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―レイの復讐Ⅱ―




「……その後は、よく覚えてないんだ。気がついたら、また牢屋にぶち込まれていたよ」

「……ひっく、ぐすっ……」

「……だから言ったろ。重い話になるぞって」


 エリシアは黙って、ぎゅっと拳をにぎりながらぽろぽろと大粒の涙を流していた。


「そんなのってないよ。レイ、どんなに辛かったことか! 私の事じゃないのに、こんなに胸が張り裂けそう」


 俺はティッシュ箱を差し出し、エリシアは涙をふき取り、そして鼻をかんだ。


「もう止めるか? まだ続きがある」

「……最後まで聞く」

「ハァ。お前もホント強情だよな」





 大切な人たちを全て失った。もう何もかもがどうでもよくなった。さっさと自分もあの処刑台で同じように首を切り落として欲しかった。そうすれば、スキラの元へと行けると本気で思っていた。


 取調べにも何一つ答えなくなり、抜け殻のように、ただただ、生きるだけだった。


 スキラの残した言葉は絶大の効果を発揮し、俺は処刑されるどころか殴られることもなかった。最終的にこれ以上無意味と悟ったのか、俺は釈放された。俺の身柄は、あの日、俺の隣に居た神父が俺を引き取り、教会で育てられることになった。奴は、これからしっかりと教育をし、立派な聖職者にしてあげようと息巻いていた。

 ゾッとする話だとは思わないか? 俺から全てを奪っておいて、あいつらは救った気で居やがるんだ。正気の沙汰じゃない。

 そして毎日自分たちの神がどれだけ崇高かを語る茶番のような毎日だ。全ての運命は神が定め、神はいつも見ていて、信じるものを救うんだとさ。そして神父はいつも自慢げに、神とその使い、天使の絵画を見せて言うんだ。


『ごらん、これが神であり、これが天使だ。美しいだろう? 神を信じ、仕え続ければ、いつか君も天使になれるのだ』ってね。


 背中に鳥の羽が生えた人間の絵にしか俺には見えなかった。これが他の異種族とどう違うのだろう。言ってしまえば、神父が散々醜悪な魔女と蔑み、悪魔の呪いで半身を狼に変えられたと勝手に決め付けていたスキラのほうが、よっぽど美しかった。


 そして神父は言うんだ。鳥人間を敬い祈り続けろと。


 何度も何度も祈りを強要された。頬を叩かれることもあった。食事を抜かれることもあった。祈りたくもないからさっさと殺せと言ってやったが、神父は取り付かれたように俺に繰り返し繰り返し、説教を垂れた。


 俺にしてみればわけがわからなかった。人間に他の動物の特徴が混ざっているように見えるから、亜人やら異種族と呼ばれる彼らに対しては悪魔と蔑むくせに、背中に鳥の羽が生えただけで天使だの神だのと崇め奉る。そしてその神様とやらは、生きとし生けるもの、すべての運命を決める力があると教え込まれた。故に絶対なのだと。


 そして俺は、ある結論に至った。



 そこまで熱心に語るのならば、それは真実なのだろう。ならば、俺の敵は神だ。神を呪い続けよう。祈りを捧げるフリをして、神を心の底から呪い続けてやる。やがて俺が死んだとき、神が俺を召し上げることがあるのなら、必ず殺してやる。苦痛を与えて殺した上で、五臓六腑全てを抉り出し、スキラにしたように、首を切り落として、道端に晒してやる。そしてその肉を残飯のように、肥溜めに沈めてやると。そう決意した。


 そんな決意をしたのも束の間。俺は色々な書物を読めるようになり、外部の情報にも晒されていくうちに、いろんなことがわかってきた。

 それには森で培ったことも役に立った。五感を研ぎ澄ますことで盗み聞きをしたり、狩りに使っていた技術を用いることで、普通の教徒が入れないような場所に潜入し、色んな情報を手に入れることが出来たんだ。その中でも最大の収穫は、スキラが殺されることになった理由だ。


 俺が森に捨てられた後の5年間。村人は血吸いの黒薔薇に苦しめられ続けた。根絶できなかった理由の殆どは、薔薇が放つ香りの中毒となり、密かに栽培しようとする人間もいれば、花粉を麻薬として高く売ろうとした人間が発症し、被害を拡大させていたのだ。そしてアギトル教は、黒薔薇の正体を見極めようとせず、ずっと『黒薔薇の魔女の呪い』とし、それを教皇に伝え、助けを乞うた。


 その報告と、事件を重く見た教皇は、すぐさま直属の聖騎士団に告げた。『黒薔薇の魔女に神の裁きを』それが教皇の下した命令だった。


 結果、あの悪夢が起こったのだ。


 しかし、実は教会のごく一部にしか、知らされていない事実があった。スキラが捉えられて直ぐの事だ。聖騎士団にある報告が入った。大賢者フローラという人物が、薔薇の正体を突き止め、スキラはこの事件に関して、全くの無実であるとのことだった。


 しかし、もう後には引けない状況だった。


 森は失われ、他の村にも被害が出て、各地で暴動も起こっていた。もちろん、たくさんの犠牲が兵士たちにも出ていた。彼らの犠牲を無駄にできない。そしてなにより、よく調べもしない情報を伝えて、間違った命令を教皇に出させてしまった。今更間違いでした、冤罪でしたでは済まされないのだ。

 このままスキラを生かしてしまえば、民衆の混乱はさらに膨らみ、この国の基盤を揺るがしかねない。 手遅れと悟った聖騎士団は、愚かにもスキラを他種族と同様の裁判にはかけず、悪魔崇拝者として魔女裁判にかけ処刑したのだ。


