―狂気Ⅰー
「……くっ。はぁはぁ。あの野郎……」
俺は埋もれた雪の中から這い出て、隊長が吹き飛んだ爆心地を睨みつける。もう既に魔力を大分消費してしまった。どこかで姿を隠して休息を取るか、屋敷に戻って回復しないと、本当にこれ以上はマズイ。こんな事なら、もう少し魔障壁について勉強しておくんだった。
いや、そんな事より、状況はどうなってる? 確かにアイツの言ってたとおり、エリシアからの連絡が一切来ない。
「エリシア、聞こえるか? エリシア!」
通信機には壊れた様子は無いのに、エリシアの返答は無い。そして先ほどのように、ばーさんの念話による連絡も取れないようだ。そして先ほどから、空には吹雪が吹き荒れているというのに、俺の居るこの場所は、不気味なほどに穏やかなままなのだ。それらを鑑みるに……。
「封印結界、『箱庭』……か。まーた大掛かりな事を……」
恐らく、この森の何処かにいくつかの魔方陣を展開し、それを起点に俺を閉じ込めたのだろう。いくつの起点を作ったのかはわからないが、この類の結界は多角形型に形成され、結界を解くには結界外からその起点を2つ以下になるまで破壊するか、結界を維持する魔力が消滅するかのどちらかしかない。
そして厄介な事に、もちろん内部から外部へ出ることは叶わないが、外部から内部へと侵入することは可能なのだ。
「……で? まんまと俺を閉じ込めたはいいが、次はどうするんだよ。俺一人を足止めしたところで、マスター達には危害を加えられない。ってか、狙いが俺って意味わかんないんですけど?」
苛立ちからか、そんな独り言を大声で放つが、それに応える声があった。
「……それは、お前にその自覚が無いとしか言い様がないな。
僕は親切だから、大嫌いなお前にもちゃんと説明してあげるよ。暗部は最初から、お前をセイラ=リーゼリットと同じくらい危険因子として認識していたよ。
まず第一に、お前のその暗殺技術だ。お前は白兵戦で戦うなら大した脅威ではないらしいよ。ただ、そのトラップ設置スキル、スニーキングスキル、サイレントキリングスキルについては、アサシンのなかでも5本指に入るらしいな。そんな奴が、セイラ=リーゼリットの手札にある事事態が、かなり厄介なんだろう。
そして第二に人間関係だ。お前は国家の重要人物レベルの人間と関わりを持ちすぎた。セイラ=リーゼリット、ゼクス=アルビオン、フローラ=リーゼリットに始まり、ロキウス王。そしてそして、恋仲となりつつある相手はなんと、エリシア=バレンタイン。そう、消え行く隣国オーディア皇国の元皇女、エリシア=バレンタインだってさ。
お前を殺す理由には十分すぎると僕は思うけど、僕には本っ当にどうでもいい話だよ」
俺目掛けて狂気的な殺気をぶつけながら、語りながら近づいてくるそいつは、全身を光沢の無い黒い鎧で身を包み、腰には封印の帯でグルグル巻きにされた一振りの剣を下げていた。あの鎧には見覚えがある……。アギトル教聖騎士団が好んで使っていた鎧だ。だが、本来は白銀で耀くご大層な鎧だったはず。それをあんなマッドブラックに染め上げるなんて、正規の聖騎士団員がそんな事をするはずがない。
「僕がお前を殺す理由。それは、復讐だよ。ただ、勘違いしないで欲しいんだ。アヴェンジャーの連中みたいな、アサシンだから復讐するだなんて、そんなくだらない理由じゃない。僕はアヴェンジャーになった覚えも無いしね。」
奴が腰に下げた剣を手に取り、柄と鞘を握った瞬間。俺の背筋にゾワリと悪寒が走った。
あの剣、普通じゃない。絶対ヤバイ!
「……まずはそう。僕にとっては今更だけど、きっとお前のことだ。僕の名前も顔もおぼえて無いだろうから、ちゃんと名乗る事にしようか? 僕はイーサン=ハモンド。生まれ故郷は、ノワルゲフェナ村。かつて黒の森と呼ばれた、今で言う立ち入り禁止汚染区域となった地域に隣接した村に生まれたんだ。……わかるかな? わかるよね? 同じ同郷の好みだもんね? そうだろう? レイ=ブレイズ。……いや、クリス=エンデヴァー!」
俺を敵として睨みつけるその目は狂気に満ちていて、一切の光を失い、瞳孔が開ききっていた。こんなあからさまな殺意に満ちた視線をぶつけられるのも久しぶりだが、それ以上に、これほどまでの強い怨みを感じたのは初めてかもしれない。
……いや、俺をクリス=エンデヴァーと呼ぶ人間ならば、恨んで当然だろう。何て言ったって、奴らにとって俺は未だに『黒薔薇の魔女の子供』なのだから。
「……なるほどな。その名を知る人間はほんの一握りだろうよ。ノワルゲフェナ……。そうだな、確かにあの村はそんな名前だったな。申し訳ないんだけどさ、お前のことは全然思い出せない。復讐って言ったな。そう言う奴は大概俺に親族やら恋人やらを殺されてるんだが、俺は女の殺しを命じられた事はない。お前の恋人は同姓だったりするのか?」
「……フ。そうだよな。お前にとって、僕……。いや、僕らはそういう存在だ。なぁクリス、少し昔話をしないか? お前も、僕に殺される理由がわからなきゃ、懺悔も出来ないだろう?」
「懺悔ねぇ? 聞いた所で素直にごめんなさいなんて言えるほど良い育ちはしてないと、昔の俺を知る人間なら理解してるはずなんだけどな……。まぁいいや。昔の好なんだろ? 愚痴くらい聞いてやるよ、えっと……、イーサン、だっけか」
丁度良い。時間も稼げるし、魔力も回復できる。俺はため息をつきながら剣を鞘に収めた。そして、爆風で根元から折れ曲がってしまった大木の幹へと腰掛ける。
「……そうだな。まずは僕が何故お前を怨んでいるか、それを順を追って説明してあげようかな。
僕の父は医者であり、母はアギトル教のプリーストだった。二人共人の為に働く立派な人だった。誰からも頼られる二人は、僕の誇りだったよ。
だがある日、村を蝕む呪いの黒薔薇が二人を襲ったんだ。あんなに優しかった父は、薔薇に侵食され、発狂しながら母へと襲い掛かり、母も同じように発狂し、僕に襲い掛かった。
必死で逃げたよ。部屋に閉じこもり、鍵を閉めて、母たちが完全に薔薇に侵食され、動かなくなるのを震えながら待ったよ。
あの恐怖、あのおぞましい光景が、今でも頭から離れない。何故、僕の両親は薔薇に姿を変えなきゃならなかった? 二人は必死に、薔薇から人々を守ろうとした! 救おうとしてたんだ!
