ー滅び行くオーディアⅠー
-オーディア皇国・首都テスカトール-
オーディア皇国。レオニード王国の西にあるその国は、国土自体は小さいながらも、豊富な鉱物資源に恵まれ、宝石や良質な鉄鋼石、魔水晶などの原産国として名を馳せてきた。
そしてこれらの鉱物などを加工して作られる工芸品や武具の数々は、大陸中から高い評価を受けていて、それらを輸出する事による貿易が、この国の主な収益だ。
そんなオーディア皇国の首都テスカトールの街並みは、他国の近代化が進む一方、昔からの町並みを残し、伝統的な建築様式に統一されている。この国は建築法により建物の高さや、材質。その概観なども厳しく指定されているため、その古き良き時代から現在に至るまで、その姿を残してきた。
だが、そんな美しかった街並みは炎に包まれ、歴史的建造物は瓦礫に変わり、あちらこちらに兵士達の遺体が放置され、悲鳴や怒号が響き渡っていた。誰もがこの光景を見て悟るだろう。オーディアは滅びようとしていると。
「──想像していたよりずっと酷いですね。国ごと更地にでもするつもりでしょうか」
現在、俺達はオーディアで諜報活動を行っているアサシン部隊の手引きにより、ジャーナリストという名目で入国し、首都テスカトールの宮殿の真北を流れる運河沿いの路地に大型の『バン』と分類される車を停めていた。
「オーディアはあの美しい街が売りなのに……。それもこれも、アルデバランがバックにいるからなんだろうけど……。ほんと、全時代的だしやることが一々下衆なのよね」
「どうします? マスター。他のメンバーを待ってる余裕はなさそうですよ。現在、宮殿の正門は既に破られ、クーデター軍が入り込んでます。エリシア皇女、およびアリシア皇后の居場所はわかりませんが、拘束されたという情報は今の所入ってないみたいなんで、一応は無事のようです。
だからって国外どころか宮殿から脱出できたような様子はありませんので、やっぱり宮殿のどこかに隠れていると見ていいでしょう」
「──わかりました。全員、聞こえてますね? 作戦を伝えます。非常に申し訳ないのだけれど、宮殿への潜入はレイちゃん、あなたに任せます。
あなたなら、発見される事なく宮殿内に潜入し、皇后さま達を保護できるはずです。潜入方法は、この運河の先の橋の袂に、魔法で厳重に封印されている分厚い鋼鉄の扉があります。私の魔法ですぐに封印を解くことは可能ですが、物理的なロックもまた非常に厳重なものとなっているので、コレをグレンちゃんに無理矢理破ってもらいます。
当然そこから敵が流れ込んだり、ここを占拠されては、二人を無事発見できたとしても、退路を絶たれて詰んでしまう。よって、グレンちゃんはその場で退路を確保してください。
私といっちゃんは、市街地を取材するフリをして、撤退時にそなえて魔法陣を仕込みます。
いっちゃん、道すがら、負傷した人達を沢山見かけると思うけど、ここは堪えてね。私達の任務を最優先してください。
ほかの皆は到着し次第、私の指示に従って動いてください。こんな作戦とも言えない稚拙な方法しか取れないけれど、今は一刻の猶予もない。あなた達の力を信じて、力技のごり押しでいくわよ!
でもいい? クーデター軍にも正規軍にも、我々の存在を知られてはいけません。大国同士の衝突に繋がりかねないし、どちらの軍勢にも、お二人がレオニードに亡命するという事は、デメリットになる。もし私達の存在と、こちらの目的が明るみに出れば、彼女達を亡命させることは困難を極めます。ですので、スマートに迅速に行くわよ、みんな。レイちゃん、あなたのタイミングで作戦を開始します。すぐに準備を」
「イエス、マイ・ロード」
車の中には、撮影機材にカモフラージュしたアイテムボックスが積載されており、隠されたプッシュ式の端末を操作すると、ガチャリと音がして、アイテムボックスが解錠された。
有り難い事に、手引きしてくれたアサシン部隊のメンバーは、ロキウス王の要請により、必要になりそうな武器や道具、そして宮殿の見取り図などを完璧に用意してくれていた。流石にジャーナリストという名目で入国した為、武器の持ち込みは禁止されてしまい、かろうじて潜入用の双剣と、俺が調合したいくつかの毒針だけは何とか持ち込む事が出来たが、他のツールやアイテムが不足していた為、若干心元なかったところだ。
だからと言って、コレをすべて持って行けば目立つだろうし、なによりその重さで行動が制限されてしまう。必要最低限の物を装備していく。投げナイフ数本、閃光手榴弾、アサシンご用達の『ツールセット』。宮殿の見取り図を即座に記憶し、シルフィードマントを羽織って覆面を装着し、準備は万端だ。
