―ヴァンパイアブラッド―
ヴァンパイアブラッド
この世界で最も恐れられる猛毒物質の一つで、その名のとおり、最も危険とされる魔族、ヴァンパイアの血液だ。天然の生物兵器と言っても過言ではない。
近年。ある一つの町が丸々「焼却処分」されるという痛ましい事件が、他国の国境付近で起きた。原因となったのは、ヴァンパイアブラッドだった。
アサシンの調査によると、この事件の裏にはその国と対立する、『 無法者独裁国家』の工作員が、その町の娼婦にヴァンパイアブラッドを打ち込んだことが始まりだという。一晩のうちに風俗街がバケモノの巣窟となり、次の晩には町全体に感染が広がったという。本当に碌な事をしない連中だ。
そもそもヴァンパイアとは、人間や魔族の血液を摂取し、自分の血液を牙から流し込むことにより、子孫や隷属を増やす魔族だ。こいつがどれだけ危険かなんて、ガキでもわかる。「良い子にしてないとヴァンパイアが来るよ!」だなんて言われて育てられれば、当然と言えば当然だ。
生物本来の生殖行為以外で自身の種族を増やす種族なんて、異種族の中でもヴァンパイアくらいだろう。(生殖行為そのものでも子孫を残せるらしいが)そうでもしなければ、こいつらは生き残れない理由がある。それはその永遠ともいえる寿命や、鬼や他の魔族に引けを取らない魔力や身体能力を持つくせに、恐ろしく弱点が多いことだ。
日の光に当たれば焼け死ぬし、聖水をかぶっただけでも大火傷を負い、聖銀の類で攻撃されても死ぬ。聖なる魔法で塵すら残すことなく消え失せる。
それ故に爆発的に交配し、優れた遺伝子をさらに他の優れた遺伝子と配合させ、種の力を高めていく必要があるのだ。
だが、噛まれた者全てがヴァンパイアになるとは限らない。噛まれた生物の遺伝子がヴァンパイアの血液に適合すれば、そいつは噛んだヴァンパイアより強力なヴァンパイアに変貌するが、もし適合できなければ、ヴァンパイアとゾンビが合わさったような、ヴァンパイアの出来損ないが生まれる。(通称:『感染者』)
ある研究によれば、本当に適合し、真のヴァンパイアとなり得る犠牲者は千人に一人の確率だという。そして感染者はドミノ倒しのように、新たな犠牲者を作り続けて行き、その中からほんの一握りの真の適合者が生まれるという仕組みだ。もちろん、他の種族を滅ぼしかねない繁殖行為を行うこいつらは、エルフやドワーフなどの他種族はもちろん、魔族や悪魔族からも超嫌われている。
「ヴァンパイアブラッド。こいつの始まりは、あるヴァンパイアからその血液を採取し、完全遮光密封するだけで出来てしまった超お手軽生物兵器だ。だがそれが与える壊滅的な被害は言うまでもないだろ? これがウチとオーディアの国境付近で使用された状態で発見された。これがどういう事かわかるか? そしてすぐに調査が行われ、コルトからそう離れてないバーキン村が、すでに壊滅状態だったということだ」
俺は、ホワイトボードに張られた資料やら報告書などを、教師よろしく差し棒を使って、丁寧にエリシアに説明、いや、懇切丁寧にエリシアを説得していたのだった。
「で? ここまでで質問は?」
たった一人の生徒に、レイ先生こと俺は視線を送る。むすっとした顔の生徒はびしっと手を上げた。
「……はい、エリシア君」
「どうしてそこにレイが関係してくるんですか!」
「はぁ。……だからさぁ」
俺は資料をホワイトボードから一枚一枚はがして纏め、ファイルにつめながらエリシアを諭す。
「現状このままだとここにも感染が広がるかもしれないわけ。
もうすでに調査チームがコルトタウン全体をくまなく調査してるのはお前も知ってるだろ? 感染されたと推測される日付からもうすでに3日も経ってる。
バーキン村の焼却は済んだけど、周辺の村々まで調査が行き届いてないのが現状だ。
そこで苦渋の決断として、ロキウス王は各ギルドにSランク指定で、各村の調査というクエストを配布したのは判るだろ? 下手な面子が乗り込めば、その時点で二次災害を引き起こすリスクや、情報の錯綜、デマなどによるパニック、暴動なども視野に入れても、各ギルドに協力を要請したわけだな。
