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―聖夜祭の招待状―



 俺は一人、自分の部屋のベッドの上でボーっと、ロキからの贈り物を手に取り眺めていた。


「どうしたもんかなぁ」


 これは間違いなくエリシアを誘えってことだよな。いや、正直実に好都合だ。あいつとの約束をこんな形で果たせるのだ。しかもある意味理想の形でだ。しかも俺の財布の中身は減らないと来たもんだ。やったね、俺。浮いた金で新しい装備整えられるぜ。……だが、いざ手に入ってしまうと、なぜか次の一歩が踏み出せない。もし渡したとしよう、エリシアはきっと、とてつもなくビックリして、嬉しそうに笑ってくれるだろう。


「…………」


 正直その笑顔は、ちょっと見てみたい。いや、かなり見てみたい。が……。


 そのすぐ後に、死神のようなカトレアの恐ろしい表情がチラッとフラッシュバックする。


「こわっ! もしカトレアにバレたら間違いなく酷い殺され方をする! っていうか殺されるどころの話じゃないかも!?」


 ぶるっと体が震え、鳥肌がぶつぶつと立ち、心臓が早鐘を打った。


「いやいや、カトレアは今頃アルデバラン入りしてる。まさかここまで……。いやカトレアだぞ? あのカトレアだぞ。俺が想像もつかない尾行方法を思いついてるかもしれない。盗聴、盗撮、千里眼、追跡装置、その他諸々! あり得る! あり得るぞ!」


 聖夜祭のスペシャルディナーなんかにエリシアを誘ってみろ! 確実にこの間の比じゃない怒り方で、俺を殺しに来るはずだ。この間だって十分殺しにかかってたけど、まだギリギリ生かしてくれる余裕はあった! しかし次は絶対殺される。正面からの殺戮か。暗殺という形をとった惨殺か。生きたままゾンビにされて奴隷以下の余生を過ごすか。どう転んでも最悪である。


「はぁ。許せエリシア。俺はまだ命が惜しい」


 俺はチケットの真ん中を両手で摘み、前後に引き裂こうと力を入れ、ビリビリに破く……ことは出来なかった。


「あーもぅ」


 俺はため息混じりに、家を出て、ギルドへと向かった。


「あれ、そういえばエリシアも特別報酬貰ってるんだよな? あいつ何貰ったんだろう」


 その疑問はすぐに解決することとなった。



―エアリアルウィング―





「ねぇねぇレイ! 見て見て! ロキウスさまからこんな贈り物を頂いたのよ! ほら、王都に隣接する最新のテーマパーク、『アヴァロン』の聖夜祭特別招待ペアチケットよ!」


 あ、ああ。確か夏にオープンしたばかりの国内最大の遊園地だったな。最先端の機械文明国家リゼンブルグにある、大規模テーマパークをヒントに、この国に古くから伝わる御伽噺をテーマに作り上げた、ファンタジーテーマパークか。現在に至るまで常に『満員御礼』状態のテーマパークだ。聖夜祭は入場規制までかかってしまうと、確か先日の夕方のニュース番組で取り上げていた。そんなアヴァロンの聖夜祭特別招待ペアチケットを、エリシアはとても嬉しそうに、興奮しながら俺に見せびらかしてくる。


「へ、へぇ……。アヴァロンってあのアヴァロンだろ?……そっかぁ、すげーなぁ」


 あんにゃろう。いや、これは。


「…………」


 俺が視線を送る先、ギルドの受付にはニマニマと見ているマスターが居た。やっぱりあんたの入れ知恵か。


「そ、それでね、レイ。レイが聖夜祭を嫌ってるのはなんとなくわかったんだけどね? その、ほら、ロキウスさまの手紙に書いてあるの。『国内とはいえ今は何が起きてもおかしくありません。レイに護衛を任せて存分に楽しんでください』って……。私としてはその、強制はしたくないし、レイが忙しいなら仕方ないし……。でもその、できることなら……えっと」

