ー番外編 メイド・イン・ドリーム ―
みなさんこんばんわ。ちゃーりーです。今回は、暁のほうではもう少し後に掲載されている番外編の数々を、時系列通りに掲載しようとおもいます。このお話は、レイがエリシアに出会う半年ほど前のお話となります。よって、―親友の来訪―あたりまで読んで下さった方も、先取りで楽しめる内容になっているかと思います。シリアスなんてこれっぽっちも無い、ただのギャグ回である、メイド・イン・ドリーム。どうぞお楽しみください! ……まぁ、笑えるほどギャグではないかもしれないけどねw
これは、俺がエリシアと出会う少し前の話だ。あの忌まわしい日を、俺は今でも、忘れることが出来ずに居る。
それは、春の陽気が気持いい、ある日の事だった。俺は平日に休暇を取り、自室で窓を開けたままにして、太陽の優しい光を浴びながらその温もりに包まれ、爽やかな春の風に吹かれながら、日頃の疲れを取るべく、二度寝のまどろみに身を任せていた。そんなささやかな俺の幸せを、玄関の呼び鈴の鬼連打でぶち壊し、奴は現れた。
「レイ! 遊びに来たぞ! いや、遊びに行くぞ!」
俺の親友であり、この国の王、ロキウス=レオニードである。そして相変わらず、誰一人として彼を護衛する人間は居なかったのだ。
「……なぁロキ。お前はいつもそうだけど、一国の主が護衛もつけずにフラフラと出歩くなと、何度言ったら判ってくれるんだ?」
このやり取りも、今まで何度も繰り返してきた。王子の時もハラハラさせられたが、王になってからと言う物。さらに自分の立場が重要なポジションとなっているはずなのに、こいつの脱走癖は一向に治らなかった。その内絶対、こいつは王でありながら執務室に軟禁されてしまうだろう。
「まぁ待て、今日はそう言うと思って、ちゃーんと専用車と運転手はつけてきた。そしてこれから行く場所もお忍びってことで、名前は伏せているが、貸切にしてある。そして護衛は、もちろんお前が居ればいい」
なるほど。確かに根回しだけは完璧だ。あとでマスターにバレても怒られるとするなら、ロキだけで済みそうだ。
「……はぁ、わーったよ。んで? 何処に付き合えと?」
「ふっふっふ、それは着いてのお楽しみだ。さぁ行くぞ! いざ、アキーヴァタウン!」
「はぁ? よりによってあそこかよ。……嫌な予感しかしない」
―王都西部、アキーヴァタウン某所―
アキーヴァタウン、この町は、この国にもともと根付いていた魔法技術だけでなく、外国の機械文明を先進的に取り入れようと、機械工学や技術の流通の中心として、今日に至るまで発展して来た町だ。
主に電気エネルギー、化学エネルギーなどを原動力として動く家電製品の販売店や、その電気エネルギーそのものを生み出す発電所なども、この町には数多く点在している。
最近ではテレビの普及に伴い、アニメーションと部類される番組の影響で、それに準ずるような、多種多様の書店やホビーショップまでもが立ち並び始めた。まさに混沌、カオスの町である。
そしてそのカオスを象徴するもの。それは……。
「さぁ! 着いたぞ、レイ!」
「……あのさぁ。ここって、お前が来る必要あるの?」
最もこの国の王に相応しくない場所、というか、来る必要が無い場所、そう……。
「よりにもよって、リアル本職を何十人と雇ってるお前が『メイド喫茶』ってどういう事だよ」
「えーだってさぁ、一度来て見たかったんだもーん♪」
ロキはくねくねと体をくねらせて、期待に胸を膨らましているが、俺はそのキモさと、意味のわからない欲求に、呆れて頭痛を起し、額の辺りを右手で押さえながらため息をつく。
「だってって、おめーよぉ、自分のお付のメイドが居るだろ? わざわざこんな店に来る理由が何処にあるって言うんだよ」
「ある。大いにあるぞレイ。お前は知らないだろうが、ここのメイドさんたちには、ウチの城のメイド達には無いモノがある!」
「はぁ? なんだよそれ」
「『萌え』だ!」
「…………」
ロキは、キリっとした顔をしつつ、頬をピンクに染めて、そんな迷言を口にした。くどい様だが、もう一度確認しておこう。彼はロキウス=レオニード。俺の親友にして、我が国レオニード王国の王である。大丈夫かこの国……。
「え。なに……。もえ? 何言ってるの?」
