ー聖夜祭Ⅱー
「いらっしゃいませ、宝石世界へようこそ。レイ=ブレイズ様とお連れ様ですね、お待ちしておりました。では、ご案内いたします」
俺たちはボーイに案内され、窓際の席へと案内された。ロキの奴、めちゃめちゃ良い席を取ってくれたようだ。足元には、宝石箱をひっくり返したような夜景が広がっていた。
「うわぁ……すごい夜景」
「帝王ホテルは20階建てのホテルだからな。今現在王都で2番目に高い建造物だ。一番は勿論レオニード城で、中央塔の最上部はここの1,5倍。このホテルの30階分に匹敵するらしいぞ」
「きれい……。街の明かりが宝石を一面に散りばめたようだわ」
エリシアはその夜景に釘付けになり、子供のようにガラスに顔を近づけながら、夜景を楽しんでいた。
しかし運悪く、そこにディナーの内容を記したメニュー表を、ウェイターが持ってきた。
「コホン、あーエリシア? ウェイターさんが困っちゃうからそこら辺にしような?」
「え!? あ、やだ私ったら! すみません」
「いえ、こちらこそ失礼いたしました。こちら本日のディナーの内容でございます。よろしければお飲み物を先にお持ちいたしますが」
「彼女にシャンパンを。自分はこの後運転を控えてるのでノンアルコールのシャンパンを」
「かしこまりました。少々お待ちください」
ウェイターが下がったところでエリシアはまたぷっと吹き出した。
「運転ねぇ? レイは何処に連れて行ってくれるのかなぁ? ウフフフフ」
「お酒ダメなんでコーラくださいだなんて、雰囲気ぶち壊しだろ?」
「ふふふ、そうね♪」
ウェイターが俺とエリシアのグラスにシャンパンを注いでいく。シャンパンは小さな泡の小道をグラスに作りながら、キャンドルに照らされ、淡く輝いていた。
「んじゃ、乾杯するか」
「うん、えっとー……」
エリシアは俺を気遣ってか、『良き聖夜祭に』という単語を使うことを躊躇っているようだ。まぁ俺もそのほうが気楽に乾杯できるのは確かなんだが。
「良き聖夜祭に」
「……良き聖夜祭に!」
特に別の言葉が浮かぶわけでもなかった。そしてこんな夜なら、聖夜祭も悪くはないと、心から思えたからだ。グラスは心地よい音を立て、俺達は一口シャンパンを口にした。
「……おいしい。流石高級レストランね。シャンパンも超高級品よ?」
「一応ロキウス王の友人ということでの招待だからな。今俺ら間違いなくVIP扱いだろうさ」
そして俺はふと、大切なことを思い出した。
「ああそうだエリシア。俺、お前にプレゼントがあるんだ」
俺はウェイターを呼んで、『例の預けたものを持って来てくれ』と伝えた。そしてすぐに、ウェイターはその例の物を俺の手元に届けてくれた。
「オリビアには、プレゼントとしては最低の部類だとか言われたんだけどな。プレゼントするなら俺が一番納得できるものがいいと思って、結果これになった」
「レイが……わたしに?」
一見丁寧に包装されたケースに入ってはいるが、それはネックレスやアクセサリーにしては大きすぎる。エリシアは両手でそっと受け取った。
「レイ、開けても良い?」
「ああ、そうしてくれ。気に入ってくれるといいんだけど」
「うん」
エリシアはゆっくりと包装を解き、ケースの蓋を開けた。ケースの中には、美しい宝石や魔水晶が装飾として填め込まれた、一振りのダガーが収まっていた。
「古代魔法に用いられたとされる神代魔術礼装剣だ。銘を『イリス』というらしい。光の魔法の魔力コストを最小限に抑えつつ、術者の力を2倍以上引き出せる力があるらしい。切れ味もかなりあるから、扱いには気をつけてくれ。……気に入ってもらえるといいんだけど」
エリシアは目を丸くして、ケースの中を覗き込んでいた。
「あ……あの、レイ? このナイフ本当に私が貰っちゃっていいの? っていうかこれ、どうやって手に入れたの? 値段つけられるような代物に見えないのだけれど」
「だな。今の人間の魔法技術じゃその剣は作れない。古代のドワーフが作ったらしい。イフリートが封印されていたダンジョンの宝物庫で手に入れたんだ。俺のコレクションで唯一、マスターが譲ってくれとせがむ代物なんだ。もし気に入ったなら、大切にしてくれると嬉しい」
エリシアの反応は、嬉しいというよりも、困惑が強いようだ。
「すごく嬉しいけど、本当にいいの? これ国宝級の宝剣でしょ? マスターにも譲らなかった剣を、私が貰っていいの?」
「ああ、お前にはこれからも頑張って貰わないといけないし、世話にもなったからな。それは、お前に持っていて欲しいし、お前こそ相応しい。これからもよろしく頼むよ、相棒」
