ー召喚Ⅰ―
結局あれから村を出るまで、特に異常はなく、頭の隅に妙な引っ掛かりを覚えながらも、俺達は屋敷に向かって雪原を進んでいた。
「ねぇレイ。ミョニル村、とっても面白い村だったね。色んな人々がああやって平和に暮らせる実例があるのだから、もっと大々的にあの村を紹介するべきなんじゃないかしら!各地、ううん、各国にああいう場所があったらもっと他種族とも深く交流できるし、やがては国同士の戦争もこの大陸から無くすことが出来るかもしれないわ!」
嬉々としてミョニル村について語るエリシアの姿が、俺の記憶の中にある出会ったころのマスターを呼び起こし、二人の姿が重なって見えた。
「へぇ、お前もそう思うんだな。じゃ、やっぱりあの二人が考えてることは、あながち夢物語じゃないな」
「あの二人って?」
「決まってるだろ? マスターとロキだよ。あの村の形を国レベルにした形が、あの二人が目指してる国の姿なんだ。人間も他種族も分け隔てなく、平和に暮らせる国、平等に暮らせる国を作るんだってさ。種族も、宗教も、男も女もオカマもオナベも、全部丸ごとな。ロキの考えに賛同できない貴族連中は、マスターとの結婚を正当化する口実だとかなんとか言ってるみたいだけどな」
そんな理想に俺は賛同しているものの、現実的にはかなり厳しいことを理解していて、いくら俺達が努力を重ねたとしても、実現できるのは恐らく、俺達の孫の代以降の話になるだろう。
「そうなんだ……。なんだか寂しいね、そういうの。私も王家に居た人間だから、昔からの仕来りとか、身分制度には従うことしか出来ないと思ってたなぁ。でもロキウス様はその柵から抜け出そうとしているのよね? ソレってすごく立派なことだと思う」
「俺だって二人の考えには勿論賛同してるけどさ、でもどこかで、無理だろって思ってる俺が居るんだよ。全部が全部実現できるはずが無いってね。せめてあの二人が胸を張って結婚できる国には出来ると思ってるから、そのために俺にできることをしてきたつもりなんだ。これからもそれは変わらない。あの二人が結婚する事によって、もしかしたら何かが変わるかもしれないっていう、淡い期待くらいはしてるけどな」
「きっとそうなるよ! 二人が結婚して、幸せな夫婦生活を続けて、子供が生まれたらきっと、国民は今よりもっと、種族が違っても、愛は育める物なんだって理解してもらえるはずよ!」
「ああ、そうだな。そうなると良いよな、ほんと」
だって、もし人間と他種族が理解し合える国だったのなら、スキラはあんな酷い最期を遂げずに済んだはずなんだ。
「……がんばろうね、レイ! 私も協力するよ!」
「ああ、まずは政敵の排除からだな。何時でも殺る準備は出来ている」
俺は飛びっきりの笑顔(極悪人面)でサムズアップしてやった。
「うん、そこは全然頑張らなくていいからね?」
「勿論冗談だぞ」
「顔が本気だったわ」
雪原を抜け、屋敷周辺の森に差し掛かったとき、俺は木の上に辛うじて残ってる、今にも崩れ落ちそうなツリーハウスに目をやった。
「懐かしいな、まだ残ってたんだな」
「あ、秘密基地っていうのでしょ? 男の子って良くやるわよね! あれ、レイが作ったの?」
「子供の俺があんな10年以上経ってもギリギリ残るようなものを木の上に作れると思うか? あれは子供時代のロキウスが、御付の兵士達に命じて作らせた一夜城だよ」
「……え」
ロキと出会った当初、あいつはまさに父親の血を色濃く受け継いでいたのか、はたまた躾が悪かったのか、まさに小さき暴君だった。
「すげーぞ、『お前ら出世したいか? ならば明日の朝までにあの木の上に家を建てろ。
出来なければ次の戦の最前列に貴様らを加え、問答無用で突撃命令を出すよう軍師に伝える』
とか言いやがるんだ」
「なんて酷い子……悪魔ね」
「だろ? そもそも、アイツとの出会いはそりゃー酷いもんだった」
「そうなの? すごく仲が良いから、全然想像つかないよ」
「ありえないぞアイツ。初対面でいきなりグーで顔面殴ってきやがるんだぜ?