「考えるな。感じろ、体感しろ。さぁ行くぞ相棒! 俺たちの戦場へ」
そう言って、ロキは俺の腕を、信じられない腕力でずるずると引きずっていく。
「お、おいロキ! 放せ、なんか俺の本能が『行くな』って叫んでるんだけど!?」
「ええい五月蝿い! 往生際が悪いぞレイ! お前はすでにダークサイドへと足を踏み入れた! もう後戻りは出来ないのだ! あとは堕ち続けるだけよ! 深淵へとな!!!」
「わけわかんねぇ!」
ロキは薄暗い廊下をズンズンと歩み続け、その奥にある店舗の扉を勢い良く開けた。
「「「「「お帰りなさいませ、ご主人様ーーーー♡♡♡♡」」」」」
店内に響く、若い女性達の、きゃぴきゃぴっとした、ピンク色に染められたような、嬌声とも取れる出迎えの掛け声に、俺は言葉を失う。混乱する俺を他所に、ロキだけは違う反応を見せる。
「も、萌え~~~~~♡」
「ろ…………」
その、城のメイドたちとはかけ離れた、色気と可愛気に満ちた、まさに男受けをどストレートの剛速球で狙ったコスチュームを目にして、完全に我を見失ってしまい、王とかけ離れた醜態を晒す親友に、さらに言葉を失った。
「お帰りなさいませ、ご主人様♡ 今日は、私達が時間の許す限り、お二人にいーっぱい、サービスしちゃうにゃん♡」
豊満な胸元を存分に晒し、頭に猫耳のカチューシャをつけたメイドさんが、ロキの腕にギュッと抱きつき、その豊満な胸元で、ロキの腕を包み込み、ロキは鼻からフンスフンスと荒すぎる鼻息を吐き出し、超御満悦といった感じだ。
「うん、よろしくお願いしますにゃん♡」
「ロキィィィィ! 戻れ、もどってこぉぉぉぉいい!!!」
鼻の下をびろぉぉぉぉぉんと、風俗店に入る直前のグレンのように伸ばし、デヘデヘと笑う親友の体をブンブンと揺さぶり、正気に戻そうとするが、全く戻ってくる気配が無い。
「さぁさぁご主人様を、お席へご案内~♡」
「ほらほら♪ 黒髪のご主人様も♡ 早く早くぅ♡」
「あ、いや俺は……」
困惑する俺を他所に、二人のメイドさんが俺の腕に抱きつき、俺を引っ張っていく。ちなみにロキは「わーい♪」って、とっても嬉しそうに奥へと進んでいく。あの野郎、後で絶対マスターに言いつけてやる。
「いやーもう皆かわいくってびっくりしちゃったよぉ♡」
「きゃー♡ うれしい、ご主人様だいすきー♪」
「えー? ご主人様ぁ、わたしが一番かわいいよねぇ?」
お忍びということで、ロキにはジャミング魔法が掛けられているはずなのだが、ロキの周りは両サイドをメイドさんが挟みつつ、後ろにもメイドさん達がずらりと控えている。まさに超VIP対応。……まぁ、店の雰囲気からしても、かなりの人気店だと見受けられるこの店を、貸切にするほどの財力だ。当然そうなるよな……。
「お隣いいですか? 素敵な黒髪のご主人様♡」
「え、あ、ああ……。どうぞ」
俺の隣にも、オリビアと同じくらい胸のふっくらとしたメイドさんが座った。彼女の顔を見ようとすると、角度的にどうしても胸の谷間が目に入ってしまい、目のやり場に困った俺は、思わず目を背け、隣でデレデレしまくってるロキを睨みつける。
「なーんだよぅ、レイぃ。顔こわいぞぉ?」
「やーん、怒っちゃイヤですご主人様ぁ」
ロキは調子に乗って、金持ちのおっさんのごとく、メイドさんの肩に手を回し、抱き寄せて超ご満悦。俺がこんなにも困惑しているというのに、だ。……こいつ、今すぐこの光景をマスターに写メしてやろうかな。
「……お前、後で覚えてろよ?」
恨み言を呟く俺に、隣に座ったメイドさんは、俺にもたれ掛かりながら、耳元で囁いた。
「ふふふ、ご主人様ったら、照れ隠しがお上手ではありませんのね? 緊張なさらないで? 今を楽しんでくださいな」
「え? あ、はぁ……」
何だこの人。メイドさんの格好はしてるけど、すげーなんつーか。妖艶というか、プロの気配がするんですけど!? つか、あんた就職先間違ってないか!? 絶対キャバとか高級風俗店に居る人材だよね!? いや、この雰囲気、間違いない。東洋のある島国に居ると言われる伝説の超高級風俗嬢、花魁そのものだ! 勿論そんな国に行った事もなければ、文献や東洋出身のアサシンからチラっと聞いただけの情報だが、俺をそう思わせるだけの要素を、この女性は持っている!