 そして聖騎士団の団長は、大勢の兵士を死なせてしまった責任を取るとして、アギトル教で最大のタブーとされた自害を選んだ。


 その事実を知ったとき、俺は復讐の相手を二人見失ってしまったことになった。

一人は聖騎士団団長。そしてもう一人は、神だ。


 神なんて居やしなかった。居たのはトロールのような思考しかない愚かな人間だけだった。やり場のない怒りを抱えたまま、なす術もなく、居ない存在を呪うこともやめた。


 居ない相手を憎むだけ無駄な行為だと思ったが、腹いせに神父のご自慢の絵は暖炉に放り投げてやった。


 当然めちゃくちゃ怒られたが、呪いが怖いのか殴られることはなかった。そのかわりに、聖書の勉強の時間は2時間も追加された。だが、勿論の事なのだが、そんな命令に従わなかったよ。俺はその聖書を神父の目の前で便所に捨ててやった。平然と善人面しながら大層な教えを説き、祈ることをやめた俺に対し説教をたれ、改心させようと、追い出すことすらしない教会の連中は、完全に狂った奴らなんだと思っていた。これだけ反抗し続けたんだ。さっさと追い出して野垂れ死にでもさせてくれれば良い物をと、毎日思ってはいたが、何故か、どんなに俺が祈らなくても、掃除や洗濯も一切しなくても、俺は教会から追い出される事はなかった。ほかの子供たちには、『レイは魔物に育てられてしまったから神様が信じられないんだ。それでも私たちは神に仕える身、見捨ててはいけないのだよ。皆もレイが神様を信じられるように祈ってあげてくれ』なんて、神父は言い訳をした。


 それを聞いた俺は、スキラを魔物呼ばわりした事が許せなくて、その日の真夜中。教会に奉られていた女神像に、豚の生の臓物を思いっきりぶちまけてやった。翌朝、変わり果てた女神像を目にした子供達はパニックを起こし、神父は激怒し、夜は俺を物置にぶち込み、鍵をかけて監禁するようになった。


 子供たちにも吐き気がした。嘘と欺瞞にまみれたアギトル教を信じきって、存在しない神を祈り続け、夜な夜な神父に泣きつきやがるんだ。どうして黒薔薇の魔女の子供と一緒に住まなきゃ行けないのか。両親の仇と一緒に生活なんてしたくないってさ。


 未だにスキラのせいにし続けたあいつらだったが、俺も同じ気持ちだった。どうして俺はスキラを殺した連中の子供と生活しなきゃならないのかと。いっそ全員殺してやれば少しは気が晴れるだろうか? いい加減俺を処刑してくれるだろうかってね。


 ある日、我慢できずに教会を出た。森で暮らしていた知識と、新しく得た知識があれば、どんな場所でも生きて行けると思ったんだ。だが、すぐに兵士に探し出され、教会へと戻された。


 同じことを何度も続けるうちに、ふと疑問に思った。何故こうまでして俺をこの教会に縛り付けたいのかと。そしてその疑問を、俺は神父に投げかけた。神父の答えは、あまりにも皮肉で、ふざけた理由だった。


「レイ、聞いて欲しい。君にはまだ、一人だけ家族がいらっしゃるんだ。その方の名は、『トーマス=アンダーソン』そう、教皇トーマス様だ。君の母方の祖父にあたるお方だ。君のお母さんの名前は『クリスティーン=エンデヴァー』、お父さんは『ダニエル=エンデヴァー』なのだそうだ。そして君にも、本当の名前があるんだ。君の本当の名は、『クリス=エンデヴァー』。名付け親はトーマス様だそうだ。レイ……。いや、クリス。君もおじい様に会いたいだろう? しかし今の君の態度では、とても会わせる事が出来ない。だから……」


 誰だよ、クリスって。誰だよクリスティーンって。俺はレイ=ブレイズだ。そして俺の母親は、スキラだけだ。


 そう強く思い、それ以降の話しは全て聞き流していたが、詰まる所。生活態度を改めれば、お爺ちゃんに逢えるんだよ。君はアギトル教の王様の孫なんだから、しっかりアギトル教を学び、アギトル教の正式な信者として洗礼を受けなさい。そうすれば、お爺ちゃんの居る、聖宮へと入ることが出来るんだよってことだった。そしてそこまで納得した瞬間、俺の心の中に住み着いていた悪魔が囁いたんだ。復讐のチャンスが来た。ってさ……。


 スキラが眠る前に読んでくれた物語の一つに、悪い魔王を勇者がやっつけて正義を示すという絵本があった。それを、『王』と言う存在をきっかけに思い出したんだ。


「ああそっか。『魔王』を倒せば、正義が示せるんだ。だって魔王は悪の存在なんだから、殺さなきゃいけない。……だからスキラは殺された。魔王として仕立て上げられ、神の名前を騙り、スキラを殺すことで、自分たちは正しいんだと示す為に! ……正義を取り戻さなきゃ。スキラは間違ってなんて居なかった。スキラは悪くない。悪いのはあいつらだ! 森を焼き、ドリアードを、ゴブを、スキラを殺したあいつらこそ悪魔そのものだ! あいつらに、復讐しなきゃ……! 殺してやる。魔王を……。アギトル教の教皇を! 僕が……俺がこの手で、教皇をぶっ殺してやる!!! 俺の家族は、スキラただ一人。俺はクリス=エンデヴァーなんかじゃない。俺は、レイ=ブレイズだ!!!」



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