―狂気Ⅱ―
「話を続けよう、クリス。そう、僕らの育ての親、神父様についてだ。
君を送り出して半日もしない内の、晩餐の時間だったな。突然聖宮からの使者がやってきて、教皇様が何者かに暗殺され、崩御なされたとの報告が入ったよ。念のため、クリスの部屋を調べるって言って、まさに家宅捜索さ。
ほんと、まんまとやってのけたね、クリス。お前の部屋からは、証拠はおろか、熱心なアギトル教徒としか思えない証拠しか出てこなかったそうだ。そりゃそーだよね。あれだけ毛嫌いしていた聖書を、諳んじるまで読み込んでいたんだ。誰がお前を、実の祖父である教皇様を殺す犯人だと疑えようか。それもまだ8歳の子供だよ? 今ならわかるよ。全ては教皇様を殺すためだった。
その事は、神父様も気付いたようだよ。その後は悲惨な物さ。『何故気がつけなかった! アレは悪魔だった。子供の皮を被った悪魔だった! 黒薔薇の魔女は、悪魔の子を育てていた! 教皇様お許しを! 私のせいだ、私のせいだ!』って、毎晩懺悔室で一人叫び、嘆き続けていたよ。
そして、神父様は次第に酒に溺れ、荒み、心を病んでしまわれ、丁度お前が教皇様を殺してから一年経った夜。礼拝堂の梁から、……首を吊った。
その後、アギトル教は大パニックさ。何故なら、どこぞの泥棒が聖宮に侵入し、厳重に保管されていたはずのトーマス教皇様の日記を盗み出し、あろうことか、そのコピーをレオニードの町中にばら撒いたんだから。
結果、各地で異種族の暴動が起こり、信者達は離れ、アギトル教は危機に瀕していた。そして当然、事件の舞台であるノワルゲフェナ村は格好の標的となった。
一晩だ。たった一晩のうちに、村が半壊したよ。異種族中心の野党たちが村に雪崩込み、殺し、奪い、犯し、蹂躙していった。
奴らは口々に言っていた。『アギトル教の人間はクズどもだ。アギトルを信じる人間は殺せ、犯せ、奪え! クズに情け容赦は無用!』ってね。あいつらの言葉を聞いて、僕は真っ先にお前の顔を思い出したよ。お前もあいつらと同じような醜い顔でこう言っていたね。『お前らはクズだ。豚だ。蛆虫だ。カルト教団を信じきって、本当に正しい事をしているのか疑おうともしない家畜そのものだ。お前らと一緒に居るだけで虫唾が走る』ってさ。
マジで奇遇だよね、僕らも同じ事を思っていた。お前はゴミだ。外道だ。畜生だ。お前と言う人間の皮を被った野良犬が、どれだけ自分が正しいと勘違いしてるかわからないけど、お前は不幸をばら撒く病原菌持ちの狂犬みたいなものさ。
ああ、わかってるよ。いいから喋らないでくれ。黙っていてくれ。お前の言いたいことはわかるよ、わかる。わかるんだ。そんなの首を吊った神父様が悪い。お前らこそ、俺を追い詰めた張本人たちじゃないか。だろ? ああそうだろうね、なんせ証明されちゃったんだから!
……ははは、呪いの黒薔薇は、いわば植物系モンスターの類だった。『世界の淀み』と呼ばれ、負の魔力の吹溜りとなった地域に現界する、異常現象。植物、動物の異常進化が、あの土地には見られていた。
……そう、僕たちは助かりたいだけだったのに、何時の間にやら、無実の女性を、アギトル教と結託して殺害した集団になっていたわけだ。
その報いとでも言うのかなぁ? 村が襲われた翌日、犠牲者たちの遺体や血溜まりからさぁ、咲いたんだよ。犠牲者の血で、花弁を真っ赤に染めた、血吸いの黒薔薇が。
あの光景、お前が見たらきっとすごく喜ぶんだろうなぁ? ざまぁみろって。でもさぁ、あんな光景を見て、スキラ=ブレイズの呪いだと、どうして思わずに居れると思う?
