ー決戦準備Ⅱー
すぐに緊急通信は俺達の使用する通信回線にリンクされ、俺にとっては聞きなれた声が聞こえてくる。
『夜分に悪いね、フローラ。そしてエアリアルウィングの諸君。
俺はアサシン隊隊長、ゼクス=アルビオンだ。いつもウチのレイが世話になっている。
さて、挨拶はソコソコに、君らに報告がある。
どうせこういう事に関して過敏に反応するレイが居る事だから、既に行動は起しているだろうけど、リーゼリット邸に敵が迫っている。こちらで把握している敵の数はおよそ100名。大した数字ではないように思えるが、一人一人のポテンシャルが結構なメンツが揃っていてね。30人ほどはアサシンのメンバーと対を成す『暗部』と呼ばれる連中が混ざっている。
もちろん、こちらでも国境付近の警備を任されている部隊に援軍を送るように手配してあるが、相手もやはり手を打っていたようだ。そちらへ続く山道を雪崩で塞がれ、迂回を余儀なくされている状況だ。
おそらくは迂回した先でも何らかの妨害工作がされていると見える。そして天気はこれから吹雪だ。並みの飛竜じゃ到底飛ぶ事は不可能。まさに狙い澄ました奇襲だ。
じゃ、そう言うことだから、頑張って。無事新年を迎えられる事を祈ってるよ』
用件だけ伝えて通信を終了しようとする隊長に、俺は即座に反論する。
「隊長、あんたならこの奇襲、もっと事前に把握してたんじゃないのか?」
『あ、そこ気がついちゃった? うん。ぶっちゃけ全部知ってた』
あまりにもしれっと、ケラケラと笑いながら告げるゼクス隊長に、メンバーは絶句する。
「……やっぱりかよ」
『ククク。まぁそう怒るなよレイ。こっちも手を拱いていた訳じゃない。首謀者、ペテルギース元老院長を、わざわざ俺が始末してあげたんだよ。今現場から生中継中さ。鮮明なライブ映像もお付けしようか? 女性には割とショッキングな映像になるかもしれないけどね』
「ちょっと待ってくれ隊長。ペテルの爺を殺したのか? ロキウス王がそう命じたのか?」
『いや? 俺の独断かなぁ。俺だって長年の顔見知りを殺すのはちょっと抵抗あったんだよ?
でもさ、ー国の重役である大賢者と賢者の命を狙っている証拠が纏まり、逮捕しようとしたんだけどね? あいつ、暗部をずらっと並べて玉砕覚悟の抵抗してくれるからさぁ? 仕方ないじゃないか。
なんで抵抗なんてするかなぁ? この俺に抵抗なんて無意味だって判ってたろうに。あー残念だなぁー。なぁじじぃ。遺言書ちゃんと書いて置いた? あ、でも財産没収は免れないからね? かわいそーに。一族全員が路頭に迷っちまうよ。ほんと、馬鹿なことするなぁ』
やはりこの男は根っからの狂人だ。さっきから酒でも飲んだかのように上機嫌だとは思っていたが、久しぶりの殺しでハイになっているんだろう。
「隊長。証拠纏めたなら、『奇襲の情報を手に入れた時点』でこっちに警告をしてくれよ」
『甘えるなよレイぃ。結果的に君は奇襲を察知して、今頃必死こいてせっせと罠張ってるんだろう? 大丈夫大丈夫、なんとかなるなる♪
……それにさぁ、流石に俺も呆れてるんだよね。
賢者ともあろうお人が、結婚前にハーフエルフの娘が王の子供を宿しただなんてスキャンダルが知られたら、この石頭の爺どもが何をするかなんて目に見えてるだろう?
ぶっちゃけ、秘密裏に堕胎しちゃえばこんな事態にはならなかったわけさ。堕胎と言う行為のモラル的問題はつっこむなよ? 終らないから。
勿論命を狙うペテルもペテルだけどさ、自分の蒔いた種くらい自分で何とかしろよ。大人だろ? って思うわけよ。それに、アサシン隊からお前を派遣してるんだよ? 100人くらいそっちでなんとかしてくれない? そのためのお前だろう、レイ。
かといって、一介の冒険者がおいそれと命を奪うのはそれなりに後処理が面倒だ。お前も本気を出せないだろう。だから正式に、アサシン隊隊長としてお前に命令を下す事にしたんだ。心して聞けよ?
アサシン隊、レイ=ブレイズ。王命の障害となる敵を一人残らず、殲滅しろ』
『ゼクス! あなたの話は判りました。ですがレイにそんな命令を出させるくらいなら私が……』
ばーさんの強い抗議が、急に沈黙へ変わった。音声通信からでは一体そこで何が起きているのかは判らなかったが、どうやら誰かがばーさんの発言を遮っているようだ。
『……ゼクス=アルビオン様。お久しぶりです。とは言っても、貴方とエリシア=バレンタインとしてお話しするのは始めてですので、はじめましての方が適切かもしれませんね。
貴方のおっしゃる事はよく判ります。この状況で、援軍の到着が遅れることも理解しました。そして、こちらとしても交戦をする以上、相手の命を奪わなければ、決して此方の身を守ることは不可能と私達も理解しています。
それ故のレイへの敵殲滅命令は、致し方ない事と私は理解できます。……ですが、はいそうですかと、到底受け入れられる命令じゃないわ!
