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―番外編 しょたれいぱにっく 前編―

番外編その3です。暁に掲載しているときは気にしていなかったのですが、文字数がこれ、本編の―レイの復讐―を遥かに超えている事に気がついて衝撃を受けました。よって、以前のように前編後編に分けて掲載することにしました。 それでは、いつもとはちょっと違う物語を楽しんでくださいw

 『今思えば、私の軽はずみな思い付きが、再びレイを大変な目に合わせてしまったと、今でも反省しています(エリシア=バレンタインの日記より)』




「ねぇレイ! Aランクの『ブラックリスト犯罪者逮捕捕縛クエスト』に挑戦してみたい!」

「ふぁ?」


 早朝、パパ様の用意したトーストにジャムを塗りたくり、サクッと美味しそうな音を立ててそれを頬張るレイに、私、エリシア=バレンタインは提案した。


「だってAランクのモンスター討伐任務はもう十分経験積んだでしょう? Aランクの中でも報酬が高額で、地域貢献度の高いクエストはやっぱりアレしかないと思って!」

「地域貢献度ねぇ……むしゃむしゃ……なんか目ぼしいのあったかなぁ?」


 レイは、先ほど配達されたばかりのギルド連盟からの依頼書を確認し始めた。そんな彼の見慣れたアンニュイな態度に、いつもの事だと判っては居ても、私はむっとしてしまう。


「……レイ、何度言っても直してくれないからもう諦めたけど、あえて言うわ。お食事しながら何か別の作業するのはお行儀が悪いわよ? それと、依頼書は後でスキャンしなきゃいけないし、正式書類としても使うから、お願いだから食べこぼしで汚したりしないでよね」


 馬の耳に念仏、レイの耳に聖書とお説教。私の注意にまったく聞く耳を持たない彼は、ミルクでパンを流し込みながら、書類を捲っていく。


「んなガキみたいな失敗するかよ。んー、Aクラスの仕事自体が大分少ないなぁ。Bクラスばっかだ。Sクラスの連続殺人犯の逮捕依頼ならあるけど、エリシアの冒険者ランクじゃ俺のサポートでもNG出ちゃうからなぁ。んー。今朝の新着クエストには無いようだけど、昨日までに発信されたクエストなら、何か残ってるか?」


 レイは書類を仕舞い、今度は水晶端末を弄り始めた。


「えーっと? ……あ? なんだこりゃ」

「ん? どうしたのレイ。何かあった?」


 彼のその反応が気になり、彼の肩越しに端末を覗き込むと、そこには私の求めていた内容のクエストが掲載されていた。


『児童性的暴行容疑の容疑者逮捕依頼』


 そのあまりにもショッキングな容疑に、私の正義の心は大いに震え、義憤の炎がメラメラと燃え上がる。


「なんて卑劣な!!! これが発信された日付は1週間も前じゃない! 1週間もこんな卑劣な犯罪者がこの町を跋扈ばっこしていたというの!? この国の警護隊は一体何をしていたのよ!」

「あー……なるほど。……これはえげつない。」


 私とは正反対の冷めたレイの感想が気になり、私は再び彼の肩越しから、彼が今閲覧しているページに目を通してみる。


容疑者:サーティ=ロード

容疑内容:児童に対する性的暴行の疑い


先日早朝、某色町周辺にて、手足を拘束された全裸の少年が、猿ぐつわの様なもので口を塞がれたまま、肛門



「おーっと、そこまでだ。これ以上は色々まずそうだから俺が事件の要約を話してやろう」

「え? え? え? え? お尻に何!?」

「先日早朝、色町周辺で男の子が保護されたそうなんだが、その姿から性的虐待を受けた痕跡を認めたため、すぐに病院に搬送したところ、搬送の途中で男の子は男性の姿へと変わったそうだ。

