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Aerial Wing -ある暗殺者の物語-  作者: ちゃーりー
狙われたエアリアルウィング
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―決戦準備Ⅰー

 



 いつ何時敵が攻めてきてもおかしく無いこの状況。俺はエリシアに、簡潔に現在の状況を説明する。


 その一。マスターの懐妊が政敵に露見してしまったため、現在命を狙われている可能性が非常に高い。


 その二。敵は恐らく、一見無謀とも言えるリーゼリット邸襲撃を目論んでいるのではないか? その可能性の裏づけとして、ニブル村で怪しい気配を察知した。


 その三。もし一と二が予想ではなく、事実だとしたら、今すぐにでも攻撃されてもおかしくない。どう対応すべきなのか、俺は決めかねている。


 俺の説明を聞いたうえで、エリシアはふむと考え込み、すぐに口を開いた。


「でもそれって、現状はまだ可能性の話よね? 確かにアヴァロンに採用されていた警備システムのような、強力なジャミングを使われてしまったら、たとえマスターでもひとたまりも無いとは思うけど。うーん、そんな強力な魔法を定点発動ではなく、展開発動で即座に組み込める物なのかなぁ? それこそ、賢者クラスの魔術師が必要になるわよね?」


 賢者クラスと言われ、俺の脳裏には即座に『あの女』の顔が思い浮かんだ。


「……一人居る。賢者の中でも、マスターとばーさんの二人とどうしょうもなく対立し、二人を目の敵にしているやつが。そいつが術式を組み上げ、魔法陣としてそれを纏め、マジックスクロールとして封印する技術を完成させていたならば、理論上は可能だろうな」

「ちょ、ちょっと待ってよレイ。この国の賢者でしょう? 賢者同士が同士討ちなんて有り得る話なの?」

「フン……。多分お前も、名前を聞いたら納得しちまうと思うぞ?『闇夜の賢者、リリィ=ノアール』。ご存知、カトレアの実母だよ。アイツのぶっ飛び具合は母親譲りで、母親はあいつよりぶっ飛んでる。この国で最狂最悪の存在だ。ゼクス隊長ですら『アイツとは関わりたくない』って明言する相手だ。アイツならやりかねない」

「うぅ、どうしよう。すごく納得しちゃった」


 リリィ=ノアールはカトレア以上の危険人物だ。以前、城で顔を合わせた際、俺は挨拶代わりに襲撃され、問答無用で大怪我を負わされた。そこへ騒ぎを聞きつけたゼクス隊長に助けられたが、彼女曰く、自分の愛娘に愛されているくせに、俺からカトレアへの愛情がこれっぽっちも感じられないので、始末するべきだと確信したそうだ。


 さらに、俺ごときがカトレアに愛される資格も無いと断言し、俺は生殖細胞だけ無事であれば十分だと、問答無用で襲い掛かってきたのだ。


 だが、俺はリリィの持つ俺への憎悪が、それだけだとは到底思えなかった。


 何故なら奴が俺に向けた殺意は、決して娘を溺愛する母の凶行などという生易しいものではなかったんだ。


 例えそれがマスターやばーさんからの寵愛までも受けていたからという理由を足しても、それでも足りないほどの、強烈な殺意。マスターやばーさん以上に、俺の存在が許せない。


 そんな怨念じみたものを、あの時俺は確かに感じたのだ。だが依然、俺の一体何が気に食わないのかは、一切判らない。


 しかし、この森にリリィは来ないだろう。精霊の森は元々聖なる光の魔力が満ちた場所だ。俺程度の闇属性の魔力の持ち主は大して影響は出ないが、カトレアやリリィのような、骨の髄まで闇の魔力に染まった者は、この森に入るのはおろか、近づく事すら吐き気を覚えるという。


「じゃ、一つ一つ問題をクリアしていきましょうか。まず私達がやらなきゃいけない事は、実際の現状の把握。


  さっきも言ったとおり、全てが予想に過ぎないのは非常に良く無いわ。仮にレイの杞憂だったとしても、備えておくに越した事は無いのは事実だけど、もし、襲撃が事実で、想定した倍の戦力で攻められてしまった場合、単純な迎撃の選択をしてしまっていたら、それこそ数で押し切られて終わりよ。


  だからと言って、何もせずに今逃げの一手を打ってしまったなら、精霊の森という重要拠点を奪われ、フローラ様やマスターは窮地に立たされるわ。もし逃げ道を塞がれていたら、炙りだされてしまったところを討ち取られてしまう。


  ならばどうするか。

 

  まず敵勢力の把握し、その規模により援軍を要請。そして敵の出方を見誤らずに予測し、僅かな時間ではあるだろうけれど、迎撃用の罠を仕掛け、万が一の際の脱出ルートを確保しつつ、援軍が到着するまでの時間を稼ぐ。


  幸い、相手にこちらが襲撃を察知した事を悟られていないという点は、こちら側に大きく有利に働くわ。


  相手も恐らく奇襲が失敗した場合の策を考えているはずだけど、相手がどんな手を使ってくるかを想定するとなると、正直考え出したらきりが無い。だからそこは、私とマスターが臨機応変に指示を出していく事にするわ。これでどうかな?」


