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Aerial Wing -ある暗殺者の物語-  作者: ちゃーりー
ヴァンパイア事件
49/119

―地獄―


庁舎に逃げ込むように侵入した俺達を、庁舎に潜む闇の住人達は決して見逃さない。


「……おい、構えろ。歓迎が始まるぞ。それも吐き気がするくらい醜悪で最悪の歓迎がな!」

『敵影多数! 一体何処から!? 気をつけて、レイ!』


 エリシアが警告する前に、俺は、闇でうごめく影達の存在を察知していた。なるほど。フェアリーカメラに搭載されているレーダーは、人体が発する体温、魔力を感知して表示する生物感知センサーと、物体の動きを感知する動体センサー、そして赤外線レーダーと言うものを使用し、エリシアの見ている画面に反映している。こいつらは、俺達がここへ来るまで、じっと物陰に潜んでいたのだろう。動かず、騒がず、まるで死体のごとく……。


「嘘……! そんな……! ああ神様! なんて酷い…………」

「あれを、倒せって言うのかよ……! そんなのってあるかよ!」

「うだうだ言ってないで受け入れろ。これが現実だ。俺たちが足を踏み入れたのは、地獄そのものに他ならないんだからさ。想像くらいしてただろ? ここには住民の殆どが逃げてきてるんだ。……当然、そうなっちまうさ」


 蠢く影達が、やがてホールの薄明かりに照らされてはっきりと映し出される。それは何十人という、『子供たちの感染者』だった。首を噛み千切られ、絶命し、遺体となるはずだった彼らは、驚異的な回復力で傷が塞がり、吸血鬼特有の牙を生やし、感染者と成り果てていた。彼らは血走った目でこちらを見つめ、おおよそ子供とは思えない不気味な笑みを浮かべている。その集団の中から、一人の男の子が、裸足でぺたぺたと、冷たいタイル張りの床を、こちらに向かって歩いてきた。



「ねぇおねえさん。ボク、ごはん食べたいの。おなかすいたの……。喉がね、からからなの……」


 無垢な表情で、リンさんの事を見上げ、にっこりと笑って見せた。


「……やめて、来ないで。おねがい、来ないで!」


 リンさんは恐怖で真っ青になりながら、男の子に向かって、自身の得物であるスタッフを突きつける。だが、子供の感染者はそんな事を気にも留めず、ゆっくりと、フラフラと重心が定まらないまま、リンさんへと近づいてゆく。


「飲みたいの。お水じゃダメだったの。でもね? 血を飲んだら、すごく美味しかったの。でも、もっと欲しいの。……血。……血ぃ……血ぃ! 血が欲しいよぉぉぉ!」


 子供の感染者の咆哮とともに、子供達だったソレらは一斉に襲い掛かってくる。


「おのれ……おのれアルデバランめ! 外道がぁ! あの子らが一体何をしたというのだぁぁ!」


 ゴルドさんまでもが動揺を隠せていないようだ。メンバーの士気の低下が激しい。ま、こんな光景をみて冷静でいられるヤツなんて、何かが狂ってるとしか思えない。……そう、俺こそが、その狂った人間の一人なんだろう。


「神速」


 俺を取り巻く世界のスピードが、一瞬にして変わる。俺以外の人間がスローモーションで動くような感覚の中、俺に向かって飛び掛ってくる複数の敵影を、無造作に切る。斬る。斬り捨てる。刺し、穿ち、切り落とし、斬り伏せた。俺は、悪魔そのものだ。姿かたちが子供だろうと、容赦なんて微塵も無い。嘆いてるかって? いや、呆れてるんだ。リオン、お前の言うとおりだよ。俺はバケモノみたいなもんだ。なんてったって、コレだけ斬っても、胸の一つも痛みやしない。


 リンさんに飛びかかろうとする敵の頭目掛けてナイフを投げ、さらに天井から降ってくる敵にもナイフを投げつける。その直後、ゴルドさんの背後に迫る敵の心臓をダガーで突き刺した所で、神速を解いた。


 最後にダガーを突き刺した相手は、まだ幼い、10歳くらいの少女だった。自分の胸に深々と突き刺さったダガーを、不思議そうに眺めているようにも見えた。


 ……俺は、彼女の頭を撫でてやり、その虚ろな瞳を手で閉じてやる。


「……もう、苦しまなくていい。もういいんだ……。眠りな。……せめて君の眠りが、安らかであらんことを」


 剣を引き抜いたと同時に、彼女の体を蝕んでいた呪いは霧散し、体は灰へと変わり、床にはボロボロになった衣服だけが残された。


「……仇は、俺が必ず取ってやるからな」


 犠牲になった子供達のためにも、必ず報いは受けさせる。そう思うくらいのなけなしの良心が、俺にも残っていてくれたようだ。


『……レイ、今は嘆いてる時じゃない。涙を流すのは全て終ってから。そうよね?』


 エリシアの声は、今にも泣き出しそうなくらい震えていた。だが、彼女の強い意志はしっかりと伝わってきた。エリシアは、まだやれる。


「その通りだ、エリシア。俺たちは、今出来るベストを尽くす。やれるな?」

『うん! 周囲の敵性反応の消失を確認。半径20メートル以内に敵影無し。今のうちに装備の確認と報告をしてください』


 俺はエリシアの指示に従い、装備の確認をする。緊張感の維持は怠らないが、集中力やスタミナの回復も兼ねているのだろう。それに、これから本命を落とそうというのだ。この確認が生死を分けるとも限らない。


