―ラジール皇の葬儀にて―
今まさに軽食を提供しようとしている俺たちの前に、あろうことかカトレアは遺体を召還しやがった。それも仲間内の肉親とは、本当に性質が悪い。これはエリシアと俺に対しての完全なる当て付けだろう。そもそも暴君と謳われた人物だからといって、こんな扱いはしていいはずがない。毎度毎度思う。カトレアには間違いなく死者に敬意を払うという概念がこれっぽっちも存在しない。存在しないからこそ、ネクロマンサーなどやっていられるのだろう。だがいくらなんでも……。
「いや、カトレアさ。そりゃないだろうよ」
「知らない。私怒ってるの。今日はもうレイレイとお話したくないの。話しかけないでくれる?」
「む……」
普段は俺が嫌がってでも絡んでくるカトレアに真っ向から拒絶された。いや、自業自得だしよくよく考えれば俺にデメリットはないはずなんだが。なんだ、無性に傷つくのは何故だ。
「受け取りのサインとかいらないからさぁ、早く引き取ってくれる? あんたも自分の父親を壁用のゾンビに変えられたらたまんないでしょ? それとも、変えていいというのなら話は別だけど?」
カトレアの敵意を孕んだ言葉と視線に、エリシアは一瞬戸惑いはしたが、拒否することはなかった。
「いいえ、引き取らせていただきます。オーディア皇女、エリシア=ヴァレンタインとして、カトレア=ノワール様に心から感謝致します。父を連れ帰ってくださり、本当にありがとうございました。これで父も、母の隣で安らかに眠れると思います」
エリシアは、カトレアに深々と頭を下げ、感謝の言葉を口にした。それがカトレアにとっては、全く予想外の行動だったのだろう。カトレアはあからさまに困惑していた。
「よ、止してよ! 敵にそんなに畏まってお礼されたって、嬉しくないわ。ホントもうこれっきりにしてよね。レイレイに近づく女はみーんな敵。いいえ、害虫。あんたのことだって、本当は殺したくて殺したくてたまらないんだから! 生意気に魔法の知識までつけて来てるみたいだし? せいぜい腕を磨くことね。ま、私には到底及ばないだろうけど!」
カトレアは、俺がフリーズしたままトレイにのせて持っているカフェラテを奪い、『センスのかけらもないわよ、レイレイ』なんて、表面の顔文字を見てつぶやき、一気に飲み干した。そしてスコーンをくわえ、俺の足の甲を思いっきり、ハイヒールの尖った踵で踏みつけやがった。
「いっ!?」
「ごひほーはま(ごちそうさま)」
カトレアは俺と視線も合わせず去ろうとしたが、何かを思い出したのか俺に振り返った。
「もぐもぐ。……そうそう、近々アサシンメンバー再召集されるわよ。どうやらアルデバランが、近いうちにウチに宣戦布告かますみたい」
「「「えっ!?」」」
カトレアがつまらなそうに発した爆弾発言は、俺達三人を困惑させるだけの破壊力を秘めていた。
「詳細はそのうち発表されるんじゃない? アルデバランに潜入中の諜報部隊からの情報だから、確かだとは思うけど。うちとやりあって勝てる算段でもついたのかしらね。それとも自棄になってるのかしら。ま、うちとしては堂々とあの禿の首を取る理由が出来たんだし、大戦になる前に禿を殺っちゃおうかっていう話になるわよ、多分」
カトレアはスコーンをすべて口の中に放り込み、指に絡んだ蜂蜜をぺロリと舐め取る。涼しい顔してかなり重大な情報を漏らし、『じゃあそう言うことで』みたいなノリでそのまま帰ろうとする彼女を、マスターは引き止めた。
「まってカトレアちゃん。そんな話、私はロキウスから聞かされていないわよ?」
「そりゃー、ロキウス様は今国境付近の村にお見舞いしてるからね。そろそろロキウス様にも報告が届くんじゃない? 向こうが何を企んでるのかは知らないけど、この間の生物兵器から察すると、ろくな事じゃないわよ」
確かに、あの生物兵器が大量生産され、レオニードに放たれれば、甚大な被害を及ぼすであろう事は明白だ。その前に何か手を打つ必要があるだろう。……まぁ、俺の仕事ではないだろうが。
「わかった。また詳細がわかったら教えてくれ」
「……デート四日、ちゃんと約束守ってくれるよね?」
カトレアの鋭い視線が俺を貫く。これは間違いなくなんだっけ? だなんてごまかせる状況じゃない。