『俺のセイラに手を出したのはお前か!!!???』ってな」
「ええ!? どういうこと!?」
「俺がばーさんに引き取られて、しばらくしてからの事だな。ある日、幼少のマスターが屋敷にやってきたんだ。
で、『わたしセイラ! 今日からわたしもこの家で暮らすことになったの! あなたのことはお祖母様から聞いてるわ! わたしのほうが年上だから、わたしのことはお姉ちゃんって呼ぶこと! 良いわね? わたしはあなたのことをレイちゃんって呼ぶことにするわ!』
って言うんだよ」
「ふふふふふ、なんだか可愛い。レイはなんて?」
「『お前アホだろ』って命知らずなことを言ってな。
……生まれて初めて、攻撃魔法とは何かを、その身をもって思い知った」
「ぷっ! クスクス。なんか子供のころからレイはレイで、マスターはマスターなのね」
「昔からSッ気たっぷりのとんでもハーフエルフだったよ。で、俺の身の上を思ってのことか、はたまた弟が出来た姉の気分なのか、相当色んな意味で可愛がられてな……」
エリシアには口が裂けても言えないが、初めてスキラ以外の女性の裸を見たのは幼少時のマスターだったりする。
いや、あれは不可抗力だ。『レイちゃん、お風呂はお姉ちゃんと入るわよ!』なんて、俺が入浴中の風呂場に乱入してきて、嫌がる俺の体を無理やり洗い、逃げようとする俺を湯船に引きずり込み、100秒カウントするまで上がるなとか言いながら、俺より先に逆上せるという荒業を見せたのだ。
何で俺がこんな目にと、気を失ってしまった彼女をずるずると浴槽から引きずり出したのは、今でもトラウマである。
もちろん、そんな思い出を彼女の前で引っ張り出そうものなら、脳みそを弄くられ、記憶を書き換えられてしまうだろう。
「そんなこんなで、当時からマスターにゾッコンだったロキが俺の存在を聞きつけ、大賢者から学問を学ぶという口実で屋敷に来てな。
初対面の俺に挨拶代わりの右ストレートをぶち込んできやがった」
「あっちゃー、じゃあそのまま喧嘩になっちゃったのね……」
「いや、あれは一方的な蹂躙って奴だったな」
「……まぁそうよね、王子様に手を上げるなんていくらレイでも……」
「ブチキレた俺はアイツを蹴り倒し、マウントポジションからボッコボコにした」
「ええ!? やっぱりやっちゃったの!?」
「方や王宮で武術や剣術を習ったとはいえ、本気で誰かと喧嘩なんてしなかったお坊ちゃんと、方や毎日がサバイバルな森で育ち、孤児院で何度も多対一の殴り合いをしてきた野生児。
勝敗は簡単に想像つくだろ?