 警備隊が彼に事情を聞いたところ、謎の女性魔術師に子供の姿に変えられ、陵辱の限りを尽くされたと、涙ながらに語ったとのこと。

 調査の結果、色町周辺ではそんな事件が最近多発しているそうで、警備隊は犯人と思しき人物を特定するに至る。

 しかし相手が強力な力を持った魔術師ということで、分が悪いと見るな否や、ギルド連盟に協力を仰いだそうだ。

 ……あれ、これ三日前にグレンが受注してるけど、解決に至ってないな。おかしいな、色町周辺の情報なら、グレンは情報屋よりネットワークが広い筈。

 グレンはターゲットを捕縛できなかったのか?」

「……ねぇレイ」

「ん?」

「つまりこれ、どういうこと? 何か混乱しちゃって……」

「だからつまり、どっかのショタコンの女が、色町を徘徊する男を子供の姿に変え、エリシアと青少年には言えない見せられないような、卑劣にして下劣極まりない性的暴行を加え、そのまま放置したっていう、色々痛々しくて目も当てられない事件だな」


 私は深呼吸して、レイの言葉を頭の中で一生懸命理解し、やっと絞り出せた言葉は……。


「最低」


 の一言を振り絞るのがやっとだった。あまりにショッキングな事件の内容に、私の精神がついていけてない。


「まぁ碌な女じゃないのは確かだな。警備隊も、この事件が暴行事件なのか、強姦事件なのか、被害者の扱いは男性なのか少年なのかと、かなりややこしい事になってるらしい。兎にも角にも、容疑者の確保を最優先しろとのことだ。んで? どーする? 俺は別に構わないけど?」

「うぅ。気が進まないけど受けるわ。これ以上の被害拡大は間違いなく地域に悪影響を及ぼすし、同じ女性として、この犯人にはキツイお灸を据えてあげないといけないわ」

「そか。んじゃあ受注ってことで。ん? そういや最近グレンの奴を見かけないな?」


 レイがふと、私にとっては今更な事を口にした。この人は本当に、興味のないことにはまったく無関心なんだなぁと呆れてしまう。


「……レイは知らないの? グレンさん最近病欠で休養してるわよ?」

「なんだよアイツ。クエスト受注したくせに病欠かよ、しょうがねぇなぁ。まーた情報収集ついでに変な病気貰って来たんだろうけどさ」


 すると、噂をすればなんとやらで、ギルドの扉をゆっくりとくぐり、すっかりとやつれ切ってしまったグレンさんが、遅めの出勤を果たした。


「お、おいグレン? なんだお前、大丈夫か? 今までに見たこと無いくらい顔色悪いぞ」


 レイは以前、もうグレンさんとは何だかんだで、3年の付き合いだと口にしていた。そんなレイからしてみても、今の彼の有様は、どうやら相当酷く見えるらしい。勿論、私の目にも、とてもじゃないけれど、出勤できるような姿には見えなかった。


「あ、ああ。大丈夫だ。ふたりともおはよう。良い朝だな……」

「おいエリシア。今すぐ救急車を呼ぼう。絶対なんかヤバイ感じだぞ」

「ぇ……。う、うん。でもそこまでじゃないと、思う……。グレンさん、今日はお休みしたほうがよくないですか? しっかりと栄養を取って、英気を養ってからのほうが良いのではないでしょうか?」

「いやいや、大丈夫だ。もう大丈夫なんだ。あとは俺の気持ち次第さ。ははは、情けないぜレイ。俺ともあろう者が、クエストに失敗しちまったよ。くそう、情けねぇ、情けねぇよぅ」


 グレンさんがその大きな背中を丸くして、鼻水をすすりながらシクシクと泣き始め、レイはその姿を目にして、信じられないという表情で彼に話しかける。


「おいおいおいおいおい。嘘だろグレン。お前泣いてるのかよ? おいマジかよ。どうしたんだよお前。あの凶悪なグレン=オルタナは何処行っちまったんだ? そもそも百戦錬磨のお前がクエストに失敗って、一体何があったんだよ? もしかして、失敗したクエストってサーティ=ロードのクエストか?」


 珍しくレイがグレンさんを心配し、彼の肩を後ろからポンと叩き励ましながら、レイがその名を口にした瞬間だった。


「やめろ!!!!!! やめてくれ!!!!!! その名前は二度と聞きたくない!!!!!!! やめろ、やめてくれ! やめて! お願いだやめてくれ! 痛い、痛いんだ。もうやめてくれ! こわい、こわい、こわいこわいこわい! やめて。お尻。いたい」