なのになのになのに!!! なんで二人はあんなおぞましい死に方をしなきゃいけなかった!? なぁ!? お前の父親が、呪いの黒薔薇なんて持ち帰らなきゃ、あんな悲劇はおきなかった!!! 黒薔薇の魔女があんな薔薇を野放しにしていなきゃ、僕の両親は!!! 憎い、憎い、憎い憎い憎い!!! 憎くてたまらない!!!」
イーサンは、狂気に満ちた目でこちらを睨みつけ、呪いの言葉を吐き続けるが、俺は呆れてため息が出てしまう。
「……死んだ実の親父を悪く言うのもアレなんだけどさ。それについては同情するよ。森に入ることを禁止されている理由をもう少し詳しく調べるべきだったと思うし、ルール違反も良いところだ。
だがその結果、俺の親父も、実のお袋も死んでる。顔だって見たことないし、写真も持ってない。俺もまた被害者だと胸を張って言うつもりは無い。親父が死んでるから俺を責めるって、ちょっと無理矢理すぎやしないか? それに、パッと見あんたは俺と同世代。つまり、俺の親父が薔薇を持ち込んでから数年は経ってる訳だ。数年経っても、薔薇が蔓延し始めているというのに、その薔薇が一体何なのかだなんてつきとめようともしなかったんだろ? 何故なら薔薇は魔女の呪いと決め付けていたから。
つまり、それはその村に生きていた当事者達の責任なんじゃないか?
そしてスキラはあの薔薇を野放しにしてたわけじゃない。数百年。あの森を守り続けてきたのがスキラの一族だ。あの森こそが封印だった。封印しながら、薔薇を滅ぼす方法をずっとずっと研究してた。それを灰にしたのも、全てあいつらだろ? お前がしてることってつまり、20年越しの八つ当たりだよ。
その八つ当たりのためにそんなヤバイ剣持ち出すわけ? なぁそれ、妖刀とか生易しいモンじゃないぞ? それこそ呪いの武具の類だよ。そんな、物抜いたら最後。テメェ、マジで死ぬぞ?」
俺の言葉を聞き、イーサンは自嘲気味に薄ら笑いを浮かべた。
「そう、ここまでは子供の頃の八つ当たりだよ。確かに僕は幼く、無知だった。周りも真実を覆い隠していた。
なぁクリス、思い出してくれよ。僕たちが初めて会った瞬間を。
そう、お前は動物の折に入れられ、あの黒薔薇の魔女と共に連行されていく最中だった。僕は君を見たとき許せなくなった。だってそうだろう? 黒薔薇の魔女は僕らの村に死をばら撒き、自分は子供を愛おしそうに抱きしめ、君はその腕の中で情けなく震えていた。僕を抱きしめ守ってくれる人を奪っておきながら、自分は子供を守らんとして、抱きしめている。あんな理不尽があってたまるか!!!
僕は石を投げつけ言ってやったよ。『お父さんとお母さんを返せ』ってな!!! 誰もがそう思った。知人、友人、家族、恋人を奪われた人たちが、あの村には溢れていた。だからみんな手に石を取った! 投げつけれる物を全て投げつけたよ!
その数年後、教皇様の遺書じみた日記と、呪いの黒薔薇の生態が解明され、公表され、スキラ=ブレイズは無実だったと立証された。ああそうさ、大人になったらだれでも頭で理解するだろうよ。けどさぁ、無理なんだよ。魂がそれを拒否するんだ。お前と言う存在が全てを否定させるんだよクリス!!!
だってお前なんだろう? 教皇様を殺したのは。いいんだよ。隠すなよ、誤魔化すなよ、知ってるんだから。
なぁクリスぅ。実の祖父を殺した気分はどうだった? おっと、正確に言い直そうか? 祖父の自殺を幇助した気分はどうだったよ。その首に毒針を刺した瞬間何を思った?
……まぁそんな事はどうでも良いんだ。じゃーさぁ? 僕らを引き取ってくれた神父様が、その後どうなったかは知っているかい?
……ああ、言い忘れていた。そう、僕らは同じ教会に引き取られ育った仲なんだよ。僕としたことがうっかりしていたよ、ごめんごめん。
20年ほど経ったとは言え、あれほど毎日顔を合わせ、敵意を向けられた相手の名前、その存在すら忘れる奴だって事を失念していたよ。
改めて自己紹介しておこう。僕はイーサン=ハモンド。クリス=エンデヴァー、お前の同郷の仲であり、同じ教会で育った人間だ。……久しぶり、クリス。元気そうでがっかりだよ……」




