表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
75/119

―エリシアの才能Ⅰ―

『ドォォォォォォン!!!』


 一面雪景色の針葉樹の森に響き渡る轟音。野生動物も冬眠してるであろうこの森で、グレンは、お構い無しにその荒ぶる鉄拳を振り下ろす。その度に衝撃が突風となり、森を白く染めあげる雪を吹き飛ばした。森の住民からしてみれば、迷惑極まりない行為なのは言うまでも無いだろう。


「うぉりゃああああああ!!!」


 グレンの繰り出す大振りの蹴りをギリギリで躱してから跳躍し、別の角度から飛んできた氷柱に向かってナイフを投げつけ、その尽くを粉砕する。さらに襲い来るグレンの鉄拳を前転してくぐり抜け、グレンにもナイフを投げつけるが、奴はそれを全て手刀で叩き落して見せた。まぁこちらもそれがダメージに繋がるとは考えていない。想定の範囲内だ。


「うーん、正直ここまでやるとは思わなかったわ。私の知ってたレイより格段にスピードアップしてる。グレン、ちょっとペース上げるわよ」

「あいよ!」


 俺は今、グレンとオリビアの攻撃を同時に躱し続けていた。流石にこの二人を相手にすると、反撃も容易じゃない。


 本来なら、先に遠距離を攻めてくるオリビアを討ち取った方が有効なのだろうが、オリビアへの攻撃は禁止とされているため、手出しができない。


「やれやれ、厄介だな……」


 あまりにもこの不利な状況下での手合わせは、全てマスターが対カトレア戦を想定してとのことだった。だが、これは流石に防戦一方になってしまうのが現状だ。


「うぉららららららららららららぁ!!!!」


 マシンガンの乱射よりも早いグレンの連打。一発一発がかなりの破壊力を伴い、全部喰らった日には全身打撲は免れない。いや、絶対死ぬな。


 俺は神経を集中し、すべて間一髪で躱し続けながら、負けじとカウンターでダガーを突き出す。


「なんの! せいや!!!」


 ダガーを躱したグレンに、突き出した腕を絡め取られ、そのまま一本背負いをかまされそうになるが、俺もグレンにもう一本のダガーを、首に突き刺してやろうとした。だがそれに気がついたグレンが、力任せに俺を突き飛ばす。空中に放り出された俺は、空中で体を捻り、所々雪が吹き飛ばされた地面に着地したその刹那、間髪入れずに俺の上空から無数の氷の槍が降り注ぐ。


「神速!!!」


 俺は降り注ぐ氷の槍を次々に右手のダガーで打ち落とし、爆薬付きのナイフを左手で5本同時に槍の束に向かって投げつけ、雪の粉塵が舞う中、グレンへと突進した。


 爆薬の中には閃光爆薬も含まれていて、強い光でグレンの目を潰したはずだ。


 この絶好のチャンスに、俺はダガーを構えてグレンの首元に突きつけようとした刹那、グレンの拳が顔面に迫り、俺は避けきれずに防御の姿勢をとる。


 防御したとは言え、俺の体は軽がると宙に浮いて吹き飛ばされ、大木へと叩き付けられた。


『ドン!』


 鈍い音が体と周囲に響き渡る。 


 俺はその衝撃で肺の中の空気を全部吐き出してしまい、思わず崩れ落ちそうになる。 


「げっほ、ごっほ!」

「おーい、大丈夫かー?」


 一体何が起こった。グレンの視界は奪ったはずだ。何でこうもピンポイントで反撃してきやがる……。


「お前は直線的過ぎるんだよ。どんなに目で追えなくても、次の行動を予測してしまえばどうという事はない。特に、確実に殺れると確信したお前の攻撃は実に単純だ。即死させる為に絶対に急所を狙ってくる。初見でお前と戦う時はかなり厳しいだろうけど、俺や死神嬢のように、ある程度お前の行動パターンやそのスピードに慣れてれば対処できないものじゃない。そこをまずどうにかしないとだな」

「だからって、何だよ今のカウンター。閃光爆薬を使って視界を奪ったはずなんだけど?」

「ふっふっふ。俺の目をよーく見てみ?」

「?」


 俺はグレンの瞳がいつもと違う色をしていることに気がつく。


「それ、まさか」

「ふっふっふ、オリビアの魔法だよ。お前は奇襲を狙って雪に紛れたり、強い光を使うだろうからって、遮光魔法をかけてくれたんだ。まぁこれくらい死神嬢ならすぐ思いつくんだろ? ほれ、立てるか?」