「おお、レイがこれまで見た事無いくらいタジタジしてる。レイの好みはそっちかぁ」
「あーもーうるせぇなぁ! こういう所はお前一人で来て楽しんどけよ!」
俺の抗議なんて何のその。ロキはへらへらとしながら、メイドさん達に俺を紹介し始めた。
「コイツ、こんなんだけど、すっげーいい奴なの! 俺のマブよマブ! そりゃもーガキんちょの頃からの付き合いでさー、俺が一番、心から気が許せる男なのよ! でも見てのとーり、女の子の前だと借りてきた猫みたいになっちゃってさー♪ こんなんじゃ彼女もできないまま、仕事人間で終るんじゃないかって心配でさー♪」
「おい、ロキ。お前のそのノリは絶対キャバクラに来てるおっさんだぞ。ココそう言うところじゃないんじゃねーのか?」
大体何だよ、メイド喫茶貸切にするって! 常識ってものをコイツはいつもガン無視しやがる!
「あはは、いやーつい何時ものクセがでちゃって♡」
何? こいついつもはキャバで遊んでるって事? ホントにマスターに言いつけるぞこの野郎。
「やだもぅご主人さまってばぁ♡ そんなことよりぃ、ご主人様、何か食べたいものはありますか? 喉は渇いていませんか?」
「そーだなぁ、俺、オムライス食べたい♡ レイは何にする?」
「え。あー、じゃあ同じでいいよ」
「はーい♪ オーダー! 『メイドさんのらぶらぶオムライス』2(ツー)ぷりーず♡」
「「「「「らぶらぶきゅんきゅーん☆」」」」」」
らぶ……え?
「らぶらぶきゅんきゅーん☆」
ロキは心の底から楽しそうに、万遍の笑みで、手でハートマークを作り、胸の前で左右に動かしてる。
「おいおい、レイぃ。どうした、ノリ悪いぞぅ? ほれ、らぶらぶきゅんきゅーん♪」
「馬鹿だろ! お前馬鹿だろ! 前々から馬鹿だと思ってたけど今日はさらに馬鹿になってるよ!」
困惑を極めた俺はついに大きな声を出してしまった。
「まぁまぁご主人様、硬くならずに♪ リラックスして楽しんでくださいにゃん♡」
ロキの左隣に座っていた猫耳メイドさんになだめられ、俺は深呼吸をした。
「ハァ……。なんか喉渇いた。コーラあったらもらえる?」
「普通のコーラがいいですか? ご主人さま。 お酒もお出しできますよ?」
「あ、いや。俺下戸なんで、普通のでいいです」
「はーい♡ オーダー! メイドさんの愛情で溢れちゃうしゅわしゅわコーラぷりーず♡」
「「「「らぶらぶきゅんきゅーん♡」」」」
「……普通のコーラでいいんだけどな」
あと、出来ればグラスがベタベタになるから溢れさせないで欲しいと、妙に冷静になる俺が居た。
「アハハハハハ! らぶらぶきゅんきゅーん☆」
「ロキうるせぇ」
今シーズン最低のテンションを更新する俺に比べ、ロキのテンションはこれまで見たことないくらい、天井を突破しているように見える。変な薬でもキメてるんじゃないかと、心配になるほどだ。
「はい、お待たせしましたー♡ メイドさんの愛情で溢れちゃうしゅわしゅわコーラでーす♡ ではご主人様、冷たくておいしいコーラが、もーっとおいしくなるように、一緒に魔法をかけて下さいますか?」
え? 魔法? このメイドさん、実は魔術師? てかコーラがおいしくなる魔法ってなんぞ?
