―久々の里帰りⅡ―
―翌日―
「レイ、これを俗になんと言うと思う?」
「男女差別、職権乱用、パワーハラスメント?」
「ぴんぽーん。レイ君大正解ー」
俺とグレンは、座り心地の悪い運転席に追い遣られ、朝食にとおやっさんが用意してくれたハンバーガーを頬張っていた。
運転手は俺だ。すでに出来たばかりの高速道路に乗り、しばらくは道なりに進むだけで、サービスエリアごとに運転手の交代をするという方針を採っていた。
運転席のオーディオからは、グレンお気に入りのバラードらしき曲が流れている。グレンはその曲の気に入ったフレーズを、助手席にふんぞり返り、足をダッシュボードの上に乗せながら歌っていた。
「君が好き~♪ 僕が命を賭ける理由には十分さ~♪ 笑っておくれよベイベー♪ 君は僕のエンジェール♪」
「……音程外してるっていうか、ガン無視だな。ってか、お前ってバラードなんて聞くんだな」
グレンのあまりにも下手な歌に、俺のストレスがじわじわと溜まって行くのが手に取るように分かる。
「んー、意外となんでも聞くぜ? ラブソングなんかは聴いててちょっとくすぐったいが、声が良いと聴き入っちまうよ。特に今気に入ってるのは、メロディアかなぁ」
「あ、なら良いのあるぜ? 本当は明後日発売らしいんだけど、ちょっとした縁があってな。ほら、ベストアルバムらしい」
俺は手荷物用のリュックサックから、先日メロディアさんから郵送してもらった直筆サインつきのCDをグレンに手渡した。
それを手渡されたグレンは、カッチンコッチンに固まっていた。
「今流れてる奴が終わったらでいいから、流してみてくれよ。もちろん封は切っちゃっていいけど、歌詞カードめちゃくちゃにするなよ? それメロディアさんの直筆サインらしいからさ」
「は!? なんで!? ちょっと説明しろよ!?」
「あー、えっとな。エリシアが実はメロディアさんと親友だったらしくてさ、色々あって、知り合いになった。今度はライブにも来て下さいねって、このあいだギルドに俺宛にそれが届いたんだよ。もちろんエリシアの分もあったよ」
「ははぁ。流石に皇女となると顔も広いねぇ。その恋人がお前って言うのがどうも理解に苦しむところがあるぜ」
グレンは俺を恨めしそうに睨みつけながら封を破り、歌詞カードに目を通し始めた。
「恋人って言えるほどくっついてねーっつーの」
「は? お前、聖夜祭一緒に過ごして何の進展もなし!?」
「えと……手は繋いだ、うん」
まぁ肩を寄せたり、抱き合ったり、キスが未遂ではあるが、ちょっとカップルっぽいことはしたか。
「キスは!? ちゃんとしたんだろうな!?」
「あー。……してないな」
ああ、やっぱしそこ突っ込みますか。
「ホーリィシット! 子供の恋愛かよ!?」
「あーうるせーうるせー! いいからお前声のトーン落とせ! 後ろの婦女子軍に聞かれたらどーすんだよ!」
「んー聞こえないんじゃないか? この車はエンジン音最悪だし、コンテナ部分に隔たりもある。現に向こうの声は聞こえてこない。おそらく今頃ガールズトークが咲き乱れてることだろうよ。主にお前の悪口でな。ケッケッケ」
グレンはそんなことを言いながら、聴いていたCDを取り出し、メロディアさんの曲を流し始める。
オーディオから、澄み切った美しい歌声が流れてくる。
「うむ、やはり良い! 荒んだ心が澄み渡っていくようだ」
「お前のような汚れ切った生臭坊主の心を浄化するとは。お前、常に聴いてた方がいいぞ? 悟りを開くかも知れない」
「やかましい」
ばーさんの屋敷までの道は長い。これといった渋滞に巻き込まれたわけでもないのに、出発してからすでに4時間が経っているが、やっと半分といったところだろう。途中のサービスエリアで昼食をとり、グレンが運転手となって再びばーさんの屋敷を目指す。
「遠いなぁ。なんだって国の端っこの精霊の森なんかに住んでるんだ?」
「都会にエルフが住んでるほうがおかしな話だっつーの。一応レオニードの領地ってなってるけど、あそこらへんは他種族の自治区。独立したら他国に攻め落とされる可能性が高いからレオニード領になってるだけで、レオニード領なんてほんと名ばかりだよ」