「うん、ありがとうレイ。すっごく嬉しい。大切なものを私にくれるのも嬉しいし、なによりレイに認めてもらえたことが、すっごく嬉しい……」
エリシアはイリスを鞘からゆっくり抜いて、美しいその刃をじっと見つめた。
「……不思議。初めて手にするのに、何年も使ってきたような感じがする。手に吸い付くって言うのかな。まるで羽根のように軽いし、温かい魔力を感じる」
「その剣、マスターが古代の文献にすこし掲載されていた内容を教えてくれたものだから、まだ知らない力が眠ってるかもしれない。精霊剣とか宝剣のようなアーティファクトは大して解明が進んでないからな。精霊の巫女のお前なら、新しい使い方を見つけられるかもな」
「本当にありがとうレイ。これはバレンタイン家の家宝にしなきゃ」
気に入ってくれたようで安心した。エリシアはナイフをゆっくりと鞘に収め、食事を再開する。
「あ、でもでもぉ、私とレイが結婚したら、ブレイズ家の家宝になるのね!」
「ぶっ!?」
俺はシャンパンを少し咽込んでしまった。なんて事を言い出すんだこのど天然は。
「あ! やだ私ったら、何言ってるのかしら! もぅレイ今の無しね? 無し無し! 忘れて! お願い忘れて~! いやー!」
「いや、お前なぁ。早速イリスつかって暗示魔法で記憶操作しようとするの、やめてもらえますかね。つか危ないから振り回すな」
エリシアはきゃーきゃーと錯乱して抜き身のイリスをこちらに向けて無意味に振り回す。
本当に手の焼ける相棒だ。
食事を再開した俺たちの元に運ばれてくる料理は、どれもこれも一級品ばかりだった。この大陸では珍しい食材をふんだんに使ったフルコースには、おやっさんの料理の味で舌が肥えてしまった俺やエリシアでも、感嘆せざるを得ないほどの料理の数々だった。そしていよいよ、メインディッシュの皿がやってきた。
「お待たせいたしました。本日のメインディッシュ、龍牛の霜降りサーロインステーキでございます」
「わぁ~!」
「すっげ、これが王宮クラスの食事か」
「王宮でもこんなの滅多に出ないわよ♪ それじゃあさっそく……はむ♡」
「いただきまーすっと。……ん」
こ、これは……。
「これはステーキか? これがステーキだとしたら今まで食ってきたステーキは一体なんだったんだ……? めちゃくちゃうめぇ」
「ほっぺたが落ちるぅ……はぁ、幸せ♡」
一切れ口に入れた瞬間。肉がまるで蕩けるように無くなってしまった。そして体全体に染み渡るようなステーキの味に、この俺ですら心を奪われてしまう。ロキはこんなの食ったのか。おやっさんのステーキはきっとこの味以上だったに違いない。
「なぁエリシア」
「ん? なぁに?」
「今度、龍牛狩りにいこうか?」
「ぷっ! アハハ、それいいかもね、邪竜危なすぎるけど。でもこれは命を賭ける価値はあるね!」
そしてデザートも絶品だった。この国で最高のパティシエによる、聖夜祭の伝統的なケーキ、愛の果実とされてきた桃を蜂蜜漬けにし、それをふんだんに使用したピーチケーキは、今まで食べたデザートの中で一番うまかった。おやっさんは菓子は専門外だし、こればっかりはしょうがない。
食べ終わった食器が片付けられ、食後の飲み物がサービスされ始めたときだった。照明がすこし暗くなり、用意されていたステージに小太りの男が上がる。
「皆様、お楽しみいただけていますでしょうか。当ホテルのオーナー、ジョナサン=マクマホンです。えー、今年は本当に、暗いニュースが続きました。隣国オーディアのクーデターに続き、ヴァンパイア事件。これからも試練の日々は続くでしょう。しかし、朝の来ない夜はないように、必ずこの悪夢は終わりがあると、私は信じております。今宵は皆様と一緒に、私も平和に祈りを捧げようと思います。そこで、特別ゲストを本日ご招待させていただきました。ご紹介いたします、今や世界的歌手として活躍する歌姫、メロディア=セイレンさんです」
「え……?」
エリシアが驚きの声を上げた。
そして白いドレスに身を包んだ赤毛の女性が、ステージへとあがった。
「メロディア……!」
「ん? エリシア?」
スポットライトに照らされた美しい女性は、オーナーからマイクを受け取った。
「こんばんわ、皆さん。ご紹介を頂きました、メロディアです。本当に本当に、悲しいニュースばかりが続いています。オーディアには、私の大切な、本当に大切な親友が居ました。今、私には彼女が今どうしているか、知る術はありません。無事で居て欲しいと、毎日願い、祈り、そして無事で居てくれていると信じています。そして、この国の一人の市民として、あの悲惨なヴァンパイアの事件に心を痛めています。犠牲になってしまった村で、以前、聖歌を歌わせていただきました。今でも、あの人たちの笑顔が私の瞼には焼き付いています。天国の彼ら、そしてどこかできっと聞いてくれている私の友人、そしてこの国に住む全ての人々に、私の歌を捧げたいと思います。では、聞いてください。『エターナル』」