お前もクエスト内容確認してるんだし、お前ならちゃんと理解だって出来るだろ? さらに見ろよ、うちに回って来た依頼書にだけ書かれたメモ。『悪いな相棒、よろしく頼む。Mr.L』これはもちろんロキの事であって、相棒ってのは俺の事だ。わかる? 俺、名指しされてんの!」
俺はため息混じりに、ホワイトボードに書き込んだ説明やポイントを消していく。
「だからって貴方はまだ本調子じゃないでしょ!? つい3日前に帰ってきて、昨日まで気を失ってたじゃない!」
「誰のせいだダークマスター。マスターの治療も受けたし、ある程度の事はなんとかなるよ。おそらく本物のヴァンパイアなんて出てきてないだろうしな。仮に出たとしても、民間人がヴァンパイアに変貌しただけで、戦闘能力に余計な上乗せはかかってないだろうから、問題はないさ」
「……じゃあ戦闘経験をつんだ人間がヴァンパイアになってたら?」
そう言われて、俺は少し思慮する。Sクラスのクエストに参加できるような冒険者、つまりグレンやジークなどの屈強な前衛メンバーがヴァンパイアになれば、その人物が本来持っていた戦闘力に、ヴァンパイアとして覚醒した力がそのまま上乗せさせられてしまう。そうなってくると、真正面から俺が白兵戦を挑んだ場合……。
「あー、そりゃまぁ。グレンとかジークがヴァンパイアになったら、俺も感染者かヴァンパイアになるかもな」
「やっぱりダメ!!!」
しまった。素直に返事をしてしまった。
「だーもー! いいから依頼書返せよ! ちょっとマスター! そこでニヤニヤしてないでマスターも何とか言ってくださいよ!」
クエスト受付窓口から頬杖をつきながら、よく判んないけど、ホッコリこちらを眺めてるマスターは、アラアラ。まぁまぁ。なんてのんきにへらへらしてやがる。
「なぁグレン。あの二人、一ヶ月会えなかったくせに、妙に仲良くなってるよね」
「ジーク、俺は羨ましくなんか無いからな? ぜんっぜん羨ましくなんて……あいつぶん殴りたい」
「グレン、君だって色々生活とか態度とか改めれば彼女の一人や二人できると思うよ? まずファッションセンスを磨く事と、いいデオドラントを使うことをお勧めするよ」
「ほっとけアーチャー」
「デオドラントでどうにかなればいいわよね。だって性根が腐ってるもの。身体から染み出る腐臭はゾンビ級よ?」
「オリビアさん、それはあまりにも酷いと思いますけど……。あ、わたしはグレンさんのこと応援してますからね? ふぁいと♪」
「うぅ、いっちゃんは本当に優しいなぁ。マジで俺の嫁にならない?」
「のーせんきゅーでーす☆」
「ですよねー♪」
「「あっはっはっはっは!!!」」
外野が本当に五月蝿い。腹立たしいほどに緊張感の欠片もない。こいつら事の重大さがてんでわかっちゃいねぇ!
「あーもー! お前らも見てないでちょっとエリシアに言ってやってくれよ!」
馬鹿話に馬鹿笑いしてる連中にイラっときて、声を荒げる。
「「「いや無理、俺(僕)らいつだってエリシアちゃん(さん)の味方だから」」」
「じゃあせめて静かにしててくれ!」
エリシアはテーブルの向こう側でぐっと依頼書を抱きしめたままキッとこちらを睨んでる。
いや、睨まなくてもいいだろうに。あんなに髪まで乱して……。
「あのさぁ、出来れば今すぐに出発して、行動を開始しないとヤバイってわかるだろ?」
「……だって、そんな状態で戦いに行くなんて無理よ。レイ、自分の体が今どんな状況か判ってる? 強力な邪気にあてられた事で発祥した魔障症状、それによる回復系魔法効果の遅延、劇薬による後遺症と思われる全身の倦怠感。左腕のしびれ、全身の筋肉痛。エトセトラエトセトラエトセトラ!!!」
「エトセトラってお前……じゃああの三馬鹿トリオの誰かに行かせるか?」
「「「だれが三馬鹿じゃい」」」
お前らに決まってるだろ! 俺が行けないってなったらマジでお前らの誰かが行く羽目になるんだからな!?
