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―死神嬢再臨Ⅰ―

 夜が明け、レオニードに存在する全てのメディアは、昨日の地獄のような出来事の凄惨さを伝えていた。国境沿いの4つの村や町が一夜にして炎に包まれ、行方不明者の数が死者の数を上回り、生存は絶望的とみなされた。当然だ、遺体の回収など不可能で、遺された物は、着ていたであろう衣服や、所持品だけなのだ。


 何も残らない。あの地獄のような光景はまるで一夜の悪夢だったかのように、広がるのは焦土のみだった。


 俺たちエアリアルウィングのメンバーも、そのニュースの凄惨(せいさん)さには、ただただ沈黙するしかなかった。そんなギルドの空気のせいで、エリシアとのあの出来事すら、霧散してしまいそうだった。


「…………」


 エリシアが、オリビアの部屋に持って行ったであろう朝食を、手付かずのまま下げてきた。


「アイツは?」

「食べたくないって。疲れちゃってるみたい……」

「……そっか」


 ちなみにその朝食は俺が作ったものだ。おやっさんが夜が明けるなり、大量の食料をトラックに積み込み、この国の英雄たちを労って来ると、炊き出しのボランティアへと出かけてしまったからだ。


「エリシア、それお前が食っちまっていいぞ。捨てるのもったいないからな」

「え。でもオリビアの分は?」

「腹減ったって言い出したら作ってやればいいよ。食材も、少しならまだあるからな」

「えっと、うん、じゃあ私ちょっと奥で食べてくるね」

「おう、ごゆっくり」


 フロアに居るメンバー(主に男性陣)のその重苦しい雰囲気の中で食事も取れないだろう。エリシアは厨房の奥へと食事を運んでいった。


「チッ! アルデバランの禿野郎! どうしてあんなむごったらしい真似ができるんだ!」


 あからさまに、苛立ちを隠せないジークが、ドンと壁を叩きながら、奴への憎悪を口にした。


「ああ! 今すぐあの禿ぶちのめしてやりてぇ! おいレイ、俺らであの禿ぶちのめしに行くぞ!」

「笑えない冗談だな、馬鹿グレン。それが出来りゃ今頃、あいつの死亡記事が朝刊の一面を飾ってるよ」


 そう、できることなら真っ先に殺しておくべき相手なんだ。あんな奴はこの大陸の、いや、この世界の癌なのだから。簡単にしとめられる相手ならば、俺が殺してる。


「……おはようございます。寝坊してしまいました」


 少し遅れていっちゃんが部屋から出てきた。着替えてはいるが、フラフラと顔色の優れない様子で、階段を下りてくる。誰の目から見ても、明らかに疲労をその小さな体に残し、魔力も回復しきっていなかった。


「いっちゃん、もう少し寝てたほうがいい。マスターも今日は全員休息を取るよう指示を出した。まぁ朝食くらい用意してやるよ。それ食ったら部屋に戻って休むんだ。明日からの仕事に差し支える」


 俺はいっちゃんに休むように指示を出すが、彼女はその指示を聞こうとはせず、治療薬などの調合をはじめてしまう。確かに治療薬の調合をマスターから教わっていても、たまに失敗するいっちゃんだ。疲れきった状態で調合するだなんて、失敗する確立が格段に上がるだけだろう。それも彼女ならわかっているはずだ。だが、彼女が手を止めることはなかった。


「そうはいかないんです。まだ現場にはたくさんの傷ついた人や、導きを必要とする魂がたくさん居るはずなんです。私はこれでもプリーストの端くれ、ここでがんばらないでいつがんばるって言うんですか!」


 やれやれ、根性と正義感はグレンとジーク譲りってか。仕方ない。


「そうか、そうまで言うなら仕方ない。待ってな、今、精のつく朝飯作ってやるから。作業はそれからだ。飯食ってからじゃなきゃ作業することは許さん。そのかわり、ちゃんと飯食って元気が出たら、俺も手伝ってやる」

