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―エピソードイリーナⅡ―

私は、度々人から、ドジっ娘だなんて言われがちですが、私自身はそうは思ってないんです。


確かに私は、人から見ればドジを踏みまくっているのでしょう。けれど、私に言わせれば、私の歩む先に不幸が転がっているだけだと思うのです。何が言いたいのかと言いますと、私はドジじゃありません。運が悪いんです。思えば、幼少の頃。……いいえ、私は生まれた時から、運が悪かったのかもしれません。


「イリーナ、『ヴァルキリー』!?」

「お前があの伝説の戦乙女ヴァルキリーとか笑えるぅ!」

「あっはっはっはっは! 勿体ねぇ名前! お前みたいな奴が『我に続けー!』って最前線に立っても、石に躓いて転んで、後ろから来た兵士に踏み潰されて死ぬのがオチだろ! あっはっはっはっは!」

「改名したら? ドジーナ=ダメキリーなんてどーよ!? あっはっはっはっは!」


 ほら、絶対これ私のせいじゃない。たまたま生まれてしまった家の姓がヴァルキリーだっただけです。未成年の私、それも当時6歳の私に、町のいじめっ子達は容赦がありませんでした。


 私を生んでくれた両親は、戦争に巻き込まれて亡くなったと聞かされています。そんな私は、親戚をたらい回しにされてしまいました。仕方の無いことです。私の親戚の皆様の家も、決して裕福とは言えず、苦しい生活をしていました。きっと私のような不幸体質な娘は、本当に疫病神みたいなものだったのでしょう。


ある日、折角精製した小麦粉を倉庫に運ぶ際。大きな重い袋を一生懸命抱えていた私の足元に、春の陽気に目を覚ました大きな蛙が、ピョンと飛び出し、私はそのブニブニっとした体をふんずけてしまい、大いに転んでしまいました。その拍子に小麦粉をパンパンに詰めた袋は破け、大切な小麦粉は、春の強い風に攫われて行きました。


親戚のおじさんは大激怒し、その日の夜。私の食事を抜き、家の外へと放り出したのです。そして、寒さに震えながら、少し開いた窓から聞こえてくる、おじさんの話し声を聞いてしまったのです。


「イリーナにはもう我慢が出来ない! あんな娘っ子でも、娼館にでも売り飛ばせば金になる。母親に似て顔だけはマシだからな。娼館がだめでも、国境沿いの市場なら奴隷商人が居る。どっかの金持ちの玩具としてなら売れるかも知れねぇ」


すごく、すごくショックでした。12歳になったばかりの私には、あまりにも耐えられない現実で、遂に、私は家を飛び出し、アギトル教が運営する孤児院へと逃げ込みました。


 そこでの生活は、決して悪い物ではありませんでした。慎ましくも美味しい食事、硬くとも、ちゃんとしたベッド。そして毎日同じではありますが、修道服というちゃんとした衣服もありました。

衣食住に関しては、全く私は困ったりしていなかったのです。そして、神に祈りを捧げ続けた私は遂に、洗礼を受け、正式なアギトル教のシスターの一人となれたのです!


シスターとなった私は、孤児院で下の子達の面倒を見ることとなりました。


そんなある日でした。


「失礼します。わたくし、里親仲介人のベルガーと申します。本日、こちらの孤児院の院長のロベルト神父と、面会のお約束をさせて頂いているのですが……」


 その人は、黒いぴっちりとしたスーツに、黒いシルクハットを被った、細身の男の人でした。一瞬、彼の姿は喪服姿にも見えたのですが、黒のスーツはどんな場所でも着れると聞いた事があるので、気のせいかな? と想うようにしました。多分、私にそんな風に思わせた理由は、彼の見せた営業スマイルが、あまりにも胡散臭かったからだと思います。私に胡散臭いと思わせるのだから、相当の物だったと思います、ええ……。え? 例えばですか? ……レイさんがにっこにこの笑顔でカメラにピースしてるってくらい、超胡散臭かったです。


 ベルガーという人が現れてから一週間後、すぐに3人の少女達の里親が決まり、遠く離れた街で暮らす事となりました。


「……さよならシスター・イリーナ」

「うん、元気でねシエラ。最初は慣れるの大変だと思うけど、がんばってね。神様はいつも貴方を見守ってくれています。勿論、私も遠くから見守っていますよ」

「イリーナお姉ちゃん。いつか遊びに来てね? 絶対よ?」

「ええ、もちろんですよアルト。だからもう泣かないで下さい……」

「……イリーナお姉ちゃん。それハンカチじゃない。お食事用のナプキン。痛いわ……」

「あれ!? いつの間に!?」

「イリーナ、ほんとそのドジ無くさないと、神様も呆れてしまうわよ」

「だ、大丈夫です! 神様は寛大なお方です! これくらいは笑って許してくれますとも! シオン、あなたこそ、そんな冷たい態度を里親の方々にしちゃだめですよ?」

「あなたがこうさせてるのよイリーナ。年下の私から見ても、あなたは極端にドジすぎるわ。全然尊敬できないシスターナンバーワンよ。……次に会う時までに、そのドジ、なんとかしておいてね。……バイバイ、イリーナ」