「そいや、お前の出身もあそこらへんなんだろ?」
「……ああ、今は立ち入り禁止区域らしいけどな」
「立ち入り禁止区域?……じゃああの、呪いの黒薔薇が生い茂るっていう汚染区域なのか」
「そう、まさにソレだよ」
俺の生まれたであろう村の末路はこうだ。
森を焼き払い、放牧地として利用していたあの土地は、その後、地中から生えてきた血吸いの黒薔薇によってあっという間に汚されて行った。
俺の住んでいた黒の森は、いわば太古の他種族たちが残した封印だったんだ。
その後の調査で、黒の森とは、『世界の淀み』と呼ばれるような場所だったと判明する。例としてあげるなら、天然のダンジョンと呼ばれる『迷いの森』やアルタ樹海の『冥府の泉』、そしてこの大陸の中心にそびえ立つ、最大の魔境、『霊峰エンゼルクレイドル』だろう。どの場所も自然界に存在する負の魔力が集中し、通常では考えられないような自然環境が広がっていて、人間にとっては実に暮らしにくい環境となる。
黒の森は、言ってしまえば、世界の淀みが生み出してしまった黒薔薇を、他種族たちが植えた木々が拡大を防ぎ、人間が安易に足を踏み入れないように封印し、他種族やモンスター、そしてスキラの一族が守ってきた場所なんだ。
しかし、あの事件で森は消失し、その跡地に彼らは放牧し、村を拡大していった。
だがある時、焼けた土の中から、再び黒薔薇は咲いた。そして広がり続けた。家畜から始まり、村人達を次々と薔薇へと変え、瞬く間にあの村は、犠牲者の血で美しく染められた、血吸いの黒薔薇が咲き誇る死の廃墟と化した。
これは俺がばーさんに引き取られてから、たった1年の間に起こった話だ。以降、あの森は国指定の立ち入り禁止汚染区域として指定される事になる。
「あの事件当時は俺も子供だったが、事件の首謀者とされた他種族の女性は、結局濡れ衣だったっていう事実が、暗殺された教皇の日記から判明したっていう大事件に発展したんだったな。教皇殺しの犯人は特殊部隊アサシンのメンバーの追跡に遭い、持っていた爆薬で自爆。なんとも後味の悪い大事件だよなぁ?あ、まてよ? あの村の出身ってことは……お前の両親って、薔薇の犠牲者なのか!?」
「ま、そう言う事にしといてくれ」
「……お前ってさ、ほんとに自分の事話さないよな? そうだ! 俺の身の上話を聞かせてやろう。まず俺が武道家を目指そうと志したのは、7歳の時だな! あれは……」
しばらくグレンのつまらない身の上話を、生返事をしながら聞き流していたが、やがて高速道路は渋滞し始めた。
のろのろと車を走らせているグレンが、退屈したのか悪態をつき始める。
「おいレイー。進まねーじゃねーか」
「渋滞なんだからどうしょうもないだろ? なんだったら目の前の車どけてくれてもいいぞ」
「お、名案だな」
「冗談だから絶対するなよ、バカグレン。メロディアさんの歌きいて落ち着けよ」
「メロディアさんの曲は全てすばらしいとは思うがな、これ実はほぼシングルで聞いてる曲なんだよな。いや、飽きた訳では決してないのだが、どんなに好きな曲でもそういうのってあるだろ?」
……まぁわからんでもないか。
「あ! 畜生あんな乱暴な割り込みありか!? レイ! あの車のタイヤにナイフぶっ刺せ!」
「するか阿呆。てかその程度でわめくなよ。次の休憩ポイントでお前後ろいってていいぞ? 一人のほうが運転に集中できそうだからな」
「おーおーそうするわ。俺もお前のような奴と、何時間もこんな狭い場所で過ごしたくねーぜ。辛気臭さが移っちまうぜ」
「俺に当たるなよバカグレン」
「そもそもなんだ! バカグレンバカグレンと! 俺のあだ名にでもする気か!? っていうか俺のほうが年上なんだから敬えや!」
「失礼しました御バカグレン殿」
「上等だ! 表出ろやコルァ!」
「出れるものなら出てみろよ。後続車にどかっとやられちまうぞ」
「チッ!」
グレンは散々悪態をついた挙句、やっと到着したサービスエリアでマスターに抗議し、後ろのコンテナへと移った。