 正直驚いていた。つい2~3ヶ月前まで、『エリシア無しの仕事なんて辛すぎる』と言わせてやると息巻いたコイツに『10年はえーよ』だなんて軽口を叩いた。だが実際はどうだ……。エリシアの冷静な状況判断と、的確な戦略の組み立てが、間違いなく窮地に立たされようとしていた俺を救っている。


「ケチのつけようが無い。それで行こう。それじゃあ現状をマスターに伝えてから、俺は斥候に向かう事にする」

「あ、ダメ! それじゃダメなの。レイはこの森で育ち、この森の地形を熟知しているでしょう? だからレイは迎撃に参加してもらわないといけないし、レイが戦いやすいように罠を仕掛けてもらいたいの。偵察は、なんとか私が動物にお願いしてみるよ。それに、動物のほうが相手に監視している事を悟られない気がするの」


 なるほど、確かにそれが可能なら名案ではあるが……。


「エリシア、季節は冬で、時間は夜だ。使い魔のように使役できる動物なんて……」


 一体どんな動物が居るって言うんだ? と尋ねようとした瞬間。ぽふんと、間抜けな音を立て、エリシアの上に仔狼モードのシェリルが現れた。


「わん! わんわん! うー、わん!」

「ああ、そうよね! でも貴方だけじゃ大変でしょう? 仲間とか呼べないの? シェリル」


 ……ふむ。わんわんしか言って居ないからさっぱりだが、どうやら斥候をシェリルがやってくれる事になりそうだ。確かに、狼の索敵能力は実に優秀だ。神隠しで隠れたアサシンすら見つけ出すその実力は、俺がよーく知っている。


「わうっ! わんわんおーわんわん!」

「え? そうなのレイ!?」

「いや、わんわん言われても何のことだかさっぱりだわん」


 エリシアのあまりの天然っぷりに、俺は思わずため息を漏らしてしまう。


「あ、ごめんなさい。えっとね、シェリルは、レイなら狼の加護のおかげで、指笛一つで狼を呼べるから、レイに狼を呼んでもらえばいい。狼達への細かい指示は、私とシェリルで出せばいいって言ってるの」

「ああ、なるほど。名案だな。……来てくれればだけど」


 俺は精霊の森の狼を呼んだことがなかった。理由は一つ。ここら辺の狼の戦闘能力が半端じゃない。

 魔狼と識別されてもおかしくない彼らを、人は『バーバリーウルフ』と呼ぶ。


 彼らは普通の狼より二回りほど大きく、その力は非常に強力だ。集団で狩りを行い、時として自分の体より大きなトロールや飛竜をも狩り殺す。それもそのはず。彼らはダイアウルフの子孫だと言い伝えられているのだ。


 バーバリーウルフに限らず、狼は決して、自分より弱い相手に頭を垂れる事は無い。


 それは狼の加護を施された俺も例外ではなく、少年時代の俺がどんなに指笛を吹こうとも、狼がやってくる事はなかった。しかし、森でばったり出くわしても、襲われてしまうなんて事はなく、彼らの縄張り内でモンスターに襲われた際は、彼らが助けてくれるなんて事もあった。


 俺は離れの外へ出て、夜空に向け、高らかに指笛を吹いた。


 甲高い指笛の音が、凍て付く夜の森に響き渡る。その音は森に木霊し、遠くまで透き通るように響き渡った。


「どう? 来てくれそう?」


 俺を、心配そうにエリシアがシェリルを抱き抱えながら見守る。


「どうかな。狼を呼ぶ事なんて今まで無かったからな……」


 しかし、俺の不安を払拭するように、森の奥から、猛々しい狼の遠吠えが、いくつも響き渡った。


「レイ、すごいよ! 狼達が来てくれる!『呼び声の元へ急げ!』って皆言ってる! 助けてくれるよ!」


 森の奥から、幾つもの足音が近づいてくる。やがて姿を現した彼らの大きさに、エリシアは目を丸くした。どの狼も、体長が3メートルほど。ライオンと大差ないほどの大型狼だからだ。

「お、おっきぃ……」

「……本当に来てくれたんだな。すまないが、力を貸して欲しい」


 狼達は、俺の言葉を聞くと、その場に座り、俺の言う事に従ってくれるようだった。


「わうっ。わおん、わうわう」

「……シェリルが、あとは私が引き継ぐから、貴方は準備に掛かってって言ってるよ、レイ」

「わかった。頼りにしてるぜ、シェリル。敵はおそらくニブル市場周辺の遺跡に潜伏してる。よろしく頼むぞ」

「わうっ!」


 シェリルはバーバリーウルフ達と同じような体型に変化し、彼らを引き連れて森の中へと消えていった。


「さて、次はっと……」

「マスターに現状報告だね。レイ、マスターへの報告は私に任せて。レイにはすぐに罠の設置に取り掛かって欲しいし、いくらレイとマスターの間柄でも、男性が女性に対して『妊娠してませんか?』だなんて聞くべきじゃないわ。特にレイなんて「マスター、妊娠してるだろ?」とか、すごくデリカシーの無い聞き方するでしょ?」