 彼女達は馬車に乗せられ、この村から遠く離れたコルトタウンという王都の街へ行くらしいです。こんな辺境の村とは全く違う別世界。


 どんな街なんだろう? きっと王都じゃこんな修道服姿じゃ笑いものにされちゃうんだろうな。


 でも、私だって女の子だから、そんな世界に憧れくらい抱いてしまうんです。きっとあの子達も、どこか幸せな家庭に引き取られ、綺麗なお洋服に身を包んで、ちゃんと学校に通わせてもらうんだろうな。


「幸せになってね、みんな……。どうか貴女達の未来が、幸福で満ち溢れますように……」


 私は、彼女達の幸せを神様に祈りながら、馬車を見送りました。それから数日後、あのベルガーという男の人が、再び孤児院へとやってきました。


「先日はどうも、シスター……」

「あ、イリーナです。イリーナ=ヴァルキリーです」

「これは失礼、シスター・イリーナ。院長はいらっしゃいますか? 大変失礼ながら、アポイントメントの時間より1時間ほど予定を繰り上げざるをえない状況になってしまい、ご連絡を差し上げたのですが、連絡がつかず……」

「それはそれは。すみません、院長は只今留守にしています。1時間後には戻られると思いますが……」

「ふむ……。仕方ない。本日はお礼の粗品をお持ちするのが目的ですので、日を改めてまたご挨拶に伺うと伝えてください。どうか、これを院長にお渡しください」


 そう言って、ベルガーさんは大きなお菓子の箱を差し出してきました。きっと、中にはお菓子が沢山詰まっているのでしょう。なかなかの重さがありました。こんな貧しい土地では滅多に見られない焼き菓子の詰め合わせ。


 その宝石箱にも匹敵する魅力に、私は思わず涎を飲み込んでしまいます。


「か、かしこまりました。必ず院長にお渡しします」


 お渡ししてから、孤児院のみんなで美味しく頂くとしますとも! ええ!


「それでは、私はこれで……」

「はい、ご苦労様でした!」


 私は綺麗にラッピングされたお菓子の箱を、院長の執務室へとお持ちしました。

その途中の事でした。


「わー! イリーナ姉ちゃん何もってるのー?」

「なんだそれ、食い物か? おいらも食べたいー!」


 いたずらっ子の男の子二人が、私の持っているお菓子の箱を見つけて、足元でちょろちょろと走り回ります。


「こ、こらダメですよ! これは院長がお客様から頂いた物です。まずは院長にお渡ししなくてはなりません。やさしい院長は、いい子にしてたらきっと、お菓子をみんなに配ってくださいます。ソレまで我慢してくださいね」

「「お菓子!?」」


 仔犬のような目つきをしていた子供達が、まるで餓えた狼のような目つきに変わり、私の持っているお菓子の箱をギロリと睨みつけます。


「だ、だめですよ! 院長に叱られてしまいますよ?」


 私は箱をギュッと抱きしめ死守を誓いました。


「なんだよイリーナ姉ちゃんのケチー!」

「やーいやーい♪ ケチーナ~♪ ケチなケチーナのぱんつはしわくちゃかぼちゃぱんつー♪」

「おっぱいはまな板? いやいや洗濯板~♪ がりがりぃ♪」

「ムッキィィィィィ! そこに直りなさい小悪魔キッズ! お望みどおり貴方達の性根を本物の洗濯板で洗って差し上げますとも! ガリガリしちゃいますよ!?」

「キャハハハハハッ! ケチーナが怒ったー!」

「ホントの事言われて怒ったぞー♪ ぷんすか怒ってまたドジ踏むぞー!」


 完全に子供に舐められてしまった私は、完全に彼らのペースに嵌ってしまい、ちょろちょろと逃げ回る彼らを追いかけまわします。しかし、あまりのすばしっこさに、私は翻弄されてしまい、一人の男の子は、スライディングであろうことか、私のスカートの中へと入ってきたのです。