「そ、そんな! レイの卑怯者!」
「んー。ヴァンパイアかぁ。俺はちょっと相性悪そうだなぁ。基本的に素手で戦うし。ジークは?」
「えー。あんまし気が進まないけど、どうしてもというなら? アーチャーはどうよ?」
「僕はいいよ。ただし、僕は、できれば明日の早朝からにしたいかな。今からじゃ、自分の安全確保をしながら、スナイプポイントを見つけて行動するには、確実に夜になってしまう。そうなってくると、いくら僕でも流石に無理だよ。……うーん。エリシアさん、実際問題、やっぱり今日中に行動がおこせて、成功率も高く、いざと言う時の判断力、逃げ足の早さから言っても、やっぱりレイかなーって僕は思うよ? もちろん、貴方の気持ちを無視出来るわけではないけれど、時間も時間だ。いい加減行動を起さないと、本当に被害が広がってしまうよ? 大丈夫。レイは相手の力量をしっかりと見極められるし、自分の実力以上の相手をいかにして仕留めるかという事案に対し、その道のプロ、暗殺者だよ? ここはやっぱりレイを信じてあげたらどうかなぁ」
「そーよー、エリシア。汚れ仕事を進んでやりたいだなんて言う、汚れ仕事専門の男なんだから、任せておけばいいのよ。それにね、レイなら誰よりも仕事が早いから、これ以上被害が拡大する前に、対処できるのよ。さっさと行かせないと、本当に大変なことになるわよ?」
「う……。でも……」
エリシアは依頼書を丸めたまま、ぐっと握ってしまう。いや、そんなことしてたら依頼書が……。
「はいはい、しょうがないわね。エリシアちゃん、ちょっと奥で私と話しようか。レイちゃん、帰ってきて早々、ハードなお仕事だけど、お願いできるかしら?」
やれやれ、全く。最初からあんたが動けば話はすぐ纏まっただろうに。なんでこうも面倒な事をするんだ。
「……イエス、マイ・ロード」
俺の不貞腐れた返事だけ聞くと、マスターは苦笑いして、べそかき始めたエリシアと一緒に奥の応接間へと入っていった。俺は自分の倉庫の鍵を開け、ヴァンパイア用の装備を点検し始める。
「あの、レイさん。わたし聖水作ってみたんですけど、よかったら使ってください」
いっちゃんが『聖水』と表記されたボトルを5つほど差し出してくれた。。
「お、サンキュー。へぇ、いっちゃんもついに聖水精製を学んだか。大丈夫? いざってときに使ったら真水なんてオチない?」
「だ、大丈夫です! マスターに全部チェックしてもらいました! 見てください、マスターのハナマルスタンプもらいました!」
そう言って、ボトルに張られたラベルに押されたハナマルのスタンプをドヤ顔で指し示すいっちゃん。
「お……おう、そっか。すげーな(大丈夫かな……。なんか余計に不安になるんだけどそのスタンプ)」
湧き出る不安を押さえ込み、俺はいっちゃんがくれた聖水をバックにつめる。その他にも銀製の投げナイフ、聖銀の双剣、そして『アサシン部隊コンバットスーツ』に身を包む。
「あれ? レイさん、それいつものレイさんのお仕事着とは違うんですね」
「ああ、これな。この間の任務で支給されたアサシンスーツだ。着てた奴は鬼夜叉丸との戦闘でダメになっちまったが、他のメンバーが鬼夜叉丸にやられてな。重要なプロテクター部分は無傷だったから、カトレアの奴が回収して寄越したんだよ」
「え、じゃあなんですか? その服、犠牲になったアサシンのメンバーさんから回収したものをそのまま着てるんですか? うわぁ……」
「アサシンの装備は現状市場に出せない秘匿装備が殆どだからな。そんなのアサシンの間じゃ当たり前だぜ?」
その上からシルフィードマントを羽織り、俺は全ての装備を整え広間へと戻った。そこには深刻な顔で電話に応対しているマスターが居た。
「はい……はい、承知いたしました。すぐに私共も対応させていただきます。はい、では後ほど……失礼します」
電話を切るとマスターは大きくため息をついて、なんと、先ほどエリシアが後生大事に握って離さなかった依頼書をビリビリに破いた。
「ニコス村を調査していたガーディアンエンジェルズのマスターから、ギルド連盟に報告が入りました。ニコス村の感染を確認。派遣した騎士隊半数が感染し、助かったメンバーは命からがら逃げてきたそうよ」