「お、おぅ」
今更ながらとんでもない約束をしてしまったと後悔してしまう。そして背中に感じるエリシアの視線が痛い。二人の視線が痛いほど突き刺さり、俺は前後で貫かれている気分だ。
「(エリシアちゃんの目の前で4日間のデートの約束だなんて。ああ、お姉ちゃんあなたをそんな優柔不断な男に育てた覚えはないわよレイちゃん! お姉ちゃん悲しい! うふふ、これは荒れるぞぉ? わくわく♪)」
あ、今絶対マスター面白がってる。この状況を見て面白がってる。そういう嫌ーな視線をビリビリ感じる。
「ま。この件落ち着いたらでいいわ。私しばらくアルデバランに潜入するし」
「なぁカトレア。まさか単独潜入じゃないだろうな」
カトレアがアルデバランに潜入すると聞いて、俺はカトレアの身を案じてしまった。実際、アルデバランへの潜入諜報活動は、非常に危険な案件だ。ベテランの上位アサシンですら潜入が発覚し、拿捕され、拷問の挙句殺害されてしまう。アルデバラン帝国は、警備が厳重と言うだけでなく、住民が互いを見張り、そしてスパイ行為などを行っている人物を見つけた場合、多大な報酬を支払うという制度を敷いている。そして最先端の機械技術を採用し、町中に防犯カメラが配備され、常に監視されているのだ。そんな場所に、流石に単独潜入など危険すぎる。
「まさか。ユキカゼ班のメンバーをそのまま引き継いで、欠員3名分の新人を入れた班を任されたわ。チーム・ノワールってところかな。どうも引っかかるのよね。普通相手を倒す算段がつかない限り勝負には出ないでしょ? アルデバランの禿ジジイは、確かに暴君だけど、戦においては先王ルキフィスと肩を並べた名将よ。勝つ算段がついたからこそ、うちに喧嘩吹っかけてきてるはず。それがなんなのか突き止めてくるわ」
確かに。冷静に考えてみると、ソドムのような生物兵器をこの短期間で大量生産するなど、不可能な話だ。せめて1年は猶予を必要とするはず。もっと他に何か勝算がなければ、奴が打って出るだなんてありえない。奴もまた、歴戦の英雄である事は間違いないのだから。
だがそれ以前に、俺には気になることがあった。カトレアだ。何時からコイツはそんな仕事熱心になったんだ?
「お前にそんな忠義心と正義感があったのか。なんか意外だわ」
「失礼ね。私だってこの国に税金も納めてるし、国に忠誠を誓ってるからこそアサシンしてるんじゃない! ゼクス隊長に『任務しっかりこなしたら、君の戸籍を、戸籍上はレイの奥さんってことにしてあげてもいいよ』だなんて言われてないんだからね!」
「……お前らほんと滅茶苦茶だよ」
あの糞師匠……。いつかマジでぶっ殺してやる。
「バイバイ、馬鹿レイレイ。……あ! もー! 口利かないって言ったのに! どーしてこんなろくでなし好きになったのかしら!」
「クスクス、まぁ、恋ってそう言うものよネ」
カトレアは、俺に背を向けて挨拶を口にしたと思ったら、思い出したように再び怒り出し、マスターはそれを見て呆れたように笑った。俺は、迷惑この上ないから嫌ってくれて良い。というセリフを口に出すまいと、俺は一生懸命口を閉じた。頼むから早く帰ってくれないかなぁ。
「あ。カトレア」
俺は肝心なことを言い忘れていた事を思い出し、去ろうとするカトレアを呼び止めた。
「色々サンキュ。おかげで助かった。……それと待ち合わせの約束、破って悪かった」
いくらカトレアのことが苦手だからと言って、いくらカトレアの約束が一方的なものだったとしても、カトレアは俺との約束をちゃんと果たしているのに、俺が約束を守らないんじゃ、そりゃカトレアだって怒る。今回は正直、全面的に俺が悪い。だからしっかりと謝らなくてはならないと思ったのだ。
「……もぅ! ばかばかばかばかばーか! レイレイなんて死んじゃえ! レイレイなんて頭だけ残してブタに食べられちゃえば良いのよ! 頭から下は別人にとりつけて永久保存してやる! 愛してるわレイレイ! あ、ちがう! 大っ嫌いよレイレイ! ベーーーーーーーーーだ!!!」
カトレアは頬を赤く染めながら、馬鹿と連呼し、聞くに堪えない罵詈雑言を投げかける。なんか嬉しそうだなぁアイツ……。俺余計なことした?
