―交戦Ⅱ―
「―――ソニックムーブ」
「!?」
背後から魔力の揺らぎ、そして強烈な殺気と微かに聞こえた呪文の詠唱に、体が反応し、俺はとっさに、身を隠していた木の枝から、地表へと跳躍し、回避行動を取る。
その刹那だった。俺の居た場所を、コンバットスーツに身を包んだ男が刀で一閃し、太い大木の幹を一刀両断していった。
「神速!」
噂をすれば影とはよく言ったものだ。ソニックムーブ。アサシンの神速の法に対して変な対抗心を燃やして考案された、肉体強化魔法。原理的にはほぼ変わらないくせに、一々名前を変えた見栄っ張り魔法。そしてその使い手は、暗部の連中に他ならない。
互いの刃を交えながら、俺と奴は超高速で森を駆け抜ける。両者共に、一瞬でも敵を見失ってしまったり、背後を取られてしまったなら、ソレが命取りとなる。
なるほど、コイツのスピードはなかなか速い。だが、超神速を使うまでも無い。
「ふっ!」
俺は相手に向かって跳躍し、距離を詰める。そして精霊剣を両方とも引き抜き、空中で捻りを加えながら、遠心力を利用した二筋の袈裟斬りを放つ。
それを辛うじて刀で防いだ奴だったが、俺は即座に追撃の剣戟を加え続け、奴がその剣速についていけずに防戦一方になったところで、俺は相手の剣を弾き飛ばし、奴の胸へと深々とシルフィードを突き刺した。
「ごはっ!」
確実に、心臓を貫いた。他にも暗部が近くに潜んでいるかもしれない。グレンにも警戒するよう伝えないと……。
『ピピピピピピピピ……』
「!?」
既に事切れた暗部の死体から、機械音が響き、俺は戦慄する。
「俺を守れ、イフリート、シルフィード!!!」
刹那、強烈な閃光と、衝撃、肌が焼かれる熱線。事切れた暗部の遺体が、業音と共に爆ぜていた。
あまりの爆音に、聴覚が狂ったようだ。上手く音が聞こえない。自分の心音と呼吸音が頭の中に響き、吐き気を催すような耳鳴りがする。
しかし、どうやら俺は生きているようだ。派手に吹き飛ばされ、体が雪に埋もれちゃいるが、なんとか爆風をイフリートの力とシルフィードの力で相殺できたようだ。とっさの思い付きだったが、この二振りならやってくれると確信していた。だが、勿論無事って訳じゃなさそうだ。
「ごほっ! くっそ……なんつー火力だ。爆薬に火龍の血液使いやがったな?……クソが、森ごと消すつもりかよ……げほげほ」
骨折……とまでは行かないが、ヒビくらいは入ってしまったようだ。体のあちらこちらが、悲鳴を上げた。
『レイ!? レイ! レイ応答して! レイ、お願い返事をして!!! レイ!!!!!!!』
「……念話か。エリシア、大丈夫。なんとか生きてる。イフリートの力でこの程度なら自分で治せる。まだ大丈夫だ」
『レイ、何があったの!? すごい爆発だったよ!? 本当に大丈夫なの!?』
「ああ、暗部のメンバーと交戦し、倒した瞬間、腹の中に高性能爆薬でも仕込まれてたんだろうな、絶命と共に自爆しやがった。……くっそ、これだから暗部連中とは反りが合わないんだ。 あーっくっそ、なんだこりゃ。あいつのアバラ骨かよ? いっててて……。くっそ、グロっちぃなぁ!」
俺は肩に突き刺さった奴の吹き飛んだあばら骨を引っこ抜き、回復薬をぶっかけて止血を施す。
「イフリート、俺を治せ。フェニックスフレイム」
回復薬ではどうにもならない骨の損傷や、聴力は、イフリートの再生の炎で回復する。魔力をかなり消費することになるが、背に腹は代えられない。
『おいレイ! いったん退いて良いんだぞ!? 無理するな!』
無理、か。珍しくグレンが俺の身を案じているのが意外だ。
「俺だってそんな無茶したくないさ。出来る事なら……な」
先ほどの爆発で、俺のある程度の位置を把握された上に、少なからず負傷してしまった。こんなチャンスを、暗部の人間たちが放っておくわけがない。俺はすでに、15名ほどの暗部に囲まれて始めていた。
『レイ! あなたを取り囲むように敵があなたに急速接近中! 数、15! この人たち全員が暗部のメンバーだとしたら……! レイ、なんとかその場から離脱してください! 囲まれたらいくらレイでも!』
