―エリシアの才能Ⅱー
掃除を再開して1時間。離れの掃除が大体終了した。
「さて、こんなもんかな」
「ふー。疲れたねぇ……」
エリシアは、磨き終わった作業台とも呼べるテーブルに、ぐでーんとつっぷした。
「サンキュな、エリシア。今紅茶でも入れてくるからちょっと待っててくれ」
「はーい」
俺は屋敷に戻り、キッチンから茶葉とティーセットをトレイに乗せて持ち出した。
そして離れに戻った俺は、ストーブの上において置いたヤカンの湯をティーポットに注ぐ。
「レイってさ、あまりコーヒー飲まないよね。紅茶派なのね」
「んー、まぁな。ばーさんも、じーさんも、マスターも紅茶派だからな。その影響が強いかな。まぁあの人らほど拘ってないし、コーヒーも嫌いじゃない」
そんな他愛のない話をしながらゆっくりとティータイムを楽しんでいたところに、ばーさんがやってきた。
「レイ、ちょっとお遣いを頼まれてちょうだい。必要な物はこの紙に全部書いておいたわ」
そういってばーさんは小さなメモを俺に手渡す。
「んー? ……なんだこりゃ、晩飯の食材とかじゃねーな。魔術用の素材じゃんか。コレ揃えるとなると……えー? ミョニル谷市場しかねーじゃん」
「もちろんタダでとは言わないわよ。あなた達、私に尋ねたいことがあるのでしょう? そう、『精霊の巫女』について、とかね♪」
俺とエリシアはその言葉にハッとする。
「……買い物から帰ってきて『実は何もわからないのよ』なんてのは無しだよな?」
「ええ勿論。セイラから以前、エリシアさんのその能力について調べて欲しいと依頼があってから、私なりに調べてみたの。そして、精霊の巫女が何者であるかもちゃーんと突き止めたわ。そしてその魔術素材は、精霊の巫女が何者であるかを語る上で、必要になる素材なの。じゃ、行って来てくれるわね?」
「ハイ、もちろんです! ほら、早く行こうよレイ!」
「ちぇ、仕方ねーな」
俺以上にエリシアが行く気満々だ。こうなったら行くしかない。
「あっと。なぁばーさん、あそこ道の舗装してあるのか? 車通れる?」
「どうだったかしらねぇ。雪も積もっているから、馬に乗って行くといいわよ」
「馬ぁ? 雪の中なんて走れるのか?」
すると、エリシアが意外そうに尋ねて来た。
「あれ? レイは知らないの? 雪国ではスノーホーストレッキングといって、雪の中で乗馬をするスポーツだってあるのよ?」
「へー、そうなのか。って、俺馬乗ったことねーや」
当然だ。自分で走ったほうが速い上に、今時は車やバイクなどの移動手段があった。さらに言ってしまえば、ジークのティアマトが居たのだから。ごめんジーク。最近完全にアッシーにしてしまっていた。ちゃんと土産物を買っていこう。
「そうなの? 仕方ないなぁ、じゃあここは私が何とかしてあげるね♪」
「お、おう?」
そんな事を言いながら、俺はエリシアと、ばーさんの馬小屋へとやってきた。馬小屋には2頭の立派な馬が居て、エルフの使用人たちが世話をしているようだった。
エリシアは、2頭の前に立ち、笑顔で話しかけ始めた。
「こんにちわ。私、あなた達にお願いがあるの。私とあの人を乗せて、ミョニル谷市場って言うところに連れて行って欲しいの。雪が積もってて大変かもしれないけど、お礼はたっぷりとするわ。にんじんとりんごいっぱいご馳走してあげる。どう?……うん、ありがとう♪ レイ、大丈夫だってー!」
「え? 本当に大丈夫なのそれで……」
「本当よ? あ、そうだ。ねぇふたりとも。あの人、よくわかってないみたいだから、大丈夫だよーって教えてあげて?」
すると、2頭の馬は同時に嘶き、エリシアは俺に向かってドヤ顔をして見せた。
「どう? 見直した?」
その姿には、馬番のエルフ達も目を丸くして驚いたようだ。
「ははは。すげーや……」
そんなこんなで、俺とエリシアは馬に跨り、雪原を進んでいた。思ったより馬はぐんぐんと雪の中を突き進んで行き、エリシアは本当に楽しそうに、雪中乗馬を楽しんでいるようだ。