「え、ちょ……グレンさん!? 大丈夫ですか!? 一体何が!?」

「エリシア!!!」


 ギルドの隅へと逃げ、頭を抱えてぶるぶると震える彼に駆け寄ろうとする私を、レイは制した。


「……グレン、すまなかった。必ず、仇は取る。とにかく今は休め。な? 最悪マスターに記憶を消してもらえ。大丈夫、きっと良くなる。俺が必ず犯人には報いを受けさせる。お前が望むなら、奴を生け捕りにして、お前の前へ連れて来てやる。お前がされた事を倍返しにしてやれよ。大丈夫、俺の家の地下室にでも監禁しちまえばマスターにはバレやしないって。な? 完璧だろ? 任せとけって。で、お前は掴んだんだろ? 奴のアジトの場所」

「……ひっぐ。 こ、コルト西の色町、456-78番地の雑居ビルの地下2階。風俗店の奥に隠し通路がある。奴はその奥に……イヤだ、俺は行きたくない! 行きたくないんだよぉ!」

「ああ、わかってる。後は俺に任せろ」

「ごめん、レイ。ごめんな、ごめんなぁ。気をつけろ、アイツはマジでまともじゃねぇ。トンでもねぇサイコパス女だ! ひっく。汚されちまった、俺ぁ汚されちまったんだ……」

「もういいグレン。今は休め。誰もお前を責めたり笑ったりなんかしない。ほら、医務室へ行って少し休もうぜ? 体調が良くなったらお前、そのまま家に帰るなり、医者に見てもらうなりしろよな」


 レイはグレンさんを医務室に連れて行き、早足で口元を押さえ、うつむきながら肩を震わせ、すぐに戻ってきた。


「あの……。グレンさんは?」

「ぷ…………。ごめん、限界……。ぶっ。くくくくくくく、くひひひひひひ! うひひひひひひひひ! なんだあれ! 一体何されたらあのグレンがあんな! おいマジかよ!? やっべー。グレンかわいそー♪ きっと×××に☆☆☆☆☆☆とか●●●●れたり、縛られたり釣り上げられたりして、@@@@@で※※※※※※とかされちゃったんだろうなぁ!? しかもそれきっと全部動画で取られて何度もリピート再生とかされたんだぜきっと! うわー、俺もそれは流石にいっそ殺してくれとか言っちまうぜ! うははははははは! あーやべぇ! 超ウケルんですけどー! 腹筋が、腹筋が崩壊しちまう! あはははははははははははははははははははは!!!」


 ああ、やっぱりこの人は悪魔だ。だって、レイは今、これ以上に無いって断言できるほど、ゲス顔やら悪人面と言われるような、最凶最悪の笑顔を見せているのだから。


「レイ最低! ホントに最低! 何言ってるか全然わからないけど、本当に酷いあられも無い事を言ってるのはしっかり伝わってるわよ! 今、レイが仲間思いのとっても良い人に見えたのに、やっぱりレイって本当に最低っ!」





―コルト西 色町某所―


「……で。なんで私が男装なんてしなきゃいけないの!?」


 私はウィッグを被せられ、男性用のレザーアーマーをキツ目に装着し、扱えもしないショートソードを腰から下げていた。その風貌は、まさに駆け出しの青年冒険者そのものだった。


「ここは色町だぞ? お前みたいな女が昼間からウロウロしてたら、面倒事が起こるだろうが。店のスカウトやらビデオのスカウトやら、お前の知らない卑猥な世界の住人の住処なんだぞ?」


 そういうレイは、普段どおりのシルフィードマントをしっかりと着込んだ姿のままだ。ただ、精霊剣などは、こういう任務には不向きだという事で、ダガーや魔法の短剣などを装備しているらしい。


「ていうか! 昼間からああいうお店に入っていく男性の気が知れないのだけれど!?」


 今まさに、やつれたスーツのおじさんが、殆ど下着姿みたいなあられも無い姿の女性に顎を撫でられながら、発情したオス猫のように、その女性に招かれ、店内へと消えてゆく様を目撃してしまった。


「別に理解しろとは言わないが、このご時勢、夜中に働いてる労働者はいくらでも居る。仕事帰りに軽く飲んでから女を抱くなんていう労働者くらい居るだろうさ。ほっといてやれ」


 ああ、天国のお母様。こんな不埒な街を歩くエリシアを見ないでください。お許しください。王位継承権を破棄したとは言え、皇女たる私が何故こんな場所を、こんな格好であるかなければならないの? ちょ、ちょっと!? 今あの男の人、私を見て舌なめずりしたわよ!? なんで!? 私今一応男の人の格好してるのよね!?


