表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Aerial Wing -ある暗殺者の物語-  作者: ちゃーりー
ヴァンパイア事件
48/119

―穢れた村―

 時刻は午後2時35分、俺達は、村の手前の防衛線のゲート前に到着した。現地は見たこと無いくらい分厚い暗雲が立ちこめ、昼間とは思えないほど真っ暗になっていた。


 ゲートの向こうに見える村はほぼ半壊し、前線では戦闘がちらほらと起こっている。そんな状況で兵士や他のギルドのメンバー、そして住民の縁者などでごった返していた。


「頼む! 家族が村に居るんだ! 俺の家族が!」

「娘が、わたしの娘は感染などしていない! たのむ、助け出してくれぇ!」

「村をどうする気だ!? お前ら自分の国の国民に刃をむけるのか!? 畜生だ! お前らなんて畜生だ!!!」

「通してくれ! 村にまだ俺の娘が! 妻が!」


 この村を出ていて感染を免れた住人だろうか。出稼ぎやコルトタウンに出勤していたであろう男たちが目立つ。彼らが口にするのは、やはり家族の安否を気遣う言葉だった。しかし、それに混ざって兵士達に当り散らす住民は、一体なんなんだ? 状況を理解してないのだろうか。


「下がりなさい! この先はすでにヴァンパイアに汚染されてしまった! 関係者以外は通すことが出来ない! 命を粗末にするな!」


 ゲートを守る兵士たちが、暴徒となりかけてる住民を辛うじて抑えていた。しかし今にでも暴動が起きてもおかしくないくらい、状況は混乱を極めた。


「エアリアルウィング、マスターのセイラ=リーゼリットです。要請により参りました」

「はっ! ご助力感謝いたします! 開門!」


 俺たちは人ごみを掻き分けて空けられた道を、ギリギリで通り抜ける。おっと、一つ訂正しよう。ティアマトが通ろうとすれば人々は蟻を散らしたように道を開け、ゲートはティアマトには小さすぎて、そのまま飛び越えて村に入った。


「おい、あれ賢者様だろ!? 賢者セイラ様だ!!!」

「ほんとうだ! 賢者様だ!」

「助けてください賢者様! どうか助けてください!」


 群衆の一人が、マスターを指差して、マスターに注目を集めさせた。すると、賢者様賢者様と、群集はマスターに向かって助けを請う。彼らには見えないように背を向けながら、マスターは少し肩を震わせ、涙を堪え振り返った。


「……皆さん、まずは私の話をお聞きください」


 マスターの凛とした表情に、群集がいっせいに静粛し、マスターの声だけが静かに響いた。


「まず、この度犠牲となった人たちのご家族、ご友人の方々に心よりお悔やみ申し上げます。そして、生存者の救出を、最優先事項とすることを皆様にお約束いたします」


 再び、群集たちは一斉に自分の家族は無事で居てくれているはずだから助けて欲しいと訴える。

 しかし、マスターは、群集に対して、現実的な状況を伝えた。


「ですが! ……ですが、状況は深刻です。生存者が残っている可能性は、……皆無と言えるでしょう。我々は全力を尽くす。今はそれだけしか約束できないことをお許しください。どうか皆様冷静に。今も兵士の方々が、必死に戦い、この国を……いいえ、あなた方国民を守ろうと身を挺して戦っています。どうかご理解いただけますよう、お願い申し上げます」


 マスターは深く一礼すると、踵を返した。背後からは再び、嘆きと怒声などの悲痛な声が響き始める。まさに地獄絵図とはこの事だろう。


「……行くわよ、みんな」

「「「イエス、マイロード」」」


 俺たちはいつ、敵の急襲があってもマスターを守れるように、打ち合わせするでもなく、ジークを先頭にマスターを囲い、神経を研ぎ澄ませながら前進する。やがて村の中央通りの噴水付近に布陣する兵士拠点へとたどり着いた。

 

 すでに村のあちこちが破壊され、戦闘があったであろう痕跡と、絶命とともに身体が炎を吹き上げて灰に変わり、吹き荒れる風で飛ばされボロボロになった犠牲者の衣類だけが、無残に残されていた。