「ねぇねぇ、この雪の中でも走れるの? ほんと? やってみてやってみて♪」
途端に馬はスピードアップし、俺の乗っていた馬まで全力で走り出した。おかげで俺はバランスを崩して落馬しそうになる。
「おいエリシア!? 楽しいのはわかるがこいつにスピードを落とすように言ってくれ! 落ちるぅ!」
「あはは、レイのへたっぴぃ~」
「なんだとこのド天然! 見てろよ?」
俺は腹筋に力を篭めて体勢を建て直し、しっかりと手綱をにぎり、ロキの乗馬姿を思い出して同じような体勢を取った。
「よし、このまま追い抜いてやる。ニンジン2本追加してやるから全力で走れ!」
俺が手綱を弾くと、馬は思いっきりスピードをあげて、前を走っていたエリシアに追いつく。
が、次の瞬間。エリシアが、悪戯っぽい笑みを見せ、俺の乗っている馬へと手のひらを見せたかと思ったら……。
「ストップ!」
「ヒヒィィィィィィン!」
「うわっ!?」
エリシアの一声に馬が急ブレーキをかけ、さらに前足を高くあげ、高らかに嘶いた。
結果。俺はあっさりと新雪の積もる雪原へと落馬したのだ。
「あははははは! ごめんごめん、大丈夫? レイ~♪」
「えーりーしーあー……」
雪に埋もれながら、俺は腹の底から怨嗟の声を上げた。こいつ、さっき(飛行魔方陣)と言い、今と言い、ちょっと実力つけてきたからって調子に乗りやがって……。
「目に物見せてやる」
俺は雪を握り固め、エリシアを睨みつける。
「ふふふ、雪合戦でもするの?」
「フン、これはもっと陰湿だぞ。覚悟しろ、謝っても許さん!」
俺はエリシアの目では到底追いきれないスピードでエリシアの背後に回り、ぐいっとエリシアの襟首を掴み、背中に固めた雪を滑り込ませた。
「きゃあああああ!? つめたい! つめたい! なんてことするの!? 信じられない!!!」
「うっさい! 元はと言えばお前が悪い! 俺だってめちゃめちゃ冷たかったんだからな!」
「むぅぅぅぅぅぅ!」
エリシアは馬から下りて、雪玉を作っては俺に投げつけるが、もちろんそんなモノは俺に掠りもしない。そしてさらに雪玉をキャッチして投げ返してやると、見事にソレがエリシアの顔面へとヒットする。
「ふきゃん!?」
「フッ。100年早ぇよ」
雪を顔から取り払ったエリシアの顔は、霜焼けなのか怒っているのかはわからないが、真っ赤になって、涙目で俺を睨みつけたかと思ったら、そのまま黙って再び乗馬した。
「……あ、アレ?」
もんのすごーく気まずい空気が漂い始めたのがわかる。
「おいおい、エリシア? お前もしかして、すっごく怒ってる?」
「……………………」
長い、長すぎる沈黙。俺も嫌な汗をかき始めた。
「あ~……悪かった。やりすぎた、すまん」
「………………………」
「ごめんって……」
「……………………」
俺を無視して、エリシアを乗せた馬は再び雪の中を前進する。そして絶対に口には出さないように心の中で叫ぶ。
うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁめんどくせぇぇぇぇぇぇぇぇぇ。
「ぶひひぃん」
馬が鼻っ面で俺をつつく。
「るせーな。そもそもお前がエリシアの悪ふざけに乗っからなきゃこうはならなかったんだぞ。ったく、オイ待てよエリシア! ああもうなんなんだよ!」
しばらく不貞腐れていたエリシアだったが、ミョニル谷市場のあるミョニル谷村についてから、態度は一変することとなった。
―ミョニル谷村―
「え……? え……? 嘘でしょ? ええー!?」
エリシアが驚くのも無理はない。ミョニル谷村はその人口の8割が亜人や異種族、他種族と称される人々が占め、人間と共に生活しているという、世にも珍しい多種族共生地域だからだ。エリシアが驚き注目した先には人間、エルフ、魔族、獣人の女性達が、なんの違和感もなく井戸端会議の真っ最中だったのだ。