「はい! ありがとうございます!」




 俺はエプロンとバンダナを再び装備し、厨房へと入る。そして冷蔵庫に保管してあるブイヨンを取り出し鍋に移し、ベーコンやトマト、生姜のみじん切りなどを加えスープを作る。それに炊いたライスを加え、一緒に煮込む。一煮立ちしたところで卵を加え、しっかりと味をつけ、ライスが柔らかくなるまで煮詰めれば、俺特製、スープリゾットの完成だ。そしてそこに俺は、いくつかのハーブを加えた。


「おまちど。温まるぞ」

「わぁ! おいしそう……! いただきます!」


 いっちゃんは、ふーふーと熱々のリゾットを冷ましながら口に運び、おいしい、おいしい、といいながら、あっという間に食事を平らげていった。


「おいしかったぁ。ありがとうございますレイさん。なんだか体がぽかぽかします」

「生姜に卵、それに疲労回復によく効く薬草も何種類か入ってるんだ。うまかったろ」


 俺はエプロンとバンダナをはずし、いっちゃんの隣の席について、グラスに牛乳を注いだ。


「ご馳走様でした。……あれ、なんか体が温かくなったら、急に眠気が。あれ……?」


 こっくり、こっくり、といっちゃんの体が傾き始め、ついにいっちゃんは椅子から転げ落ちそうになる。そしてついに椅子からバランスを崩し……。


「おっと……」


 落る前に、俺は片手でいっちゃんを抱き止める。


「休める時には休め。プロなら鉄則だぜ、いっちゃん」


 って、聞こえてないかな。


「部屋に運べばいいんだな」

「ああ、頼むよジーク」


 いっちゃんはジークに抱きかかえられ、部屋へと運ばれていく。


「眠り薬でも盛ったのかい?」


 あまりにもいっちゃんの見事な寝落ちに、アーチャーが呆れながら尋ねてくる。


「いや。リラクゼーション効果と滋養強壮に効くハーブを何種類かを、ちょっと多めに混ぜた。特に人体に悪影響を与えるものでもないし、近所の市場で手に入る市販のものだよ。裏庭のマスターのハーブ畑からちょっと拝借してきた奴だ。……よっぽど疲れてたんだろ。体がちょっと温まって、神経がリラックスしただけで眠っちまった」

「ん、ほんとだ。別になんともねーや。レイおかわり」

「ねーよ、馬鹿グレン」


 いつの間にか、鍋に残っていた予備の分を、グレンが勝手に平らげていた。まぁ、いっちゃんがおかわりしたいと言ったときに出そうと思っていたものなので問題はない。


「えー? なんでもいいから作ってくれよぉ」

「オリビアが欲しいって言った時の分の材料しか残ってないって言ってるんだよ」

「わ! まじだ! 冷蔵庫殆ど何も入ってねぇ! うひひひひ、ならば仕方あるまい。ロキウス王が食し、感嘆したというあの幻の肉を!」

「それに手を出したらおやっさんにひき肉に変えられちまうぞ」

「冗談だよ冗談。お前のそのセリフが冗談にきこえねーよ」


 やれやれ五月蝿い奴だ。グレンは適当に果物をかじると、復興の手伝いをしてくるといって出て行ってしまった。


 ジークもアーチャーも、昨日の疲れを強く残しているようで、早々に帰宅してしまう。


 そしてマスターは、今も自分の部屋から出てこない。俺とエリシアだけが、エアリアルウィングのリビングに取り残されてしまった。


「…………」

「…………」


 なんか、気まずい沈黙が流れる。そりゃそーだ、昨日あんな事をしてしまったのに、今のギルドの空気が重過ぎる。この状況は何だ。何か話すべきか? でも一体、何を話す? 視線がチラッチラッと重なってしまい、気まずさゆえにすぐに逸らしてしまう。 その度に、エリシアは適当に纏まった書類を、また纏め直してしまったり、意味も無くテーブルを拭いたりしてしまう。


 ……こういう時はアレだ。俺も次の任務に備えて武器の点検をしに……。


「た~の~も~」


 唐突に聞き覚えがある声と同時に、ギルドの扉が粉々にされる。その声を聞いた途端、俺は凍りつく。


「げ……」


 思い出す、この声の主の顔を。そして、俺のしてしまったとんでもないミスを!