「ひどい……こんなことって!」


 マスターが足元に転がっていたぬいぐるみを握り締めた。そのぬいぐるみは、血と泥で汚れた、小さな熊のぬいぐるみだった。


「許さないわよ、アルデバラン! 絶対に、私たちが許さない……!」


 俺たち、いや、この国の怒りを代弁した、マスターの言葉だった。 


「おお、セイラ殿! よく来て下さった!」


 傷だらけの兵士たちとともに駆け寄ってきたのは、この国の防衛を任務とするレイザー将軍だった。


 超重量を誇るフルプレートアーマーに身を包み、身丈ほどある大盾を装備し、常人では扱えないであろう大斧を担いだ身長2メートルを軽く超える巨人のような男。彼はゼクス隊長の戦友であり、優れた軍人だ。彼の率いる軍は防御に優れ、この国を諸外国の脅威から守ってきた、まさにこの国の盾、そのものだった。


「ん? レイ坊、レイ坊じゃないか!……うむ、噂には聞いたが、腕をかなり上げたな。雰囲気でわかる! もうゼクスにも並ぶんじゃないか? 俺もウカウカしてられんな! はっはっは!」


 俺の頭を、レイザー将軍はそのでかすぎる手の平で鷲掴みにして、ぐりんぐりんとそのまま超乱暴に撫で付ける。


「レイザー将軍、お久しぶりです。……あの、頭撫でてるんだか、摺り潰してんだかわからないんですが、重いです。あとレイ坊やめてください」


 そう、いつもこんなかんじだ。俺の頭をぐりぐりと押しつぶしてきやがる。


「がっはっは! レイ坊はレイ坊だ! 懐かしいなぁ、13年前は俺の腰くらいの身長しかなく、泣きべそかきながら、俺の稽古に耐えていたレイ坊がこんな立派な剣士になりよってからに! 俺も年を取るわけだな!」


 この地獄に身を投じていても、この人はなんら変わらない。ソレこそが、彼が歴戦の勇士たる証拠だった。そんな彼に、マスターはすぐにブリーフィングを開始するよう促した。


「レイザー将軍、日没までに時間がありません。今でこそ、この村の周囲が戦闘区域となっていますが、日没とともに、敵は一斉に攻撃に転じて来るはずです。そうなってしまうと被害はこの村だけでは留まらずに、コルトタウンにまで被害が及ぶかもしれません。すぐに行動を開始しましょう」


 レイザー将軍の顔から笑顔が消え、俺達は急ごしらえの拠点へと案内された。そしてそこには村の地図が広げられていて、魔法水晶が各部隊の状況を、アイコンで表示し、地図に投影している。状況から見て、かなり切迫しているのが見て取れる。


「セイラ殿。現在、続々と援軍が到着している状況では在りますが、兵士達の士気の低下が著しい。感染者に噛み付かれた仲間が感染してしまい、感染者となり敵が増える事になる。最悪、ヴァンパイアに変貌してしまう前に、仲間の手で止めを刺さなくてはならないという状況が、彼らを追い詰めている。現在は重火器部隊や魔術師部隊の援護により、我々の前衛部隊がなんとか戦線を保っている状況です。何か策を講じるべきかと思うのですが……」


 なるほど。レイザー将軍は防衛任務に特化した部隊の将軍だ。彼らはまず村を包囲し、これ以上の被害を増やさないためにバリケードを設置し、隔離した。そしてバリケードを突破されないよう、中と外から守って、援軍の到着を待ったのだろう。短期間で村一つを包囲するリケードを設置するなんて、レイザー将軍とその部隊でなければ不可能だっただろう。彼らの存在がなければ、被害は今以上に拡大していたはずだ。


「そうですね。恐らく敵は庁舎に集中していると思われます。天候操作魔法さえ止める事ができたなら、後は建物を破壊してしまえば、日光にて敵を一掃できるでしょう。しかし、こんな大規模な魔法、一体どうやって……。常人の魔力じゃこんな大掛かりな魔法、あっという間に魔力が尽きるはず」