優しいピアノの伴奏とともに、彼女は美しい歌声で聖歌を歌い始めた。その歌声に、涙する人たちも沢山いるほど、その声は心に響く美しい歌声だった。不思議と俺も、彼女が歌っている歌が聖歌だというのに、その歌声に聴き入ってしまう。エリシアはその歌声を聴き、ぽろぽろと大きな涙をこぼしていた。俺はすぐに、二人の関係に気がつくことが出来た。
「……いい声だな、お前の友達。世界で活躍する理由も頷ける。ほら、下向いてないでちゃんと見てやれよ」
「……うん!」
俺はエリシアの隣に座り、肩を抱き寄せてやった。
「泣くなよ。そんなんじゃ、涙で滲んじまって見えないんじゃないか?」
「うん。眩しくて、歪んじゃって、全然見えない。でも、ちゃんと聞こえてるから大丈夫。メロディア、私ちゃんと聞こえてるよ……!」
彼女は歌を歌い終え、やまない拍手を浴びて、ゆっくりと一礼した。
「皆様、良き聖夜祭を!」
最後に一言つげ、歌姫は退場した。エリシアは彼女が見えなくなるまで、ずっと拍手していた。手を目を真っ赤にして。
「……あーあ、絶対バレたら怒られるんだろうなー」
「え?」
「ちょっと待ってろよ? そこ絶対動くな」
「え? う、うん」
俺は神隠しの法を使い、姿を消して彼女を追う。スタッフ用連絡通路で、ボディーガードを同伴した彼女に追いつく事が出来た。
「あの、メロディアさん。すみません、ちょっといいですか」
「え?」
唐突に声をかけられた彼女は、驚き振り返り、彼女の前にボディーガードの大柄の男が立ちはだかる。
「貴様スタッフではないな? それ以上寄るな!」
「待ってくれ、俺は怪しい者じゃない。メロディアさん、君の親友を知っている。彼女は無事だ」
「え!?」
俺は今、最もリスクの高いことをしようとしている。
「ほら、身分証明書、エアリアルウィングのレイ=ブレイズだ。この国じゃちょっとした有名人だと思うんだけど、そこのガタイのいいお兄さんならわかるんじゃないか?」
「こいつ……! 元アサシンのレイ=ブレイズなのか!? 目的はなんだ!」
「慌てるなよ。なんなら両手を上げてやるから話を聞いて欲しい。君の親友を、ある任務で保護している。そして、彼女はすぐ近くにいる。君の歌声を聞いていた」
「え……まさかエリ……」
「おっと、それ以上名前を出さないでくれ。判るだろ? 彼女が今どういう状況に置かれているか」
「……大丈夫です、下がっていてください」
メロディアさんは、ボディーガードの男に下がるよう命じた。
「し、しかし!」
「お願いします」
「わかりました。何かあったらこの緊急ブザーをお使いください。すぐに駆けつけます」
「ありがとう」
男が下がったが、俺は念には念を入れた。
「ここからは筆談で頼む。メモ用紙を君に渡すから、君も俺に質問があれば何でも聞いてくれ」
「はい。では……」
彼女はメモ用紙にスラスラと文字を書いていく。
『エリシアは無事なんですか?』
『ああ、君の歌声を聞いて感動していた』
『今すぐエリシアに会わせて下さい! 大切な親友なんです! お願いします!』
『そのために俺は来たんだ。今彼女にはジャミング魔法がかかってて、正体を隠しているが、このギルドカードを持っていれば、エリシアの事が普段どうりに見えるはずだ。18階の1804号室、ノックは6回。護衛をつれて来ても構わない』
彼女は一度強く頷いた。
「すまないな、助かる」
「いえ、すぐに行きます」
俺はすぐさまレストランに戻り、速攻で会計を済ませ、エリシアの手を引き、エリシアの部屋へと向かった。
「え? え? レイ?」
「内緒だぞ? 絶対内緒だからな! お仕置きはそろばん正座じゃ絶対すまないんだからな!」
待つこと5分。扉から6回のノックが聞こえた。俺は安全を確認し、彼女を部屋に招き入れ、一緒に入ろうとする護衛を呼び止めた。
「お兄さんもプロだろうけどさ、ここは一つ俺を信用して、俺と一緒に廊下で待ってくれないかな。頼むよ……」
「いいだろう。貴様の素性はわかっている。規定違反だが、彼女のあの顔を見ればわかる。お互いプロ失格だな」
「はは、違いないね。ま、こういうのはさ、バレなきゃ問題ない」
「フッ。私も減給、懲戒免職はたまらんからな」
やがて部屋から、二人の女性の大きな泣き声が聞こえてきた。その泣き声に、俺達は思わず表情が緩んでしまった。
「一応勤務中なんだろ? コーヒーで良ければ一杯奢るよ」
「……ああ、そうだな」