ニコス村? このコルトタウンからそう遠くない、荒野を40kmほど行った所の、それなりに大きな村だな。そんな所まで感染が広がっていたのか。
「どういうことですか? まだ昼ですよ?」
アーチャーがその報告を聞いて、訝しげに眉をひそめてマスターに質問した。
「ニコス村には大きな庁舎があったでしょ? そこの窓を全て板で打ちつけ、村人達は篭城したのでしょうね。太陽さえ昇れば助かるって信じて。でもその中に感染者が紛れ込んでしまっていたようね。逃げ場を失った村民は全て感染し、何も知らずに庁舎へ足を踏み入れた騎士隊の数名が犠牲になったそうよ」
「なら、残酷なようだけど、今のうちに庁舎をそのまま焼き払うべきなのでは?」
アーチャーの提案にマスターは首を振った。
「庁舎を焼き払おうとした瞬間。天候操作魔術によって作り出された、分厚く真っ黒に染まった雨雲が、太陽を完全に遮り、突如吹き荒れ始めた強風と豪雨により炎は消し止められ、庁舎の中から飛び出してきた大勢の感染者によって、現場に居合わせた騎士の半数が犠牲となる大惨事になったそうよ。
生き残りの騎士は『村長の息子にやられた。村長の息子はヴァンパイアとして覚醒していた』と証言したとの事。そしてギルド連盟からの通達で、レオニード王国から正式に、私たちに出動命令が下りました。よって我々は今からニコス村のヴァンパイア討伐任務に当たります。……ただし、かなり危険な任務ですので、人選は私が決めます」
アーチャーは思いため息をつき、トレードマークの『アーチャーキャップ』と呼ばれる三角形の帽子を少し深く被りなおした。
「出ないで欲しいとは思っていたけど、正真正銘のヴァンパイアか。しかも村長の息子とはね。オリビア、確かニコス村の村長のところの息子って、オリビアの知り合いだったっけ?」
アーチャーはオリビアに問いかけた。……ということはつまり、オリビアを口説きにかかった男の一人ということだろうか?
「知り合いってほどじゃないわよ。……そうね、同じ魔術師同士交流を深めませんか? なんて寄ってきた男の中の一人、かな。別段イケメンでもなければ、服のセンスだって良くなかった。けど、魔術師としては、けっこういいセンスしてたのよね。そう、彼ヴァンパイアになっちゃったんだ。残念だわ……。マスター、申し訳ないんだけど、私この任務降りさせて? どーせ軽い気持ちで近づかれたってわかってるけど、顔見知りを殺すだなんて、私にはできないわ……」
「そう……。残念だけど仕方ないわね。オリちゃん、一つ貸しよ? レイちゃんは問題ない……とは言えないわよね。……エリシアちゃんごめんね、レイちゃんお願いします! 今回は私も出ます。ジーク君、私のバックアップを。アーチャー君、またレイちゃんのバックアップをお願い。グレン君、この混乱時よ。混乱に乗じてアルデバランがエリシアちゃんを狙って何か仕掛けてくるかもわからないわ。留守番お願いね!」
「おうよ。若干残念だが、ヴァンパイアと相性悪いのは事実だからな。お前ら、気ぃ張ってけよ。油断するとあいつらの仲間入りだからな!」
「とにかくすぐに支度をしよう。各自10分で支度してくれ。俺はティアマトを呼んでくる」
ジークがギルドの扉を飛び出したところで、全員が準備に取り掛かる。
「大変なことに、なっちゃったね。私のせい……かな」
「お前のせいなわけねーだろ。ニコス村の住民は、役500人か? その中のどれだけの人間が無事なのか、あんまり考えたくないが、かなり絶望的な数字なんだろうな。今頃ロキの奴は、腸煮えくり返ってるだろうな。アルデバランの野郎、この大陸で一番怒らせちゃいけない奴を怒らせたぜ」
まぁ、初動捜査の遅れは否めないだろうが、俺が怪しいと思っていた集落は、もっと200kmほど先の集落だ。どうやらそこは無事だったらしい。俺が昏倒していなかったとしても、ニコス村はノーマークだったので、事件の発覚は今と変わらないだろう。いや、もしかすると、今ギルドに居た事は、不幸中の幸いだったと言えるかもしれない。