 マスターは天を仰ぐ。暗雲は未だ立ちこめ、豪雨と暴風を村にもたらしていた。


「地脈から魔力を直接吸い上げているのかしら。それとも、もっと別の手段? 何にせよ今すぐ止めないと! やっぱり魔術の発生源は……敵の根城、庁舎しかないわよね!」


 マスターは目を瞑り少し思案したの後、作戦を言い渡した。


「まず、レイちゃんが庁舎に侵入し、敵の魔法を無効化することが大前提。これはかなり危険だけど、やるしかないわ。レイザー将軍、離散した部隊を一度一箇所に集め、立て直しましょう。私が結界を張れば、絶対的に安全な拠点を作ることが出来ます。ただし、私自身は結界から一歩も動けません。魔力も、持って日没まででしょう。ジーク君、アーチャー君のサポートをお願い。アーチャー君はもちろんレイちゃんのバックアップよ。時間との勝負になるわ。みんな、しっかりね!」

「「「イェス、マイ・ロード」」」


 やれやれ、やっぱり俺に言い渡された任務は超高難易度の潜入任務か。バケモノの巣窟に単身で乗り込み、ヴァンパイアを掻い潜って魔法を無効化して来いとはね。これ、ゼクス隊長に依頼するべき案件じゃないか? ……ま、無理はせずに魔法だけ無効化してとんずら決めるか。


 俺は再度装備を確認し、万全の準備を整えいざ任務開始と、マスターとアイコンタクトを交し、マスターがコクンと強く頷いたので、各自散開した。


「しばし待ってもらえないだろうか、エアリアルウィング諸君」


 が、誰かの声に引き止められてしまった。声のしたほうに振り向くと、そこには武装した一団がこちらを睨んでいた。


 盾を装備し、剣を天に掲げている美しい天使のエンブレムが、彼らの鎧には描かれていた。


「ガーディアンエンジェルズ、チーム・アーヴァレスト、リーダーのゴルドだ。此度の仲間の失態を挽回したく、参上した」


 俺たちを引き止めた中年くらいの男が名乗りを上げた。


「この事態は、我々のギルドのメンバーが起こしてしまった事態だ。我々に責任がある。仲間の落とし前は我々でつけなければならない。ここは我々に任せてもらえないだろうか」


 マスターが異議を唱えようとしたが、俺が真っ先にマスターの前へ躍り出る。


「今はもう誰の責任だとか、そんなことは関係ない。判ってると思うけど、今は時間がねーんだよ。どこも人手が足りてないのは事実なんだ。前線に加わって、この拠点を守ってくれ。マスター、ここを頼みます」

「え、ええ」


 俺はマスターに一言告げ、近くの民家の屋根に跳躍しようと、両足に力を篭める。


「すっこんでろっつってんだよ、アサシン風情が!」

「……あ?」


 敵意丸出し別の声に聞き覚えがあったので、仕方ないからもう一度振り返った。


「相変わらずテメェのワンマンショーか? あ? レイ=ブレイズ!」


 一人の騎士が仲間を押しのけて、俺を攻撃対象とみなし食ってかかってきた。ヘルムの防面を外し、ギロリと殺気だった目で睨みつけてくる。……はて、確かにどこかで見た顔なんだが、思い出せん。


「えーっと、俺ガーディアンエンジェルの面子と仕事したっけなぁ。いや、基本的に俺ソロで動くし、別のギルドと共闘したところで俺に何のメリットも無いからそんな筈はないか……ん? アヴェンジャーの元メンバーだったりする?」

「ちょっ!? レイ、まずいって! あからさまに、お前があの騎士に何かしたに違いないって! 私怨だよ間違いなく! 相手がアレだけ根に持ってるのにお前が忘れるってまずいよ!」


 完全に忘れ、思い出せないで居る俺に、ジークは青ざめながら俺の肩を掴んでブンブンと前後に振ってくる。


「まぁ、それがレイだし。全然不思議じゃないよ」


 アーチャーは呆れてくすくすと笑い始めて、俺が相手に恐る恐る、「ごめん誰だっけ」と尋ねた瞬間、ヤツの怒りは沸点を越えたらしい。


「テーンメェ! まじキレた! 一発ぶん殴ってやる!!!」

「よさんか! みっともない! すまないね、メンバーのリオンだ。君と仕事が重なってしまったときに、君が恐ろしく迅速にミッションをこなしてしまって、報酬を独り占めしたと恨んでいるらしいのだ。逆恨みこの上ないと何度も言っているのだがね。大変申し訳ない」