「フン!」
カトレアは鼻を鳴らし、門の外に出たと同時に跳躍し、一瞬にして姿を消してしまった。ギルドには、嵐のようなカトレアの来訪による爪あとがくっきりと残されている。
「あーあー。こりゃひっでーなぁ」
ギルドを見渡し、その凄惨さにため息が出た。これ一人で直すの? すげー無理臭い。エリシアはというと、棺桶のふたをあけ、数ヶ月ぶりに父親と再会していた。
「……随分、スマートになってしまったわね、お父様」
衣服はボロボロになり、髭は伸びきり、痩せこけ、まるで別人のように変わり果てたラジールの頬に、エリシアは触れていた。
エリシア救出の際に見かけたラジール皇は、小太りで立派な髭を生やし、煌びやかな王族の威厳ある礼装に身を包んだ、オーディアの文化を象徴するような立派な出で立ちをしていた。そんな姿からかけ離れた父親に、エリシアはショックを隠せないようだ。
「……お父様、あなたはやっぱり馬鹿よ。なんで? 何で自害だなんて馬鹿な事をしたの? レイなら、レイならあなたを助けだせたのよ? 私はあなたに、言ってやりたいこと、言わなくてはならないことが、沢山あったのに、そんな姿になってしまったら、文句の一つも言えないじゃない。ずるいわ、お父様。本当に酷い人ね……。もういいです。お父様なんて、天国でたっぷりとお母様にお説教されてしまえばいいのよ。あなたが、お母様に絶対頭が上がらないこと、私はちゃーんと知ってるんですから」
エリシアの表情は、涙に濡れながらも、母親に叱られる父親を茶化す子供のようで、どこか無邪気にも見えた。
「エリシアちゃん、お父様を最愛の人の隣で眠らせてあげましょう。きっとお母様もお父様をお待ちになっているはずよ」
「はい、マスター」
すぐに葬儀屋に連絡はしたものの、先日の吸血鬼事件のせいでどこの葬儀屋も神父も出払ってしまっていて、数日はかかってしまうという事態に見舞われてしまった。そこでマスターは仕方なく、ロキに連絡を取った。ロキは快諾し、王家お抱えの教会関係者や葬儀屋に連絡し、自分も式に参列するとの事で、すぐにエアリアルウィングメンバーにも情報共有され、次の日。聖テスタ・ロッサ大聖堂にて、ラジール皇の葬儀が執り行われることとなった。
―聖テスタ・ロッサ大聖堂―
結果的に、ラジール皇の葬儀に参列した人間は極少数となってしまった。当然だ。未だ行方不明という扱いをされている人物が、レオニード王国内で死亡確認されれば世界情勢に少なからず影響を与える。それを避けるために、またしても、アリシア様とディムルット爺さんの時のように、葬儀は極秘で行われる形となった。
「こんな小さな葬儀だなんて、彼は想像したかな」
墓地で埋葬式が執り行われる様子を、俺とロキは少し離れたところから見守る。
「さぁ? どうでしょうかね」
「レーイぃ?」
「あーわかったわかった。普通に話せばいいんだろ? ロキ」
ジークやグレン、アーチャーとおやっさんが、掘られた墓穴にラジールの棺を埋葬していく。
「お前の親父の時は、それなりにでかい葬儀だったからな」
ロキは、自ら自分の父親を殺めるように命令し、クーデターを起した。そして、自ら壮大な葬儀を執り行い、ルキフィス=レオニードをあの世へと送り出したのだ。ロキは、父親を恨んでいたが、それ以上に尊敬もしていた。なぜなら、ルキフィス帝王は暴君だの暗君だのと言われてはいたが、彼が居なければこの国はここまで繁栄することもなければ、他国に攻められ滅んでいたかもしれないのもまた事実。彼もまた、混沌とした時代を生き抜き、ラジール皇やアルデバラン帝王と肩を並べた英雄だったのだ。
「父上か。なぁレイ。俺が革命を起こし、政権を奪取した際に、俺は当時連合軍の司令官だったラジールに、和睦の申し入れをしに直接会談したんだ。その時、何て言われたと思う?」
「んー。わからん」