「準備完了です。いつでもいけます」
「──みんな、急なミッションでこんな大仕事になってしまったし、こんな作戦とも言えない内容になってしまった事をお詫びします。けれど、ディムルット様は私たちを頼って、この戦火の中、国境を越え、エリシア皇女のためにその任務を全うし、眠りにつきました。彼の遺志を無駄にしてはなりません。必ずエリシア皇女とアリシア皇后様を助け出し、全員の帰還をもって作戦成功とします! 行くわよ、皆。エアリアルウィング、オペレーション・スタート!」
「「「「「「イエス、マイ・ロード!!!」」」」」」
俺、マスター、グレンはすぐさま橋の袂へと移動を開始し、マスターが結界に指を触れる。
「プロテクト、解除。アラーム、解除。第二プロテクト、解除。監視魔法、解除! グレンちゃん、おねがい!」
「あいよ! いっくぜぇぇぇぇぇ!!!」
俺とマスターは即座に耳を塞ぎ、グレンは腕をブンブンとバカみたいに振り回し、おらぁ! という掛け声と共にその拳を扉に向かって叩きつけた。
塞いでいるにも関わらず、問答無用で鼓膜に痛みを伴うほど響く轟音。
扉は無残にも大穴を空けて、破片が通路の奥まで吹き飛んでいた。高性能爆薬でも使ったんじゃないかって思うその破壊力が、この男の丸太のような腕から生み出されると思うと正直ゾッとする。こんなパンチをマトモに受けたら、確実に全身が粉砕され、死に至るだろう。
「うっし! 絶好調!!!」
「──隠密行動って言葉の意味知ってるか? でっかいノックもあったもんだな、オイ」
「いいのよ。今ので敵の注意は当然グレンちゃんに集中するわ。レイちゃんは神速でこの通路を駆け抜けて、『神隠しの法』ですぐに姿を隠してください。そうすれば、相手はグレンちゃんだけに注意がいくわ。というわけで、グレンちゃんにはちょっとした魔法をかけます☆」
そういって、マスターは幻惑系魔法をグレンに施す。
「はい! 出来上がり! これで、クーデター軍から見たら正規軍、正規軍からみたらクーデター軍の兵士にみえるようになりました☆」
「おお! すごいぜマスター! そんな便利な魔法があるんだな!」
──いや、それそんな便利な魔法じゃないだろう。この女狐、グレンの姿を見た人間が無条件でグレンに対してムカつくようになるヘイト集積魔法をかけやがった。最悪味方から見てもムカつく奴にしか見えない。うぅ、今すぐ何か言ってやりたい!!! こらえろ、俺! 今はそんな場合じゃない!
「じゃ、じゃあ手筈通りお願いね、グレンちゃん! 任務が終わったらお仕置……じゃなかった報酬はたっぷり出してあげるから、しっかりやってくれなきゃひっぱたくからね」
「へ? ちょ、なんでマスターこめかみに青筋浮かべてん!? オコなの!?」
あんたにも効くんかい!!!
「──じゃ、せいぜい役に立って死……じゃなかった。頑張ってくれ馬鹿グレン」
「おいこらテメェ! ちょっと待て! って言いたい所だが、後で覚えてやがれこのド三流暗殺者が!」
「あ゛? 今なんつったコラ!」
「い、いいから行きなさいレイちゃん! アサシンでしょ! 一流アサシンでしょ! GO!」
「──チッ! 神速ッ!」
俺は狭い通路を神速で賭け抜け、通路奥の螺旋階段の壁を蹴って上がり、宮殿の庭へと潜入する。傍にあった生垣に姿を隠したところで、秘密の通路の入り口から喧騒が聞こえてくる。どうやらグレンが交戦したようだ。
「この不細工マッチョが! 死ねぇ!」
「とりあえず顔がムカつく! 殺せぇ!」
「豚みたいな体臭しやがって! 存在自体が罪だ!」
「見てるだけで腹が立つ! ぶっ潰す!」
「おぉん!? 上等だ雑魚共が!!! ワンパンで地獄に直行させてやらぁごるぁ!!!」
途端に、爆音と共に城壁の上まで津波のように水しぶきが吹きあがり、人がゴミのように空へ舞う。
グレンの拳が唸りを上げたようだ。
──あいつ居れば、別に正面突破でよくねぇ?
なんて素直に思ってしまった。
「殺されたい奴は並べぇ!!!」
ヘイト集積魔法で怒りに我を忘れたはずの兵士達の悲鳴が聞こえた。どうやら怒りに満ちていた心が、今度は恐怖に支配されたようだ。
心底便利な奴だと呆れながら、俺は宮殿内へとまんまと新入し、俺の任務が本格的に始動する。この広い宮殿内のどこかにいるであろう、皇女と皇后を発見、保護し、二人をつれて脱出しなくてはならない。
「──さて、お仕事しますかね」