「……チッ」


 俺はグレンの差し出した手に掴まって立ち上がり、体中についた雪を払った。


 オリビアの攻撃の威力は大した事はないが、非常に厄介だ。俺を遠距離戦に持ち込ませないために、後方から遠距離攻撃を仕掛けてくる。グレンの最も得意とするショートレンジの戦闘に持ち込ませるために、あいつは遠距離魔法を飛ばしてくるだけでなく、色々なところにトラップ系の魔法も仕込んでやがる。踏まなければ勿論どうということはないが、少しでも有利なミドルレンジに持ち込みたい俺にとって、非常に厄介な位置にばかり仕込んできやがる。


 言い訳ではないが、俺の手の内を読んだ完璧なアシスト。そこにグレンの驚異的な身体能力が重なると、今のように一本取られてしまうわけだ。


 というか、びっくりするくらいカトレアが使いそうな位置と、同じような攻撃のタイミングでオリビアの魔法が襲ってきやがる。俺の嫌がる位置、嫌がる戦法を熟知してるというのが正しいかもしれない。案外あいつらってうまくやれるんじゃないかと思うほどに。


「どーだ? もっと指南してやろうか? ん? 一応俺、師範代の資格は持ってるんだぜ?」


 ちょっと一本取ったくらいで調子にのるグレンに、大人気ないとは判りつつもイラっと来た。


「……あんまり調子こいてっと、怪我するぞ馬鹿グレン」

「ん?」

「ウォーミングアップは終わりだっつー話だよ。神速奥義、超神速!」


 グレンが身構えたと同時に俺は超神速を発動し、グレンのズボンのベルトを引き抜き、背後に回って足首に巻きつけてやった。


「なに!? 消えた!? どこだ!?」

「うぉら!」


 俺が巻き付けたベルトを思いっきり引っ張ってやると、グレンは顔面から雪にダイブした。


「ふんもっふ!?」

「見たかグレン、俺の最速って奴だ。ああ、すまんすまん。早すぎて見えなかったんだったな」

「……この早漏野郎! よくもやりやがったな! お前が最速出すってんなら、こちとら全力だコラァ!!! くたばっても文句言うなよ!? おっと言えねぇか! 死んじまったら喋れねぇもんなぁ!!??」

「ちょっとちょっとあんた達!? 何ヒートアップしてるのよ! 私ただの喧嘩にバックアップなんてしないからね!? まったくもう、どうしてウチの男共はこうも単細胞生物なのかしら!?」


 その後、小一時間ほど鍛錬は続き、時刻は午前10時半。俺は昼食の支度もあるので、とりあえずシャワーを浴びて休憩をとることにした。


 到着から一晩明けた今日。俺達はそれぞれトレーニングや、屋敷の手伝いなどに勤しんでいた。


「皆さんおつかれさまです! 温かくて甘いレモンティーを水筒に入れてもらいましたので、休憩にしませんかー?」


 コートとマフラー、手袋に耳当てと、完全防寒装備で丸くなったいっちゃんが、俺達が通ってきた道を使えばいいのに、新雪の中をのっそのっそと歩いてやってくる。もちろん、身長が低くて、足もそんなに長いわけではない上に、体力だって一般人の平均以下のいっちゃんだ。その足取りは非常に覚束無い。そして流石と言うべきか、やはりと言うべきか、いっちゃんは……。


「ぶへっ!?」


 お約束のように顔面から転び、雪に埋もれてしまうのだった。


「あ゛う゛~~。づべだい゛~あれ、立てない。だれかー!」


「「「やれやれ……」」」


 グレンと俺でいっちゃんを雪から引っ張り出し、鼻水まで凍らせたいっちゃんは、ガタガタと震えながら、温かいレモンティーで暖を取った。


「ゆ、雪国恐るべし。そこらかしこに致死性のトラップが仕掛けてあるなんて!」

「わざわざ雪が深い場所を歩いてくるからだろ? 除雪してある場所を歩いて来いよ」


 いっちゃんに呆れながら、俺も温かいレモンティーを啜る。


「午後はどうするんだ? やっぱもっかいやっとくか?」

「いや、今日は『離れ』の掃除をしたいんだ」

「離れって、あの庭のちょっとした小屋か?」

「ああ、あれは俺の魔術工房みたいなもんかな。俺自身に魔術師としての素質は全くなかったけど、あそこには母親の遺品が詰まっててな、いい加減掃除してやろうと思って」


 レモンティーのおかげで暖も取れた俺は、鍛錬用のプロテクターを脱いで驚愕する。特殊素材で作られたはずのプロテクターが、ものの見事に粉砕されていたのだ。

           

