―交戦Ⅰ―
月明かりが照らし出す一面の銀世界。全てが凍り付いているような錯覚を覚える夜の雪原を、狼達は駆け抜け、俺の元へと戻ってきた。
「おかえり、シェリル。ご苦労だったな。森には近づくな、罠が張り巡らされてる。狼達を退避させて、お前はエリシアのところに戻ってくれ」
「……グゥン?」
「……なんだ? 心配してくれるのか? ま、なんとかなるさ。あいつをよろしく頼む」
遠目に映る敵影を視認し、俺は双眼鏡を覗き込み状況を確認する。
敵の数は情報によると、100名との事だった。
なるほど、この遮蔽物の一切無い雪原を徒歩で進軍するのは愚の骨頂だ。
さすがペテルの爺だ。蓄えは十分だったと見える。最新型の『対魔導装甲車』なんて物を20台も用意してやがる。しかし、20台とは若干多すぎる。
恐らくその中の数台はダミーだ。こちらを撹乱するのが狙いだろう。
さて、どれが目当ての装甲車だ? 対魔コーティングされた装甲車は、ちょっとした高出力の範囲魔法じゃビクともしない。
アレをやるなら、高出力のピンポイント大魔法。確実に狙っていく必要がある。
『緊急連絡! こちらエリシア! 各員、絶対に装甲車を攻撃しないで下さい! およそ半数はダミーと思われますが、そのダミーには他種族の民間人、主に女性や子供が人質として拘束されている模様! 現段階ではその判別は不可能です! 絶対に攻撃しないで下さい!』
くっ! 排他的主義のペテルの糞爺とその不愉快な手下達が考えそうなこった!
『……クズが。エリシアちゃん、俺も前線に行かせてくれ。外道どもに道徳と倫理ってモンを拳で叩き込んでやる!』
「止せグレン。相手はこちらに攻撃を仕掛けてくるんだ。人質はこの森に入れば放棄される。進軍してくるのなら、足かせにしかならないからな。わざわざ人質に被害を加えるほどの暇も無いだろう。そのまま結界を解き、攻め入ってくる。迎撃の準備を怠るなよ」
『結界の起点に敵が接触! 結界に干渉しています! 結界に干渉した人物を特定完了しました。各員の端末に情報を送信します。最重要ターゲットとして、最優先で排除してください! 結界に綻びが生じました! オリビア、一旦後退して迎撃に備えてください! いっちゃん、トラックの積荷は全部出せましたか? 終り次第、非戦闘員を乗せて、いつでも避難できる手筈を整えてください! レイ、第一陣来ます! 迎撃してください!』
矢継ぎ早に出されるエリシアの状況報告と指示。俺は敵を迎撃するべく、木の上に姿を隠し、さらに神隠しの法を発動して息を潜めた。と、そのとき。森の奥から、何者かの絶叫が響き渡る。
「うわぁぁぁぁぁぁぁ!?」
俺の携帯端末が振動し、罠の発動を俺に知らせた。あの方角だと、落とし穴のトラップが発動したな。
「……各員、トラップに注意しろ! 気を抜くな、やはり襲撃が露見していたようだ。敵は近くに居るぞ!」
更に響いてくる野太い男の声。
なるほど、隊長格はあの男か。そして……よし。最優先ターゲット発見した。あの班に、見たところ魔術師はアイツ一人。奴はヒーラーも兼ねているかも知れない。確実に仕留めなくてはならないが、やはり、そう簡単には殺らせてくれないか。結界をガチガチに張った上に、周りを4人のウォーリアー型の戦闘員が固めてる。
久々の本領と行くか。
「……交戦開始」
俺は音もなく、気配を消したまま木の上をそっと移動し、リーダー格の男へと近づき、奴の背後を取り、即座に口を塞いで喉元をナイフで引き裂いた。
祈りの言葉を述べてやる時間は無い。そのまま死体を茂みに隠し、再び移動する。
「おい、隊長は何処だ!?」
「え? さっきまでそこに……なっ!?」
先行していた銃器兵が暗視スコープで覗く先には、おそらく血だまりが映し出されたのだろう。俺はわざと痕跡を残し、奴らの注目を引いた。
そして、迂闊にも集中を乱したウォーリアー型の隊員の一人に毒針を打ち込んでやる。
使用した毒薬は即効性の幻覚毒。自分の生命が危機に晒されているという緊張感は、自分が敵に襲撃されたという幻覚を見せ、対象者を発狂させる。
「うぁ、うわぁああああああああ!!! 来るな、来るなぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
「ど、どうしたんだ!? 落ち着け! うわっ!」
毒を打ち込まれた戦闘員は、得物である剣を振り回し始め、仲間に斬りかかった。
「やってやる! 殺される前にぶっ殺してやる!!! 死ねぇぇぇ!!! あああああああああ!!!」
「くっ! 撃て、撃て!!!」
「ああああああああああああああああ!!!!!!」
自動小銃を携帯していた隊員たちが、一斉に仲間であった哀れな対象者に鉛玉をぶち込んでいく。だが、あの幻覚毒は、同時に痛覚も狂わせる。対象者は、全身を打ち抜かれながらも突進して行き、自動小銃を撃った戦闘員の一人の頭をその剣でかち割り、そこでやっと絶命した。
これで、落とし穴に落とした奴も含めて4名か?