グレンはガタイがデカイ。あんな奴が狭苦しいコンテナに乗ろうものなら、誰か一人は運転席に来ないと狭っ苦しくてしょうがないだろう。
つまり誰かが交代でこちらへ来るということだ。まぁ、好き好んで俺の隣に来るメンバーと言えば……。
「おまたせ、レイ♪」
「……なにが『おまたせ、レイ』ですか」
「うふふふ、エリシアちゃんだと思った? ざんねーん、私でしたー♡ ねぇねぇ、がっかりした? 期待しちゃってた? うふふふふふ♡」
うわぁ、すっごくうぜぇ。
「いーえ、別に。6割方マスターだとは思ってましたよ」
「なるほど、4割はエリシアちゃんを期待していたと」
「エリシア3割、いっちゃん1割ですね。オリビアは絶対来ないと確信してます。ま、やっぱりマスターだとは思ってました」
「ほう、その心とは?」
「聖夜祭の事情聴取をする絶好の機会を、マスターが逃すはずがない」
「すばらしい! レイちゃん100点! というわけで、じっくりお話聞かせてもらおうじゃないの!」
マスターはフンスフンスと鼻息を荒くして、メモ帳を持ちながら詰め寄ってくる。
「でも、エリシアと荷台でしてた女子トークの内容とおそらく何の矛盾も生まれないと思いますよ?」
「あら、聞こえてたの?」
「いや、かすかに聞こえてくるオリビアの『あのヘタレポンチ~!』だの『クソ野暮天!』だのといった罵声の数々で大体察しが着きます」
俺はエンジンをスタートさせ、再び高速を走り出す。
「結局キスも無しだったんだって? ちゃんと雰囲気作ってあげなかったの? だめじゃない」
「いーえ。めちゃめちゃ大チャンスのビッグウェーブ来てましたよ。この俺が我を忘れるほどいい雰囲気になれましたよ。なのに全部誰かさんのおかげで台無しっすよ。……思い出すだけで殺意が沸いてくる」
「え?」
「あ、これは聞いてなかったんですね。忘れてください」
「忘れられません! ちょっとそこ詳しく!!!」
「黙秘権を主張します」
「認めません! 言わなきゃ、くすぐりの刑ですよ」
「この状態でくすぐりとか死にますから!……はぁ、まぁその、あれです。良い雰囲気になったのに、真夜中の酔っ払った親友の悪戯電話が空気をぶち壊してくれたって話ですよ」
「あのバカ! もうなんて事を! 今度会ったら逆さ吊りにしてやる!」
マスターはやれやれと額に手を当て、大きくため息をついた。
「ごめんね?」
「いえ。まぁ、今の俺の現状を考えれば、英断だったかもしれません」
そう、俺にはまだカトレアという大問題が残っているのだから。
「そう言えば、エリシアちゃんに話したそうね。あなたのお母様のこと……」
「ええ。爺さんのこともね。よりによって聖夜祭の〆がそれですよ。普通ならキス妨害以上にぶち壊しです」
「それでも、エリシアちゃんはレイちゃんが話してくれる事を望み、そして受け入れた。本当に素敵な女性よね、エリシアちゃん。レイちゃんほんとしっかりしなきゃダメよ? カトレアちゃんにビビってる場合じゃないわよ? びしっとカトレアちゃんを振って、男の子として誠意を見せなきゃ!」
「俺はちゃんとカトレアには、お前を好きになれないって伝えてますけど? あっちが聞く耳もってないだけじゃないですか」
「いーえ。あの程度じゃまだ脈があるって取れます! 現にカトレアちゃんの部屋に、平気で死体が転がってなかったり、ゾンビ兵コレクションの趣味さえなかったら好きになれるのに、なんて部分が残ってたりしない? そりゃーそうよね。カトレアちゃんの本性を知るまでは、カトレアちゃんが初恋の相手なんだから!」
「3年前の人生の汚点を、わざわざ出さないでもらえますか」
「私はあの時ちゃんと言いました。『カトレアちゃんはアサシンとしても一流で、魔術師としては超一流で、その上容姿端麗。けれど性格と趣味が例えようのないくらい破綻しているわよ』ってね」
「すぐにあいつの正体には自分で気がつきましたよ。ただ問題は、もうすでに俺がロックオンされていたって話ですよ」
俺はため息をつきながら、運転を続けた。そして俺は少し回想にふける。
そう、まだあの時はカトレアのこと好きだったんだ。あいつの家に上がるまでは!