「隙ありぃ! ……あれ!? かぼちゃぱんつじゃない! 勝負下着だ!」

「マジ!?」

「ちょっ!? 違います!!! ただのパンツです!!! 何処で覚えたんですかそんな言葉!!! そもそも、無地の白いぱんつで勝負できるほど大人の世界は甘く無いんですよ!? っていうか神の家で何て狼藉を働くんですか!!!」

「今だ、隙あり!!!」


 足元ばかりに気を取られた私の背後に、もう一人の男の子が飛び掛り、おもむろに胸元へと手を伸ばし、あっさりと触れてしまいました……。


「……ナニコレ鉄板!!!???」


 鉄板。その単語が、私の脳内で何度もエコーがかかり、心を大震撼させました。気がついたときには、私はお菓子の箱で、男の子の頭をガツンと叩いてしまっていました。


「ひでぶっ!?」

「じょ、ジョージ! なんだよそのお菓子の箱!? いま『ゴッ』つったよ!? 石でも詰まってんじゃねーの!?」

「黙りなさい狼藉者! よくも乙女のスカートの中を覗き、さらに胸を鷲掴みにした上に、鉄板とか言ってくれちゃいましたね? 今日と言う今日はもう我慢なりません。神もきっと小悪魔相手なら許してくれましょう……。悔い改めなさい!!!」

「やっべ!? イリーナ姉ちゃんがマジギレしてる! おいジョージ逃げるぞ!」

「ちくしょう……。妖怪ペタンコリーナめ! 覚えてろよー!」

「ええ忘れませんとも! こんな屈辱、そう簡単に忘れてなるものですか!!!」


 彼らには後でたっぷりとお仕置きをするとして、深呼吸をして冷静になった私は、酷く後悔しました。先ほどの騒ぎで、箱を綺麗に包んでいた包装紙が破けてしまっていたのです。


「……やってしまいました」


 こ、こうなっては仕方ありません。包装紙をはがして、院長のお部屋に置いておくことにしましょう。


 私は院長室のテーブルの上に、お菓子の箱を置き、改めて箱をじっくりと眺めてみました。


 確かに、お菓子が詰まっているにしても、やや重たい気がします。まるで、聖書が2冊くらい入っているんじゃないかと錯覚するくらいの重さはありました。一体どんなお菓子が詰まっているのでしょうか。想像と妄想が膨らんでいきました。


「え、えへへ。ちょっとだけ~。見るだけよ? 見るだけだからねイリーナ……♡」


 私はドキドキしながら、ゆっくりとお菓子の箱を開けてしまいました。


「え…………?」


 そこには、目を疑う光景が広がっていました。


 確かに、お菓子は入っていました。ですが、クッキーがある程度入っていただけで、クッション材で隠された本当の中身が、先ほどの騒ぎで露呈してしまっていたのです。


 そう、クッション材やお菓子でカモフラージュされたソレは、私が絶対手にしないであろう金額の札束でした。ソレを目にした私は思わず声を上げてしまいました。


「なんて古典的な!!!」


 問題はそんな事じゃありません。何故こんなお金を、ベルガーさんは院長に? 寄付金なら、こんな隠すような手段を使わず、正式な手順を踏まえて寄付をしてくださるはず。


「ま、まさか……。まさかそんな……! ああどうしよう、どうしようどうしよう!?」


 私の頭の中には、親戚のおじさんの、あの悪魔のような声が響いていました。


『あんな娘っ子でも、娼館にでも売り飛ばせば金になる。母親に似て顔だけはマシだからな。娼館がだめでも、国境沿いの市場なら、奴隷商人が居る。どっかの金持ちの玩具としてなら売れるかも知れねぇ』


 私は震える指で、お札の上にクッション材、お菓子を綺麗に並べ、箱を閉じて院長室を飛び出し、自室へと逃げ帰りました。


「どうしよう、どうしよう、シエラ、アルト、シオン! ああ神様……。どうしたらいいの?」 


 アレから何日経った? 助けなきゃ。あの三人を助けに行かなきゃ!


 


―その夜―


 皆が寝静まった真夜中の3時。私はこっそりと院長室へと忍び込みました。そして、ゴミ箱に無造作に捨てられたあの御菓子の箱をみて、更に落胆しました。確かに、カモフラージュに使われた御菓子でしたが、子供達に分け与えるだけの数はあったはずです。それを、たった一人で半分以上食べてしまったのですね、院長。


「……最低」


 私は院長室を探りつづけ、ついにベルガーの名刺を、院長の引き出しから見つけました。


「…………コルトタウン東地区206-40」


 恐らく、この名刺に書かれた住所が、ベルガーの居場所に繋がるのでしょう。偽の住所かもしれない、けれど今はこれだけが手がかりです。行ってみるしかありません……。


 

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