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Aerial Wing -ある暗殺者の物語-  作者: ちゃーりー
狙われたエアリアルウィング
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―怨念Ⅰー


 『怨霊剣ソウルブレイカー』。あまりにも異質とされたその剣は、切れ味はもちろんの事なのだが、その性質が危険極まりない、造られてはいけない剣であった。


 戦場で抜かれれば最後、敵味方関係なく、全ての人間が戦場に屍を晒す結果となる。


 誰が何の目的で作ったのかは不明だが、まさにそれは災禍の剣と呼ぶべきだろう。


ソウルブレイカーは、精霊剣などのようなアーティーファクトなどではなく、なんらかの魔術によって作られた剣だという事はわかっている。

性質その1


周囲の死者の魂を吸収することで、膨大な魔力を生み出し、周辺のマナを強制的に闇属性へと塗り替え、その魔力を使用者へと絶えず送り込み、肉体を強化、もとい狂化させる。漂う死者の魂が怨念にまみれているほど、その力と切れ味は増して行くという。


性質その2


刃を交えてはいけない。交えれば、あの剣から溢れ出る魔力が強烈な幻覚を見せてくる。その内容もえげつない。周囲に溢れた死者の最期の体験を幻視し、幻痛が襲ってくる。詰まる所、殺された人間の死をそっくりそのまま体験させるというのだ。心の弱い人間は、その時点でショック死する。その場で死なずとも、何度もそんな体験をすると、精神、果ては魂がぶっ壊れ、傷を負わないまま死に至る。


性質その3


1と2の代償とも言うべきか。もちろんそんな反則的な力を使う人間は、正気を失うだけではなく、肉体が崩壊していく。つまり死ぬのだ。ただし例外はいる。


ケースその1。使用者が元々闇の魔力に対する抵抗力、もしくは元々闇の魔力を持ち合わせていて、その絶対値とも言うべき魔力の容量が膨大な人物。例えるならカトレアだ。


ケースその2。闇に精神を侵食され発狂するまでもなく、最初から壊滅的に狂っている狂人であり、強靭な肉体までも持ち合わせた根っからのクソ野郎。例えるなら鬼夜叉丸だろうな。


以上を踏まえ、イーサンを分析してみようじゃないか。


「死ね、死ね死ね死ね死ね死ね! レイ=ブレイズぅぅぅぅ!!!」


 剣を下段に構えながら、猛烈な突進を繰り出しつつ、下方から鋭く切り上げてきて、それを避ければすぐに切り返してくる無駄の無い斬撃。そして嵐のように繰り出される突きの連撃。さらに剣に纏わせた死霊を具現化させたような邪気を鞭のようにしならせ、更なる連撃を繰り出すイーサン。何度か肝を冷やす場面はあったが、その尽くを躱し、俺は眼前の敵を見据える。


その目は狂気に満ちていたが、その剣筋は狂化し理性を失ったというような、でたらめな動きではなく、イーサンという男が、鍛錬を怠らなかった人間であると証明していた。


そして結論からして、この男は狂気に取り付かれては居るが、狂化してしまったわけでは無いという結論に至った。


これは奴に施されている可能性がある何らかの加護の影響だろうか? いや、元々どうしょうもないほどに狂っているのかもしれない。どちらにせよ、正気をギリギリのところで保っていると見て良いだろう。


だが、剣を握る右腕は、指先から汚染されているのが見て取れる。なぜなら、その柄に指先が癒着するかのように張り付いているのだ。


剣に食われている、とでも言うべきだろうか。その不気味さときたら、筆舌に尽くしがたいほど、醜悪で、おぞましい物だった。


「せりゃああああ!」


 零距離で放たれるイーサンの真横の一閃。


剣で受け止める事が出来ないので、バックステップで躱すが、さらにその剣筋から派生するように、ドクロを模った邪気のような物が、低速で俺目掛けて飛んでくる。あれには触れないほうが賢明だろう。


俺はさらに身を翻すが、面倒な事に、強い追尾性を持ち合わせているようだ。この手の攻撃は非常に俺にとっては厄介だ。この手の攻撃を際限なく生み出せるとしたら、逃げ場を失う事になる。木を遮蔽物として利用しても、奴の攻撃はそのまま木をすり抜け、更に迫ってくる。


 あの術は見たところ、死霊呪術ネクロカースの類だろうか。ならば光属性のマジックアイテムや、聖なる加護を受けた聖水、聖銀、聖灰などが有効なのだが、当然そんなモノを持ち合わせているはずも無い。


