサイン出したって!?」

「ああ、俺達があの村で手に入れた情報を伝えてからすぐ、アイツが『本業』の小間使いでブッキングしてる事がわかってな。想像以上に根が深そうだぞこの案件。なんせ、国中の孤児院やら児童福祉施設から、美少女ばかりをかき集めてるらしいからな。で、アイツが本業にお呼ばれした理由は、先日河川敷で発見された少女の遺体は、どうやら……」

「グレン!」

「おっと、わりっ。シスターの前で言う話じゃなかったな」


 私はサーッと血の気が引いてしまいました。足元がくらくらして、今にも倒れてしまいそうでした。早く、早くあの3人を見つけ出さないと!


「にしても、アイツが動くとなると、流血は免れないね……」

「ああ。最近アイツ荒れてるしなぁ。なんでだ?」

「そりゃーやっぱ。聖誕祭間近で国全体が、アギトル教のお祭り騒ぎだからじゃない? 宗教嫌いのアイツが、特に忌み嫌ってるのがアギトル教だし」

「ああ? 俺やお前ならともかく、あいつは純レオニード国民だろ? 国教のアギトル教が嫌いって、どーなのよ?」

「知らないよ。アイツ自分の事殆ど話さないし、なんで?って聞いても、なんかすごい目で睨んで黙ったままだしさぁ」


 焦燥に駆られる私を他所に、目の前の二人は私とは無関係の話で盛り上がってしまっています。私はこんな所で脂を売っているわけには行かないのです!


「あの、お二人とも! こんな遠くまで連れてきて下さってありがとうございました! 私、3人の居場所に心当たりがあるので、ちょっと行って見ます!」


 私は二人に頭を下げてお礼を述べて、一目散に駆け出しました。


「ああ、そうなんだ。がんばってね……って、ちょっとシスター!? どこ行くのさ!?」

「おいおい、そんな危険なマネを……って、なんだ? マスターから電話だ。はいもしもし? はい。……え? はい。了解しました。おいジーク、追加の仕事だ」

「え、ええー? ど、どうしよう。シスター追いかけなくて平気かなぁ?」

「ま、ターゲットは同じなんだ。現場で鉢合わせするんじゃないか?」


 私はすぐに、街の交番で地図を見せてもらい、件の住所を探しました。


「コルトタウン東地区260-40……コルトタウン東地区260-40……あった、ここですね!? ありがとうございますお巡りさん!」

「いえいえ。シスターこの町は初めてですかな? なら、ちょっと待ってくださいね。今地図をコピーして差し上げますから」

「はい、感謝いたします!」


 ちょっと中年の小太りのお巡りさんは、私に地図のコピーを渡してくださり、地図にはわかりやすいように、目的地と交番の位置に記しをつけてくださっていました。


「コルト東には路面電車で行くといいですよ」

「はい、ありがとうございます! 重ね重ね本当にお世話になりました! 行って参ります!」

「ははは、元気のいいシスターだ。お気をつけて」


 交番から再び走り出した私は、路面電車の駅へとやってきました。しかし、ふと周りを見渡しても、切符売り場のようなものは見当たりません。この路面電車はタダで乗れちゃう物なのでしょうか? まさか、そんなはず無いですよねぇ?


 そうこうしているウチに、駅に路面電車がやってきました。


「あ、ああどうしよう。切符、切符は何処で買えばいいの?」

「んぁ? なんだー? シスターの姉ちゃん、『ちんちん電車』の乗り方も知らないの?」

「は……? ちん? ぱーどぅん?」

「だーかーらーぁ。ちんちん電車乗ったこと無いの?」


 12歳くらいの男の子が、あろうことか、私にちん……。神の僕たるシスターの私にちんち……。ああ、神様。これが都会ですか。都会の荒波ですか。神様、イリーナは今穢れていくのがわかります……。


「しょーがないシスターだなぁ♪ ほらほら、俺がちんちん電車の乗り方教えてあげるよ。お金は後払いでいいんだよ。乗車したらまず整理券を取って、目的の駅についたら、出口の現金箱にお金を入れる。お釣も出るけど、混んでる時はなるべくピッタリの小銭を持っておくか、回数券とか、ICカード、IC水晶を使うのがマナーなんだぜ? これでシスターも、ちんちん電車初体験はばっちりだな!」


 きっと、この少年は私に純粋に親切にしてくださっているのでしょう。おかげさまで乗り方もばっちりわかりました。


でも、隣の脂っこいお兄さんが、私を見て『でゅふっ♡』と、おぞましい笑い方をしてじっと見てくるんです。


何故ですか? 何故路面電車があろう事か、ちんち……なんですか? ありえないです。


『チンチン♪ チンチン♪ コルトタウン南~。コルトタウン南~。お降りの際は、足元にご注意ください~。次は、コルトタウン南公園前~。コルトタウン南公園前でございます。ご乗車の際は、整理券を忘れずにおとり下さい~。


「あ、ちなみにちんちん電車の由来は、この到着の際と出発の際のチンチンっていう音が由来で、昔からコルトに住んでる人はみんな、この路面電車をちんちん電車って呼んでるんだよ。どうしたの? 乗らないの? シスター」

「……ははは。ナニからナニまでご親切にどうもです」


もうやだ。都会こわひ…………。



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