「おいおい、そんな大切なもの何年放置したんだ? かーちゃん草葉の陰で泣いてるぞきっと」

「……もし、悲しんでるとしたら、俺がアサシンになったこと意外にないよ。ってか、手加減しろよ! 生身だったら大怪我してるところだぞ?」


 粉砕されたプロテクターをグレンに見せつけ、俺は猛抗議する。


「俺は十分手加減してるぞ? 原因があるとしたら、お前のスピードが速すぎるんだ。寸止めしようとしてブレーキをかける為に魔力を使い、カウンターに対応するために更に急ブレーキで魔力を消費して、防御に回す魔力を練りきれてねーんだろう。そこも考慮して調整していかないと、死神嬢や鬼夜叉丸なんかとやりあえないぜ?」

「むっ」


 悔しいほどに的を得ている。流石に元師範代ってだけの事はある。とりあえず俺は道具をまとめ、オリビアにも一応一声礼を言ってから屋敷へと戻った。


「朝ごはん食べたと思ったらすぐに修行だなんて、精が出るじゃない、レイ」


 玄関先にいたばーさんは、俺にタオルを持って来てくれていた。


「ま、色々と敵が多くてね。ばーさん、離れの鍵はいつものとこだよな?」

「ええ、キッチンの鍵置きに掛かっているわ。あ、そうそう。さっきお風呂を沸かしておいたから、入ってくるといいわ。汗臭いと女の子に嫌われますよ♡」

「そりゃどーも。一言余計だよ」

「ふふふ……」


 俺は生返事を返し、風呂で体を清めてから普段着に着替え、コートを羽織った。


 そしてキッチンの横にある鍵掛けから、離れの鍵をポケットに入れ、俺専用の離れへと向かった。

あまり立ち入られてないからだろうか、庭の奥の離れまでには雪が腿の所まで積もっていた。

俺は腰に下げてきたイフリートを抜き、剣に魔力を送る。


「燃えろ、イフリート!」


 イフリートは刀身から燃え盛る炎を発し、その熱波は辺りの雪を一気に溶かした。


「よし」


 俺はイフリートを一振りし、纏っていた炎を消して鞘に収めた。


「よし。じゃないでしょ! 急に火柱が上がったからびっくりして来て見れば! まったくもう!」


 突然背後から大声でツッコミが入る。


「なんだ、エリシアか」

「火事になったらどうするのよ!」

「ん、雪ぶっかけりゃ消えるだろ」

「消えません!」

「じゃあシルフィードで森ごと吹き飛ばす」

「ノーモア自然破壊ー!!! とにかく、もう二度としないで!」

「へーい」


 俺は離れの鍵穴に鍵を差し込み、鍵をあけた。そして扉を開けようとしたが、なかなかひっかかって動かない。


「あれ……」


 俺は少し力を入れてドアを開けると、ガタンと変な音を立てたが、なんとか開いてくれた。どうやらドアの隙間に氷が張っていたようだ。


「ケホッ。やっぱ埃は想像以上だな」


 部屋の中は埃が溜まっていて、通気もしてなかったせいなのか、空気がだいぶ淀んでいた。


「ここレイの部屋? なんか魔術道具がいっぱいあるけど、レイは魔術師目指してたの?」

「全部スキラの遺品だよ」


 俺は窓を全開にしてシルフィードを抜こうとした。


「……レイ、まさかとは思うけど、シルフィードの力で埃とかゴミを全部吹き飛ばしてやる! だなんて考えてないよね」

「え?」

「だめよ!?」

「大丈夫大丈夫、ハタキ代わりにばーっとやっちまうだけだから」

「あのね! 精霊剣の使い方を絶対間違ってると思うの! いい? 精霊剣には意思のある精霊が封じ込められてるのよ? 中の精霊が『私はこんなことに使われるために封印されてるの?』って悲しむかもしれないじゃない!」