「えっと……?」
勿論嫌な予感しかしていなかったが、メイドさんは懇切丁寧に、その魔法の唱え方を俺に教授してくれる。
「こうやって、手でハートを作って、くるくるっと回しながら、『おいしくな~れ♪ 萌え萌えキュンキュン♡』って唱えるんです♪」
ま、マジか……!!!
「……え、やるの?」
「ハイ♪」
「……どうしても、ですか?」
「……やってくれないと、私泣いちゃいます。くすん」
「おいレーイ。盛り下がることするなよー?」
ダメだ、断れる空気じゃねぇ……。
「行きますよ? おいしくな~れ♪ 萌え萌えキュンキュン♡」
「もえ……きゅ……ん」
「えー? 声が小さいですよ♡ おいしくなーれ♪ 萌え萌えきゅんきゅん♡」
「……モエモエキュンキュン」
「今度はみんなで♪ せーの!」
「「「「「萌え萌えキュンキュン♡」」」」」
俺の中で、何か大切だったモノに、ひびが入っていくのを感じた。
ああもう帰りたい。今すぐ帰りたい。こんなにも辛い護衛任務が今まであっただろうか。
「そいやーさぁ、レイぃ。俺とお前の付き合いも、もう随分長いけどさぁ? 俺、一度もお前の女の好みを聞いた事ないんだよね。お前ってどんな女が好みなん?」
「好み? あー、そーいや、あんまり考えたこと無いなぁ」
俺はコーラを少し飲みながら、改めて考えてみるが、自分の恋人にしたいだなんて思った女性が、アサシンの中にも、城に勤める女性の中にも、ましてやギルドの中にも居ないことに、今更気がついてしまう。
「じゃあ、私達の中では誰が一番好みのタイプですか?♡」
「え……」
周りを見れば、俺とロキをぐるーっと囲むように座った、アイドルのようなメイドさん達が、俺をじーっと見つめてくる。何処を見ても美女、美少女と評されるほどの女性達が、フリフリのフリルがたくさんついた、露出度の高いメイド服を着ている。傍から見れば、とてつもなく羨ましい光景なのだろうが、俺は見渡してみてつくづく思うのだ。
「……わかんね。なんか顔とか体つきとかで、女を好きにならないんじゃないか? いや、文句なしにメイドさん達が可愛いのはわかるんだけど、好みかと聞かれるとちょっと……」
「「「え~~~~!?」」」
俺の返答に、メイドさん達は大袈裟に声を上げた。
「ふむふむ、では、レイ様は、外見ではなく、自分の心を掴んでくれるような優しい女性がいいのですか? そ・れ・と・も、一夜の恋に本気になってしまうタイプ、とか? もしくは、女性に求めるものは愛ではなく、肉体関係だけとか♡ より濃厚な夜を重ねられる女性ほど魅力的に見える殿方は、少なくはありませんから、恥ずかしがる事ではありませんよ♡」
「やっ! そんなことは決してございません!」
やっぱこの人超苦手だ! なんというか、この体に絡みつく蛇を連想するような色香にどうしても惑わされてしまう!