って思うだろ? あるんだなぁこれが。何故あるかって? 作ってもらったんだよ、いっちゃんに。だってあのリリィ=ノワールだぜ? カトレアの母親だぜ? その息がかかってるんだ。絶対使ってくるだろ、ネクロマンス系列の何かを。対策をしないわけが無い。


 シルフィードの刀身に聖水をぶっかけた俺は、迫るドクロを斬り付けた。案の定、聖水はその効果を発揮し、俺を追尾してくる厄介なドクロは斬った先から次々に霧散してゆく。


「ははは、神を信じないお前が聖水なんて持ち歩いてるとはね。これは予想外だった」

「テメェは明言を避けちゃ居るが、バックにリリィのクソババアが就いてるんだろ? 対策くらいするに決まってる。神という存在の有無は置いといて、聖水なんてものの効果が立証されている以上、利用できる物は利用するさ。さーてと、俺もギアを上げさせてもらうぞ。お前のくだらない愚痴をダラダラと聞いたおかげで、魔力もそこそこ回復したしな。……神速!」



 俺は神速で奴との距離を詰めるが、先ほどのような邪気を孕んだ魔力が、まるで弾幕のように俺の行く手を阻む。聖水を持ち合わせているとはいえ、そんな大した量ではないし、多用は禁物。


さらに、剣を交えてはいけない以上、一撃必殺が必須。


存外、非常に戦い難い相手であるのは間違いない。だが、スピードで凌駕している以上、こちらの勝利は揺るがない。俺は邪気の弾幕を掻い潜り、躱し、距離を詰めながら仕返しとばかりに、シルフィードへ魔力を流し、真空の刃を奴目掛けて飛ばしてやる。


 俺の放った刃は真っ直ぐに空を滑り、イーサンは堪らず魔障壁を張る。このチャンスを逃す手は無いだろう。俺はシルフィードへ更に魔力を送り込み、突風で足元の雪を全て巻き上げ、雪煙の煙幕を作り出し、神隠しの法で姿を隠した。奴が俺を見失えば、暗殺術で仕留められる。イーサンの姿は、煙幕の中に居ても、ばっちりと把握できる。隙をうかがって、奴の首を切り落としてやる。


「……やれやれ。レイ、小ざかしい真似をするんじゃあないよ。死霊はお前の生命エネルギーに反応して追いかけていたんだよ? ほら、お前がそうやって息を潜めている間に、背後に迫っていたりしないかい?」

「……チッ! マジかよ!」


 やはり楽は出来ないらしい。奴の言うとおり、背後には先ほどと同じように邪気が迫り、俺はイラつきを覚えながら回避しながら場所を移動する。


だが、まるで金魚の糞のように、死霊がピッタリと俺をつけ回す。


 ……くだらない。やってられない。剣を交えられないのであれば、何も斬る事に拘らなくたって良いじゃないか。人を殺す方法は、何も斬ることが全てではないのだ。


 俺は迫る死霊を聖水が塗られたシルフィードで切り裂き、イフリートに魔力を注ぎ込む。


「焼け、イフリート」


 イフリートの剣先をイーサンに向け、魔力を開放した。すると、奴の足元から炎が吹き上がり、奴の全てを焼き尽くかのように燃え盛った。


「ぐあ!? くっくっく、炎か。なるほどなるほどぉ? お前の考えそうな事だよなぁ? なら、こんなのはどうだ?」


 イーサンはイフリートの炎で焼かれながら、不気味な薄ら笑いを見せ、剣先を俺へと向けた。途端に、俺は背筋に寒気が走り、神速を発動したまま全速力でその場から離れる。振り返って俺の居た場所を見れば、地面から巨大なドクロが口を開けて、まさに俺を足元から飲み込もうとしていたのだ。これは奴なりの意趣返しとでも言うつもりだろうか?


 いや、今はそんな事はどうでもいい。


「おいおい、痛みとか熱さを感じないのかよ……。焼かれてんだぞ、お前……」

「……ああ、そう言えばそうだよね。ああ、もう既に変異はほぼほぼ完了してしまっているという事かなぁ? まぁ、鬱陶しさは感じるよ。ふん!」


 イフリートにつけられた炎を魔力の解放だけでかき消してしまうイーサンに、俺は若干の焦燥を覚える。



 驚いた事に、炎の中から姿を現したイーサンは、無傷だった。……いや、そうも言いきれないのかもしれない。何故なら、奴の体は所々濃い紫色に変色し、あからさまにソウルブレイカーによる侵食が進行している。これは更なる分析が必要だな。


今のでわかった事を整理してみる。あいつを炎で焼き殺すことは出来ない。しかしどういうことだ? 高位火炎魔法に匹敵するイフリートの超高温だぞ。普通、あんな炎に包まれたんだ。消炭に変わっててもおかしく無い。あの剣が超回復力を与えてるとでも言うのか?


