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―精霊の巫女Ⅱ―

「……巫女の守り手。

 

 私たち精霊は、代々彼らの事をそう呼んできたわ。


 巫女にとって、とても近しい存在であり、巫女を守護する者。彼らは巫女によって選ばれ、彼らもまた、巫女を守ると心に誓った者たち。


 守り手は、時に兄弟であったり、父であったりと、家族であったりする場合もあったけれど、殆どの場合は、夫や恋人だったわ。


 そして、その大半が、非業の死を遂げた。何故か? だなんて、一々説明しなくてもわかるわよね? 守り手のボウヤ」


 今のシェリルの言葉を聞いて、思い当たる節は多々ある。そう、今の俺と変わらなかったのだろう。巫女を我が物としようとしたり、巫女の力を脅威と感じた奴らに、彼らは殺されたのだろう。巫女を守るために命懸けで戦い、……そして死んだ。


 だからなんだ? 俺のやる事なんて変わりはしない。


「巫女の守り手には困難が待ち受けてるって? 上等だよ。こちとら生まれながらにして貧乏くじ引いてるんだ。今更びびるもんか。


 これから俺を殺したい奴がどれだけ沸こうが、やる事なんて決まってる。


 俺だけを狙うなら、半殺しと利き腕で許してやる。


 だが、エリシアに危害を加えようとするのなら、一人残らず殺す。確実に息の根を止める。今の仕事と何一つ変わりゃしねーよ」


 俺は席を立ち、イフリートとシルフィードを背中に装備した。その時、ふと……。


『ハッハー! さすが主殿だぜ! 殺ってやろうぜ! 一人残らず!』

『もー、程ほどにしないと、巫女様に嫌われちゃうんですからね!? わかってます? 主さん!』


 一瞬、彼女らの声がしたような気がした。


「……ま、ボウヤはハッキリ言って、歴代の守り手の中でも、非常に強い力の持ち主だと思うわ。


 ただ、あなたのその心の在り様が、あまりにも不安定で、そして凶悪よ。


 いつか、あなたの心に巣食う闇が、あなた自身を追い詰める事になる日が来るような気がしてならない。


 巫女の身に何かあったとき、それがレイ=ブレイズという人間の最期だと、忘れない事ね」


 まるで捨てゼリフのように、そんな事をつぶやいたシェリルは、エリシアとの融合が解け、再び仔狼の姿へと戻り、エリシアは消耗しきってしまったのか、意識を失っている。椅子から崩れ落ちそうになるエリシアを、俺は抱きとめた。俺は、テーブルの隅に座るシェリルを叱りつける。


「……こらシェリル。エリシアを気絶させるまで俺の悪口を言わせるんじゃねーよ」


 シェリルはツーンと、そっぽを向き、テーブルの上にあるクッキーを一枚咥え、サクサクと食べ始めた。……こいつとうまくやっていける気がしない。


「ったく、よっこいせっと」


 俺は気を失ってるエリシアを抱き上げた。


「わっ♡ お姫様抱っこだなんて、レイちゃんってば大胆♡ エリシアちゃんおきてー! 今あなた幸せの絶頂に居るわよー♡」

「止しなさいセイラ、レイが恥ずかしがって、エリシアさんを肩に担いで部屋に連れて行くなんて暴挙に出るかもしれませんよ? ですが、もうそんな事まで出来てしまうのですね。子供の成長を見届けるというのは、本当に時の流れの速さを再認識するわ。あらやだ、私ったらまた勝手に涙が。やぁねぇ、最近年のせいか涙腺が緩んじゃって」

「ほんっとに喧しい一族だなアンタ等」


 俺はエリシアを抱き抱えたまま、エリシアに割り振られた部屋へと向かったが、丁度メイド達が、エリシアの部屋を掃除を始めたところだった。


 俺はため息をつきつつ、そのまま離れの俺の小屋へと向かう事にした。


 勿論その間、メイドや使用人の目に触れ、キャーと影で黄色い悲鳴を上げられたり、何かあたたかい眼差しを向けられたりした。


 まぁもちろん、子供の頃の俺を知るエルフ達だ。反応としては、あの二人とほぼ変わらない、子供の成長を悦ぶような親目線なのだろう。ギルドのメンバーに見つからなかったのは幸いだった。


 そして離れへとたどり着いた俺は、シーツを張り替えたばかりのベッドにエリシアを寝かせた。


 先ほど、離れを掃除した際につけた薪ストーブのおかげで、小屋の中は温かいままだった。俺はストーブに薪を足し、時間潰しに、スキラの残した日記や、資料などを読んでみる。しかし、スキラの資料には、精霊の巫女の記述などは存在しないようだ。