「自分の父親を殺した気分はどうだ? 私は貴様を殺してやりたいくらい憎い。よくもルキフィスを、暗殺などと下らない手段を使って討ち取ってくれたな。奴は、我が剣に討ち取られる事で天寿を全うできたのだ! 貴様などルキフィスの足元にも及ばぬ青二才と知れ! ……だとさ」
「なにそれ。よく無事に平和条約結べたな……。」
「国が滅ぶほど追い詰められていたというのに、ラジールはこの国に支援を求める事を一切しなかった。難民として逃れる民を、こちらで受け持つという提案にすら、了解したって返事だけだったよ。本当に恨んでいたんだろう、俺をな。俺達の間を取り持ってくれたのはアリシア様だ。アリシア様は言っていたよ。かつての大戦で、若かりし頃の父上とラジールは、ともに両軍の先頭に立ち、大将として剣を交えたそうだ。結局決着がつかず、1ヶ月間、絶え間なく両軍は衝突を繰り返し、やっと和睦が結ばれたらしい。互いに言ったそうだ、『いつか貴様の首を刎ねてやる』ってな。剣を交えた者同士の、奇妙な友情が芽生えていたんだろう。ラジールにとっては、自分の友が、自らの息子に寝首をかかれたようなもんだ。そりゃその失意は計り知れないだろう」
「和睦を結んでおいて殺害予告? それで友情だぁ? 頭おかしいだろ」
「はは、全くだよ」
ロキの表情は、どこか不安げで、あの革命が本当に正しかったのか、迷っているようにも感じた。つくずく無駄な心配をする奴だ。そんなもの、まだ誰にもわからなくて当然だというのに。
何故なら俺たちの戦いはまだ、何一つ終っちゃいないのだから。
「……仮にあいつらの間に友情があったとしても、戦争する気満々だったんだから仕方ない。あんな大陸全土を巻き込んだ大戦は阻止しなきゃならなかった。それくらい、両軍の戦力は巨大で、そして拮抗してた。ああでもしなきゃ止められなかった。俺らはこの大陸から戦争を無くす為に、今までやってきたんだろ?」
ロキは深いため息を吐き出し、レオニードを覆う曇天を仰いだ。
「ああ、そうだ。確かに、俺たちはこの大陸から戦争や差別を無くそうと全力を尽くしてきた。なのにこの現状はなんだ。俺は自分の国の民ですら、まともに守れてない。自分の無力さが何よりも許せない! 父上ならば、こんな失態を招くことなんてしなかったのかもしれないと思うと、悔しくてたまらない」
ロキのこぶしが強く握られ、ぶるぶると震えていた。
「んじゃー、白旗でも振るか? もう止めてくださいってアルデバランの禿に頼むのか? まさか、そんなはずないよな? 『魔王』と謳われたルキフィス=レオニードを討ち取った『魔王の息子』、俺の親友ロキウス=レオニードが、まさかあんな禿にあそこまでされて、ただ指をくわえて見てるだけか? 俺の親友はそんなヘタレじゃないはずだが? 何、王様になってふんぞり返ってるうちに、眠れる獅子は仔猫に成り下がったか?」
俺の言葉に、ロキの表情はすぐに悪顔へと変貌した。
「ったりめーだ相棒。あの色ボケ禿ジジイに目に物見せてやる。俺の庭(国)荒らした事を、死ぬほど後悔させてやる」
「へっ。やっぱお前は悪人面のほうが似合うぜ。流石、魔王の息子だよ、相棒」
俺とロキはグータッチを交す。
「あー、なんかすっきりした。わるいな、なんか愚痴って」
「いーよ。こういうのは惚れた女には見せられないんだろ?」
弱気になったロキを見れば、セイラさんはもちろんロキを支えようと必死になるだろう。優しく声をかけ、その体に触れ、その傷を癒そうとするだろう。でも、ロキに必要なのはそんなものじゃない。必要なのは、炎。迫り来る敵に対峙する闘志そのもの。ソレを炊きつけられるのは、炎たる俺こそ相応しい。
「でもレイ、心から愛してるからこそ、自分の一番弱い部分を見せられて、甘えられるんだぜ? お前もたまにはエリシアさんに甘えてみたらどうだ?」