「うふふふふ、レイレイってばぁ、恋人に向ける第一声が『げ』?……そういうセリフ吐く男には大概、やましいことがあるのよ? ねぇ? レイレイ」


 か……カトレアぁぁぁぁ!!!


「や、やましいことなんて一つもないぞ? お前も無事だったみたいだな、カトレア。あはははは」


 や、やばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばい!!! 心当たりがありすぎる! きっとアノ件だ! 


「あ、そっかぁ、アベルで逢いましょうって言ったのに、待ってる私をすっぽかして帰ってきた上に、私に押し付けた『荷物』をそのまま放置し、さらに今の今まで詫びの一つも入れずにのうのうとしてた事は、やましいことじゃないんだぁ? へぇぇぇ? 大きく出たねぇレイレイ!!! 私との約束まで踏み倒そうとしてたのかしら? ……それに何かしら。あなたから無性に、違う女の匂いがするんだけど? クンクン、しかも複数。おそらく3人ね。一人は乳牛オリビア、もう一人はブス皇女。……もう一人の匂いは、二階からするわね」


 お……お前は犬かぁぁぁぁぁぁぁぁ!!! オリビアに関しては、俺その後シャワー浴びたはずなんだけど!? どういう嗅覚してるのこいつ!? いや、そんなことはどうでもいい、今問題なのは、本気のカトレアの怒りは鬼夜叉丸以上にやべぇってことだ!!!


「な、何言ってるんだよ、誤解だってカトレア。気のせいだって。そんなはずないだろ?」

「まだ嘘つくの? この私に?……ふ、ふふふふふ。あーあ、あーあ、残念だなぁレイレイ。本当に残念、一言『ごめんよ、カトレア。俺はお前だけを愛してるんだ。信じてくれ』って言ってくれれば、半殺しで許してあげようと思ったのになー。あーあー、ほんとーに残ねーん♡」


 それ許してない! 全然許してない!


「キャハハハハハハハハ! 殺してあげる、レイレイ。ぐっちゃぐちゃのぬっちょぬちょにして、貴方の血を私の全身に塗りたくってあげる! ふふふ。体の隅々まで、貴方の血で真っ赤に染まるの。あは、やだ、どうしよう……。想像しただけで濡れちゃった。……ねぇ、覚悟は良い? レイレイ」


 もうヤダこの女。絶対おかしいって。


「ちょ、落ち着けってカトレア! しまえ! 鎌しまえ! しまってくださいカトレア様!!!」

「レイ! 今支援魔法を……!」

「馬鹿止せ! カトレアの神経をこれ以上逆撫でするな!」


 魔力を開放しようとするエリシアに対し、カトレアの鋭すぎる眼光が、その禍々しい魔力を孕み、エリシアの体を貫くように向けられた。


「引っ込んでなさいブス!!!!」


 罵声と共に、その強烈な魔力の波動が、エリシアにかけられていた変装魔法を強制解除させた。そしてエリシアは、その迫力に負けて、へなへなと、その場にへたり込んでしまう。


「おいおい、まじかよ」


 それがどれだけ恐ろしいことか理解できるだろうか。マスターが施した変装魔法には、簡単には解けないであろうプロテクトが何重にも重なっていたはずだ。それをこの女は、気合と怒号と魔力で、無理やりこじ開けたのだ。


「ふぅん? 噂に違わぬ綺麗な顔してるのね。ブスは取り消してあげるわ、エリシア皇女。でも心配しないで? そのきれいな顔、すぐにぐちゃぐちゃにしてあげるから。先ずは、この乙女の心を弄んだ最愛のろくでなしに反省してもらわなきゃ♡」


 やばい、目から光が消えてる! 瞳孔開ききっちゃってるよ!


