―エピソードイリーナⅠ―
……最近、私、いっちゃんことイリーナ=ヴァルキリーは思うのです。
レイさんが丸くなったと!!!
「……はぁ~。……疲れた。あ、しまっ」
「あら、レイ。疲れたの? じゃあ私の出番だね♪」
「べ、別に大丈夫だ! 今のはアレだ、口癖だ! 全然疲れて無いぞ!?」
「いいからいいから♪ ほらほらソファーに横になって! ちゃちゃっと回復しちゃうから♪ ね? 早く終らせてご飯にしましょ♡」
「べ、別に回復魔法に頼るほどじゃないって言ってるんだよ。寝れば疲れは取れるって!」
「だーめ♪ 私の練習にもなるんだから、協力してよ。私はレイの相棒でしょう?」
「……ああもう。くっそ、またこのパターンかよ」
ええ。最近じゃこの光景が当たり前になりすぎて、皆さんもからかうのも忘れてこう思ってますよ。
『家でやれよバカップル!!!!!!』と……。
仕事から帰って来て、各種手続きを済ませると、ふたりはいつもこうです。
エリシアさんはレイさんを、彼お気に入りの暖炉前ソファーへと連行し、傍へと椅子を持ってきてはライトヒーリングを施術し、彼の疲労を取り除いてから、その日の仕事を終了とするのです。その光景がなんとも、エリシアさんが嫌がっている黒い大型犬にブラッシングをしているように見えてしまうのです。
そして、不貞腐れながら、なんだかんだ気持ちよさそうに回復魔法を受けちゃってるレイさんを見て、つくづく、あの『ギルド一、関わってはいけない人物』と教えられた日を遠く感じます。
私は若干ショックです。
思えば、レイさんは最初から私を嫌厭していたように思います。
レイさんはどんなに大きな傷を負っても、なかなか回復魔法を掛けさせてくれませんでした。『回復薬ぶっかければ治る』ならまだしも、『適当に縫って消毒しとくから大丈夫』とかワイルドすぎる事言ってた人ですよ? 精々骨折とか意識を失っている時じゃないと、回復魔法なんて掛けさせてくれる人じゃなかったんです。それが、なんですかあれは。
もちろん、私は水魔法に波長があった魔力を持っているから、ヒーリングを修得したわけですが、ライトヒーリングを修得できないわけじゃないんです。けれど、実戦での実用性を重視した場合、より即効性を求められるヒーリングを、より確実に、そしてより高度に高める事が最優先でした。
もちろん、エリシアさんもヒーリングを修得する事は可能です。ですが、彼女は、真っ先にライトヒーリングを選択したんです。
しかもその理由が、『レイが普通のお仕事で、大きな傷を負うような事はほとんど無いでしょう? もしそんな事が起こったら、マスターやいっちゃんを頼ったほうが確実だわ。応急処置だけなら、手持ちの回復薬とライトヒーリングで十分カバーできるしね。私にとって日常的に必要になる魔法は、ライトヒーリングだと、私の直感が訴えるの♪』だそうですよ?
もうなんて言うか、エリシアさんのライトヒーリングは、『レイさん専用回復魔法』とでも改名すべきです。絶対他の人に掛ける気なんて無いです!
ま、まぁ? 私としては自分の立場もあるので、あまりエリシアさんに頑張られても困っちゃうわけですが、やっぱり複雑なんです!
「どう? 他にだるい所とかある?」
「……肩。なんか張ってる……気がする」
「了~解。あ、ほんとだ。ちょっと凝ってる~。ふふふ、お客さん凝ってますねぇ♪」
「あ~そりゃーな。あれだけ馬車馬のようにコキ使われたら肩も凝るわい」
エリシアさん! 何サラッとライトヒーリングしながらのマッサージとか至極の回復施術してるんですか!?
レイさん! 元皇女様のエリシアさんに一体何させてるんですか! 世の中の王子様たちが見たら、一体何人の刺客を送り込まれると思ってるんですか!? 軍の一個小隊を送り込まれたって文句言えませんよ!?
