―死神嬢再臨Ⅱ―
まるで眠りから覚めた猛獣のような気迫、そして魔力。まるで生前の力をそのまま維持しているようなゾンビに、俺は驚きを隠せなかった。
「こいつはね、アルタ樹海で私を追ってきたクルセイダーズの一人。
酷いのよ? 10人がかりで私を取り囲んじゃってさぁ。なんて言ったと思う?
『アヴェンジャー全員の慰み物にしたあと、四肢を切り落として生きたままコンクリート漬けにしてやる』だなんて怖いこというからさぁ?
『やめてぇ! ひどいことしないでぇ! なんでもします! なんでもしますから命だけは助けてぇ!』って嘘泣きしてやったの! きゃはは!」
「で、油断したところを全員バッサリってか。お前にしては面倒なことを……」
「バッサリはしてないかなぁ。黄泉の泉ってあったでしょ?
あの泉をこいつらの足元に召還したの。あの泉すごいよ? 生者を亡者に一瞬にして変えてしまうの。それも肉体を何も傷つけずにね。
つまり、強いて言うなら、私の魔力が注がれてる状態なら、こいつらは肉体的には生きてるの。そこに私の魔術命令式を血を媒介にして組み込めば、見ての通りよ」
騎士はバスターソードを引き抜き、発狂しながらもしっかりとした構えをとった。
「ふふふ、馬鹿な連中だったけど、意識を失ってなお、その武術を失わない程度には鍛錬してたみたいね。さぁ、いきなさい。えーっと、……クリストファー!」
クリストファーと名づけられたゾンビがバスターソードを振りかざし、俺へと突進してくる。俺がその大振りな袈裟斬りを躱すと、今度は怒涛の突きの嵐を繰り出してきた。
「ちっ! この程度のスピードで!」
俺は襲い来る刃の嵐をすり抜け、懐に飛び込み、ゾンビのアゴを下から垂直に鋭く蹴り上げた。
「俺が倒せると思うのか!」
それが甘かった。ゾンビの影に隠れて見えなくなっていたカトレアはすでに俺の懐まで飛び込んできていた。
「な!?」
「殺った!」
首へと鎌の刃が迫る。0.5秒後の死が目前に迫り、俺の魔力が反射的に爆ぜた。
「!?」
カトレアの驚愕した表情が写真のように固まり、俺は思わず後方へと大きく飛びのいた。そして床に着地して気がつく。
超神速が発動していた。俺の居た所は床板が爆ぜ、着地点には摩擦で床板が焼け焦げている。
「──チッ、超神速ね……。厄介な技を覚えてくれちゃって!」
大きく魔力を消費したと思ったが、そこまでではない。反動のような肉体のダメージも皆無だ。何だ、今のは。
「驚いた。付け焼刃だと思ってたその技、どうやらあの鬼と殺り合って本当の刃に化けたみたいね」
「どういうことだ? 俺は別段あれから特別な修行をしたわけでもないぞ。昨日はちょっとハードだったけど」
「あなたの精霊剣の仕業よ。
レイレイが昏睡してたとき、イフリートだっけ? あの剣がレイレイの魔力とリンクしっぱなしで、どうしても離れなかった。
あの時、レイレイの体の中で破壊と再生が繰り返し行われていたんでしょうね。
魔力開放時の絶対値が、大きく跳ね上がってる。
つまり、イフリートの力によって、超神速に耐えうる体が再構築されたことになるわ。ただし、寿命は最低でも5年は縮まったわよ。ほんと、随分あの剣に好かれてるのね。中身の精霊が女だったら嫉妬してるところだわ。
まぁ、今日終っちゃうんだからどうでもいいよね?」
……イフリートの奴。今度、ピッカピカに磨いてやらないといけないな。
「なるほど、好都合だ。お前との腐れ縁も、今日で終わりにしようか。カトレア」
俺は近くの壁を強く叩き、壁の仕掛けを発動する。壁の一部がくるりと回転し、そこには俺の緊急用のシャムシールが2本収納してある。俺はそのシャムシールを鞘から引き抜き、カトレアに向かって構えをとる。
「シャムシール……ねぇ。それもかなりの名刀。ふふふ、レイレイってけっこう目利きよね。いい剣ね。光沢、波紋、曲線美、全てが芸術品。当然切れ味も抜群なんでしょうね。私も遠慮なく本気を出せるわ」
カトレアがこれ見よがしに同じようなゾンビを3体まで増やし、自分は魔力を全解放し、触手のような魔力を具現化して、自分の周囲にとどめた。あいつの命令一つで、あれの一本一本が俺を串刺しにしようと伸びてくるだろう。俺は魔力を開放し、カトレアの動き全てに全神経を集中させた。
「神速奥義、『超神速』!」
「『屍舞演舞・ブラッディロンド!』」
ゾンビが壁のように迫り、俺の視界を遮る。すり抜けようとする敵と敵の隙間には、すかさずカトレアの刃が迫る。そしてゾンビの体を貫いて、カトレアの魔力の刃が俺を串刺しにせんと迫る。だが、全てが遅い。右サイドから回り込み、ゾンビの影に隠れたカトレアの姿を捉える。
「っ!」
流石はカトレアだ。こっちの動きなんて百も承知だったのだろう。回りこんだ先には、ゾンビたちに背を向け、背後に俺が迫ることを予測し、強力な魔術を練り続けていたカトレアがにっこりと笑っていやがった。アレを直撃すれば確実に死ぬ。だが回避できるだろうか。確実に生き残るには、カトレアの首を今すぐに刎ねるしかない。俺にカトレアを……殺せない。
「くっ!」
俺は床へとダイブし、超神速が解けた。魔法は、間一髪避けることが出来た。カトレアの術は呪いの一種だったため、壁に激突したところで霧散してしまった。