マスターが抗議できる立場にないと受け入れてしまっているようですが、私、エリシア=バレンタインは、レイの専属マネージャーとして抗議させて頂きます!』
「お、おいエリシア!? 抗議ってお前一体何を……? 俺は最初からこうなる事は予想できてたし、覚悟もしてるぞ?」
『レイうるさい! 黙ってて! あなたが良くても、私、私達が良くないの!』
「…………ハイ」
あまりのエリシアの剣幕に圧され、俺は自分でもビックリするくらいおずおずと引き下がってしまう。
『あっはっはっはっは! なるほど、エリシア姫。ウチでも扱いに困ったコミュ症のレイをうまく手懐けるなんて、どんな人なんだろうって思ってたけど、あなたはそういう人か。面白い、その抗議とやらを聞かせてもらおうじゃないか』
……人を懐かない野良犬みたいな言い方してるんじゃねぇぞクソ師匠。
『現状、確かに貴方の言うとおり、レイがアサシンとして動かずにこの場を凌ぐ事は不可能なのでしょう。ですが、あなたは意図的にそうなるように仕向けていますよね? それはいつでもレイをアサシンとして動かすために、『殺し』の感覚を鈍らせない為ですか?』
「は……?」
木の上に上ってトラップを設置していた俺は、俺は思わず持っていたトラップ設置の道具を落としそうになり、慌ててキャッチする。
『……ククク。ご明察♪ いやー、やっぱり判っちゃいますよねぇ。それでフローラもセイラさんも、今頃鬼の形相してるんだろうなとは思いますけどね。
此方としても、いざ戻ってきたレイが腑抜けになられていると困っちゃうんですよねぇ。
実際、最近のレイは確かに強くなった。
けれど、その力を存分に発揮できていないような気がしていてね。特にそれが顕著に現れたのは、先日のヴァンパイアブラッド事件だ。
足手まといの冒険者達のために、覚醒したヴァンパイアと白兵戦を決め込むなんて、アサシンとして減給物だよ。囮にして任務を全うするくらいの事してくれなきゃ。
自分でもわかっているだろう? レイ』
『それについては、そういう指示を出したのはこちら側であり、私の指示であります。レイは私の指示をしっかりと守ってくれました。
が、貴方のアサシン隊隊長の立場からとして、レイが腑抜けてしまったと感じるのもまた道理なのでしょう。あなた達はそういうお仕事に従事してきた人間なのですから。非情になる事で、この国の平和と繁栄を守ってきたのでしょう。
ですから、私達……いいえ、私、エリシア=ヴァレンタインは提案します。この襲撃の案件、エアリアルウィングに正式なクエストとして依頼して頂きたく思います。
成功報酬はあなたの愛弟子、アサシン隊所属、レイ=ブレイズを頂戴致します!!!』
「な…………!?」
勝手に話が進んで行き、俺は思わず絶句し、硬直する。なんて事を言い出すんだエリシアは。そんな事ゼクス隊長が許すはず無いだろう……。
『……ぷっ! クックックッ! あっはっはっはっはっ! なるほどなるほど、そう来ましたか。此方がそれを拒めば、レイ自身に即刻辞表を出させ、ロキウス王にアサシンの派遣を命じさせる。
セイラさんやフローラには不可能でも、君ならレイに辞表を書かせることが出来るだろうね。
そうなってしまえば、こちらも王に仕える身、王の命令には流石に逆らえない。まさにチェックメイトだ。
いやー面白いね、エリシア姫。カトレアが一目置くのも頷ける。
彼女、ああいう奴だからわかりにくいだろうけど、君の事をライバルとして認めているようだよ。
今日の俺は頗る機嫌が良い。その条件、飲ませてもらおうじゃないか』
の……飲んだだと!? いや、ちょっと待て隊長! 何あっさりエリシアに説き伏せられてるんだよ!?