「はぁ? ……いや、いい。事後処理がこの上なく面倒になりそうだ」
そう、一昨日の夜の件で、俺とエリシアの仲には微妙な空気が漂ったままなのだ。結局あれから、俺は殆どエリシアと口が利けていないのだ。っていうか、お互いどんな会話をしたらいいのか困惑してしまっているのだろう。
「ハハハ、とか何とか言って、お前みたいなやつが一番ベッドの中で女に甘えるタイプなんだぞ?」
「無い! 絶対無い!」
「ほう、その根拠となる材料が半紙みたいに薄っぺらい割に言い切るねぇ?」
「ぐっ……」
いや、まぁ俺には恋人なんていう特別な存在は今まで一度も居なかったさ。半分は仕事や任務に没頭していたこともあるし、もう半分は確実にカトレアのせいだ。カトレアは俺に親切にしてくれた城のメイドにすら、一般市民では耐え切れないであろう殺気をぶつけるほどだった。そのせいで、俺は城勤めの女性などから避けられる存在となってしまった。
フフンと勝ち誇ったドヤ顔をしているロキが非常に腹立たしい。
俺がロキと馬鹿なやり取りをしている間に、ラジールの埋葬は終ったようだ。墓石が乗せられ、神父が最後の祈りを捧げた。そして最後にエリシアがゆっくりと墓に歩み寄った。
「安らかにお眠りください、お父様。お母様、じいや、お父様をよろしくお願いします」
エリシアは手向けの花束を墓に添え、マスターや神父に感謝を述べているようだ。そしてエリシアはギルドのメンバーにも一人ひとり挨拶をして、最後にオリビアに優しく抱擁されていた。なんつーか、オリビアのあからさまに男女の扱いの差がありすぎるのが気になる。
しばらくのオリビアやメンバーとの会話の後、エリシアはこちらへとゆっくりと歩いてきた。
「ロキウス様、本日は父のためにこのような場を設けていただき、誠にありがとうございました。亡き母やディムルットだけでなく、父にしてくださった御恩、そして私をこの国に住まわせてくださる御恩、感謝しても感謝しても、感謝しきれません。私、エリシア=バレンタインは、この国の市民として、エアリアルウィングのメンバーとして、貴方様に忠誠を誓い、この国の為に、微力ながら全力を尽くして行きたいと存じます。どうか、私にできる事があるのであれば、どんな事でもお申し付けください。本日は、本当にありがとうございました」
エリシアが深くロキに頭を下げる。あまりにも畏まった感謝に、ロキは困惑し、俺の顔をチラリと覗き、慌てたまま、エリシアに頭を上げるよう促した。
「いやいや、そんな大袈裟な! 頭をお上げくださいエリシアさん。以前にも言ったではありませんか、親友の前では俺はただのロキウス。そしてレイの親しい友人である貴方は、私にとっても友人だ。こちらこそ申し訳ない。ご両親の葬儀は、もっとしっかりとした形で開くべきだとは思うのですが……」
「いいえ、十分です。母はもともと素朴な人ですし、父は決して人から好かれるような人間ではありませんでした。心から父の死を悼む者などいるかどうかさえ」
一人居るじゃないか、エリシア。おまえ自身がそうだろ?
俺達3人の間に、微妙な空気が広がっていき、俺は肘でロキを小突き、話題を変えるよう促した。ロキは『俺かよ!? そこはお前がやれよ!』などと不満を顔に出したが、俺はそ知らぬ顔をした。仕方なく、ロキは思いついたように話題を変える。
「そうだ、セイラがあなたの事を絶賛していました。ニコス村での一件、レイをサポートしつつ、他の部隊の窮地も、貴方の的確な指示で被害を最小限に抑えられたとか。それにレイも、貴方のサポート無しで無事で居られたかどうか。そしてどうかお許しください。確かにレイは万全のコンディションとは言えないのに、あのような危険な任務を与えてしまった私を」
うわ、しまったやられた。ロキが俺の顔をちらっと悪人面でニヤけながら見てる! これはからかってくるパターンだ!