 いや、ちがう……。剣と肉体が同期してやがるってのか? つか、そんな事ありえるのか? 肉体がどれだけ傷つこうとも、剣が死ぬことを許さず、失われた体組織を剣が闇の魔力で具現化する物質で結合させてるんじゃないか? 仮にこれが真実となると、あいつを殺す条件が追加される。それは、あの剣をへし折る事が必要だということになる。


「その苦虫を噛み潰したような顔。きっと気がついたみたいだね? さっすがアサシン♪ 困ったねぇ、辛いねぇ、悩みどころだねぇ? 僕を殺すには、お前が殺した人間の痛みと記憶をその身に受けなきゃ行けない。それだけで死んじゃうかもしれないって言うのにねぇ?


 なぁどーするぅ? 逃げる? 僕は別にそれでも構わないけどさぁ、お前の大切な人間を殺しに行くよ?


 先ずはエルフのババア。次は混血の娼婦。ああ、そうだ。お前の大切な大切なお姫様は、一番苦しめて殺そう。複数の男に輪姦させるのもいいけどさぁ、もっとお誂え向きの殺し方があるよ。お前が殺した人間達の記憶と痛みを全て体験させてやるんだ。


自分の愛する男が殺人鬼だって、その身を持って理解するんだ。最高だろ? アハハハハハハハハ! わかるぅ? お前たちの愛が試されるのさ! 恋人の全てを知った時、はたしてお姫様はお前を愛し続けていられるかなぁ? まぁ、どっちにしたって、死んじゃうんだけどねぇぇぇ?


 あー、どうしよう。楽しくなってきちゃったよ。お前を殺すより楽しそうだ。絶望したお前の顔が見てみたい。憎しみで顔を歪め、泣きながら僕に殺されるお前が見たい。フヒヒヒヒヒヒ。なんで今更思いついちゃうかなぁ。


今からでも遅く無いよねぇ? 殺っちゃおうかなぁ、エリシア皇女」


『ブツリ……』


 自分の体の中から、何かが千切れるような、鈍い音が聞こえた気がした瞬間、自分でも不思議なくらい、俺は冷静さを失っていた。


考え無しに超神速を発動し、薄ら笑いを浮かべるイーサンの喉元にシルフィードを突き刺し、貫いていた。しかし、イーサンは俺にのど元を貫かれ、口からドス黒い血を吹き出しながらも、にやりと笑って見せやがる。そうして、奴の体全体から死霊が湧き出し、俺の腹部を直撃する。


「ぐっ!?」


 途端に、俺は首を絞められ、そのまま持ち上げられるような激しい痛みに襲われ、意識を失いそうになる。呼吸は出来ている。ちゃんと肺に酸素が行き渡るのもわかる。


なのに、苦しい。立っていられない。首を締め付け、何も無い虚無の空間へと釣り上げてくる、この見えないワイヤーのような何かを何とかしたくて、俺は首を掻き毟る。だが、指先に感じるのは、己の肌の感触のみだった。


こんな物が、本当に幻術の類だと言うのだろうか。酸素が行き渡っている事により、意識を失うような事が無いという事象が、逆に俺を苦しめる。


「ごふっ。ぶぁーか。こんな安い挑発に乗るなんて、お前はよっぽどエリシア皇女が大切なんだねぇ? あ、何? それとも、孕んでるのはセイラだけじゃないの? エリシア皇女もお前の汚らわしい子供を孕……ぐぇ」

「ハァッ……ハァッ。うるさい、ギャーギャー囀るな。これ以上お前のクソ以下のくだらないおしゃべりに付き合うつもりはねぇ。喉貫いてるのに喋るとか、どっから声出してんだよ糞が……。ゲホゲホッ!」


 くっそ、意識が朦朧とする。なんなんだこいつ、シルフィードで喉仏を貫かれ、そこから真横に切り裂いてやってるっていうのに、へらへらと薄ら笑いを浮かべたままだ。それどころか、斬った場所から侵食され、結合されていく。殺せば殺すほど、こいつは剣と同化していきやがる。


「あーれれぇ? レイぃ? どうしたぁ? 苦しそうだぞ? なぁ大丈夫かよおい♪」


 ソウルブレイカーが俺の肩にグサリと突き刺さった瞬間だった。全身から炎が吹き上がり、俺の肌を焼き始めた。


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