そうして、僕らは村を捨てた。
村を捨てた後、女の子達は他のアギトル教の孤児院で引き取られ、僕ら男の子たちは、兵士候補生として、全寮制士官学校へと入学させられたよ。
ああ、安心してくれ。そんな事でお前を恨んだりはしなかったし、僕らにとっても有意義で、国の為に戦ったあの時代は、失った物は多かれど、アレは間違いなく僕らにとっての青春だった。
……やがて戦争は終わり、僕はそれでも信仰を捨てられなかった。そうして僕は、アギトル教の聖騎士団へと入団志願した。勿論冒険者として、パラディンになることも考えたけど、やはりアギトル教の為にこの剣を振るいたいと思ったんだ。
けれど僕は『あの人』と出会い、運命は動き出した。あの人は言った。自分はそれで良いのかと。無念を抱えたまま、神なんて不確かな物に、その命を捧げられるのかと。どうせ捧げるその命なら、私に預けてみろとね。そうして僕はあの人に拾われ、あの人の元で学び、あの人の騎士として腕を磨いて来たよ。
その甲斐あってか、ある日僕は、あの教会で一緒に育ったメアリーが、国境沿いの村でパン屋を営んでいると知った。覚えているかい? 彼女は、いつも僕らの食べるパンを作ってくれた子だ。再会した彼女は、孤児院に引き取られた後、パン職人として腕を磨き、やっと自分の店を持つことが出来たと言っていた。
やがて、僕らは同じ時間を重ねるうちに、恋仲へと発展した。……あの時だけは、お前を忘れられたよ、クリス。幸せで満ち足りていて、彼女とこの先も、幸せに暮らせるんじゃないかと思ってた。
……あのヴァンパイアブラッド事件が起きるまではな!!! そうだよ、彼女が店を開いていた場所は、ニコス村。ヴァンパイアブラッド事件で焼失したあの村さ!
事件を聞きつけ、僕が村に到着したときはもう、壊滅状態だった。でも、僕は諦めずに、彼女を探し続けたよ。無事で居てくれと祈りながら……。
だが、奇跡は起きなかった。僕が彼女を見つけたとき、彼女は変わり果てていた……。生ける屍、感染者となってしまっていたんだよ。
なぁ、クリス? お前は覚えているか? 彼女の顔を思い出せるか? ははは、思い出せないだろ? 彼女はお前の分のパンも、ちゃんと用意してくれるとても優しい子だった。お前の悪口すら言わずに、お前を咎める事も無く、時には『また聖書のお勉強? がんばってね、クリス。お爺ちゃんに会えるといいね!』と、無邪気に応援していた子だよ! なぁ、忘れたとか言わないでくれよ。今からでも良い、思い出せよ!!! なんで、なんでなんだよ。なぁ!? なんでよりにもよって、メアリーに最後のとどめを刺した人間がお前なんだよ!!!
覚えても居ないだろう? 僕の止めてくれという声も聞こえてなかっただろ? お前は、メアリーの事なんて覚えてなかったんだろ?
お前にとっては、本当に関係の無い話しであり、当然の事をしただけなんだろうな。感染者を救う手立ては、現段階では皆無だ。わかってるよ? わかってるさ。お前は、何の躊躇いも無く、ただただ目の前の作業をこなすように、無機質に、無造作に、無慈悲に、彼女の体を剣で貫き、終らせただけ……。
ククク。……なぁクリスぅ。お前はそうやって黙ったまま、僕の話を聞いてどう思った?
申し訳ないと、少しでも思ってくれたか? ……いいや、わかるよ。お前のその顔を見れば。きっと、こう思ってるんだろう? 結局逆恨みかよってさ。
けどさぁ、全部繋がっちゃうんだよ。お前の父親が薔薇なんて持ち帰らなければ、あの悲劇は起きなかった。黒薔薇の魔女が薔薇を滅ぼさなくとも、誰の手にも触れられないよう完全に封印してれば、あの悲劇は起きなかった。お前が教皇様を殺したりしなければ、神父様が壊れてしまう事はなかった! 村が襲われることも無かった! お前が、お前がエリシア皇女なんて救い出さなかったら、アルデバランがヴァンパイアブラッドを使うことなんて無かったんだ!!! お前がエリシア皇女なんて連れ出さなければ、メアリーは! メアリーのお腹の中にいた僕の子供も!!!