「えっと、あの、マスターはなんと?」
「ハイ! 涙目になってレイに『行かないで!』とせがみ、こちらも胸が締め付けられる思いだったと聞き及んでいます☆」
「ひぅ!」
嘘付けテメー。絶対二人して、笑顔で話のネタにしただろ。ふざけんな。めっちゃ笑顔じゃねーか。
「おいロキ……」
「はっはっは、そんな『てめぇ今すぐ3枚に卸すぞ』みたいな目をして睨むなよぅ! とにかく、二人にはあとで私から特別報酬として、ほんの気持ち程度の贈り物をさせていただきますので、どうかお許しください」
「いえそんな! 私もこの国にお世話になっている人間として、するべき事をしたまでですので、どうかお気遣いなく! これからも少しでもご恩を返させて頂ければと思いますので、本当にどうかお気遣い無く!」
エリシアは顔を真っ赤にしながら、両手を突き出し、ブンブンと手の平を左右に振り、贈り物を辞退しようとする。
「あーはいはい。無駄だからさくっと貰っとくの、そーゆーのは。どうせマスター経由で否応無しに返品不可の半分嫌がらせみたいな贈り物が届くんだろ? 覚悟しとくよ」
「え? そ、そんなことないぞ? あははははは」
顔見りゃわかるよロキ。メチャメチャうれしそうに何か企んでますって顔してるじゃねーか。
「さ、さてそろそろ城に戻らないと。もうすぐ聖夜祭だというのに、アルデバランのおかげで今年は色々自粛せざるを得ないよ。年に一度の聖なる祭りを、毎年楽しみにしている国民も居るというのに。残念だとは思わないか?」
「知るか。アギトル教の神が女神にプロポーズした日とされる、恋人だらけの下らない祭りだろ? 信心のない俺には関係ないね」
俺には全く無関係のお祭り騒ぎどころか、宗教嫌いの俺には絶対に相容れないイベントだ。そんな事に興味はない。だが、天然元プリンセスエリシアは違った。
「なにそれ。レイってばロマンの欠片もないのね。私は素敵だなーって思うけど? 信仰の有無は置いておいて、毎年この国では『愛の祭り』として大賑わいじゃない。オーディアでもマネをするカップルが多いのよ? そもそも、アギトル教はレオニードの国教よね? レイも『君の眠りが安らかであらんことを』って口にしてる気がしたけれど……」
「あ、やば! あ、あのエリシアさん。もしかしてレイから聞いてないんですか? お、おいレイ! エリシアさんを怒ったりするなよ? 怒るなら俺に怒れ?」
神、信仰、崇拝、宗教。俺の嫌悪する単語が、頭に浮かび、心に汚泥のようなものが流れ込むのを感じた。
「別に怒ったりしない。俺だって死者に敬意くらいは払うさ。だが、神がどんな崇高な存在だかは知らないが、俺は、神だけは信じない。もしも居るなら、俺は神を許さない」
「レイ?」
何が神だ。何が宗教だ。何が制裁だ。何が導きだ。ふざけるな。全部消えてなくなればいい。虫唾が走る!
「こーら、ロキウス。あれだけレイちゃんの前で宗教の話はタブーよって言ったじゃない。レイちゃん、エリシアちゃん怖がってるわよ。怖い顔しないの」
慌てたようにやってきたマスターにポコンっと杖で頭を小突かれ、俺は正気に戻る。
「……イエス、マイ・ロード。エリシア、ごめん。ちょっと冷静じゃなかった」
「あ、ううん。ちょっとビックリしたけど、大丈夫だよレイ。こちらこそ、何か気に障っちゃったみたいで、ごめんね? 気をつけるね」
エリシアは申し訳なさそうな、悲しい顔をした。ごめん、エリシア。お前は何も悪くないんだ。そうだ、俺はエリシアに対して、俺の過去を話していない。……やっぱり、エリシアには話しておくべきなのだろうか……。しかし、俺の過去を知ってしまった時。エリシア、お前に俺はどう映るのだろう。……それが、少し怖い。
「すまんレイ。今のは俺が全面的に悪かった。んー、どうするか。レイ、とりあえず特別報酬は送るから、必要ないようだったら適当に売りさばいてくれ。では、またそのうち皆で食事でも。もちろん、親父殿の食事をな!」
「あらあら、ロキウスってばもうパパさんの料理の虜なんだから。ほら、そろそろ私達も帰るわよみんな。レイちゃんも、ぼーっとしてないで。床の修理、まだ全部終ってないわよ?」
「あ、そうでしたすみません」
俺達は、エアリアルウィングへと戻る事にした。だが結局、俺とエリシアの間に微妙な空気は漂ったまま、その日を過ごしてしまった。
そして次の日。ロキは案の定、俺の地雷を踏み抜いて行った。やっぱりとんでもないものを送りつけてきたのだ。俺の家のポストのなかに投函されていソレは、王宮が使用する便箋の中に、小さな『感謝しろよ相棒♡』だなんてふざけたメモ紙と一緒に同封されていた。
『 ~宝石世界~ ―大切な人と最高の思い出を!聖夜祭スペシャルディナー招待券―』
「……ロキの野郎。本当に碌な事をしねぇ」




