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―王、親父飯を食らうⅡ―


 厨房からは、早速包丁が食材をリズミカルに刻む音が聞こえてくる。恐らく何かしらつけ合わせを調理しているところなのだろう。


 ふむ、おやっさんならその伝説級の肉をどう調理するのだろう。


 いや決まってる、それほどの肉ならば、単純にステーキにするのがベストだろう。


 ソースの仕込を考えると、提供まで30分ほどだろうか? 


「てかさーロキ。今日はどうやって抜け出してきたんだ?」

「ああ、いつもどおり影武者立てて、有事脱出シュートからスポーンと♪」

「やっぱりなぁ。お前の有事=『退屈』の事で、脱出シュートは、完全に『無断外出用滑り台』だな」

「あはは、上手い事言うねぇ!」

「感心してる場合かよ。そのうちマスターに、あのルート鍵つけられるぞ。もしくは接着剤かなんかでロキウスホイホイ的なものに変えられちまうとか」

「おい。人を台所の黒いアレみたいな風に言うの止めてくれるか? なんか語呂まで合っててすごい不愉快だ」


 下らない雑談に、再び花が咲いたときだった。


「……あの、ロキウス様。大変盛り上がっていらっしゃる所、大変恐縮なのですが、折角お会いできた事ですし、お礼を申し上げたいのですが、よろしいでしょうか」

「……あー、別にお礼を言われるような事はしていないかと思いますが……」


 王として、はしゃぎすぎていたであろうロキは、口ではそうは言いながらも、ぼろ着のローブ万とではあるが、とりあえずシワをしっかりと伸ばし、椅子にしっかりと座りなおした。


「ロキウス王陛下、私をこの国の一員として迎え入れて頂いただけでなく、母やディムルットの葬儀まで手配していただき、そして祖国を追われたオーディアの民を快く受け入れてくださり、住む場所や食事、仕事まで用意していただいたこと、心よりお礼申し上げます。このご恩、一生忘れません。本当にありがとうございました……」


 エリシアは、深々と頭を下げ、ロキは少しばつが悪そうに、こちらをチラリと見た。そしてコホンと咳払いをしてから、ゆっくりと口を開いた。


「……エリシア姫、顔を上げてください。私もアリシア皇后様に、オーディアと和平を結ぶ際に、助けていただいた大恩を、ほんの少しだけ返したに過ぎません。むしろ、私は感謝してるくらいです。いや、違うな。大変申し訳なく思っております。……・本当に! 誠に申し訳ございません!」


 いきなり頭を下げたロキは、意味がわからなくて目を丸くしてるエリシアを他所に……。


「ほら、お前も頭下げる!!!」

「うわっ!? おい!」


 俺の頭をぐいっと押さえ込んで頭を下げさせた。


「ウチのレイが、何時も何時も何時も何時も!!! 貴方様に不快な思いをさせまして!!! まっこと申し訳ございません!!!」

「俺ぇ!!!???」

「心当たりが無いとは言わせないぞこのポンコツアサシン!!! セイラがどれだけ嘆いてるか知ってるか!? 俺そのたびに愚痴を聞かされてるんだぞコラ!!! お前もう少しレディの扱いとデリカシーを持てと今まで散々言ってきたよなぁああ!? お前その度に『任務にそれ必要か?』なんて真顔で聞き返しやがって!!! その結果がこれだろうが!!! 頭下げろコラァァァァァァァ!!!」

「う……。さーせんしたぁ」


 しばらくの沈黙。そして……。


「……ぷっ! あははははは! もう、ロキウス様ったら! 本当に二人は仲が良いのね。そうですね、レイには本当に困ってます。酷い事は言うし、心配ばかりかけるし、こんな素敵で大切なお友達が居るのに、私に教えてくれないし、それに……不意打ちが卑怯すぎるというか、あーやっぱり今のは無しでいいですけど、とにかく、レイにはホトホト困り果ててるので、今度からマスターだけでなく、ロキウス様にも報告しますので、ロキウス様からも言ってあげてくれませんか?」