「おお、レイんとこにもオリビアってすごいの居たけど、ここまでレイをたじたじにしたとこ見た事ないわ。すげーなメイドさん」
「うふふ♡ だってぇ、結構好みなんですもの♡ こういうウブなご主人様♡」
耳元で艶やかに囁く花魁メイドさんに、俺は完全に蛇に睨まれた蛙のように硬直し、変な汗が止め処なく流れ始めた。
「ちょ、ロキ助けろ!」
「馬鹿、俺がそこ代わって欲しいくらいだ。楽しめよ朴念仁」
俺の救援要請を冷めた目つきでスルーしながら、ロキはカクテルを楽しみ始める。
「それが親友に対して取る態度か!?」
「親友だから見守ってやってるんじゃないか。察せよサクランボ野郎」
「見損なった! お前なんか絶交だ!」
「そのセリフももう聞き飽きたぜ、相棒」
そんないつものような、慣れたやり取りを目にしていたツインテールのメイドさんが、顔を赤らめて口を押さえたまま声を上げた。
「……あれ!? もしかしてお二人は……」
ツインテールのメイドさんは、俺とロキをマジマジと見つめ、何かに気がついたようだ。まさかロキがロキウス王だと気付かれたのか?
「……もしかして、お二人はその、BL……。つまり、ボーイズラブな関係なんですか!? きゃー♡ きっとそうよ! そうなんだわ!」
「「それは絶対無い」」
さすがカオスの町、アキーヴァタウン。この町には、一昔前なら禁忌とされた同性愛者に肯定的な風潮があり、特に男性同士のカップリングを好む『腐女子』なる存在が居ることは知っていたが、まさか実際目の当たりにすることになろうとは……。そして俺が同性愛者として見られるだなんて思っても見なかった。彼らを差別する気は無いが、男性に女性に向けるような好意を抱く事もなければ、俺は自分が男だと自覚しているので、反応に困ってしまう。
しかし、好みの女性か。俺も今まで、恋人や伴侶について考えなかったわけじゃない。
「多分、さ……。出会えていないだけなんだと思う。ロキとマスターみたいに、俺の全てを賭けて、投げ打って、心の底から愛せる相手に。もちろん、そいつが何処の誰で、どんな姿で、どんな顔して笑うのか、想像もつかないけどさ。……まぁ、いつかはそういう相手が、俺にも現れるんじゃないかなー……って、なんだよ、ロキ」
ロキは口を手で押さえながら、ぷるぷると震えて、俺をガン見していた。そして次の瞬間……。
「ぶっはーーーー! わははははは! 何こいつ! こんな大勢の女の子の目の前で何ロマンチックに語ってるの!? ばっかじゃねーの!?」
「お、おめーに言われたくねーよバーカバーカ! おめーこそガキの頃からセイラさんにぞっこんで、勝手に俺にセイラさん盗られると思って俺に喧嘩売ってきて、これでもかってくらい返り討ちにあってるじゃねーか! これを愚かと言わずに何と言う! あ、馬鹿だった! 馬鹿って言うんだった! やーい! バーカバーカ!!!」
「「このやろう!!!」」
俺とロキは互いの頬を両サイドから引っ張り合う!
「ほのやろう! このほれをられらとおほってる!」
(このやろう! この俺を誰だと思ってる!)
「さーられらろうら! ろころのくりのひんぐおふはがなのはまひらいないらろうな!」
(さー誰だろうな! どこぞの国のキングオブ馬鹿なのは間違いないだろうな!)