「エリシアさんダメです! はっきりと『レイと一緒にデートしたい』って言わなきゃ!」

「ひゃん!?」


 いっちゃんの意外すぎる一言に俺も驚いたが、エリシアはもっと驚いたようだ。へんな悲鳴が聞こえた。


「だーっはっはっはっは!!! 言われちまったなぁエリシア!」


 おやっさんの豪快な笑い声が聞こえる。


「おやおや、どうなるかと思えば、こんな展開になっちゃうんだね」

「ねーなんで? なんでレイばっかなん? ジークぅ」

「えー? そりゃお前、レイの最近の行動がエリシアちゃんに関わることで集中してるからじゃない? その他のクエストは俺らに回って財布は潤いっぱなしだけどね。知ってる? レイのオーディア単独任務の報酬の金額。鬼夜叉丸とソロでやりあったらしいけど、結局任務外だし、レイがもたらした情報も、超有益とも言えないから、ほら、このお値段」

「うえぇぇぇ!? たったの40万!? ないわぁ」

「みんな聞いてたの!?」


 エリシアは、耳まで真っ赤にしながら恥ずかしそうに訪ねる。


「聞こえないはずないだろ。ギルドの玄関先で、そんな意気揚々とチケット見せびらかせば、皆だって何事かと思うだろうに。……いいよ。聖夜祭だろうが明日だろうが、暇ならいくらでも作れるんだ。それに俺には聖夜祭なんて、ただの休日と特に変わらん。遊園地くらい付き合ってやるよ。たまには息抜きも必要だしな」

「う、うん。ありがと」

「おやっさん、コーヒー湧いてる?」


 俺は何故か、エリシアに冷たく接してしまった。何冷たく接してんだ俺の馬鹿! ……なんて軽い自己嫌悪に陥りながら、俺の定位置であるカウンターへと座る。


「ちょっとレイー。だめだよ、心にも無い事を言っちゃ。今の流れなら自然に誘えた場面なんじゃないのー? ダメダメ、そんなんじゃ。聖夜祭は女性にとっても男性にとっても大切な一日だ。その始まりが、そんな味気の無い物であってはならない」


 俺の肩をがしっと掴み、アーチャーは俺をジト目で睨む。


「はぁ? 何言ってんだアーチャー」

「レイ、君にレディのエスコートの仕方をご教授しよう。……グレン、ジーク、レイを拘束しちゃって」

「「がってん喜んで!」」

「喜んでするな! ちょっ! おい! はなせ!」


 俺は両脇から大の男にしっかりとホールドされる。この二人は基本的に俺より筋力が勝ってるわけで、俺は二人に羽交い絞めなんかにされたら、それこそ手も足も出ない。


「レイ、いくら君がポーカーフェイスでも、僕の鷹より鋭い目はごまかせやしないよ?」


 アーチャーはゆっくりと俺のジャケットの胸ポケットに指を忍ばせると、中から宝石世界のチケットを抜き去った。


「ちょ、アーチャー! 返せ! ソレは違うんだ!」

「ホントにダメだなぁレイ。君にとっては罠にでも嵌められた気分なのかもしれないが、あの態度は最低だよ? 模範解答はこうさ。……コホン。『なんだ、丁度よかったよエリシア。俺もお前をディナーに誘うつもりだったんだ。これで一日中二人っきりで居られるな。……聖夜祭、俺達の最高の思い出にしようぜ』と、優しく微笑みながら、このようにそっとチケットを差し出すのさ。わかったかい? さ、エリシアさんチケットをどうぞ。これがこのチームで一番不器用で無愛想な、レイの本心です。レイはすごくシャイな奴なんで、許してあげてくださいね」

「えと、ど、どうも……」

「死んでしまえこのキザ野郎!!!!!!!」


 俺は腹の底からアーチャーに向かって怨嗟の声を張り上げる。


「ブラボー! パーフェクトよアーチャー君!!! 私100点あげちゃう!!!」


 マスターはフンスフンスと鼻息を荒くしながら、親指をぐっとサムズアップしている。


「あはははは! むり! それ絶対レイにできっこないわよ! だってレイがディナーなんて単語使えるはずないじゃない! あはははははは! そんな! そんなレイ見たら私笑いすぎで死んじゃう! あははははは!」


 オリビアは笑いすぎだっつーの。俺だってディナーの単語くらい使うよ。あんなキザったらしくチケット渡せないけどな!