何故だ、何故僕から全てを奪う……! 憎い、憎い、憎い憎い憎い!!! お前が憎いぞ、クリス=エンデヴァー!!! お前をこの手でぶっ殺してやる!!! そして詫びろ!!! 父さんに、母さんに! 教皇様、神父様、犠牲になった村の人々、そして誰よりも、メアリーと、生まれることもできなかった彼女の子に、死んで地獄で詫び続けろ!!! お前は悪魔だ!!! 黒薔薇の魔女が育てた、災厄の悪魔だ!!! 懺悔し、悔い改めよ、クリス=エンデヴァァァァァァ!!!」
『……パチパチパチパチ』
奴の怨嗟だけが木霊した森に、拍手の音は良く響く。パチパチという甲高い音が、静まり返った森の空気を再び震わせ、音を森の奥へと運んでいく。
倒れた大木に腰掛けながら、静かに黙って話を聞いていた俺は、イーサンの長い話を聞き終わり、拍手を送っていた。
「……いやー、恐れ入ったよイーサン。騎士なんかより、お前は舞台俳優でも目指したらどうだ? 俺ちょっとだけ感動しちゃったよ。
なるほどな、それだけ俺を恨んでれば、こんな大それた事をやらかしてでも、俺を殺そうと画策して当然だな。お前が俺の立場なら、間違いなくそうするよ。
これが別の人間だったら、詫びや懺悔の一つでもして、アギトル教徒なら神に許しを請う所なんだろうよ。
だけどさぁ、とっくに判ってるだろ? 俺、『レイ=ブレイズ』はそんなお優しい人間じみた良心なんて持ち合わせちゃいねーって事をさ。
俺の命が欲しいのなら、自分で取りに来い。自分でもぎ取れよ、俺の首を。そのために、そんな物騒な剣を持ち出したんだろ? テメェの身を滅ぼす剣だと理解してる上で、その剣を引き抜くつもりなんだろう? ならとっとと抜けよ。今更びびったか? それとも、まさか。俺が泣きながらはいつくばって、懺悔とともに命乞いをする姿を期待したか?
ばーか。クソくだらねぇ。死んでもテメェなんぞに頭を下げるか。
頭を下げさせたきゃ、俺の首を落としてから好きなだけやればいいさ。ただし、この首簡単に取れると思うなよ? それに、死ぬ覚悟もして来てるんだろう? なら遠慮はしなくていいわけだ。ああ、会えて嬉しいよ、イーサン。相変わらずで俺も嬉しいよ。ぶっ殺してやりたいと思っていたんだ。スキラを『黒薔薇の魔女』と呼ぶ奴らは、一人残らず皆殺しにしてやりたいと、ずっとずっとずーっと思ってた。その夢が一つ、今日、ここで叶うらしい。
神なんざクソ喰らえと日々思う俺だが、今夜ばかりは神に感謝してやろうと思うよ。
神よ、数少ない機会を与えてくださり感謝します。ってな?
さぁ、もう御託は良いだろう? お前も待ちきれないって顔してるぜ? イーサン。十数年ぶりの再会だ、たっぷりと、満足するまで、どちらか死ぬまで、殺し合おうじゃないか。
ああそうそう、大切な事を言い忘れた。俺はレイ=ブレイズだ。名刺も免許証もギルドカードも戸籍謄本もレイ=ブレイズで登録してるんだ。次、クリスだなんて呼んでも返事してやら無いから、そのつもりでな」
「……人を何処までも何処までも馬鹿にしたその態度……。殺してやる。望みどおりぶっ殺してやる。お前も、お前の仲間も、お前の恋人もこの手で皆殺しにしてやる!!! 呪ってやる。お前の全てを呪ってやるぞ、レイ=ブレイズゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!!!」
イーサンは、剣の封印をぶちぶちと引き千切るように、その狂気に任せ、刀身を鞘から引き抜いた。途端に、あたりには怖気が走るような邪悪な気配が溢れ、精霊の森の聖なるマナを侵食し、黒く闇で塗りつぶしていく。その邪悪さは、鬼夜叉丸と引けを取らないほどに凶悪だった。
「……やっぱり、か。どこかで見覚えのある剣だとは思っていたけど、なるほど。リリィのババアがちょろまかしてやがったか。
ゼクス隊長が見つけ次第封印しろと言っていた、封印指定の使用禁止武具リストの最重要項目に記載される、『怨霊剣ソウルブレイカー』。
抜けば死ぬといわれる魔剣を、躊躇無く引き抜くとは、我ながら呆れちまうよ。ここまで恨まれても、なんとも思わないのかってな。だが安心しろよ、イーサン。どうでもいい相手だったら、勝手に死ぬんだから放っておく。だが、お前には俺を殺す権利がある。殺せるもんなら殺して見やがれ。どうせお前はすぐに理性を失っちまうだろうから、お前の代わりに先に祈っといてやるよ。……せめて君の眠りが、安らかであらんことを!」
奴の体には、剣からあふれ出る強烈な邪気が宿り、筋肉を膨張させてゆく。魔力を現界まで高めてゆく。理性を侵食し、イーサン=ハモンドという人間を侵し、穢し、塗りつぶしていく。そして最後に残る、怨嗟。
「レイィィィィィィィィィィイイイイイイイイイイイイイイイ!!!!!!」
ドンっという鈍い音と共に、真正面からミサイルのように突っ込んでくるイーサン。
こうして、狂気が支配する皮肉な復讐劇は、幕を開けたのだった。