「「がるるるるるるるるるる!!!」」
表へ出ろ! と言いそうになったその瞬間だった。
「ご、ご主人さまぁ! メイドさんのらぶらぶオムライスお待たせしましたー!!!」
「わーすごーい! すっごくおいしそー! ほらご主人様達も、一緒に食べましょうよぉ! 喧嘩は無し無しー!」
「「喧嘩?」」
俺達は互いの顔を引っ張りながら、互いの顔を見つめ合い、しばらくフリーズしてしまう。
「……あ、これ喧嘩なのか」
「なんか毎度毎度のことで、セイラも止めてくれないから、何か忘れてたわ。これ喧嘩なんだな」
「「あっはっはっはっはっは!」」
冷静なった俺らは、互いの肩をバンバンと叩き合った。
「「「「(なんて傍迷惑なご主人様達なの……)」」」」
そして、俺は改めて、自分に届いたオムライスを見てフリーズする。 それはオムライスというより、なんだか、若干お子様プレートっぽいオムライスに見えるからだ。いや、ここはメイド喫茶だ。これくらい可愛らしくて当たり前だ。ケチャップがついてないのはきっと、イラストや文字を書くからだろう。たしかこの前の、夕方のニュース番組の特集でやっていた気がするぞ。
「ご主人様、オムライスには何を書いたらいいですか?♡」
「えー? どーしよっかなぁ♡ じゃあ、『ロキさまだいすき♡」って書いてぇ♡」
「はーい♡」
……いっそマスターにメイド服着せてやらせりゃいいのに。
「ご主人様は、どうします? 何をお書きしましょうか?」
花魁メイドさんが、再び俺にぴったりと密着し、上目遣いで尋ねてくる。
「う……、お、お任せで、適当に書いちゃってください」
「じゃーぁ」
メイドさんの顔が、俺の耳元へ近づき……。
「……私も、大好きって、書いてもいいですか? ご主人様♡」
耳元で、そんな事を優しく囁いた。その吐息の甘ったるさと、湿り気を帯びた生暖かい空気に、背筋がゾワゾワとむずがゆくなる。
「ちょ、それはその……。ご、ご自由にどうぞ」
「うふふ、テレちゃいました? 冗談ですよ、ご主人様♡ その言葉は、運命の人に書いてもらってくださ
いね♪ だから、メイドとしてはやっぱり……」
花魁メイドさんは、俺のオムライスにスラスラと、ケチャップで文字を書いて行く。
『♡♡♡レイさまのお姫さまが見つかりますように♡♡♡』
そのコメントのこっ恥ずかしさに、俺は赤面し、右手で顔面を覆ってしまう。
「~~~~~~っ」
「はい、完成♡ ね? 完璧でしょう? 褒めてくれますか? ご主人様♡」
「あはははははは! 最高! 俺感動した! メイドさんGJ! GJメイドさん!」
あまりの恥ずかしさに絶句する俺に対し、ロキは大爆笑で大喜びだった。ケータイを取り出し、パシャパシャとシャッターを切っている。
「では! レイご主人様の願い事がかなうように、みんなでおまじないをかけますよ♡」
「え、またやるの!?」
「もちろん♡」
「うわぁ……」
「特別なお願いなので、特別なおまじないをかけます♡ まずこうやってお祈りのポーズをとってぇ」
「は、はぁ……」
「『願いよ届け☆ らぶらぶ♪ 萌え萌え♡ きゅんきゅん☆ ラブリービームふるぱわー♡♡♡』」
ほ……ホーリィシット。お祈りのポーズからハートつくって左右に振って、オムライスにラブリービームだと!? 羞恥プレイだ。これは間違いなく羞恥プレイだ。
「ぶははははは! ほらぁ! やらないと出会えないぞぉ? お前の運命の姫君に! うひひひひひひひひひ!」
「無理ィィィィィィ」
こんな事をしなきゃならないのなら! こんなに恥ずかしく悲しいのなら! 愛など要らぬ!
「さぁみんなで一緒に♡」
「「「『願いよ届け☆ らぶらぶ♪ 萌え萌え♡ きゅんきゅん☆ ラブリービームふるぱわー♡♡♡』」」」
「ほらレイー! はずかしがるなよぅ! 知り合い俺しか居ないんだしさぁ? お前も男として一皮剥ける時が来たんだよぅ! ほら、俺も一緒にやってやるからさぁ! ほらほら、手ぇ出せ手! いくぞ? 願いよ届け☆ らぶらぶ♪ 萌え萌え♡ きゅんきゅん☆ ラブリービームふるぱわー♡♡♡」
男って、なんだろう。なんだかもう、色々どうでもいいや。どうにでもなればいい……。
「……ねがいよとどけれぶらぶもえもえきゅんきゅんらぶりーびーむふるぱわー」
わーっと歓声が俺たちを包み込むが、不思議とその音が、どこか遠くから聞こえてくるような錯覚を覚えた。