「あ、そうだったのか。いやーわるいわるい……」


 やっばい。ぜんっぜん記憶に無い。


「ほらリオン、もう私も気にしてないって言ったじゃない。ごめんなさいね、レイさん。えっと、この人、そのクエストの報酬のピンクダイヤを婚約指輪にしようと思ってたみたいで、ずっと根に持ってたみたいなんです。もう1年も経ったのに……。あ、今はちゃんとプロポーズされたので、レイさんは気にしないで下さいね! 私自身はプロポーズされた時に知ったので、ああそうなんだ程度にしか思っていませんから」

「こいつのせいで一年も待たせちまったんじゃねーか! この疫病神がぁぁぁ! がるるるる!」


 え。何その逆恨み。理不尽極まりないな。


「はいはいどうどう。コホン、自己紹介が遅れました、チーム・アーヴァレストの支援、および祓魔を担当してます、プリーストのリンです。よろしくお願いします」

「あー、どうもよろしく。……なんか迷惑かけたみたいで、すまん」


 とりあえず握手を求められたので応える。ああ、そーいえばそんな依頼あったなぁ。あのダイヤ速攻で売っ払って装備のメンテナンスとか補充で全部つかっちゃったよ。悪いことした……のか? あれ、俺悪くないよね?


「父で、このチームリーダーのゴルドだ。パラディンをしている」

「パラディン?」

「そうだな、プリーストとナイトを組み合わせたような仕事だな。回復魔法もこなせるし、剣術にも自信有だ。まぁ、あの有名なゼクス=アルビオンの愛弟子たる君ほどではないだろうがね」

「けっ! 義父さんのほうがつえーに決まってるだろーが」


 一々つっかかってくるリオン。あー、確かにこいつだよ。何となく思い出してきた。クエストの終了を依頼者に報告してる最中に乗り込んできてわーわー喚き散らしてたな。ムカついたけど、手を出したりしたら後々面倒だから、中指立ててガン無視して帰ってきたわ。


「とりあえず、魔方陣のことは俺に任せてもらって構わない。魔方陣が消えたら一気に攻勢へ転じて……」

「テメェが指図するんじゃねぇよ!!! ほんとに気に食わねぇ野郎だなぁ。テメェ何様? 神様?」

「「リオン!!!」」

「……マスター?」


 アイコンタクトで『コイツ殺っちゃっていい?』と、尋ねるも、マスターからの返答は『めっ!』だった。


「……では、合同作戦ということで、如何でしょうか」

「ちょっと、マスター?」


 『俺絶対嫌なんだけど』とアイコンタクトを送るも、マスターのテレパシーが伝わってきて


 『しょうがないでしょう? 埒が明かないわ。こうしてる間にも被害は広がっているの。レイちゃんならなんとかなるでしょう? このフルプレートのガチムチ騎士団が敵に回ってみなさい! 余計面倒なことになるわよ! だったら、本調子じゃない貴方を援護させつつ護衛したほうがよっぽど効率的だわ! 報酬倍にしてあげるから頑張りなさい! 男の子でしょ!!!』 

 

 との事だった。


「……はぁ。しゃあねぇなぁ。とにかく今は時間が無い。離散した部隊を一度集めて体制を整えなきゃならないから、そっちの人員を回してほしい。そうだな、日没まであと1時間半しかない。一時間でケリをつけなきゃアウトだ。庁舎の中に何人も一度に突入すると被害をでかくするだけ。腕に自信のある面子だけがついてきてほしい。俺としても支援魔法があるのはありがたいし、ゴルドさんとリンさんと……えーっと、来る?」