「ふふふ、レイレイってば、今殺ろうと思えば殺れたよね? それでもしなかったって事は、やっぱり私のこと愛してくれてたのね。でもぉ、許してあげない♡ レイレイは、私だけのものなんだから!」
魔力の尽きた俺にカトレアは大きく鎌を振り下ろす。俺は剣を辛うじて構え、防御を試みる。が、おそらく防げないだろう。俺は死を覚悟した。
が、何の衝撃も斬撃も襲ってこない。即死したのか? いや、生きている。
「はーい、ストップ。誰かの恋愛模様は見ててすっごく面白いんだけどね、切った張ったの修羅場は私見るに耐えないの。それが自分の大切な家族同然の仲間なら、余計に許せないわ。それも、私のこの目の前で。これ以上の狼藉は、エアリアルウィングマスターである、私が許さないわよ、カトレアちゃん」
「……出たわね、天空の魔女。セイラ!」
カトレアの体には身体拘束魔法がいくつも絡み付いていた。あれではカトレアもひとたまりもないだろう。そしてカトレアがキッと睨みつける先には、2階から俺たちを見下ろすマスターがいた。
「魔女だなんてひどい言い草ね。まぁなんて呼んでも構わないけど、暴れるのはもう止めて欲しいなぁ?私は平和的にお話したいんだけどな。私カトレアちゃん嫌いじゃないもの」
マスターの言葉に、カトレアは余計に苛立ち、キッと睨みつけたまま悪態をつく。
「はぁ? お・こ・と・わ・り! こんな拘束魔法で私をどうにかできると思ったら、大間違いよ!」
カトレアは魔力を最大限に開放すると、あれだけの拘束魔法を無理やりひっぺはがした。
やっぱりこいつ天才なんだとは思う。…………思考は腐りまくってるけどな。
「ふふ、やっぱり『常闇の賢者様』の愛娘ね。もちろん、それくらいやってくれるとは思ってたわ。だけど、それ以上の手を打たせないで欲しいの。私はあなたと平和的にお話したいのだから」
マスターが不適に微笑み、魔力を開放した。そして俺、エリシア、カトレアは驚愕する。マスターの魔力に呼応し、ギルドの壁、床、天井、ありとあらゆる家具に魔法陣が浮かび上がる。それぞれが強力な攻撃型の魔力を孕み、今か今かと、発動の瞬間を待ち構えていた。
「……く。そうね、ここはあんたの城。こんな所で、あんたとやり合うのは愚の骨頂って奴よね」
カトレアはデスサイズを闇の空間へ仕舞い込んだ。
「ご理解いただけて何よりよ、カトレアちゃん」
「命拾いしたわね、レイレイ。平和的とはよく言ったものね。皮肉にしか聞こえないわよ? セイラ」
マスターは優しく微笑んだまま、ゆっくりと階段を下ってくる。
「しょうがないじゃない? デスサイズなんて危ないものブンブン振り回すんだもの。レイちゃん、壊れたギルドの修理を命じます。明日までに元通りに直すこと」
「イエス、マイ・ロード」
前もそうだったが、コイツが壊した場所を何故俺が直さなきゃならんのだ。こいつが直すのがスジじゃないのか? そうじゃなかったらこいつに修理代請求して業者に頼めよ……。
「エリシアちゃん大丈夫? あとで魔法をもう一度かけなおすから、私の部屋に来てね」
「あ、はい。すみません」
マスターは杖を一振りすると、椅子とティーセットをテーブルの前に並べた。
「レイちゃん、アールグレイティーを。スコーンも忘れずにね。カトレアちゃんは何がいいかしら」
「……カフェラテ。相々傘にレイレイと私の名前入れて」
「無理」
シレっと無理難題を吹っかけてくるカトレアに、俺は即答した。
「クスクス、相変わらずね。ところで、今日はレイちゃんをいぢめに来たの?」
「ま。8割方はそんなところかしら? だって酷い話でしょう? 私これでも慣れない回復魔法でレイレイを何日も治療したのよ?
鬼夜叉丸の安い挑発なんかに乗って、止めときなさいって言ったのに、へんな正義感燃やしちゃってさ! ……ああでもそんなレイレイが好き♡
でもよ!? そんな私との約束すっぽかして、さっさとコルトタウンに帰っちゃってさぁ!
あーもう腹立たしい。あのままゾンビにしちゃうんだった! だって効率的に違うのよ!? ゾンビなら半日、回復なら1週間ってどんだけよ!
全く、私の苦労を理解して欲しいもんだわ! それなのに何!? 私の愛は重い!? 何様よレイレイ!!! ああやっぱり殺したい!!!」
おいおい、確かに俺が全面的に悪いよ? 悪いけどさぁ。嫌い嫌い言ってたセイラさんと思いっきりガールズトークしてるじゃんかお前。本当は仲いいんじゃないのか?
「あー、それは確かに、レイちゃんが悪いかなぁ」
マスターもジト目で俺を責めてくる。
「だからスマンって。悪かったよ」
「スマンで済んだらアサシン存在しないわよ!」
「警備隊な」
「まぁまぁ、で? カトレアちゃん。後二割は?」
「あと2割は、……届け物よ」
闇の空間からずぶずぶと大きな物体が吐き出される。それは真っ黒な棺だった。
「貴女のパパよ。遺体は収容した時のままだから、精々懇ろに弔ってやるのね」
これには全員が絶句するしかなかった。
俺は紅茶とスコーン、そしてカフェラテに『(´・ω・`)』と書いて提供する直前だった。きっと今、俺とマスターの顔は『Σ( ̄Д ̄;)』な感じになってるのだろう。
やっぱコイツ無理。