エリシアは俯いて、ぐっと手を握り締めていたかと思ったら、まっすぐ俺を見据えて言った。
「レイ、私に貴方をサポートさせて!」
その言葉に、俺は困惑した。
「……お前、わかって言ってるのか? 今から俺は、元は人間だったヤツらを相手にしに行くんだぞ? 出くわしたヤツは子供だろうが女だろうが、斬り捨てて前に進む地獄だぞ。そんなものをお前は画面越しとはいえ、目の当たりにするんだぜ? その覚悟、お前にあるか?」
俺の歯に布を着せぬ物言いにも、エリシアは怯む事無く返事をした。
「わかってる、わかってるよ。そんな地獄のような戦場に、貴方はそんな体で行くんでしょ? だったら、せめて貴方の力になりたいの。画面越しにはなってしまうけど、少しでも私の力が貴方の役に立つのであれば、……私は逃げないよ!」
俺はため息をつき、天井を仰ぐ。そして少し思慮し、結論を出した。
「……わかった。カメラはフェアリーカメラを使用する。俺を自動で追尾する飛行型カメラだ。今回はレーダーから目を離すなよ? 俺はある程度気配でわかるけど、それでも死角から襲ってくる敵の位置がわかる事は優位に立ち易い。もう無理だと思ったら言ってくれ。これは絶対だ。いいな?」
「うん、わかった……。レイ、私がんばるね」
とは言っても、あまりガチガチに緊張されても、変なミスをしかねないだろう。少し緊張を解してやろう。
「エチケット袋は持って司令室に入れよ」
「大丈夫だもん! レイこそ本当に気をつけてね! 絶対ドジなんて踏んだらダメなんだから!」
ぷんすかと怒り出すエリシア。まぁ少しは緊張が解けただろうか。アレからエリシアがどう成長したのかも気になる。お手並み拝見とさせてもらおう。
「レイ、そろそろ出発するよ」
アーチャーの声掛けに、俺は右手を上げて返事をする。
「おう、じゃあ行って来る」
「うん、すぐに司令室起動してくるね」
エリシアが司令室へと入っていき、ギルドの扉をくぐろうとしたときだった。
「……ジャンを、……彼をよろしくね。楽に死なせてあげて」
すれ違ったオリビアが、俺に向かってそう小さく呟いた。
「……わかってるよ。俺の腕を信用しろよ」
「……あら、以外。あんたのことだから「珍しくセンチじゃねーか」とか、嫌味を言うだろうななんて思ってたんだけど」
「鏡見てみろ。嫌味を言える顔してねーよ、お前の顔」
オリビアの顔はいつになく曇り、必死に何かを堪えている様な顔だった。オリビアとはもう付き合いは長くなる。ギルド設立当初からの付き合いだった。なのに、そんな顔を見るのは初めてだった。
「行って来る」
「うん」
それだけ言って、俺は扉をくぐり、ギルドの隣に隣接する俺の家のガレージから、未だに返却していないアサシン専用の大型バイク、『フェンリア』を引っ張り出した。
「え。なにそれ。アサシンの新兵器?」
フェンリアを玄関の門から引っ張り出して跨った俺に、ティアマトをつれて帰ってきたジークが驚愕した。
「ああ、テストライダーに選ばれて、オーディアの国境のアベルから、これに乗って帰ってきて、結局返し忘れてた。専用の燃料は切れてて使えないが、普通のガソリンでも結構なスピードでるんだよ。消費激しいけど。チラッと聞いた話によると、『走行中の爆音が目立ちすぎて潜入には不向き』との理由から没案になったとかで、プロトタイプのこれを最後に研究自体が凍結されたらしい。ま、返せって言われたら返すさ」
「なんというジャイアニズム。僕憧れちゃうなー」
アーチャーがへらへらと笑いながらティアマトを一撫でし、背中へと飛び乗った。
「大きな任務を前に、普段どおりでいられる事は悪い事ではないけれど、気を引き締めていくわよ? 全員の生還を持って、この任務の成功とします。」
マスターもティアマトに乗り、彼女は目を瞑り、深呼吸をした。そして俺達もソレにあわせ、緊張感と集中力を高めていく。
「皆に精霊のご加護があらんことを! エアリアルウィング、出動!!!」
「「「イエス、マイ・ロード!!!」」」
ティアマトは力強く羽ばたき、俺はフェンリアのアクセルを全開にして、暗雲立ちこめる戦場へと赴くのだった。