「離れるなよー? 世の中、バイセクシャルって言って、どっちも行ける口とか割と居るし、一つ道を跨げばソッチの気のある奴らの世界だからな?」

「ヒィィィィ!? ちょっとレイ置いていかないでよぉぉぉ!」

「こらくっつくなよ、俺がゲイだと思われるだろうが! そういう奴らを差別する気は無いけれど、俺にはそっちの気はねーから誤解されるだろうが!」

「じゃあやっぱり普段の格好で来るべきだったじゃないの!」

「お前なぁ。男女で風俗店で聞き込みなんてしてみろ。ターゲットに速攻で感知される上に、変な趣味を持ってるカップルと誤解されたり、ラブホのキャッチに引っかかったりするんだぞ? だから最初に俺一人で行くって言ったじゃないか」

「なんか、それは絶対イヤ」


 そう、最初についていくと言い出したのは、確かに私だった。もちろんそれは、レイが私の知らないところで何をしていたのかと、心配するのもイヤだったからだ。私の心配を他所に、平然とポケットに片手をつっこんだまま、メモを見ながら色町を進んでいくレイに、私は苛立ちを隠せなかった。


 もちろん、私はこんな場所には来た事がないし、一歩路地へ入ってしまえば、そこでは何が行われているかわからない世界だ。正直不安で仕方が無い。だというのに、彼は手を引いてくれたりはしない。ただ、離れるなと一言告げて、少しだけ周りを気にしながら歩いているだけだ。

 

 そして、そんな私を知ってか知らずか……。


「あら、お兄さん。よかったらどう? お兄さんなら、お値段据え置きで、お店にナイショのサービスしちゃうんだけど♡ 私お兄さんみたいな冒険者、割とタイプなのよねぇ」

「あーはいはい、また今度ねー」

「んもぅ、イケズぅ。次来てくれたって、サービスしてあげないわよ? あーあ、もったいないんだー。べーだっ」



「あらやだ、冒険者さん? なかなかカッコいいのね。ねぇ、遊んでいかない? お店にナイショで、特別サービスしちゃうんだけどなぁ?」

「……サービスはまた今度でいいから、ちょっと道教えてくれ。この店何処?」

「ちょっとぉ。そんな怪しいお店で遊ぶくらいなら、私と遊んでよケチー!」



「すまん、ちょっと道を尋ねたいんだが。この店はどう行ったらいい?」

「あら、かわいい顔してる冒険者さんね。そうね、お姉さんを満足させてくれたら、教えてあげてもいいけど? ふふふ」

「あーはいはい。案内所で聞いてみるよ。ったく」


 このモテ様である!


「……で、何むくれてんだよ、エリシア」

「べーつに? レイってやっぱり黙ってればモテるんだなーって思っただけ!」

「はぁ? なんだよ人を残念なイケメンみたいな言い方して」


 みたいじゃない! あなたは残念なイケメンです! 髪型と服装をちゃんと整えたり、女性との接し方やデリカシーをちゃんと弁えれば、あなたは間違いなくアーチャーさんやロキウス様と並ぶイケメンです!!! 現に、私も3回キャッチにあったけれど、あなたはもう今ので10回目じゃない! 女性の私から見たら、あの人たちの大半は商い半分、私情半分でした!!! 中にはもうほとんど逆ナンパみたいな人だって居たじゃない! 私はレイを顔で選んで好きになったわけじゃないけれど、レイの容姿に惹かれてしまう女性の気持ちは、やはり理解できてしまうわけで、だからこそレイにはそれを自覚して欲しい。それなのにレイときたら……! 実に不愉快だわ!