「くっそ! どこだ!? 何処に居やがる!」
また一人、恐怖に囚われた。
この毒薬は、人の恐怖を増大させながら興奮状態へと持っていく。結果、そいつが今恐ろしいと感じているものを幻視させ、発狂させるのだ。
もちろん、解毒魔法で解除できる程度の毒なのだが、大人しく対象者が治療をさせてくれないというのが最大の難点だ。そして調合が非常に難しい上に、素材が希少なキノコの胞子だから、毒針一本のコストが非常に高い。
今回のコレは以前、たまたま素材が手に入ったので作っては見たものの、マスターがなかなか使用許可を出してくれそうもないので、(持っていることがバレたら取り上げられる可能性大)毒針セットの肥やしとなっていた代物だ。
こんなタイミングでしか使う機会は無いだろう。俺は惜し気も無く、容赦無く、恐怖に取り付かれた自動小銃持ちの戦闘員へと、毒針を打ち込んだ。
「あうっ……やめろ、やめてくれ! やめろぉぉぉぉ! うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
途端に銃を乱射し、自身の仲間を撃ち殺していく戦闘員。実に便利な毒薬だ。下手に即死させる猛毒より、こういった毒の方が、多数相手に実に有効だ。
「くっそ! アイツがいる! こんな手口は、絶対にアサシンの仕業だ! なるべく苦しまないように死なせてやるからな! ライジングボルト!」
魔障壁で銃弾を防いでいた最重要ターゲットである魔術師が、高出力の魔法を唱え、強烈な落雷が、狂った戦闘員の脳天を直撃し、戦闘員は糸が切れた操り人形のように、その場に崩れ落ちて絶命する。
「すまない……」
だが、ソレこそ俺が狙っていた瞬間だった。銃弾をも防ぐ魔障壁だ。俺が突進したところで、一瞬で突き破るのは不可能だろう。だが、今奴は高出力の魔法を使うために、魔障壁に回す魔力を、攻撃魔法へとシフトさせたはずだ。結果、魔障壁は脆くなり、突破を容易にさせる。
俺は即座に、奴の頭上から飛び降りて、奴に馬乗りになる。そしてその背中へと、深々とナイフを突き刺し、心臓を貫いた。
「せめて君らの眠りが、安らかであらんことを」
今の一班、合計で7名。端末の情報によると、総数100名に対して現在結界内の侵入を許したのは現在45人。
少なくとも38名は未だ何処かに潜んでいる。そして仕掛けた罠が作動した形跡が一番多いのは、現在地から200m先のエリアだ。
仕掛けた罠の成果を確認するためにも、俺は移動を開始した。その間も周囲への警戒は一切怠らず、音を立てず、姿を見せず、且つ迅速に。目的のポイントに到着し、自分の罠の成果に手ごたえを感じた。落とし穴、毒針、ワイヤー、地雷、電気ショック、虎バサミなどのトラップが全て発動している。落とし穴には槍、虎バサミには毒を仕込んでいるため、確実に相手を死に至らしめる。
仕掛けた罠は大体作動し、既に18人ほどを始末していた。
『グレンさん、正面に敵影を確認しました! 数10名! 交戦してください!』
『あいよ! 来いよド腐れ外道共! テメェらの根性をこのグレン=オルタナ様が叩き直してやらぁ!!! うぉらぁぁぁぁぁぁ!!!』
グレンの怒声と共に、後方で業音が響き渡る。トラップをすり抜けた連中とグレンの戦闘が開始されたようだ。あいつらも理解するはずだ。おそらくグレンは、その打撃力と戦闘技術においては、エアリアルウィングで最強の男。そしてそんなアイツをサポートするのは……。
『グレン、一旦下がりなさい! フロストランスストーム!!!』
エアリアルウィングの主砲、オリビアだ。オリビアの十八番、フロストランスストームは、以前鬼夜叉丸にお見舞いした氷の槍を雨のように降らせる、氷の攻撃魔法だ。常人があんな物をまともに喰らったら、ひとたまりも無いはずだ。
『ふふふ、やっぱりあんた達馬鹿だわ。真冬の豪雪地帯で私を相手にするですって? はっきり言って、愚の骨頂って奴よ? なんせこの極寒の環境。私は通常の魔力の三分の一で魔法が発動できる条件なのよ? 単純計算、私の最大出力であるアブソリュートゼロが、最大三発、もしくは3倍の威力で放てるのよ? 私自身がその威力を想像するだけでゾクゾクしてきちゃうわ♡ ねぇ、本当の極寒、味わってみる?』
『ひぇっ!? お、オリビア! 俺も居る事忘れないでくれよ!? 流石の俺も、お前の全力なんてまともに喰らっちゃうと死んじゃうからね!?』
なるほど、それならばある程度の敵を流したところで、メンバーに危害が及ぶ事は無いだろう。問題は、烏合の衆70名ではなく、未だにその姿を確認できていない暗部、30名。
あいつらは一体何処に……。