「レイ、しっかりエリシアさんをエスコートするんだよ? ああそれと、もちろん護衛も怠らない様にね。当日は、護衛に僕達は協力できないから、そのつもりで居てくれよ?」

「王宮のパーティにお招きされちゃったんです! 私たち!」

「俺ととっつぁんは仕事兼ねてるけどな……ちぇ」

「わがまま言うな。お前は俺の助手だ。王宮の調理場に一介のギルドのコックが入れるんだ。こんな名誉なことはないぞ? それとわかってると思うが、王の食事に何かあったら俺たちは斬首だからな?」

「ひぃぃ。おらぁ行きたくねーよとっつぁん!」


 王宮に招かれるなんて、いよいよエアリアルウィングもレオニードで最も有名なギルドになっちまうな。まぁ元賢者が設立した時点で話題性抜群ではあったが。


 エリシアは、アーチャーから受け取ってしまったチケットをまじまじと見つめ、そして俺の顔をチラりと見てくる。俺は気恥ずかしさで、エリシアの顔をしっかりと見てやれないが、ちゃんとエリシアをデートに誘う事にした。


「……まぁ、その……なんだ。ロキウス王が要らん気を使ったみたいだ。思わぬ形でお前との約束を果たせそうだが、その、お前さえ良ければ、俺と一緒に……。アヴァロンと宝石世界に行ってくれるか?」

「うん、喜んで! 楽しみだね、レイ♪」


 エリシアは、眩しすぎる笑顔で即答した。


「ああ、そうだな」

「よし! そうと決まればミーティングだね!」


 エリシアはやる気に満ちた表情で、既に何度も読み返し、付箋だらけでモッサモサになったガイドブックを何処からともなく取り出した。


「はい? ミーティング?」

「そう!『アヴァロン』は広さ1k㎡を誇る大人気テーマパークでしょ? ちゃんと回り方を考えないと、待ち時間ばっかり取られて全部回りきれないんだから! はい、これが現地の地図ね!」


 エリシアはテーブルにバン! と雑誌のコピーであろう拡大地図を広げた。


「人気アトラクションは、これと、これと、あとはこれもそうだし……あ、これもそう!」


 本当に楽しそうに赤いペンで丸を書き込み続ける。


「人気アトラクションの待ち時間は、ランクでいうならAってところかなぁ」


 エリシアは本当に楽しそうに、ページを一枚一枚捲っていく。ってか、全ページ付箋貼ってないか? それ意味あるのか!? ほんとにド天然だな!


「……ちなみにそのAって最長何分?」

「んー、平日で1時間、休日祝日なら2時間だよ」

「どうかしてるだろ、このローラーコースターなんて乗ってる時間2分もなさそうだぞ」

「まぁオープンしたてだし、しょうがないよ。でもロキウスさまがくださったチケットは、聖夜祭特別招待券だから、開園30分前に並ばずに入園できるの。この30分の間に『ファーストパス』を集めれば、待ち時間を限りなく減らすことが出来るわ。レイなら30分で全部のアトラクションのファーストパスを集めることくらい余裕だと思うし、あとは完璧なまでのスケジューリングだね!」