っていうかなんですかその幸せ空間!!! それで付き合ってないとか何の説得力も無いんですけど!? っていうかホントお家でやってもらえませんか!? 見てるこっちが恥ずかしいですぅぅぅぅ!!!
「ふぅ、こんなもんかな♪」
「……その、なんだ。さんきゅ。また腕上がったな」
「ふふふ。ありがと♪ ねぇねぇレイ、疲れもしっかり取れたでしょ? 知ってた? 今日パパ様お休みよ?」
「え!? ……そ、そういうことか」
「そ♡ ねぇねぇ、寒くなってきたしぃ、オニオングラタンスープのパイ包みが食べたいなぁ♡」
「はぁ? よりによってソレかよ。時間かかるぞ?」
「ええ、幾らでも待つわ♡ メインは適当でいいよー♪」
「はぁ。しょうがねぇなぁ。……みんなも食うか? オニオングラタンスープ」
な、なんと! レイさんのオニグラですと!?
「「「「「「食べるーーー♡」」」」」」
満場一致のYESに、レイさんはため息をつきながら厨房へと姿を消しました。
「……ほんとに、丸くなっちゃいました」
私は、グレンさんと温かいココアを啜りながら、そんな独り言を呟いてしまいます。
「まぁ、どういうわけだか、アイツに惚れたのが、まさかのエリシア皇女だからな。流石はリアルプリンセス。だれもあんなレイの姿なんざ想像しなかっただろうよ。」
アーチャーさんはコーヒーを飲みながら、オリビアさんはワインを呑みながら、エリシアさんを見つめて言いました。
「まぁ、聖夜祭を二人きりで過ごしたんだ。アレだけ協力したのに何の進展もしてなかったら、僕とオリビアの苦労は一体なんだったんだと嘆くところだよ。僕は少し安心したかな……」
「私は、エリシアにはもっと相応しい男が居ると思ってたわよ。……けど、あんな幸せそうにレイにくっついてるのを見てると、もう不思議とアイツ以外の組み合わせって思いつかないのよね。……あんな野暮天の何処がいいんだか」
私たちの視線など意に介せず、エリシアさんは小さい折りたたみ椅子を持って厨房へと入って行きました。すぐに厨房から、包丁の音と共に、二人の会話が聞こえてきます。
「ん? ……なんだよ」
「見学~♪ レイがお料理作るところを見て、お料理の勉強をしようかと思って♪」
「……見学程度でお前の料理の腕がどうにかなると思えないんだけど。よし、後は弱火でトロトロにーっと……。メインどーすっかなぁ。あ、鶏肉の丸があったな。ローストにでもするか」
「え? もしかして丸ごと!?」
「ああ、丸ごと。おやっさんはガラもスープに使ったりするから、よく丸で買って来るんだよ。全員分を小分けに焼くより、丸ごと焼いたほうが楽だからな。ついでにつけ合わせとかサラダとかも作る時間が稼げる。同時進行でオニグラもやらなきゃいけないしな」
くぅ~。流石レイさん、レストランエアリアルウィングのスーシェフです。メニューを聞いただけでお腹が空いてしまいます!