 一時間くらい経っただろうか。エリシアは目を覚ました。


「あれ……? 私どうしたの?」

「起きたか。魔力切れと、疲労から意識を失ってた。ほら、クッキーもらって来てやったから食っとけよ。栄養とらなきゃまた倒れるぞ」

「うん、ありがと。なんかごめんねレイ。私、シェリルと意識がごっちゃになっちゃって、なんだかレイに辛辣な事を言ってしまった気がする」

「あーまったくだ」


 俺は、薪ストーブで沸かした湯で淹れた紅茶を、一口啜った。


「おいしい。このクッキーはフローラ様が焼かれたのよね? いいなぁ、私もこれくらい美味しくできたらいいのに」

「お前は未だに、オムレツすらダークマターに変えちまうからな」

「何で知ってるの!?」

「何でって、厨房でゴミ箱開いたら、卵の殻とダークマターがあるんだぜ?『ああ、エリシアがまたやったのか』と思うに決まってるだろ?」

「うぅ、何の反論も出来ない……」


 俺も一枚、クッキーを口にする。


 優しい甘味と、紅茶やハーブの香りが漂う、懐かしいばーさんのオリジナルクッキーだ。


 昔はロキやセイラさんとみんなで一緒に焼いたりしていたな。


 特にセイラさんはこのクッキーが大好物だったな。


「ん……?」


 ふと思い出す。


 あれだけ好きだったクッキーに、マスターは一枚も手をつけなかった。顔色もあまりよくなかったな。道中車内でも、体調を崩していた。


 マスターが体調を崩すなんて、早々あることじゃないんだが。


「……ねぇレイ。私がレイに言って良いモノなのか分からないのだけど、マスターの事なんだけどね?」

「ん? なんだ奇遇だな。俺も今マスターの事が気になっていた」


 俺はエリシアにも紅茶を淹れてやり、カップをエリシアへ渡した。


「ありがと。……あのね、マスターもしかして、『御懐妊』されているんじゃないかしら」

「…………は?」

「あ、勿論私は妊娠なんかしたことあるわけじゃないから、知識としてしか知らないのだけど、さっきシェリルと融合したときに、マスターの魔力の流れが、いつもとは違うものだったというか、何か魔術を継続的に発動してるような感じで……。あとは、吐き気のようなものを最近よく感じてるみたい。でも、私の口からそんな事を聞けなくて……」

「まさか、だとしたら……!」


 それが喜ばしい事と認識する前に、俺の脳裏を過ぎったのは、今になってそれを認識したという初動の遅れと、もうすぐそこまで迫っているかもしれない危機への焦燥だった。


 先ずは冷静になって考える。俺たちギルドのメンバー以外が、マスターが仮に懐妊していたとして、その事実を知る瞬間があるか?


 ……ある! マスターがレオニード城に出向いた際、ペテルギースの息の掛かった暗部に監視されてるはずだ。


 暗部の中には、ユキカゼ班長のような魔眼を持つメンバーがいて、その時に露見してしまった可能性が大いに存在する。


 マスターがいかに魔術でジャミングしようにも、100%隠し切る事は、そいつの前では不可能だ。何かを隠すという行為が発覚してしまった時点で推測されてしまう。


 次に、マスターの懐妊がぺテルのクソジジイに伝わった場合、アイツはどうするか?

 

 決まってる。その事実を公にされてしまったら、もう二人の結婚を止める理由が無くなってしまう。堕胎を迫れば、ロキは間違いなく奴を排除する。つまり、マスターの暗殺を企む。


 じゃあ何時?


 ギルドに居るときは、必ず誰かがマスターの傍に居る。しかもギルドはマスターの城、カトレアですら迂闊に手を出せない。もし俺が奴らなら、狙うなら今がその時だ。


 ここはばーさんの結界が張ってあるが、その結界も万能ではない。破ろうと思えば、破る事は可能なのだ。アサシン部隊と対を成す暗部連中のトップメンバーなら、結界を解除し、迅速に屋敷を包囲し、マジックジャミングを展開。魔法の発動を無効化し、屋敷へ突入し、ターゲットを排除する。


「くっそ!」

「ひゃっ!? どうしたのレイ!?」


 苛立ちで俺は壁を拳で叩く。


 ダメだ。こういう時こそ冷静になれ。奴らにとって今、絶好のチャンスだったはずだ。警備は手薄になり、エリシアというオマケまでついてくる。


 毎年、この屋敷にマスターが帰省する事はほぼ確定事項。


 メンバーですらごく最近になるまで気がつかなかったこの事案……。


 リーゼリット邸を襲撃するともなると、敵も万全の準備を整えたはずだ。そのためにはそれなりの時間も要する。物資、人材確保、そしてその拠点として利用するのは、間違いなくその存在を隠せる場所。遺跡やダンジョンが点在する、ニョニル谷村しかないだろう。


 市場で感じたあの違和感。今思えば、俺へと向けられた驚きと、そして殺意。あの村で何者かが俺の存在に気が付き、一瞬殺意を抱くも、俺がその存在を感知し、計画に狂いが生じる事を判断し、即座に撤退したはずだ。


「まずい、まずいぞ。俺が奴らの存在に気がついたことを想定し、奴らはさらに戦力の上乗せを図るに決まってる。あれからもう4時間。金で雇うだけの盗賊なら頭数はそろえられる!」


 俺は、考えを巡らせ続ける。今からすぐに迎撃の準備を整え間に合うのだろうか。いや、こうして悩んでる間にも、奴らが襲撃してくるとも限らない。今はまず何をすべきだ? 先ずはマスターに現状の報告をし、それから……。


「ちょっとレーイ。何だかよく分からないけど、今私たちはピンチなのね? そう言う時こそ私を頼ってよ。チェスで私に一度も勝てないレイが、いくら戦術を練ったところで、現状を打破できるようなら、ピンチでもなんでもないわ。こういう時は、私の出番。そうでしょう?」


 こつんと、小さな拳が俺の頭を小突いた。あっけに取られた俺は、目を丸くして彼女を見据える。


 エリシアは少し不貞腐れたように、頬を膨らませながら俺を睨んでいた。


 ああそうだ。そうだった。ここに居るのは、俺だけじゃない。グレンやオリビア、いっちゃん。そしてマスターやばーさんに加え、エリシアが居るんだ。大丈夫、きっと何とかなる。


「ごめん、エリシア。もう大丈夫。落ち着いた」

「よろしい! ではレイ。現状を報告してください」

「イエス・マイバディ」


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