「にしても、入り組みすぎだろうこの町。面倒なキャッチは多いし、精神的に疲れるぜ」

「あらそう? 意外と嬉しそうに見えたけどー?」

「何処をどう見たらそう見えるやら……。お、ここか?」


 レイは、ある雑居ビルの前で足を止めた。そこは、如何にも危ないお店が入っていますと、雰囲気と看板が語っていた。


「こ、ここに入るの?」

「あー、まてまて。先ずは準備だ」


 レイは柄の悪い人がつけるようなサングラスを装着し、髪を適当に逆立て、如何にも柄の悪いお兄さんへと、雰囲気を変えた。


「いいか、エリシア。今からお前は俺の呼び方は『先輩』だ。そしてお前は田舎から出てきたばかりの駆け出し冒険者だ。今日はこんな時間から急に先輩に呼び出され、お前はおっかなびっくり付いてきた。そういう設定だ。いいな?」

「え、う、うん……」


 了承すると、レイは懐からタバコを取り出し、火を付け、ふぅーっとその煙をふかした。


「ええ? レイってタバコ吸わないよね?」

「先輩っつったろ? すわねーけど、タバコの臭いもさせない悪い先輩なんて、怪しまれるだろ? 肺に入れないし、香り付け程度だ」

「そんな、料理みたいに……。っていうかそう言うものなの?」


 そしてそのタバコを咥えたまま


「うし、行くぞ」

「え、ええ?」


 彼は雑居ビルへと侵入していく。



―悦楽の館―


「うわぁ……」


 店の名前、雰囲気、その入り口に立つだけで、私はこれ以上進んではいけないと理解した。

しかし、入り口にはCLOSEDと、掛け看板が下げられている。


『ピンポーン』


 なのにレイは、それを無視してチャイムを押した。すると、奥からほぼ下着姿の女性が、ドアロックチェーンをかけたまま、少しだけ扉を開いた。


「あら、お客さん? ウチは午後は14時からよ? また後で来てくれない?」

「なんだよ、つれねぇなぁ? せっかくあんたン所の店主好みの客を連れてきたのに追い返すのかよ?」

「あら、オーナーの噂聞きつけて来ちゃったの? もぉ、オーナーもカンベンして欲しいわよね。オーナーならもうここには」

「おいおい、そこらの守衛やら冒険者と一緒にしてくれるなよ。居るだろ? この街の警備隊の幹部の弱みを握って、警備隊の連中にここを摘発させないよう圧力かけて、自分はこの店の奥で毎晩お楽しみだろ? 調べはついてんだよ」


 レイは悪人のような笑みを浮かべながら、彼女の言葉を遮り、扉を閉めさせないように足と腕をチェーンロックの隙間にぐっと挟んでいた。


「あ、あんた……!」

「おっと、早とちりするなよ。言ったろ? 客を連れてきてやったんだよ。ほらコイツ、田舎から出てきたばかりで、女を知らないんだとよ。初仕事の祝いに酒を飲ましたらコイツ、とんでもない欲望を抱えてやがってな。綺麗な大人のお姉さんに、ムチやら玩具やらでいじめられ、罵られながら筆卸しされたいとかいう願望があるらしい。顔に似合わずえげつねぇ性癖だと思わねぇか? で、あんたン所の店主の噂を耳にしたってわけよ」


 な、何言ってるのレイィィィィィィ!!!


「ちょ、ちょっとれ……先輩! わ、僕はそんなこと一言も!」

「テレるなテレるな。男は一つや二つ、変わった性癖もってたりするから、心配するなって。お前の欲望も、いじりはしたが、ちゃーんと立派な欲求の一つだって! いいから大人になって来いよ! 安心しろ、払いは俺が持ってやるからよ。可愛い後輩の為に、先輩が一肌脱いでやろうってんだ。ありがたく楽しんで来いよ。ほら、ねーちゃん。どうせそこのカメラで店主も見てんだろ? 許可とって来いよ。なんなら、料金割り増しだって、俺は構わないぜ?」


 レイはもはやその筋の悪人としか思えない笑顔で、お札の束をちらつかせてる。


「んもぅ。強引すぎるわよ、お客さん。アナタもイケナイ先輩に捕まっちゃったものね♡ まぁいいわ、聞いて来てあげる。その子なら合格よきっと。ただし、どうなってもしらないからね?」