見た瞬間、こいつイケメンな奴だなぁと不覚にも思っちまったあの面を、超絶不細工面にしてやったときはスカッとしたなぁ。
まぁその後メチャメチャばーさんに叱られたけどな。
その日からロキと俺は毎日喧嘩を繰り返してたが、1週間を過ぎた頃、マスターが間に入って、いい加減に腹を割って話せとのことで、やっとあいつの誤解が解けてな。
その後はまぁ色々一緒に遊んだり、一緒に修行したりしていくうちに、ある日ロキが親友の誓いを立てようとか言い出した。
『俺達は身分なんて関係ない。何があっても互いを裏切らない。俺達は死んだってずっと親友であり続ける』
そういう約束事を交しちまったもんだから、今も俺らは親友してるんだよ」
「なんかほんと、男の子って感じね。子供のころはそう言う男の子同士の友情が羨ましかったなぁ。でもレイ、グレンさんやジークさん達も、レイにとっては仲間であり友人よね? それでもやっぱりロキウス様は特別なのかしら」
「んー、やっぱちがうなぁ。あいつらに話せる内容と、ロキに話せる内容は秘匿レベルがかなり違ってくるしな」
信頼できる仲間ではあるが、完全に心を許せる間柄という訳ではない。現に、マスターとエリシア以外のメンバーは、スキラの名前すら知らないのだから。
「そういうのはやっぱりあるよね、私も女学生の頃は友達は沢山できたけれど、親友はメロディア一人だったなぁ。
私の場合はね、女子寮の部屋が隣同士で、私の部屋が角部屋だったこともあったから、級休日の前夜は夜遅くまでずーっと色んな話をしたの。
その頃から、メロディアはいつか歌手になって世界中で歌いたいって夢を語っててね、デビュー作の『世界に花束を』の歌詞は二人で考えたのよ?」
「へぇ、あれはマスターも良く聴いてたな。ん? あれ? 二人で考えたなら、版権の半分はお前にもあるってことじゃんか。お前もかなり儲かっちゃったんじゃないか?」
「へ?」
「ん?」
「あー!」
「……クレジットにはお前の名前なんて載ってないな。あれ、デビュー作にしてミリオンセラーだぞ。もったいないことを。エリシア皇女との合作なんて言ったら、確実にダブルミリオン狙えたぞ」
「まぁしょうがないしょうがない。次からはしっかりとギャラは貰うようにするわ!」
「はは、そうしろ」
さらに雪の積もる道を馬で進むこと数分、やっとのことで屋敷へと戻ってきた。
「お疲れ様! ほんとにありがとね、おかげで助かっちゃった♪ はい、約束のニンジンとりんごよ。沢山食べてね♪」
エリシアは馬屋に繋がれた二頭にバケツいっぱいのニンジンとリンゴを差し出す。すると二頭はうまそうにニンジンとリンゴにがっついた。
「なぁ、動物の声って普通に俺達みたいな人間の言葉で伝わってくるのか?」
「んー、かなり抽象的ね。簡単な単語とかアレとかソレとか、良いか嫌かとか、難しい話は出来ないかなぁ。あ、でもティアちゃんは普通に話せちゃう。
やっぱり龍種ともなると違うのね。ふふふ、結構乙女なのよ? あの子。
なんかね、レオニード城の竜舎にイケメンドラゴンが居るんですって♪
仲良くなりたいのに、なんて話しかけたら言いのか判らないのっていうから、この間ティアちゃんと皆で女子会開いて作戦会議しちゃった♪」
「へぇ、あのティアマトがなぁ」
ちょっとそのカオスな女子会を想像してみた。うん、ちょっとシュールすぎて笑える……。
「あーそうそう、ティアちゃん言ってたよ。『グレンさんは45点。レイは40点』って」
その衝撃の事実に、俺は思わず声を上げてしまう。
「は? なんでよりにもよってグレンより点数低いわけ!?」
「『すっごく失礼。なんだか乗り物扱いされてる気がする!!!』ですって」
「うっ。否定できない……。あのさ、エリシア。ティアマトの大好物何か知らないか? 日ごろの感謝と謝罪を兼ねて何か持っていくべきだと思うんだ」
確かに俺はそんな傾向が自分でもあるような気がして、ジークに申し訳ないと思っていたが、実際大変なのはティアマトだった。
俺は世話になってるティアマトにしっかりと感謝を述べたことは無かったのだ。
そして彼女が人間と同じように意思疎通が出来るという事は、心というものがしっかりと存在していて、それを無視してはならないと認識せざるを得なくなった。
「ふふふ、じゃあやっぱり龍牛なんじゃないかなぁ? ティアちゃん『私も龍牛食べたい!』って言ってたし」
「次のクエストは龍牛で決まりだな」
ごめんよジーク、ティアマト。俺が悪かった……。