その後も、ロキの大豪遊は続き、チェキと呼ばれる写真や、山盛りのパフェをメイドさんにあーんしてもらうサービス、ちょっとしたゲームをするなど、数々のサービスを、時間の許す限り、ロキはすべて網羅していった。そして、濃厚すぎる3時間が経過し、貸し切りタイムは終了となり、俺たちは全てのメイドさん達に見送られながら、退店……。もとい『外出』するのであった。
「「「「「「「行ってらっしゃいませ、ご主人様ぁぁぁぁぁ♡♡♡♡」」」」」」」
「うむ♡ 行って参る♡」
くそう、最後の最後までコイツは楽しそうだな、ホントに。俺はこんなにも消耗しきっているというのに。
「はぁ……。夢のような一時であった。なぁ、そう思うだろ? 相棒」
「……夢ならどんなにすばらしいことか。ああ、夢なら覚めてくれ。俺は今日、男として、人として、何か失ってはいけないものを失ってしまった気がする」
「あははははは、まるで童貞を無理やり中年女性に奪われたチェリーボーイみたいな顔してやがる♪ 大袈裟だなぁお前は。さーて、この数々の『メイドの土産』を持って思い出に浸ろうじゃないか! レイ、城まで付き合えよ」
ロキは大きな紙袋二つ分に相当するメイドさんのグッズを買い漁り、実に満足そうな笑みを浮かべている。
「もう拒否する元気も無いよ……」
もう魂が抜け切り、どうにでもなれ状態の俺は、言われるままロキの部屋まで付き合い、さらにそこから晩酌の付き合いをする事となった。
―王都レオニード城 王執務室―
「いやー、マジで楽しかったなぁ」
ロキはウィスキー片手に、戦利品の数々を眺めてご満悦だった。俺はというと、コーラの氷割りを煽りながら、失ってしまったものへ思いを馳せていた。
「てかさぁ? あんなの、実際のメイドにやらせれば、お前は常にお楽しみなんじゃねーの?」
「ばっか。そんな事したらセイラにぶっ殺されちまう」
「今日の事もセイラさんに知れたら大変なことになると思うけど?」
「わかってるよ。だからセイラが出張してる今日を狙ったんじゃないか。それくらいわかるだろう?」
ああ、そういえばマスターは、今日はこの国の北部へと、昨日から出張に行っていたな。明日の朝には帰るとの事だったな。
「あー、楽しかったなぁメイド喫茶! また行きたいなぁ♡ いや、絶対行こう。行くべきだ!」
「あーそう。よかったな。今度はセルフで行ってくれ……俺はもう二度と行きたくない」
そんな事を呟きつつテーブル突っ伏したら、額に何かくっついた。何かと思って手にとって見ると、でれっでれの顔でメイドさんにべったりしてるロキのだらしなーいチェキだった。俺はため息混じりに、それを適当に放る。 するとそのチェキはスーッと風に乗り床に落ち、それを背後で、部屋に入ってきた誰かが拾ったようだ。
「…………ふぅん? なんだかすっごーーーーく楽しかったみたいね、ロキウス、レイちゃん。 たまには男の子同士で遊んで羽目を外すのは、とーってもステキな事だと思うわ」
その声を聞き、俺とロキは戦慄し、血の気がさーっと引いていく。
「それが、恋人の留守をいいことに、キャバクラまがいのお店で大豪遊なんて、不貞行為スレスレの汚らわしい遊びじゃないならね!!!!!」
「「わああああああああああああああああ!!!!」」
そこに立っていたのはそう、東洋の女性の鬼、般若のような形相をしたマスターだった。ぐしゃりと握りつぶされたチェキは、そのあふれ出る魔力により、一瞬にして灰へと変わった。
「お仕置き……。なんて生温い終り方させないわよ?」
マスターが一歩踏み出すたびに、カーペットがマスターの魔力で消滅していく。その恐ろしさに、俺とロキはガタガタと震えるばかりであった。
「ま、まてまてまてまてセイラ! いや、確かに俺もお酒ちょっと飲んでハイになっちゃってすこーし遊んじゃったよ!? でもそもそも言い出しっぺはレイだからね!?」
「……は?」
完全無欠の責任転嫁に、俺は一瞬コイツが何を言ってるのか理解できずにフリーズしてしまう。
「レイが『ロキぃ。俺もそろそろ女の子とイチャイチャしてみてぇんだよね。でもキャバとか風俗はちょっと敷居たけーじゃん? どうしたらいい?』って相談するからさー! じゃあってことで……」
「ちょ!? オイロキ! ふざけんな!」
「俺は兄弟のようなレイのために、メイド喫茶という巷で噂になってるお店に行ってきたんだ! やましいことなど無い!」
こいつ、いけしゃあしゃあとよくもまぁそんな出鱈目を!