「そういえば最近、ラーニャさんの一家を見かけないけど、引越しでもしたのかしら」
「あなた去年もそんな事言ってたじゃない! ラーニャさん達はラミア族だから、冬は冬眠するのよぅ!」
「あらやだわぁ、私ももう年ねぇ。来世はエルフに生まれたいわー。それも美人でぼんっきゅっぼんのセクシーエルフに!」
「何をおっしゃいますやら。この間は『何十年も子供の世話なんて気が狂ってしまうわ!!!』だなんて嘆いていらっしゃったのに……」
「見てらっしゃい? きっと明日はこの人、『ラミア族みたいに冬眠したぁぁい!』って騒ぎ出すわよ?」
「ざんねーんそれはないわ。だって今言うんですもの! ラミア族みたいに冬眠したぁぁぁぁい♡」
「「「あっはっはっはっはっはっはっは」」」
うわっしょーもな。
「レイ、レイ! ちょっとちょっと、解説解説!」
やはりエリシアから見たらこの光景は異様なのだろう。そりゃそーだ。エリシアの母国だけでなく、世界的に人間と他種族、異種族は、太古の昔から争ってきた。互いを忌み嫌い、簡単に命を奪いあってきたのだから。
現状、それぞれひっそりと集落を作っていたり、他種族のみが生きる国があったりするのが当たり前だからだ。
「解説ねぇ。ここは大昔から、人と他種族が普通に交流したり商売したりする場所だった。ロキウスの曾爺さんの時代に行われた異種族大粛清のおかげで、こんなへんぴな村と市場を残すだけになっちまってるけど、コルトタウン以上にでかい町があったらしい。谷の奥底には超古代の遺跡だったりダンジョンが点在してるもんだから、ここを拠点に考古学者とか冒険者が活動してたりするんだよ。おかげでここの市場の品揃えは、食料品や日用品以外にも、冒険者用の装備だったり、魔術媒介の品揃えが、結構豊富なんだよ」
「へぇ~。ねぇねぇ、早く行って見ようよ!」
「はいはい、わかってるよ」
すっかり機嫌を直したエリシア。コイツは本当に、表情や機嫌がコロンコロン変わりやがる。
俺は買い物のついでに、俺はちらっと武器屋を覗いて見たりしながら、頼まれた素材などを買い揃えていく。
ふとエリシアを見てみると、エリシアもアクセサリーショップを覗いたりしていたようだ。翡翠がはめ込まれたネックレスを着けて、鏡を確認していた。あれは確か、猫人族の民芸品だったな。猫人族の店員が、片言の共通語でエリシアに接客をしているようだ。
「エリシア、そろそろいくぞ」
「えーもう?」
「腹減った。さっさと帰ろうぜ?」
「じゃあここのレストランで食事を取ればいいじゃない」
「お前、ここでメシ食うことがどういうことか、よーく見てみ?」
俺はちょっとした食堂で、拳大もあるオオコオロギの甘辛焼きを、うまそうにバリバリと頭からがぶり付く、爬虫類型の獣人と、生きたミミズのスパゲッティのような物をズルズルと啜る土竜の獣人達を指差した。
「うぅ。か、帰ろうか」
「ご理解いただけたようで何よりだよ」
一見地獄絵図のような日常風景を目にしたエリシアと俺は、踵を返して屋敷に戻ろうとしたその時だった。
ほんの一瞬、視界の隅で、何者かが俺やエリシアを避けて隠れるのが見えた気がした。
「……?」
「レイ? どうしたの?」
俺は五感を研ぎ澄まし、腰のダガーの柄を握る。
先ほどの気配、こちらへの負の感情を感じた……ような気がした。一瞬視界の隅に捉えただけでは、確証は得られない。
「あ! ぎーくんみーつけた!」
「うそー、僕がハンター?」
「だってしっぽが隠れてないんだもーん。きゃははははは」
気配を感じたあたりから、子供達が駆け出した。
気のせいだったのだろうか。
「ねぇレイ?」
「いや、なんでもない。帰ろうエリシア」
だが、その瞬間から、村を出て、雪原を歩いていても、俺は背後の警戒を怠ることが出来ないままだった。