まず俺とカトレアを、彼女の家で出迎えたのは、死んだはずのアサシンメンバーだった。
元々はカトレアの彼氏だったのだが、よく喧嘩をしていたせいか、破局したと聞いていた。
その後カトレアと俺はそれなりに仲良くなり、そのせいで奴は散々俺をけなし、こき使ったり酷い扱いをしていたが、ある任務で命を落としたと聞く。
その遺体をカトレアはゾンビに変え、執事の格好をさせ、家事全般を担当させていたのだ。そして驚く俺に、『あ、レイレイはそいつ嫌いだったよね? ごめんごめん』と、指パッチン一つで塵にしたんだ。
そしてその光景を目にした俺は、脳裏にこんな疑問が浮かぶ。
『アイツが死んだ理由は、本当に任務失敗が原因だったのか? 確かあの任務で一緒に居たのは…………カトレアだけだったはず』
その時、確信したんだ。付き合ったら最後、飽きられたらあんな風に指パッチンひとつで消されてしまうと!!!
一気に血の気が引いて行った。部屋中に血が飛び散ってるような幻覚も見た。いや、実際そうだったのかもしれない。何故なら、きれいになってる床や壁を、ゾンビたちが未だに念入りに拭き掃除をしていたのだから……。
すぐに逃げ出したくなったが、そうは行かなかった。
『ねぇ、男の子を部屋にあげた理由、わかるよね♡』
なんて色っぽいことを口にして、俺をゾンビ兵でがっちり拘束し、奴の寝室へ連行された。金縛りの魔法をかけ、『レイレイはもちろん経験ないだろうから、私がリードしてあげるね?』とかほざいて、待てと制する俺を無視して俺に馬乗りになり、カトレアが服を脱ごうとしたところで、アサシンの緊急招集がかかり命拾いしたのだった。
「マスター。どうやったらカトレアの奴諦めてくれますかね」
「んー。あの子は諦めるタイプではないと思うけどねぇ。とりあえず、カトレアちゃんにこの間みたいなまぐれ勝ちじゃなくて、確実に勝てるくらいの実力を付けるべきね。はいコレ」
マスターは俺に小さなノートを手渡した。
「貴方の特訓メニューよ。オリちゃんとグレンちゃんにはもう伝えてあるから、がんばりなさいネ」
「……グレンと戦闘形式で特訓? しかもグレンにはオリビアの援護あり? 嘘でしょ?」
「あら、全部カトレアちゃんとの戦闘を想定してのことよ? 近接戦闘、魔法戦闘、そのどちらも優れたカトレアちゃんに勝つなら、これくらいしないと! それに、倒さなきゃいけないのは、カトレアちゃんが最終目標じゃないでしょ? レイちゃんには鬼夜叉丸もきっちり倒してもらわないといけないし、ゼクスさんがいつまでもこちらの味方で居てくれる保証もないからね」
「でもこれ、グレンが良しとしないんじゃないですか? 俺なんてタイマンで倒せるってね。事実、手合わせじゃ俺に勝ち目無いっすよ? あーでも、超神速使うなら五分五分か」
「だからこそよ。絶対的な実力差を覆すあなたの最強の切り札、『超神速』。でもまだまだ実戦で使えるほど安定していないのが事実。まずは……うっ」
マスターは急に口元をハンカチで押さえ、顔を真っ青にして黙り込んだ。
「?……どうしました? マスター、大丈夫ですか?」
「なんだか気持ちが悪くなってきたわ。いやねぇ車酔いかしら……」
「ちょ、カンベンしてくださいよ。もう高速も終わりですし、降りてちょっと走れば到着しますけど、高速降りたら休憩しますか?」
「うーん。大丈夫、静かにしてればなんとか治まると思うわ」
マスターが車酔い? 今までそんな事あったかな。誰しも体調が優れない日くらいはあるか? まぁいい。とりあえずあまり振動を起さないような走りを心がけよう。
「うぅ……。しんどいよぅ」
マスターはぐったりとしながら耐えていたが、流石に辛そうなので、最寄のパーキングエリアで一度車を止め、いっちゃんとエリシアに頼んでマスターを介抱してもらった。
いっちゃんの回復魔法を受けながら、車は再び動き出すことになり、俺の隣には……
「よいしょっと!」
さも当然のようにエリシアが座った。
「さ、安全運転で行くよレイ! ナビゲートは任せて!」
「ナビはいらねーよ。地元だ地元」