「ええもちろん! 今後ともこの馬鹿をよろしくお願いします! もう馬車馬のごとくコキ使って構いませんので!」

「オイぃぃぃぃ! これ以上コキ使われたら死んでしまうわボケぇぇぇ!」


 俺の抗議は全く聞き届けられることなく、エリシア、俺、ロキウスの三人で、近所に出来たパン屋の話だとか、城の小うるさい大臣の悪口やら、ゼクス隊長の性格の悪さの悪口など、雑談を少ししたところで、エリシアは紅茶を飲みながら、しみじみと洩らした。



「ロキウス様、本当にここは素敵な国ですね。私の国は、お城の中だけが幸せだったのかもしれない。お城の外のことは、私ほとんど知らなかったんです。


 だからあんな争いが起こったのかもしれません。……もう少し、私達王家の人間が、城の外で暮らす人たちに目を向けられていたら、あんな事にはならなかったのではと、私はここに来てから常々思うのです」


 そんなエリシアの愚痴にも似た後悔の言葉に、ロキは再びロキウス王の貌となり、エリシアに答えた。


「……エリシア姫、私も、かつてはそうでした。


 幼少の頃から、父の代理として、父の言うとおりに他国を侵略し、全て父の決定に従っていました。


 ……私は、父の操り人形だった。それでいいと思っていた。父の役に立てるのが嬉しく、誇らしかった。だが、それは間違っていた。


 それを気がつかせてくれたのは他でもない、セイラとレイでした。そのおかげで私は変われた。私の大切な二人が、私をあの操り糸から開放してくれた。


 そして解放された私がとった行動は、貴方の国を滅ぼした原因と同じ、クーデターでした。


 一度私はこの国を破壊してしまった。ならば次はどうするか?


  答え事態は簡単です。以前よりもすばらしい国を作ることです。私はそう思って、今日まで必死に働いてきました。本当に、現在進行形でめちゃめちゃ大変なんですけどね」


 ロキはクーデター直後から、寝る間も惜しんで働いていた。周辺諸国との交渉や和睦をいくつも結び。世界的大戦を回避する為に必死に動いた。そして、国を滅ぼしてしまった地域には、今まで以上の富をもたらし、市民が望むのであれば独立も許した。


 その結果、稀代の名君と称され、国は領地は縮まれども、秩序と繁栄は守ることが出来たのだ。本当にロキはがんばってきた。アサシンが裏から手を回せば、もっと簡単に纏めることができただろうが、ロキもセイラさんも、そんな方法は取らずに、平和的交渉で全てを片付けた。まぁおかげで、一時期、財政は困難を極めたが、今はもうそんな影も見当たらない。


「エリシア姫、我々レオニードは、アルデバランの暴挙を許しません。あんな行為に再建はありえない。あれはただの破壊と蹂躙だ。奪還して見せます、貴方の故郷を。だからそんな暗い顔しないでください。私の親友が心配してしまう。……恋人にそんな顔をされたら、いくら心臓に毛の生えたレイでもちくっと来てしまいますよ」


 唐突にロキウスの口から飛び出した爆弾発言に、俺とエリシアは狼狽する。


「は!? 何言ってんだお前!」

「ちちち違いますロキウス様!わわたしとレイはそんな、恋人同士だなんてそんな……あ! わたしパパ様のお手伝い行ってきます!」


 慌てふためくエリシアを、ロキは満足そうに万遍の笑みで見送っていた。


「……おいロキ!」

「いやー、だって、ああでもしないと、男同士の会話ができないだろー? しっかし、ほんと、実際見ると美しくて優しくて、まさにおとぎ話にでてくるお姫様だな。お前にゃもったいないよ、レイ」

「つくづくお前って最低な奴だよな」


 その時だった。


 ギルドの窓から一羽の隼が舞い込み、ゆっくりとロキの元に降り立った。その足には書簡が取り付けられていて、ロキはその書簡を隼から受け取った。


 それは、ゼクス隊長が遣わせた使い魔であり、書簡は恐らく、アサシンの活動を報告する密書だろう。


 鳥によってその優先度が違ってくる。隼という事は、最優先事項、もしくは緊急事案という事になる。その悪い予感しかしないチョイスに、俺もロキも表情が強張った。


 しかし、毎度毎度思うが、ゼクス隊長はローテクが好きなのか、ハイテクを使いこなせないのか、とにかく、こう言った手法をとりたがる。


 本当にめんどくさい人だ。


 緊急なら鳥とか使ってる場合じゃないだろうに……。電話しろよ電話! もしくはメール! 何のためにこの国に高い金を払って機械文明取り入れたと思ってやがる! そうじゃなくたって魔法通信だってあるだろうに! 何で今時伝書鳩みたいなマネをするんだよ!