「ええー? コレでも俺はイフリートとシルフィードは他の剣とは比べ物にならないくらい愛情を注いでるぞ? 毎晩ピカピカに磨いてから寝るし、精霊の加護があるから刃こぼれもしなければ切れ味も落ちないけど、鞘とか柄は痛んだりするからリペアだって欠かさない。グリップバンテージだって3日に一度は交換してるんだぞ」

「でもシルフィードはきっと『私は掃除機じゃないよぉ』って悲しむと思う! スキラさんだってきっと数年ぶりのお掃除がそんな手抜き掃除だなんてきっと悲しいと思うよ? 私も手伝うから、しっかり掃除してあげようよ」

「……むぅ」


 俺はしぶしぶ、屋敷からバケツ、モップ、ハタキ、マスクやエプロン、バンダナを持ってきた。


 とりあえず俺はハタキで家具の埃を払い続け、エリシアはフラスコなどの道具をきれいに磨いてくれている。


「ねぇ、スキラさんはどんな魔術の研究をしてたの?」


 ふと、エリシアがそんな事を尋ねてくる。


「魔術にも錬金術にも精通してたみたいだが、主に魔法薬かな。一番得意分野だったみたいで、黒の森に隣接してた他種族の集落では、スキラの魔法薬は結構有名だったんだ。周辺の村々の道具屋にはいつもスキラの魔法薬が置かれていた。ちょっと情報通の冒険者とか傭兵なんかが良く買いに来るから、生計を立てるには十分の収入だったみたいだ」

「ふぅん、それでフラスコとか実験器具が多いのね。あ、この資料は魔法薬じゃなさそうだよ?……なんだろう、見たこともない魔法陣が書かれてる。あれ? これ全然ページがめちゃくちゃで読めないわ。えーっと、これと、これと、これがこうで……、あ、これがこの間に入って……あとこれもそうだわ」

「あー、そういや、その資料は見つけたときからバラバラになってて、かき集めただけだった。……ん?」


 俺は今のやり取りに疑問が湧いた。あの資料は確か、全部狼人族の文字で書かれていたはずだ。


「これでよしっと。うん、パッと見だけど、ページの抜けはないみたい。ちゃんとページに数字が書いてあってよかったわ。えーっと、この資料は……すごい! 古代魔法陣の解説が書いてある!」