 そう言い残し、女性は店内へと消えた。


「れーいーぃぃぃぃぃぃ」


 私はお腹の底から怨嗟の声を上げた。


「安心しろ。俺は帰る振りして神隠しでこっそり同行する。ターゲットとコンタクトを取れた時点で、俺が気絶させて確保で終わりだよ」

「そんな事言って、私があられもない事をされる事を楽しんだりしないわよね!?」

「え……。な、何言ってんだお前!? あ、当たり前だろうが! そんなこと考えたこともねーよバカ!」

「あー! 私に一度もチェスで勝てないレイが私をバカって言ったー!」

「お前の得意分野で勝負を挑まれて、仕方なく付き合ってやってるのになんだその言い草は! と、とにかく、お前が変な事される前に確保するから安心しろ」


 本当にそうだろうか。先ほどのレイの『え……』という反応は、実は図星を指された反応だったのではないだろうか。ちょっと判断が難しい。しかし、私が悶々と悩む間に、店の奥に消えた女性が戻ってきた。


「はーいお待たせ♡ よかったわね新米のお兄さん。すごく好みだから、たっぷりかわいがってくれるって♡」

「ひっ」


 私は思わず、小さく悲鳴を上げてしまった。


「ほーそりゃよかった! サンキューねーちゃん。こりゃ手間賃だ。とっときな」


 そう言って、レイは無造作に彼女の胸元の谷間に1万ニード札を差し込んだ。あまりのゲスで不埒な行為に、私の苛立ちは最高潮に達し、後で絶対にひっぱたくと心に誓った。


「んじゃ、楽しんで来いや。ほら、これだけあればいくらでも延長できるだろ」


 今度はそういって、私に20万ニードほど手渡してくる。


「え、ちょっと!?」

「んじゃ、俺は邪魔しちゃ悪いだろうから『消える』ぜ? しっかりやれよな。じゃーなー」


 そう言って、彼は階段を上って行ってしまう。


「んふふ♡ 本当に悪い先輩ね♡ 羽振りはいい様だけど。彼、冒険者の中でもかなりヤクザな仕事してるでしょ。ダメよ? あんな先輩みたいになっちゃ」


 ええ、そりゃあもう。なんて言ったって暗殺者ですから……。


 彼女は私を店の奥へと案内しはじめた。そして細い廊下を進みながら、彼女は語り始めた。


「しかし、オーナーの性癖にはついていけないわ。

 彼女、すごく美人なんだけど、無類のショタ好きなの。お兄さんみたいな童顔の気弱な男の子から始まり、下はもう小学生低学年くらいまでが好みでね?

 ある時、言い寄ってきたおじさんを、好みじゃないからって、魔法で小さな男の子に変えて、たっぷりと甚振いたぶっちゃったのよ。

 そしたらそのおじさん、貴族のお偉いさんでね? 彼もうカンカンに怒って、彼の指図で何人か危ない人たちが襲ってきたんだけど、その屈強な人たちもみーんな男の子に変えて、美味しく頂いちゃったって訳よ。

 そしたら大変、ある人はそれが癖になって何度も通ってくるし、ある人はそれでも最後まで抵抗して、裸のまま色々されて、近くの公園に捨てられちゃったりしてね、ついには指名手配までされちゃって、ホントに参ってるのよ。

 この間なんて、なんちゃらウィング? のほら有名なスケベ武道家の、なんていったっけ? グレイ? そんな感じの人が来たときはどうなる事かと。まぁ、オーナーが子供に変えて、口には出せない酷い事をして、この寒空の下、『僕はマゾヒストです。もっと嬲って下さい』ってお尻に書いて、裸で放置したって話よ」


 ああ、なんて酷い事を! 可哀想なグレンさん……。


「さ、ここよ。オーナー? 連れて来たわよ」

「ご苦労様。貴女今日はもう上がりでしょ? お疲れ様」

「はーい、お先失礼しまーす。じゃ、お兄さん、楽しんで行ってね♡」


 彼女は私の肩をポンと叩くと、そのまま帰ってしまう。部屋の前でポツンと一人でどうしたら良いのかわからないし、レイが居るのかもわからない。ホントについてきてくれてるのかなぁ……。