「……くっ! あのアルデバランの糞ジジイが! なんてことを!」

「見せてくれ、ロキ」


 俺はロキウスから書簡を受け取り、目を通す。


 オーディアとレオニードの国境付近にて、アルデバランの特殊工作員部隊と思われる集団に遭遇。直ちに制圧するが、工作員の一人の所持品から『ヴァンパイアブラッド』が入っていたと推測されるカプセルを回収。現在事情聴取中。


「ヴァンパイアブラッド!? 連中、なんてモノを持ち出しやがったんだ」

「まだ調査中の段階だが、詳しいことがわかり次第また連絡する。……レイ、もしもの時は、お前を頼っていいか?」


 ロキが少し申し訳なさそうに、俺の顔を見つめてくる。勿論、俺の答えは何時だって決まってる。

 

「……フン。俺がお前の真面目な頼み事を一度でも断った事あったか? 任せろよ、相棒」


 俺がロキに拳を突き出すと、ロキも拳を出し、俺達は拳と拳を軽くぶつけ合う。


「ああ、頼りにしてるぜ、相棒!」


 依頼書などはまだ存在してないが、俺はロキウスからの依頼を直接請け負ったと認識した。すぐにでも次の任務の準備を始めるべきだと、俺の本能は直感する。また、忙しくなるな……。


「お待ちどうさまです、ロキウス王。龍牛のサーロインステーキ、赤ワインソースでございます」


 重苦しい空気を吹き飛ばすように、おやっさんは厨房から出てきて、ロキの前に料理を提供した。

 

 おやっさんが熱々の鉄板に乗せてきたその肉は、ジュージューと音を立て、肉汁を弾いていた。


 香ばしいガーリックの匂いと、芳醇な赤ワインソースの上品な匂い。それらが相まって、なんとも言えない美味そうな匂いを漂わせている。


 マズイ、涎が垂れそうだ。なんだあれ、めっちゃうまそう!


「ああ……香りだけでこんなに満たされるものなのか? もう我慢できん! いただきます!」


 ロキはすぐさま肉にフォークとナイフを入れ、肉汁の滴るそのステーキを口に運んだ。


 すると、ロキはカッと目を見開き、ぶるぶると震えだした。



「何だこれ!!! うんまぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


 ロキウスは感動で肌を鳥肌でぶつぶつにしながら、腹の底から絶叫した。


「肉だけじゃない、この焼き具合、塩加減、ソース、全てが一流、いや一流なんて言葉じゃ足りない! これ神だぞ! なんという、至福!!! これぞ、神の料理だ!!!」

「だろ? あーあ、しーらね。俺そんなおっかない超高級品食えないわ。おやっさんの料理って麻薬の一種だぜ? 冗談抜きで」


 こりゃまずいな。ロキの奴、おやっさんのヘッドハントに乗り出すんじゃないか?


「ああ霞む! 今まで食べてきた全ての料理が、このステーキの前で霞と消える! 親父殿、貴方は最高の料理人だ。貴方をこの国の人間国宝に任命したい!!! そして是非、我が城でその腕を振るってはもれないだろうか!?」


 ああ、やっぱりだ。……おやっさんがひっぱられたら、俺の仕事が冒険者から料理人になっちまう……。それだけは何とか阻止しなければ……」


「有難き幸せ! ……しかしながら、ロキウス王。畏れながら、人間国宝と、王宮料理人は辞退させていただきたく思います。第一、人間国宝など、自分のような人間には勿体無い肩書きでございます。そして自分の仕事は、このギルドの愛すべき馬鹿息子共と、万人に誇るべき自慢の愛娘達に、世界で一番うまいメシを食わせてやる。それが自分の生き甲斐でございます。故にこれ以上に何も望まないのです。どうか、このギルドで、この腕を奮い続ける事を、お許しください!」

「お……おやっさん!」


 な……。なんてこった。前々から、もし尊敬する男の名前を挙げろと言われて、真っ先に思いつく名前はアラン=マクレガーその人だと思ってはいたが……。やべぇ、俺、感動しちまった!