「おい、隊長! ちょっと待て、俺の意見は!? エリシアも何勝手に決めてるんだよ! 俺の進路は俺が決める! おい聞いてるのかよエリシア! おーい!!!」
俺の呼びかけに全く反応を示さないゼクス隊長。そしてエリシア。コレはまさかと思い、端末を確認する。端末にはこう記されているのが目に入った。
『音声回線をブロックされました。あなたの発言は相手に聞こえません』
「そんなんアリかよコラぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
『そう言う訳だ、レイ。退職金代わりに、今お前に与えている装備はそのまま使っていいよ。ラストミッション、頑張って励むように。とりあえず、正式な書類は後日発送で構わないよね? そっちもそんな状況じゃないでしょ。おっと、そろそろ相手も動き出す頃合だよ。ま、健闘を祈るよ。通信終了―。がんばってねー♪』
ゼクス隊長は終始上機嫌で通信を終了し、俺の音声回線が回復した。
『……レイ、ごめんね。怒ってる?』
「ああ、怒ってるよ。やってくれたなこのやろー」
正直なところ、怒り半分。もう半分は、エリシアへの感服だった。マスターやばーさんがいくら隊長に、俺の除名を迫ったところで、隊長は適当に言い訳をつけたり、俺の意思を尊重するとか言ったりして、あんな条件を飲む事はまず無いだろう。エリシアだからこそ取り付けた契約なのだ。
エリシアは、俺をたった一度の交渉でゼクス隊長から奪い取った事になる。マスターが、エアリアルウィングを設立した隠された目的、『ゼクスからのレイ=ブレイズの奪還』が、彼女らの予期せぬタイミング、そして当の本人が自覚しないまま、今、完遂されたのだ。
『ありがとう、エリシアちゃん。本当に……本当にありがとう』
『きゃっ!? ま、マスター? あ、あの、ちょっと苦しいです。それに大袈裟ですよ。私は結局、殲滅命令を阻止できていないんですよ?』
多分、マスターの事だ。察するに、感極まって泣きながらエリシアを抱き締めたりしてるんだろう。俺は思わず呆れてため息をついてしまう。
「全く。のん気なもんだよな? 理解してる? 俺らこれから最悪皆殺しに遭うんだぜ?」
俺は彼方から迫る殺意を、肌でビリビリと感じていた。トラップは全て設置した。俺は森の入り口である雪原に降り立ち、迫り来る敵影を睨みつける。
『レイちゃん。……そうね。本当の戦いはこれからよね。ごめんね、レイちゃん。この子は、私達の希望。この子の誕生を望まない人たちが居る事はわかってる。それでも私は、この子には元気に生まれてきて欲しいの。……私の我侭、聞いてくれる?』
何を今更そんな事を聞く。呆れてものが言えない。
「……俺は弟だからな。どーしょうもない姉貴の我侭くらい聞いてやるよ。甥っ子だか姪っ子だかはわからないが、その子は俺の家族であり、俺の親友の子だ。だから、安心して夜食のパイでも焼いて待ってろよ。あとは俺が受け持つさ、……姉さん」
『…………うん! お願いね、レイちゃん。美味しいのたくさん作って待ってるね!』
マスターの涙声の返事を皮切りに、仲間達の通信が次々と飛んでくる。
『……終ったー? 何時まで待たせるの? ってか、100人でしょ? 私必要? ねぇレイぃ。殲滅許可でてるんでしょう? あんた全部やっちゃってよ。私屋敷の中守るからさぁ』
『おい、レイ。殺すくらいならこっちに流せ。俺が全員ぶちのめして蒔き倉に叩き込んでやらぁ! アサシン部隊と同等戦力の暗部が相手かぁ。腕がなるぜぇ!』
『皆さん朗報です! ジークさんとアーチャーさんに連絡がつきました! ジークさんが、ティアちゃんなら吹雪なんてへっちゃらだから、アーチャーさんを拾って救援に駆けつけてくれるって言ってます! 全速で飛ばして来てくれるとのことですから、およそ一時間後に到着します! 皆さん、頑張ってください!』
『レイ、あなた一人で抱え込まないで。みんな一緒だよ。あなたの居場所はここ、エアリアルウィングだっていう事を忘れないで』
ああ、わかってるよ。ちゃんと判ってるさ。それでもやっぱ、大切だからこそ思うんだ。お前らまで血で汚れなくたっていい。汚れ仕事は俺の仕事だ。
『こらー! レイ、今通信回線切ろうとしたでしょ!? 私達に人殺しの片棒担がせたくないとか、余計な事考えたでしょう馬鹿レイ! いい? お腹の子はロキウス王様のご子息よ。つまり相手は逆賊! それも身重の女性を寄って集って命を奪おうとする人でなしの連中よ!? モンスターより性質が悪いわ! 正義は私達にあります! エアリアルウィング指揮官、エリシア=バレンタインの名において命じます! 遠慮なんかしなくていい! 敵の生死は問いません! 私はあなたの相棒です! あなたが罪を背負うというのなら、半分は私に持たせなさい! 敵を、殲滅してください!!! ……はい、私も同罪。私が後悔の念で押しつぶされる前に、慰めに来てよね。……ほら、返事は?』
ああ、全くもう。いつから俺はコイツに頭が上がらなくなっちまったんだろう。マスターなんかより全然厄介な相手になっちまった。惚れた弱みか? コレは。
「……イエス、マイ・バディ」