そうしたいのは山々なんだがな……。そう簡単に抜けられるような連中じゃないだろう。
だが、そう簡単に殺れるほど、俺の首は安くないと教えてやる。
「エリシア、残りの暗部の位置と動向に注意しててくれ。こいつらは、俺が何とかする」
『な、なんとかって、勝算はあるっていうの!?』
「ああ、ある。任せてくれ」
『……わかった。お願いだから無理だけはしないで』
俺は無線を切り、深呼吸する。
「……ばーか。無理無茶くらいするに決まってるだろ? ここからは、本気の無茶の開始だよ!」
とは言っても、どうしたものか。あの死亡と同時に起爆する爆弾は非常に厄介だ。
……いや、使えるな。あとはそう、ケースバイケースで一人一人、刈り取って行けばいい。
ああ、まずい。悪い癖が出ちまいそうだ。
「注意しろ、この辺りに居る筈だ」
「フン、案外さっきの爆発で死んだんじゃないのか?」
「相手はあのゼクスの愛弟子だぞ。死体を目にしても信じるな。首を切り落として抹殺を完了したと思え。ムーブ!」
ふむ、奴らが近づいているな。
俺は木の上に身を隠し、息を殺して様子を伺う。そして、偶然俺の真下をゆっくりと忍び足で近づく暗部隊員に標的を絞った。
「エアマスタリー」
俺は自分の半径2メートルほどの空気の流れを完全に掌握した状態で、そのまま固定し、真下にいるターゲットの首へワイヤーを巻き付け、太い枝を跨ぐようにワイヤーを握ったまま急降下する。すると、ターゲットは井戸のつるべのように吊り上げられた。
奴はもがき苦しむが、エアマスタリーで完全にその場の空気を掌握した俺は、その場を無音の空間へと変えていた。結果、奴がもがき苦しむが、その呻き声や、木が軋む音などはすべてかき消された。
あまりターゲットを苦しめる殺り方はしたくないんだが、状況が状況だ。大いに利用させてもらう。だが、窒息死だなんて、苦しめる殺り方であの世へ送るお前には、祈りの言葉くらいは必要だろう。ここから先は、祈ってやる余裕は無くなるだろうからな。
「せめて君の眠りが、安らかであらんことを」
奴は口から泡を吐き、血走った眼でこちらを睨みつけるが、俺はすぐに移動を開始する。奴が絶命すれば、間違いなくまた爆発が起きるだろう。その爆音を利用させてもらう!
「……おい、待て。アルファ3はどこだ?」
「何? 今まで後ろにいたはずだぞ!? こちらアルファ2! アルファ3応答しろ! アルファ3!」
『ドゴォォォォォォォォォォォン!!!!!!』
森中に響き渡る轟音と、木々をなぎ倒す爆風。
「「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」」
アルファ3と呼ばれていた、俺が吊り上げた隊員が絶命したのだろう。自爆装置が作動し、まったく予想をしていなかった訳ではないだろうが、衝撃波が隊員二人を襲っていた。俺は身をかがめて爆風をやり過ごしていたが、すぐに神速で飛び出し、その片割れの首を跳ね飛ばし、即座にエアマスタリーを発動して、衝撃波と轟音に備えた。
「くっそ、今のはまさか、アルファ3が……え?」
アルファ2と名乗った男が目にしたのは、首を切り落とされ、壊れたマリオネットのようにその場に崩れ落ちる仲間の姿だった。そして、悪夢のようなあの無機質な機械音が響き渡る。
「そ、ソニック……っ!」
遅い。お前は一瞬、何が起こったのかを理解できなかった。それが命取りだ。
『ドォォォォォォォォォォォォォォン!!!!!!』
あまりの爆風と衝撃波に、奴の断末魔すらかき消され、奴は木っ端みじんに吹き飛び、そして……。
『ドォォォォォォォォォォォォォォン!!!!!!』
再び、吹き飛ばされたメンバーに仕掛けられた爆薬が炸裂する。
今ので相手も悟っただろう。一見、決死の覚悟と、刺し違えてでもターゲットを排除するためのその愚かな戦法は、あまりにも悪手であると。