「おおそうだいっちゃん。ジークの奴がさっき探してたぜ? なんか、野生の火龍と一戦交えたとかで、ティアマトが火傷したらしいぞ? 大した傷じゃないらしいが、手が開いたときにでも屋上に来てくれって言ってたなぁ」
「ええ!? 大変じゃないですか! どうして早く教えてくれないんですかグレンさん! 私ちょっと行って来ますね?」
私は慌ててギルドの階段を駆け上がりました。
「いっちゃん、そんなに慌てると転ぶよ? 君は人一倍おっちょこちょいなんだから」
アーチャーさんの声が下から聞こえましたが、私はティアマトちゃんのために、階段を駆け上がり続けます。
「大丈夫です! はやくティアマトちゃんを治療してあげないと……」
今思えば、やはり浅はかでした。軽快に駆け上がっていたつもりが、足元を見た瞬間。白い小さなネズミが目の前を通り抜け、踏み潰しそうになった私は、思わず慌ててしまい、階段を踏み外し、そのまま後ろへ真っ逆さま……。
「「「いっちゃん!!!」」」
世界がゆっくりと流れるような感覚。このままじゃ私は、階段に頭をぶつけてしまう。怪我だけで済むのでしょうか? ああ、やっぱり私と言う人間は本当についていない。
これが走馬灯と言う奴なのでしょうか、昔の記憶が、まるでフラッシュバックするかのように一瞬にして、脳裏を過って行きます。
「ロストグライビティ! フォローエアリアル!」
これで終わりと思った瞬間、私の体はふわりと浮かび、羽根が生えたように空中を舞い、屋上の踊り場へと降り立ちました。
「んもぅ! 危ないわよ、いっちゃん。私が居なかったら大怪我してるところじゃない。気をつけてね?」
プンプンと可愛らしく怒る、私の一番尊敬する人。私の先生でもあるマスターが、私を助けてくれたようです。
「あ、ありがとうございますマスター!」
「無重力化に風流操作の同時発動か。ソレを無詠唱発動。流石です、マスター」
アーチャーさんが絶賛するのも当然だと思いました。ただでさえ難しい魔法のロストグラビティを、落下する私に向けて発動し、同時にフォローエアリアルで上まで運んでくれるなんて、普通の魔術師には到底不可能です。私も、いつかはあんなすごい人に、少しでも近づけるのかな……。
「ほらほら、いっちゃん。患者さんが待ってるわよ? しっかり治してあげてね?」
「……はい!」
私が屋上に上がると、ティアマトちゃんが屋上に寝そべっていて、ジークさんが優しく頭を撫でて上げていました。見れば、ティアマトちゃんには、火龍に引っ掻かれた生々しい傷と、翼膜には火傷がありました。
「ティアマトちゃん! ひどい、大丈夫!?」
「ああ、大丈夫だよ。確かに火傷は場所が場所だけど、他の傷は鱗を傷つけられただけだからね。
明日には新しい鱗に生え変わるよ。火傷も3日もすれば自然治癒するんだけどね、ティアマトの奴、最近好きなコが出来たらしくて、傷だらけの自分を見せたく無いそうなんだ。
帰りがけにその竜を見かけたらしくてね、急に翼をたたんで着地しちゃうから何かと思ったよ。
……そうだよなぁ、お前も年頃の女の子だもんなぁ? ごめんなぁ、ティア」
「クルルルルゥン」
「わかりました! 任せてください、傷跡なんて絶対残さないからね、ティアマトちゃん!」
私は傷口に手のひらを向け、魔力を集中させ、ゆっくりと治療を始めました。
「水よ。母なる星の力よ。かの者を癒したまえ。……ヒーリング」
私の手のひらから伝わる魔力が、ティアマトちゃんの傷を見る見るうちに癒していくのを見て、ジークさんが感嘆の声を上げてくださいました。
「いやー。上手くなったな、いっちゃん。回復速度が前より全然速いじゃないか」
「えへへ、そうですかね?」
「うんうん。……ドジッ子は中々治りそうに無いけどな」
「うっ……。違うんです、私はドジじゃないと思うんです! 運が悪いだけなんです!」
「……はい?」
「ここ、エアリアルウィングに来る前からそうだったんです。私はドジじゃないんです。そう、運が絶望的に悪いんです! まさに、薄幸の美少女なのです!!!」
「……うーわ。自分で美少女とか言っちゃったよ。痛々しいなぁ」
「ガウ……」
「ではお聞かせしましょう! エピソードイリーナを!」
「え、なんか始まっちゃった? あ、ティアマト。もう翼は痛くないか?」
「……ギャウン」
「おおそうかそうか。ありがとねいっちゃん」
「そう、それは私がここ、コルトタウンに来る前から、運命は動き出したのです!」
「ってきいてねーや」