「……投擲系の装備の半分以上を消費したかな。残る武装は近接戦闘用の装備と、聖水のボトル3本。爆薬少量、投げナイフは10本か。まぁ、問題はないと思う」

『了解です。では細心の注意を払いつつ、任務を続行してください」

「了解だ。……そっちの準備はどうだ?」


 俺がガーディアンエンジェルズのメンバーに声をかけると、彼らは仲間と子供達の為に祈りを捧げ、丁度終わった所だったようだ。


「……情けないところをみせて済みませんでした。もう大丈夫です」

「ああ、今は嘆いてる場合じゃねぇ! 仲間と子供たちの仇をとってやらないと!」

「そうだな。とにかく一刻も早く魔術を止めなければ! 日暮れまでもう時間がない!」


 三人とも準備は出来て居るようだ。確かに、時間はかなりヤバイ。これから覚醒したヴァンパイアを相手にするとなると、ぎりぎりといった所だろうか。


『正面の扉を抜けるとホールになってるみたい。そこから強力な魔術反応が出てるよ』

「了解、天候操作魔法を止めたら、3人は離脱してくれ。ヴァンパイアは俺が殺る」


 エリシアの伝えてくれた情報により、魔術の発生源はホールと見て間違いないだろう。さて、問題は一体この大量の魔力をどう調達しているかだ。先ずはその発生源を目視確認してみないとどうしょうもないな。


「レイさん、生存者は、本当に生存者はいないのでしょうか?」


 この惨状で生存者が居るとは思えないが……。だが庁舎の何処かに隠れて、まだ無事な人間もいるかもしれない。もし居るのなら、救出するべきだろう。


「エリシア。建物内に生存者はいないか?」

『生体レーダーを起動。周囲に生命反応……あれ!? まってレイ! 生命反応よ! 生命反応確認! 正面のホールの真ん中よ! でも迂闊に飛び込まないで! 周囲に多数の敵性反応確認! 完全に囲まれてるわ!』

「は!? バケモノの巣窟のど真ん中に生体反応!?」


 あまりにもありえない場所に、俺は思わず声を上げて驚いてしまう。


「俺たちより先に誰かが魔術の阻止にきたんじゃねーか!? 助けないと!」


 リオンがあからさまに見当ハズレなことを言い出した。


「……いや、そうか。わかったぞ、天候操作魔法を作り出すだけの魔力源が!」


 俺は、正面の奥にあるホールの扉を蹴破り、同時に左右から飛び掛ってきた感染者を切り伏せた。そしてホールの中心の床に展開されている魔方陣に注目する。


「……禁忌魔法陣、サクリファイス!」


 サクリファイス。読んで字のごとく、それは遥か昔に悪魔を崇拝していた邪教が編出したと言われる魔法陣で、生きた人間の魂を膨大な魔力に変換するという恐ろしい魔法陣だ。当然、この魔法陣で生贄に捧げられた人間は、命を落とすことになる。


「……ゴルド! 助けて……くれ……うっ」


 魔法陣に捧げられていた騎士は、どうやらガーディアンエンジェルズの一人だったようだ。ゴルドさんに向かって手を伸ばし、助けを求め、そして目の前で息絶えた。


「ぬぉぉぉぉぉ!!! 貴様ぁぁぁぁぁぁ!!!」


 ゴルドさんが放つ怒号の先には、さもつまらなそうに頬杖をつきながらソファーに座り、ほぼ下着姿の女性の感染者を両脇にはべらせたヴァンパイアだった。


「……無作法なノックもあった物だね。騎士やら冒険者っていうのは礼儀作法ってものを知らないのかな」


 奴は扉を蹴破って現れた俺に対し、眉一つ変えずに問いかけてくる。



「外道に通す道理も作法も、俺は持ち合わせて無くてな。オリビアを知ってるな? アイツに免じて楽に死なせてやる」


 オリビアの名前を口にした瞬間。奴の表情は邪悪なものへと変貌する。


「く……くははははははは! オリビア……か。彼女に免じて楽に死なせてやる? 家畜同然の人間の分際で? この僕に? あはははははは! 格の違いってものがわかってないらしい。ひれ伏せ! 家畜風情が!!!」