 俺はリオンをチラッと見る。


「ったりめーだろ。テメェがリンを守れると思えねぇしな! どさくさにまぎれてリンにちょっかい出したら、殺してやるからな」

「あーはいはい、おっかないからあんまり脅さないでくれよー。はぁ」


 重いため息をつきながら、とりあえず庁舎の見取り図を広げた。


『もしもし、レイ? ……なんか厄介な事になっちゃったね』


 通信が繋がり、聞き慣れた声が聞こえてくる。


「まーな、そっちはどうだ、エリシア。これから実戦だ。覚悟は出来たな?」

『ふーんだ、レイがいない間に実戦は何度か経験してたもん。でも、トロールの件を抜いたら、これがレイとはじめての実戦なんだね』

「そーだな、頼りにしてるぞ、指揮官殿」

『うん。精一杯、レイのことをサポートするからね』

「ああ。よろしく頼む。この村の現状は、上空からライブで確認できるようになってる。必要に応じて拡大縮小できるから、活用しろよ? 庁舎の見取り図も転送するけど、実際どうなってるかは一切不明だ。まぁ、無いよりましだろう。じゃ、作戦を開始する」

『気をつけてね。100メートルも進めば戦闘区域だよ。敵性反応確認、数20。真正面の建物の陰に7体隠れてるよ。警戒して』

「了解。殲滅しつつ目的地を目指す。100メートル先に、敵多数確認。3人とも、このまままっすぐ突っ切って庁舎に突入する。はぐれないでついて来てくれ」


 俺はアーヴァレストの連中に声をかけ、銀製の投げナイフをいつでも投げれるように構え、早足で前進していく。


 エリシアの指示通り、100メートルほど前進した瞬間だった。物陰や路地裏から、突き刺さるような殺気をいくつも感じ取った。



『敵襲! 数10! レイ、応戦して!』

「言われなくても!」


 敵は左右の路地から二人、そして3階建ての建物の屋上に二人、正面に一人。そして俺たちを挟み込むように、後ろから五人。


「後ろの連中は任せたぞ! 噛まれたら即アウトだからな!」

「うるせぇ! テメェこそ仕切るくらいの実力みせてから仕切りやがれ!」

「実力を見せるのはかまわんが、よそ見してる間に噛まれるだなんてヘマしたら、容赦無く斬り捨てるからな!!!」


 スタートと同時に目前に迫る二人の胸板に、ナイフを一本ずつ投げつける。敵の心臓にナイフは突き刺さり、その瞬間に閃光のような光を目や口から吐き出し、敵は燃え尽きて灰に変わる。


 上空から迫る敵に対し銀のダガーを引き抜き、俺を組み倒そうとした敵の腕をそのまま切り落とし、振り向きざまに首を刎ねる。


 単調な動きで俺に喰らいつこうとする敵をしゃがんで回避し、足の甲にダガーを突き刺し、そのまま切り上げ、胴体から頭まで真っ二つに裂き、敵は灰に変わった。


 そしてそのままダガーを逆手に持ち替え、背後に迫った敵のこめかみを、振り向きざまに貫いた。俺が担当すべき感染者はこんなものだろうか?


 ふむ、やはり感染者の動きはゾンビよりは機敏だ。ただし、カトレアが操るようなゾンビたちほど耐久力はない。ゾンビたちは首を切り落としたり、脳を破壊しない限りは止まらない。こいつらの場合、普通の生きた人間のように、心臓か脳を破壊するか、首を刎ねれば絶命する。つまり、人間と同様の手口で始末できる。


「……で、そっちは片付いたのか?」

「あ、ああ……(なんという動きだ。確かに驚くべき身体能力だが、それ以上に、相手は数時間前まで唯の一般市民だった相手でも、全く躊躇いがない。そこらの兵士や冒険者とはまるで訳が違う。流石、ゼクス=アルビオンの愛弟子よ)」

「……どっちがバケモノかわかったもんじゃねぇな」

「ちょっと!」


 再びリオンが俺に罵声を飛ばしてくる。噛まれちまえばいいのに。


「そりゃどーも。褒め言葉として受け取っとく。何度も言わせてもらうが、ぼーっとしてるとあいつらの仲間入りだぞ? 躊躇して噛まれるなんてドジ踏むなよ。余計な仕事は増やさないでくれ」


 まぁ、お前らのお守りをすること事態が余計なお仕事なんだけどな。いっそ見捨てて……はマズイよなぁ。……おっと、いかんいかん。少し本業アサシンモードに入り込みすぎたか。アイツもこの地獄を見てるんだった。


「エリシア、大丈夫か?」

『な、なにが? 平気だけど?』


 上ずった返事が返ってくる。確かにショックだろう。見た目はただ、牙が生え、目が血走った一般庶民だ。それをカメラ越しに、俺が容赦なく切り捨てるシーンを見たんだ。やはりエリシアには荷が重かったか?