「死んで償って! 馬鹿レイレイ!」

「うわっ!」


 そのデスサイズが振るわれただけで、禍々しい魔力がギルドの床を裂き、20メートル先の壁に大きな亀裂を刻んだ。俺はその自分が居たであろう位置が無残な姿に変わり、確実にあの一撃は、俺を両断する為に振るわれた一閃だったことを理解し、固唾を飲み込んだ。


「キィィィィィィィィ! 避けないでよ! 私の愛を受け止めてよ!!! このろくでなし!!! あんたなんて好きにならなきゃよかった!!! あーもう! 今すぐ殺したい殺したい殺したい!!! 貴方のハラワタを引きずり出して、ミンチにしたあなたの肉をそのハラワタに詰めてソーセージにしてやりたい! 憎い! 憎い憎い憎い憎い!!! 私を裏切る貴方が憎い!!! なのにどうしようもなく愛してるのよ!!! 1時間に1回は、貴方を想ってる。その度に、私の心と体はどうしょうもなく焦がされる! 何故わからないの!? こんなにも私は貴方を愛しているというのに! レイレイの馬鹿ぁ!!!」


 ……なんだろう? 罵詈雑言に混じって俺、愛の告白されてるんだよね? こんなに嬉しくないモンだったっけ? 愛の告白をされる男子の心境って……。


「……すまんカトレア。お前の愛は重すぎて俺には受け止めきれない。キャパオーバーだ。死んじゃう」


 その言葉を聞いたカトレアは、ショック? のあまり硬直し、その邪悪に満ちた紅い瞳から、大粒の涙を溢れさせる。


「っ!? なんて酷いこと言うの? 私の愛が重いだなんて! レイレイなんか……レイレイなんか死んじゃえばいいのよ!!! ゾンビにして私のパンティ毎日手洗いさせてやるんだから!!!」

「……うわー。何かホントに死にたくねー」


 カトレアの指先が紫色の魔力が輝き、素早く、そして強く空中に魔法陣を描いた。明らかにいつものネクロマンスとは雰囲気が違う。一体何をするつもりだ。


「レイレイなんて知らない! 目の前で浮気しちゃうもん! 後悔しても遅いんだからね! 我、カトレア=ノアールが命ず。黄泉路よりもどりてその姿を現せ!!!」


 カトレアの足元に真っ暗な闇の穴が出現し、そこから鎖がジャラジャラと巻かれた、禍々しいデザインの棺が姿を現した。棺自体がまるで人骨で出来ているかのようなデザインで、鎖の中央にはしっかりと錠が施されていた。あからさまに他のゾンビとは訳が違うのは、その棺と重厚な鎖による封印が物語っている。


「さぁ、お目覚めの時間よ。封印解除!」


 カトレアは錠を鎌で両断し、棺の中からは荘厳な鎧を着込んだ騎士が姿を現した。


「ふん、本当に後悔したって知らないんだから。馬鹿レイレイ」


 俺のほうを冷たい眼差しでちらっと見たカトレアは、いきなり自分の唇を噛み、体をゾンビに絡みつかせるように抱擁し、その唇をそのまま騎士の白く血色のない唇に重ねた。割とディープ気味に……。


「おえぇ。マジかよあいつ」

「し、死体にキスしてる」


 だが、俺はこの直後驚愕することになる。


「ぅぅぅぅうううううううオ゛オ゛オ゛オ゛ォォォォォォォ!!!!!!!」

「クスッ。おはよう、私のかわいい下僕ちゃん。そう、アレがあなたの敵よ。私を悲しませた男なの。懲らしめてあげて♡」


 カトレアは騎士の頬を人差し指でなぞり、騎士は歯をむき出しにして、よだれを垂らしながら狂気を孕んだ眼差しをむけてくる。


「な、なんだ? ゾンビなのか? 何だそいつの魔力は!」



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