「まてまてまてまて!?」

「ん? なぁに?」

「いや、エリシアさん? なんでばーさんですら解読が困難だった狼人族の文字がいきなり読めちゃう上に、それを理解できちゃうのでしょうか」

「え?……あれ!? そういえばこんな文字見たこともない! でも全然読めるし意味も分かる。何これぇ!?」


 俺はエリシアの持っていた資料を確認してみると、確かにそこには、狼人族の文字で『古代魔法陣の解説と用途を後世に残す』と記載されていた。


「ど、どーいう事だ?」

「うーん、昔から外国語の成績はずば抜けてるって言われてたけど、ここまで来るとやっぱり私の力に関係があるのかしら……」

「なんだよそのびっくり能力。マルチリンガルとかそういうレベルじゃねーぞ」

「あら、レイだって会話なら魔法で翻訳できちゃうんでしょ? その上級魔法で、文字も読める魔法が常にかかってるのが私だと思えば、そんなに不思議じゃないよね?」

「うーん。そういうモンか……?」


 ふむふむ、と資料を読み始めたエリシアは、適当なメモ用紙にその魔法陣を書き写し始め、書き終えたと思ったら、「ていっ!」 とか言いながら俺の背中へと貼り付けた。


「ちょ、なんだよ」

「んっと、飛行魔法を発動する魔法陣って書いてあったから、ちょっと張ってみたの」

「ハッ。おまえなぁ、そんな鉛筆で書いただけの魔法陣がそんな大層な魔法発動できるのかよ?」


 なんてぼやいてる傍で、エリシアの指先から魔法陣に魔力が注がれたその次の瞬間、俺の体は勢い良く飛び上がり、天井のハリに激突した。


「あだっ!?」

「わわわっ!? ほんとに飛んじゃった!!! レイごめんね!? 大丈夫!?」


 俺はごっちんと頭をぶつけ、目の裏には星がいくつも飛んだ上に、そのまま墜落した。さらに運の悪いことに、その衝撃で本棚の本が何冊か落ちてきて、俺の頭に直撃する。


「星が……いや、川が見えた。痛ってぇ! 信じらんねぇ」

「お、おかしいなぁ。ちょっとだけしか魔力を注いでないから、ちょっと浮くだけだと思ったのに。ヒーリングするからまってね」


 エリシアは慌てて治療魔法を俺に施しはじめる。すぐにエリシアの掌から温かい魔力が伝わってきて、俺の痛みを取り除いていく。


 最近、このエリシアの回復魔法が心地よくて、癖になり始めている自分がいるような気がしてきた。

本人には口が裂けても言えないだろうが。


「ったく、お前が使った魔法は飛行魔法だろ? 浮遊魔法とは質が違うんじゃないか?」


 俺はなんだか気恥ずかしくなって、エリシアの治療を遮って立ち上がり、本を片付け始める。


「あ、動かないで。すぐに治療終るから……」

「いーよ。コブにもなってないし」


 俺はため息をつきながら体についた埃を払い、本棚に拾った本を戻していく。エリシアも何冊か拾って、戻そうとしたのだが、エリシアの手がピタリと止まった。


「精霊……召還魔法陣?」

「ん? 精霊召還?……ああ、確かにそう書いてあるな。でもこれは一体?」


 そもそも精霊というのは、目には見えないがそこら中に居て、水や風、炎や大地など、言ってしまえば自然そのもの。ただ例外があるとするならば、上位精霊と呼ばれる存在だ。


 宗教によってその呼び名は変わってくるが、例えるなら、『悪魔』『神』『魔人』『天使』と呼ばれている。


 彼らは強い自我を持ち、強大な魔力を誇り、そして実体を現すことが出来る。

人は彼らの力を幾度も手に入れようとしたが、その度に失敗し、彼らの怒りを買い、破滅した。


 だが、その成功例があるのもまた事実。


 そう、精霊剣などの精霊が封印されているとされる武具の数々だ。


 どういう理屈だかは知らないが、精霊の封印された剣は刃こぼれ一つすることなく、常にその切れ味を保ち、そして強力な魔法を少ない魔力で生み出すことも出来る。


 だがその製法は未だ不明で、他の方法で上位精霊を使役することも不可能だ。


 そんな存在を呼び出せるとでも言うのだろうか。いや、仮に呼び出したところで何が出来るというのだろう。下手に呼び出して、機嫌を損ねようものなら大変なことになる。


「ねぇレイ。私が精霊の巫女なら、巫女として修行したら精霊と話したり、力を貸してもらえるようになるのかな」


 エリシアは手にした本をじっと眺めながら呟いた。


「んー。可能性はあるかもしれないけど、そもそも精霊の巫女についてもっと深く知ることからはじめないと、何が出来て何が出来ないかわからないじゃないか。下手に呼び出してみろ、それこそ大変なことになる。お前の持ってるその魔道書は今は下手に読むな。スキラがわざわざ残した資料だ。にわかに信じがたいけど、それは間違いなく本物だと思う。そうだな、今のお前に向いてそうな資料は……あ、コレなんかどうだ?『料理がおいしくなるテクニック100選』。これは絶対必要だろ?」

「もう、そこはほっといで!」


 たまたま手にしたそれは、スキラが人間である俺のために使ったであろう古い料理雑誌だろう。よく見ると、所々に折り目がつけてあり、開いてみれば懐かしいスキラの字で『成功! レイは全部食べてくれました。気に入ってくれたみたい』とか、『イマイチ。やっぱり野菜は苦手みたい……』『大失敗。レイにはレッドペッパーはまだ早かった!』なんてコメントが書かれていた。レシピはすべて人の言語で記載されているが、ソレをスキラは狼人族の言語に翻訳したのだろう。余白に翻訳したレシピが書き加えられていた。


「うぅ、スキラさんって本当にすばらしいお母さんね。なんか今、私感動しちゃった」

「そうだな、でも俺は意外な発見をしたよ」

「え? 何?」

「スキラって、意外とおっちょこちょいだったらしい」


 スキラ、4歳の子供にレッドペッパーはないだろう。っていうか、この料理に使うのはパプリカパウダーであって、レッドペッパーじゃない。


 俺は苦笑いと共に、本棚へと料理雑誌をしまった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