 なに? じゃあ俺、開園から30分は園内を駆けずり回ることになるの? うわぁ。


「えへへ、楽しみだなぁ♪ こんなに楽しみなのは久しぶり。ううん、はじめてかも! ねぇねぇ! お昼は何食べたい?『なんでもいいよ』は却下です!」

「なんでも……えー……? じゃあここ」

「あ! わたしここがいい!」

「……異議なし」


 エリシアは今までで一番幸せそうに頭を悩ませながら、ノートに綿密なスケジュールを書き込んでいく。それは時に分刻みになる場合もあったりした。


「エリシア、戦闘するわけじゃないんだからもっとゆっくり楽しめるものにしようぜ。ここからここなんて、お前の足じゃダッシュだぞ」

「いいもん! ダッシュするもん!」

「却下。時間があったら寄る程度でいいじゃんか」

「コンプしないと意味ないんだもん!」

「そのコンプリートの意義を知りたいよ……ほら、こことここ。入れ変えればスムーズになるだろ? ちょっとUターンするくらい、いいじゃんか」

「んー。まぁ採用でいいかな」

「大方決まったら、明日こなす依頼も決めて手続きしようぜ? いい加減俺らもギルドの依頼こなさないとな」

「最近一番受注件数少ないもんね、レイってば。アハハハハッ」


 こいつ……。半分はお前のせいだっての。


「とりあえず、18時には退園する計算にしておくね。あ、レイ大変! 宝石世界って正装でしょ? どこかで着替えないと」

「そこは問題ない。帝王ホテルには個室の更衣室とシャワールームが完備されてる。あらかじめ正装を送っておけば大丈夫だろ」

「ふむふむ、なるほどね」

『はいはーい、異議アリー。そこはレイちゃんが、スゥイート♡な部屋を取ってお泊りじゃないのぉ?』

「……マスター、テレパシーで野次飛ばすのやめてもらえますー? あと盗み聞きもNGでーす」


 そんなこんなで、当日の予定は完璧なまでに組み立てられ、数日が過ぎていき、ついに本番前日となった。毎日嬉しそうにチラチラとカレンダーを確認してきたエリシアに対し、俺はというと……。


「はぁ……。憂鬱」


 カレンダーを数えるたびに、そんな独り言とため息が漏れていた。


「あんたさぁ、世の中の男にそのセリフ聞かれたら殺されるわよ? 実際、今一瞬あんたを殺そうってわたし思っちゃった。なんで? エリシアとのデートよ? リアルガチのプリンセスよ? 自称王位継承権放棄者だけど。美人で明るくて優しくての、昔話とかに出てくるようなお姫様よ? 何が不満なのよ。あんたには世界が3回ひっくり返ってももったいなさすぎる相手って、あんた自覚してる? 死ねばいいのに」

「あー、エリシアじゃなくて俺側の問題? 遊園地に昔マスターやロキウス王に付き合って、お忍びで行った事があるんだ。ローラーコースターなんて神速に慣れると何とも思わんし、モンスターハウス的なものも、正直、人の気配とか察知しちゃって、スリルも感じないし、船に乗って人形劇を眺めるのも、俺には似合わないなーってさ」

「あー。確かにあんたに遊園地はちょっとスリル不足よね。スリルだけなら鬼夜叉丸と斬り合ってるほうがあんたは楽しそう」

「アレを楽しいとかどうかしてる」


 しかしあんなにも楽しみにしているエリシアを見てると、憂鬱だなんてセリフはやはりアイツに失礼なんだろうな。そうだよ、エリシアが楽しければそれでいいじゃないか。俺はアイツが久しぶりに心から笑えるのなら、その笑顔をその日だけでも完璧に守り通す。それでいいじゃないか。それはきっと、楽な仕事ではないし大切な仕事なんだろう。


 ……仕事? ……げ、あそこは武器の携帯も許されてないし、園内では魔術の発動が出来ない仕組みになってたはず! どうする。武器も無しに神速も使えない。どうやってエリシアを守る? て、大丈夫か。あの園内にいる限りそれは奇襲者にとっても同じこと。その上、警備員たちは武器もあるし魔術も使える。もしアヴェンジャーが襲ってきたとしても、警備員の武器を拝借すれば、なんとかなるだろう。


「レイ、ちょっといいかい?」

「ん? なんだアーチャー」

「君さ、そんな髪型でタキシードを着るのかい?」

「そう! それ私も思った! それにアンタの私服のセンスもダサすぎる!」

「え……まぁ確かになにも拘ってないけど。まずい?」

「「大問題だ」」


 オリビアとアーチャーに全否定されてしまった。まぁギルド切っての美男美女コンビだ。ファッションには気を使う二人なので、俺のような野暮ったい奴は許せないのかもしれん。