 ……うん、言おうとしてた。


「わかった。お前に任せるよ。俺は罠の設置に取り掛かる。通信回線をオープンにして、俺にも聞こえるようにしてくれ」

「OK、じゃあ行動開始ね。レイ、気をつけてね?」

「ああ、わかってる」


 俺は屋敷の玄関へと回り、念のために持って来ていた装備を、トラックの荷台から引っ張り出した。


 そうしている間に、エリシアからの通信回線が繋がり、耳に取り付けた通信機から、エリシアとマスターの会話が聞こえてくる。


『この会話は、既に行動を起しているレイにも聞こえています。構いませんよね、マスター』

『え、ええ。どうしたの、エリシアちゃん』

『……失礼ですがマスター、これは私の推測に過ぎないのですが、お腹に赤ちゃんが居るのではありませんか? 勿論、ロキウス様との赤ちゃんが……』


 一瞬、マスターが沈黙したが、観念したように口を開いた。


『……ばれちゃったか。思ったよりツワリってきつくてね。魔法で隠してきたけど、うっかりレオニード城でも魔法が解け掛かって、心配していたのだけど。……そう。やっぱり狙われているのね、私……いいえ、この子は』


 きっと、喜ぶべき出来事だし、俺が待ち望んで居た事がまた一歩近づいたはずだというのに、俺の心は複雑な心境にある。


『まだ、敵が来るという確証はありません。今、レイの呼び出した狼とシェリルが斥候に向かっています。レイには先行して、森に罠を仕掛けてもらい、迎撃の準備をしてもらっています。私からの報告は以上です』

『ありがとうエリシアちゃん、レイちゃん。あなた達コンビは、本当に頼りになるわ。そして、レイちゃん。ごめんね? また迷惑をかけちゃうわ』

「……いいさ。マスターを守るために、俺はこのギルドに飛ばされたんだ。仕事はきっちりやるよ。……けど、次からはアイツに守ってもらえよ。子供が出来た事、ちゃんとアイツに報告しろよな。あ、勿論救援要請も忘れずにな。ついでに、『今度一発本気で殴る』って伝えてくれ。……全く、堪んないぜ。バカップルの乳繰り合いの尻拭いさせられる俺らの身になって欲しいぜ。なぁ? お前ら」


 この会話は、俺やエリシアだけが聞いていたわけではない。グレン、オリビア、いっちゃん、そしてばーさんも、マスターの告白を聞いていた。


『あわわわわっ! お薬! お薬今すぐ用意しないとぉぉぉ!』

『落ち着いて準備しなさいいっちゃん。慌てずにね。まったくもぅ。避妊くらいしっかりしてよね、マスター。休暇中なんだから、休日出勤手当て出してよね? 高くつくわよ?』

『ほんとそれな。ま、いつも迷惑かけてる側だ。迷惑かけられるのも悪くない。んで、どーすんだ? 俺らはどう動けばいい? エリシア指揮官殿』


 グレンやオリビアもまた、すでに戦闘準備に入っているようだ。声に覇気を感じる。


『とにかくこちらは、地の利を生かしきりましょう。


 幸い、監視魔法とセキュリティセンサーのおかげで、敵の位置を把握する事は造作も無いと思われます。敵の位置を把握したら、オリビアの遠距離魔法で敵をけん制し、トラップゾーンに追い込みます。トラップゾーンを抜けた敵は、次のエリアでレイに対応してもらいます。


 レイは全ての敵を相手にしなくていいからね? あ、でも、敵の魔術師は優先的に対応してね。もし篭城戦になってしまった場合、屋敷の防御結界を壊されてしまったら一貫の終わりよ。


 レイの防衛エリアを抜けた相手を、グレンさん、シェリル、フローラ様の護衛の皆さんに対応していただきます。


 屋敷の結界や、森の魔法トラップは、フローラ様にお任せします。いっちゃんは負傷者の手当てをお願いします。


 ……と、賢者のお二人を前にして私が作戦を立ててしまったのですけれど、何かもっと良い作戦はありますでしょうか、正直私この作戦では不安でしょうがなくって!』


 最後のおろおろとしたエリシアの頼りない言葉を聞いて、俺や他のメンバーは、一瞬ガクッと脱力してしまう。


『……いいえ、エリシアちゃん。完璧だと思うわ。その布陣ならば、退路の確保へシフトし易い。シンプルな作戦だけど、このメンバーで行えるベストな選択ね。ほんと、頼りになる愛弟子だわ』


 グレンやオリビアが慌しく準備をして、俺がトラップの設置がある程度完了する頃、遠くから響く遠吠えと、屋敷内に緊急通信のアラームが同時に響き渡った。


 それは、確実に敵襲があるのだと俺に確信させ、更なるトラップの設置を俺に促した。



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