『つんつん』


「ひゃっ!?」


 何かが私の首筋をつっつき、私は小さく変な悲鳴をあげる。ビックリして、振り向くが、そこには誰も居ない。私は囁くように


「レイ、そこにいるの?」


と声を出すと


『つんつん』


と、今度は私の左腕を何かがつっついた。


「どうしたの? 早く入っていらっしゃいな」


 扉の向こうから妖艶な声がして、私は促されるまま扉を開けた。


「し、失礼します!」


 意を決して入室した私は、思わず目を塞ぎたくなった。なぜならそこには、長い髪の毛で隠れて居はいるけれども、たわわな乳房を隠そうともしないトップレスで、とてつもなく布面積の少ないショーツ一枚の女性が、ソファーで足を組みながら座り、キセルと呼ばれる東洋のタバコをふかし、私を待ち構えていたのだ。もちろん、この光景も、レイは見ているはずだ。いくらレイでも、こんな光景を見せられてしまったら……。


「あわわわわ」

「ふふ、かわいい反応するのね。女の裸なんて見たって、アナタなら驚きもしないんじゃなくって? お嬢さん」

「ふぇ?」

「ふふふ♡ ウチの店員や、あんな粗暴な先輩は騙せても、私は騙せないわ。確かに、最近はそんなに珍しくも無いけれど、あんな男が居る冒険者ギルドじゃ、女の子だって判ったら無理矢理犯されちゃうかもしれないものね。大変よね、男社会で生きていくって」


 私の変装は、あっという間に見破られてしまったらしい。だというのに、彼女は、ゆっくりと立ち上がり、私に歩み寄ってくる。そして彼女の妖艶な眼差しには見覚えがあった。

 そう、あの目は、私が全寮制の女学院に入学したての頃、やたらと私に声を掛けてきた2歳年上の生徒会長が、私へと向けていた眼差しだった。あの時、私の親友メロディアが、『気をつけないと、GLの世界へと引き込まれるわよ』だなんて言ってたっけ……。 あの時は、必要最低限の関わりで何とか乗り切ろうとしか思ってなかった。


 混乱する私に、彼女はピタリと密着してくる。


「あ、あの! わたし無理矢理あの人に連れてこられて……!」

「ふふふ、わかってるわよ。でも大丈夫、私女の子も好きなの。安心して? 女の子の体は傷を作ったりしないわ。ふふふ、綺麗な肌。すごくスベスベで、それでいて吸い付くようにモッチリとした肌触り。男の子にしておくなんてもったいないわ。大丈夫、お姉さんに任せて? いっぱい気持ちよくしてあげる♡

「ちょっ!? あのゴメンナサイ! 私ホントにそんなつもりは!」


 彼女の細い指が、私の頬に触れる。そして、レザーメイルを固定してる金具に指を掛けたその瞬間だった。


「サーティ=ロードだな。俺はエアリアルウィングのレイ=ブレイズ。お前には児童暴行の容疑が掛けられている。まぁおそらく正確には暴行容疑なんだろうが、とりあえず書面のままの容疑で、お前の身柄を拘束し、警備隊へと引き渡す。抵抗しなければ乱暴な真似はしない。今すぐ服を着て、大人しく従え。妙なマネをしたら、痛い目を見るぜ?」


 何処からともなく、レイは姿を現し、彼女の首筋にダガーを突きつけていた。彼女は両手を軽く挙げ、ため息をついた。


「なによ、折角久々のかわいい女の子だったのに、グルだったの? あーあ、残念。でも、お兄さんも仕事熱心ね? 私がお兄さんの立場なら、私と彼女の秘め事をたっぷりと観戦してから逮捕するんだけど。何? この娘、あなたの彼女なの?」

「無駄口叩いてないで服を着ろよアバズレ。お前には黙秘権があるんだからその権利たっぷり行使して従ってりゃいいんだよ」


 レイは、テーブルの上に脱ぎ捨ててあったキャミソールをつまみ、彼女へと放り投げ、彼女はそれを受け取り、ため息を付きながら身につけた。


「フン、嫌な男。私の裸を見て無反応だなんて、女として自信を無くすわ」


 まぁ、同情はするかもしれない。私は恥ずかしくて、とてもとても出来はしないだろうけれど、確かに女性としての自信は失ってしまうだろう。


「安心しろよ、お前みたいなビッチは趣味じゃないだけだ」

「あらそう、安心したわ。私も、アナタみたいな可愛げの無い男は嫌いよ。だから……」


 刹那、彼女の魔力が高まったかと思ったら、彼女の魔力に反応し、部屋中が紫色の光で満たされる。部屋中に、あらかじめ書かれていたであろう魔方陣が、彼女の魔力が流れ込んだ事により発動してしまったのだ。