「レイは素材悪くないんだから、明日はエリシアさんをビックリさせてあげればいいさ」

「そうと決まれば買い物ね。とりあえずコルトモールでいいわね」

「かなり混雑してるけど、まぁ妥当だね。あ、13時に美容院予約してるから、その後のほうがいいね。髪形が変わるとイメージも変わるし」

「OK、じゃあ16時にコルトモールで待ち合わせね。めぼしい店はチェックしとくわ。そっちはよろしくね、アーチャー」

「了解、それじゃ行くよレイ」

「ちょっ!? 全部勝手に決めるなよ!」


 アーチャーは俺をずるずると引きずっていくと、なんとギルドの前に黒の高級車が乗り付けてあった。


「おまたせ、とりあえずいつもの美容院へ」

「ハイ、かしこまりました若旦那様」


 アーチャーの家は貴族だ。見たところお抱えの運転手ということか。俺はアーチャーと後部座席に乗り、流れる景色を眺めていた。


「まさかあのレイが、本物の皇女様とデートとはねぇ。3年前知り合ったときは、こんな日が来るだなんて思いもしなかったよ」

「普通は想像するかそんなこと。ま、『元』ってついちゃうし、普段のアイツはあまりにも素朴で、皇女だなんてこと忘れちまうけどな」

「おっと、それは困るよレイ。今君とエリシアさんは本当に危うい立場にいることは理解して欲しいな。いいかい? エリシアさんは今現在、君の傍にいて、そして傍から見ても君に思いを寄せていることは明白だ。そして君も正直なところ、その気持ちに応えたいと思ってるね?」


 あまりにも直接過ぎるアーチャーの指摘に、俺は困惑した。


「え。いやそれは……」

「真面目な話だから、ごまかさない。

 君には、エリシアさんを命を賭けて守る覚悟は十分にある。だがそれ以前に自覚が足りてないんだ。

 今、君とエリシアさんの関係が外部に露見したらどうなると思う?

 祖国が滅びようとしている時に、王族の責務を投げ出し、隣国の一介の冒険者との恋に溺れる皇女として、世の中はエリシアさんを見るだろう。

 もちろん、エリシアさんはいつだって祖国を思い胸を痛め、僕らの見えない所でいつも頬を涙で濡らしてるのを、僕らは知っている。その彼女を、いつも君が支えてきた。

 君がそんなエリシアさんの愛に、本当に応えたいと思うのなら、自分が愛している女性、エリシア=バレンタインは、皇女であり、その皇女に君は選ばれたんだと自覚するべきだよ」


 アーチャーの説教を受け、俺は何も言い返せなかった。全てが図星だった。そして何よりも適格だった。俺はどこかで、エリシアが皇女だという事を忘れていたんだ。


「さ。ついたよ」


 アーチャーは車を降り、俺もアーチャーに続いて美容院のドアをくぐった。


『カランカラン♪』


 ドアのベルが鳴り、店の奥から、あまりにも個性的なファッションをした人物が姿を現し、俺は絶句する。どんなファッションかって? そりゃー……。


「あんらぁ♪ アーチャー君いらっしゃーい☆ 待ってたわよぉん♡ その子がレイ君ねぇ? やぁだぁ、野暮ったい髪してるけど、かわいいじゃないのぉん♡ たべちゃいたーい☆ ぐふぅ」


 所謂いわゆる、オカマなのだろう。男の娘とかそういうレベルじゃない。ガチでムチな感じのゴリゴリでゴスロリなファンシーかつファンキーなオカマ。紫色のアフロヘアーに、ゴスロリファッション。どぎついメイクのアオヒゲジョリジョリのケツ顎オカマが、俺達を出迎えてくれた。あまりにもショッキングでカオスな光景に、俺は確信した。食われる……と。


「……帰る」

「かなり個性的だけど腕は確かだよ、安心してくれ」

「何処をどう安心したらいいんだ!? いやだ帰る! 離してくれ! 情けがあるのなら離してくれアーチャー!」

「いやー、ゴメンねマダムッシュ。こいついつも自分で髪を切るくらい大雑把な奴で、美容院もなれていないんだ。一つよろしくたのむよ」

「大丈夫よぅ! アタシこういうお客さん初めてじゃないから♡ そ・れ・にぃ、これくらいの方がそそるのよねぇ♪ うふふふふふふふふふふ」

「ひっ!?」

「だそうだ。じっとしてた方が身のためだよ?」


 マダムッシュとか呼ばれたオカマは、俺を椅子にがっちりと座らせ、散髪エプロンを首に巻いたかと思うと、鋏と櫛を手に、エモノを前に舌なめずりする獣のような顔を、鏡に覗かせた。


「オーダーは?」

「えと、適当に短くお願いします」

「却下。王子様っぽく清楚でエレガントな感じに仕上げてあげて☆」


 ちょっとまて! なんでアーチャーがオーダーするんだ!?


「OK、いっくわよぉ? レッツ! めたもるふぉーぜっ☆」

「ちょ!? その鋏、裁ちバサミじゃねー!? まて、待てというのにィィィィ!!!」


 この日、俺はオカマにトラウマというものを植え付けられたのは、言うまでもないだろう。

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