『か、カトレアさんのゾンビ軍団みたいなものでしょ? ラクショーよ!』


 ……今の台詞、カトレアに聞かせられないなー。


「その意気だ。敵が集まってくる前に移動するぞ!」

『急いで、レイ。今の戦闘でどうやら他の敵もあなた達に気がついたみたい。すごい勢いで集まって来てる! 敵影多数! 今すぐにそこから離れて!』

「ちっ、敵が集団で急接近してる! 庁舎まで全速力で駆けろ! 殿は勤めてやる!」


 俺一人ならもっとスムーズに進めるんだが、仕方ない。ここで置いていくわけにも行かない。パーティの最後方にポジショニングした俺は、後方から迫る敵を徐々に駆逐していく。だが庁舎までの道を行けば行くほど、路地から、屋根から、建物から、敵は湧いてくる。


「振り返るな! 走れ! 目の前の敵だけに集中しろ! 止めまで刺さなくてもいい! とにかく走れ!」

「おい! 目の前に敵が大勢待ち構えてるぞ! まさかこのまま突進させるんじゃないだろうな!?」

「聖水持ってるだろ!? それを開けずにありったけ敵の真上にブン投げろ!」


 俺の指示とともに3人は敵の頭上目掛けて聖水のボトルを放り投げた。俺は少量の爆薬が仕掛けてある投げナイフをそのボトルにむかって投擲し、すべて命中させる。命中したと同時にナイフは炸裂し、敵の頭上には聖水のシャワーが降り注いだ。


「「「ギャアァァァァァァァァァァァァ」」」


 降り注いだ聖水が、高濃度の酸のように感染者の肌を焼いた。

 

 刹那、巨大な影が俺たちの前に立ちはだかる。俺は3人を神速で追い抜き、先頭に躍り出た。俺の目の前に立ちはだかるそれは、騎士の鎧を身にまとい、大振りなバトルアックスを振り下ろさんと迫っている。


 俺は躊躇なく鎧と兜の隙間に刃を滑り込ませ、感染者の首を跳ね飛ばす。力無く足元に崩れ落ち、灰へと変わっていく騎士の成れの果てを目の当たりにし、リンさんとリオンは狼狽した。


 どうやら俺の勘は的中した。この騎士であった感染者は、ガーディアンエンジェルのメンバーだったようだ。


「ば、バッソーさん! そんな、嫌っ! 嫌ぁ!!!」

「ちっくしょぉぉぉ! なんで、なんでこんな! バッソーのオジキまで! くそぉぉぉぉぉ!!!」


 こんな状況だ。感染した仲間を前にして躊躇すれば確実に死ぬ。もし二人が俺が倒す前に、相手に気がついていたなら、斧は振り下ろされ、二人は無事では済まなかったはずだ。


「二人とも死にたいのか!!! 今は嘆いてる暇はない!!!」

「エリシア、庁舎の中に敵は?」

『ロビーに敵性反応がでてるけど大した数じゃないよ! レイの侵入とともに、立て直した部隊で庁舎前に集まった敵を殲滅してもらうわ。とにかく今は中へ!』

「そうしてくれ、中のバリケードは一度破られてる、そう長くは持たないだろうからな!」


 俺たちは壊れたバリケードの隙間に滑り込み、すぐさまロビーを制圧し、新たに転がっていたガラクタなどで穴を塞ぎ、リンさんはすぐさま結界を張った。


「これでしばらくは……」


 聖なる結界を張り終わったリンさんが、安堵のため息を漏らした。


 しかし、何も安心できない。何故なら俺たちは、地獄の穴に飛び込んだも同然なのだ。薄明かりも届かない物陰から、いくつもの影が俺たちをじっと見つめていた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