「見苦しい言い訳は終ったかしら……」
更に一歩踏み出すマスターの足元は、カーペットだけではなく、石畳にまで亀裂がビキビキと広がり、蜘蛛の巣のようなヒビを入れた。
「「ひぇっ!?」」
その女性とは思えない圧倒的なプレッシャーを前に、俺たちは小さく悲鳴をあげて互いに抱き付き合ってしまう。
「ロキは私が居ないことを良い事にメイド喫茶で羽目を外した。そしてレイちゃんは、それを止めなかった。二人ともとっても仲が良くて、兄弟みたいに熱い信頼関係を築いているのよね? だったら、二人纏めて処罰されても異論なんて、無いわよ、ねぇ?」
マスターから伝わってくる恐ろしい程の殺気。ロキは完全に世界の終わりを目の当たりにしたような絶望的な顔をしていたが、俺はなぜか、妙に冷静になって行った。
っていうか、なんか色々どうでも良くなったのかもしれない。
だってなんだか無性に喉が渇いて、何を思ったのか、俺は手にロキの飲んでたウィスキーのボトルを手にしているんだから。
「え? レイちゃん? それお酒よ?」
俺がウィスキーを手にしてるとわかった瞬間。あっけに取られてしまったのか、マスターの殺気が霧散して、俺を引きつった顔で凝視した。
「マスター、ロキ、俺ようやくわかったよ。人が酒を浴びるほど飲みたくなる理由が……。そうか、嫌な事があると、酒に逃げて忘れちまいたいって思う心境はこういう事なんだね」
俺はきゅぽんっという音を立てて酒瓶の蓋を開けた。
「え……? ちょっとレイちゃん? だ、だめよ? 落ち着きなさい。 わかった、わかったわ! レイちゃんはロキに振り回されて迷惑を被った側なのね? ね? やめよ? お姉ちゃん、それだけは良くないと思うなぁ。ゆっくり、ゆっくりお酒から手を離して? ね? それ置いてくれたら、お姉ちゃんももう怒らないから。ほらほら、私も杖置くから……ちょっとロキウス! あなたも止めてよ!」
「ああそうだレイ! 止めろ、本当に俺が悪かったから馬鹿な真似は止そう! 俺が悪かった! 全面的に俺が悪かったから今すぐ酒から手を離してくれ!!!」
この慌てよう。俺は酒を飲むと、その後一切の記憶は消えてしまい、後には本当に、見るも無残な光景が広がるばかりだった。よっぽど収拾がつかないほど、俺は暴れまわるのだろう。……知ったことか。もう俺は、何も我慢しない。何も省みない。失うものなど、もう無い。何故なら俺は、既に全てを失っているから。
俺はロキの机にどかっと、片足を乗せながら気だるく座り、二人を一瞥してこういった。
「もう、遅いよ。何もかも。もうどうにでもなっちまえ。下痢便みたいな一日に、萌え萌え乾杯♡ ってね……」
俺はボトルの注ぎ口を直接咥え、そのまま天を仰いだ。
「レイちゃんダメェェェェェェ!!!!」
「衛兵! 今すぐゼクスを! ゼクスを執務室に呼んでくれ! 大至急だぁぁぁぁぁぁ!!!」
ボトルの中身を一気に胃袋へと流し込んだ。体中に流れ込むアルコールがそのまま引火していくような感覚に襲われ、体中がカッと熱くなる。そして、俺の怒りと破壊衝動は。まるで火山の噴火のように、大爆発を起した。
「ウウウウウウウウウウウウウウウウウウォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!!!!!」
城中、いや、国中に木霊するような、遠吠えに似た絶叫が、腹の底から沸いて出る。
「ふざけんなごらああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
この後のことは一切覚えてないが、一番忘れたかったことはバッチリと覚えていて、この忌わしき日を、俺は一生忘れることは無いのだろう。