 奴がロッドを手にした瞬間。魔法陣に溜め込まれた魔力が全て奴に集まり、杖の先から、禍々しい魔力波となり、俺たちを散り散りに吹き飛ばし、壁に叩きつけた。


「ってて。 流石に腕のある魔術師が覚醒すると違うもんだな」

「おのれぇ、貴様とて元は人間だろう! 人々の為に尽くしてきた、誉れ高き魔術師の一人であろうに!」


 今の魔力から察するに、強さは大体カトレアよりちょっと弱いくらいか?……俺より強いかも知れない。これはかなり気合入れていかないとマズイ。


「ああそうさ。確かに僕はさぁ、魔術師や魔法学会の間ではそれなりに評価されてきた魔術師なんだよ。それが全部台無しだよ。この馬鹿のせいで!」


 ジャンは、足元で這い蹲る男性の感染者の顔を踏みつける。だが感染者は鼻から血を流しながらも、虚ろな目でジャンを見上げ、這い蹲ったままだった。


「こいつはさぁ、子供のころから僕をアメフラシ、ナメクジと罵り、なんどもなんどもこんな風に暴力を振るってきたんだ! 魔術さえ使えばこんな雑魚、いつでも焼き殺せたのに! 焼き殺しておくべきだったんだ……。こいつが! 庁舎に感染したことを隠して! 逃げてきたりしたから! 僕まで! こんな姿に!!!」


 罵声を浴びせながら何度も踏みつけ、蹴りつけ、頭を鷲掴みにして持ち上げ、ジャンはぶっきら棒にその男を空中へと放り投げた。


「爆ぜろ!!! 蛆虫がぁぁぁぁ!!!」


 男へとかざされた手の平から、圧縮された魔力の塊が高速ではじき出され、男に命中した。すると、瞬く間に、内側から奴の魔力が膨れ上がり、まるで風船が割れるかのように男は、灰に変わった。


「なんて奴なの!」

「ふざけやがって! 人を何だと思ってやがる!」


 馬鹿なリオンがまた見当ハズレなことをほざいてやがる。まったく、こんな連中ばっかりだから無駄に犠牲者が増えるんだ。こんな地獄みたいな状況で、一体何の正義を掲げようというんだ。


「なんとも思ってないさ、もうな。お前は夕食に出されたステーキに対して、罪悪感を覚えるか? 俺達が今やろうとしてることだって、ある意味同じだ。あいつ自身は別に人間じゃなくなっちまっただけで、自我が存在している。ただ俺達が餌に見えて、太陽の光と、銀製品に触れると死んじまうっていう病気にかかっただけだ。病気がうつるから殺せって上が言うんだから仕方ない。っていうかそれしか方法が無いんだから仕方ない。俺たちはあいつを殺す。感染者を殺す。だからあいつらが俺らを喰らおうが何しようが文句が言えたギリじゃねーんだよ。これはそういう地獄なんだ。そうだろ? ジャン=リオーネ。今この場で、冷静で居られない馬鹿はさっさと離脱しろ。次の瞬間、テメェの咽元にあいつの牙が刺さってたら、俺は容赦なく心臓を止めにかかるぞ?」


 俺はゆっくりと奴へと近づき、ある程度近づいたところで、集中し、呼吸を整え、殺意を高める。


「くっくっく。はーっはっはっはっは! すごいね! 一人だけズバ抜けて戦闘力が違うとは思ってたけど、そっかそっか、君がかの有名な元アサシンメンバーで、エアリアルウィングのレイ=ブレイズ君なんだー。へぇ、どう? オリビアは元気? ……吸って見たいなぁ、彼女の血を。やっぱり冷たいのかな、温かいのかな。どっちにしたって、最高の味だろうなぁ。くっくっく」

「残念だが、それは叶わない。お前はここで、俺に始末される。祈るんだったら手短にな。あと30分で、その足元のふざけた魔法陣を止めなきゃ、マスターにえらい目に合わされるんでな。冥土の土産に教えといてやる。あいつの血は氷水より冷たいぞ」


 俺は両手に剣を構え、魔力を解放する。


「くくく、参考にするよ。君こそ、祈らなくていいの? ……なるほど、君の血は、苦そうだけど、免疫力はつきそうだ。毒物に随分抵抗力があるようだね。血、そのものがまるで薬品だ。アサシン皆そうなのかい? 何にせよ、一口だけいただくことにするよ。それだけで十分だ」


 神経を研ぎ澄ませ。一瞬の油断が死を招く。相手はやや格上。いやちがう、鬼夜叉丸と同等と思え。かすり傷一つも許すな。集中しろ!


「さぁ、晩餐会をはじめようか!」

「ハッ。違うね、幕引きだ。お前の死をもって、このクソみたいな地獄のパーティーはお開きだ。」


 互いに地を蹴り飛び出し、刃と爪が火花を散らし交差する。

今、殺し、喰らう、地獄の晩餐会が幕を開けた。

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― 新着の感想 ―
[一言]  期待値爆上がりのボス戦ですね! 敵も味方も熱いセリフを決めていて、面白いです!
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