その後、車は順調に進み、30分もしないうちに雪で白く染まった精霊の森の入り口へと到達する。
「さてと……」
俺は車を一度止め、森の正面にある石碑に魔力を注ぐ。
これはいわば、玄関先のチャイムみたいなものだ。登録された人間がこの石碑に魔力を通すと、森の結界が解かれ、見えなかった道が姿を現すのだ。
道は狭いがある程度舗装はされていて、屋敷の玄関まで続いている。そこから1kmほど進んだだろうか。森が開け、懐かしい屋敷が目に入った。
玄関先には、フローラばーさんが優しく微笑みながら立っているのが見える。
「…………雪降ってるんだから、屋敷の中で待ってればいいのに」
「きっと、待ち遠しかったんじゃないかしら。貴方が何年も待たせるから……」
俺は車を駐車し、自分の荷物を持ち、車を降りた。
「……ただいま」
ばーさんの笑顔に視線を逸らしながら、俺はつぶやいた。
「ええ、お帰りなさい。元気そうで安心したわ、レイ。そして、お初にお目にかかります、エリシア皇女。わたくしはフローラ=リーゼリット。セイラの祖母でございます。ようこそ我が屋敷へ。心より歓迎いたしますわ♪ 狭くて小汚い屋敷ですが、御緩りとお寛ぎいただければと思います」
ばーさんは懇切丁寧に、エリシアへと深々と頭を下げた。そしてエリシアも……。
「とんでもない! こんな素敵なお屋敷にお招きいただき、とても感激です! 貴女様の心温かいお持て成し、心より御礼申し上げます、大賢者フローラ様。私のことはどうぞ、エリシアとお呼びください。もう私は皇女ではく、一介の冒険者に過ぎません。滞在中お世話になります、フローラ様。どうぞ、よろしくお願い致します」
彼女も深く、ばーさんに頭を下げた。普段着ではあったが、まるでそこにはドレスを羽織った皇女が居るような錯覚を覚える気品溢れるしぐさだ。その姿には、ばーさんも感服したように見える。
「……はぁ。やっぱり想像つかないわ。あの野犬が人間になったようなレイの隣に、エリシアさんのような素敵な女性が居るだなんて」
「誰が野良犬だ妖怪ババア」
そう悪態ついた瞬間。何処からともなく大きな石が召喚され、俺の脳天を直撃する。
「痛っ!?」
今のはばーさんの土魔法だな? くっそう。
「まったく、まだ反抗期のままなんだから。ほんと可愛げのないこと! でーも、私は知っているんですからね? あの狂犬のようなレイが、優しくまーるくなって、楽しそうに彼女をエスコートできちゃう事♡」
またマスターが色々と吹き込みやがったな? なんて面倒な事を。適当にごまかしておくか。
「ハッ。何のことだか……」
「ふふふ。レイ、これは何かしらねぇ?」
ふと、ばーさんはカーディガンの懐から、一枚の写真をちらつかせた。
「なっ!?」
エリシアからは見えなかったであろうが、あれは……。聖夜祭、メリーゴーランド内で撮った、エリシアとの恥ずかしすぎるあの……!
「うをい!? ちょ、返せ!」
飛び掛る俺を、まるで踊るようにばーさんはヒラリと身を翻し避けてしまう。
「オホホホホホホ、長生きはするものねぇ? 未来が楽しみでしょうがないわ。トーマス(遺影)にも見せてあげているのよ? あなたの孫はこんなにも幸せなのよ?って! オホホホホホホ」
「なんでソレを持ってんだよ!? っていうか余計すぎる事するなっつーの!!!」
「れ、レイ? ちょっと落ち着かない? ね?」
「ちくしょう! まったく変わってねぇ! ほんと性悪ばーさんだぜ! 流石はマスターの実の祖母だよ!」
「あら、それは私が性悪とでも言いたいのかしら? レイちゃん」
「げ……」
背後から現れたマスターの存在に、俺は凍りつく。
「お祖母さまだけでなく、私を巻き込んでのその罵詈雑言。お仕置きが必要ネ。大地の精霊よ、かの者を潰せ。『グラビティハンマー』!」
「ぎゃっふん!?」
重力系魔法で構築された魔力の塊が、俺に向かって落ちてきて、俺は地面にめり込むくらい潰される。
「まったくもう。……ただいま、お祖母さま!」
「ええ、お帰りなさいセイラ。そして、いらっしゃい、皆さん。ゆっくりしていってくださいね」