「くっ……!」

「私が教育しなおしてあげる。私好みの、マゾ豚にね! リターンエイジ!」


 迂闊だった、としか言いようが無いのだろう。魔方陣は、派手な内装の壁紙に隠れるように描かれ、彼女の手にしていたキセルが、彼女の杖の役割をも担っていたのだ。四方八方から魔法がレイに向かって放たれ、いかにレイとて、直撃を免れることは出来ず、レイは紫色の光に包まれてしまった。


「うわっ!?」

「レイ!」


すると、途端にレイの体が見る見るうちに縮んでしまい、シルフィードマントとレイの着ていたであろう服に埋もれ、レイはその中でモゾモゾともがいている様だ。


「うふふふふふ。さてと、お姉さんを騙そうとする悪い子には、お仕置きね♡ まずは、可愛らしくなった体を見せてもらおうかしら」


 彼女はシルフィードマントを掴み、それをばさりと後方へと投げ捨てる。


「……あら?」


 そこに、レイの姿はなかった。

 

 そう、シルフィードマントはそもそも、ジャミング魔法の付与されたマジックアイテム。レイの神隠しの法の力を最大限にするだけでなく、着ているだけで使用者の姿を隠したり、幻を見せたりすることが出来る、上級マジックアイテムだ。レイは、その投げ捨てられたマントの中に姿を隠していたのだ。彼はそのままマントを身に纏い、ふわりと床に着地し、腰を深く落としたのだった。


「なっ!?」


 サーティは驚きの声を上げた。なぜなら、彼女や私が見た彼の姿は、確かに子供の頃の姿に戻されたレイなのだろう。けれどその目は、エモノを狩る前の、肉食獣の目つきそのものだった。大人の冒険者も顔負けであろう、殺気に満ち溢れた目で、サーティを見据えていたのだ。そして手には、納刀されたままのダガーが握られていた。


『ダンッ!』


 床が大きな音を立てるほど、彼は力強く跳躍し、部屋中を目にも止まらぬ速さで、床から壁へ、壁から天井へ天井から壁へ、壁から壁へと、まるで超高速ではじき出されたゴム玉のように跳ね回り、彼女を翻弄した。


「な、なんなのコイツ!?」


 あまりの速さに、彼女がレイを見失った瞬間。レイは天井から一直線に跳躍し、彼女のこめかみを、鞘つきのダガーで打ち抜いた。ゴッっという鈍い音と共に、サーティは意識を失い、床へと崩れ落ちる。


「……それはこっちのセリフだよ。なんで知らない変態おばさんに、お仕置きだなんて物騒な事言われなきゃならないんだ。……っていうか、ここ……何処だ?」

「え?」


 小さくなってしまったレイの発言に、私は一瞬混乱し、考慮する。そして、何が起こったのか理解し、一瞬眩暈がした。


「ねぇ……お姉さんは、誰?」


 そう、彼。レイ=ブレイズは、記憶までもが、子供へと戻されてしまったのだ。それを理解した私は、彼の目線の高さまで腰を卸し、子供らしく不安を感じ始めたレイに、優しく語りかけた。


「えっと、こんにちわ、レイ。私は、エリシア=バレンタイン。あなたは今、その女の魔法で、子供の時の姿に戻されてしまったの。あなたは、冒険者ギルド、エアリアルウィングの冒険者で、私はあなたの相方よ。どう? 何か思い出せるかしら?」

「……え? えりしあ? 冒険者? 相方?」


 どうやら、彼は相当混乱しているようだ。私の問いかけにも、きょとんとしてしまっていた。こうなっては仕方ない。私の力だけでは、気絶してしまったサーティを連行する事もできない。応援を呼ぼう……。私は通信水晶を使って、ギルドの執務室に居るであろうマスターへと連絡をとった。


「こちらエリシア。マスター、応答してください」




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