「……親父殿。なんという御仁だ! くそう、エアリアルウィングのメンバーが羨ましい。こんな最高の料理人が作る、真心の塊とも言える料理。それをレイ達はいつも食べているだなんて! 俺の食事よりよっぽど良い物を食べてるじゃないか!」


 ……よく言うよ。レオニード城の料理人達が作る料理だって、世界レベルで見たって最高級だ。

ただ、おやっさんの場合は世界レベルで最高であって、何を作っても美味い。それだけだ……。


「普段はそんな龍牛みたいな高級品でねーよ。おやっさん、その麻薬ステーキ洒落にならなそうだから、俺カルボナーラね」


 俺は適当にパスタを注文するつもりだった。なのに……。


「あー、レイ。おまえにゃちょっと特別メニューが待ってるぞ」

「え? なにそれ」


 その瞬間、厨房の奥からぞわぞわっと背筋が震え上がるような妖気が漂ってきた。


「れ……レイ。おまたせ……。レイのご飯、作ってみたんだけど」


 エリシアが『何か』を運んでくる。白い皿の上に、一切の光を吸収していくような、真っ黒い、いや、黒いなんてもんじゃない。暗黒の物質、ダークマターを運んでくる。


「え……」


 そしてそれは、容赦なく俺の目の前に置かれた。


「あの。ちょっと焦げちゃって…………」


 全身の毛がよだつ。目の前の妖気の塊を前に、全身の毛穴から汗が吹き出てくる。


「やっぱり、食べられないよね」


 え? 食べる? これって食べ物なの? この皿の上に乗っかってるモノは食べ物なのか?


「え、エリシア? まずそれ以前に、これは一体……」

「えっと、ピラフ。レイが初めて私に作ってくれたのを、パパ様にメモしてもらって作ってみたんだけど……。ほら、レイ、任務に出る時言ってたでしょ?『エリシアの手料理食べてみたい』って。今までも何回か練習してたんだけど、いざ本番になったらすごく緊張しちゃって、焦がしちゃったの。……やっぱり、クスン、こんなの食べられないよね。ごめんね、捨ててくるね」

「う……」


 泣くなよそんな事で!『てへっ♪ 失敗しちゃった☆』くらいのノリで出して来いよ!『せめて食えるもん出せるようになってから出せよド天然』ってつっこめねーよ!!! ああ、殴りたい。あの時にもどってあの時軽はずみな発言をした自分を殴りたい。


「……食う!」

「「「え?」」」


 ああ、何で俺あんな約束したんだ。言わなきゃよかった言わなきゃよかった言わなきゃよかった!!!っていうか本当に本当に本当に!!!


「いや、レイ? これはその、エリシアさんに悪いけど、本当に申し訳ないけど、身体には絶対良くないと思うなぁ? いくらどういうわけだか、毒が一切通じないお前でも、流石にこれはまずいんじゃないかなぁ? お前、まだ病み上がりだろう?」

「そうだぞ、レイ。食うことが優しさだと思ったら間違いだぞ? 料理は失敗して失敗して、その失敗を重ねて美味くなるもんだ。エリシア、お前もそんなモノを人に出しちゃだめだと、良い経験になったろう。食材に『ごめんなさい』と謝って、捨てて来い」

「クスン……。はい、ごめんなさいパパ様。ごめんね、レイ。そう言うわけだから、料理はまた今度にしてね。本当にゴメンね……」


 涙をぽろぽろと流しながら、出した皿を下げようとするエリシアの手を掴んだ。


「エリシア、聞こえなかったようだからもう一度言うぞ。食う!」

「え!? ダメだよレイ! やめて!」

「うるせー! 言い出したのは俺だ!!! そんな泣きべそかきながら捨てるくらいなら最初から出すな!!! 出されたものは最低でも一口くらい食うのが客の務めだちくしょーーー!!!」


 本当に!!! 食べたくありません!!!


「レイ! だめ!」

「いただきます!!!」



 スプーンをダークマターに突き刺し、銀のスプーンを真っ黒に染めるソレを、俺は一思いに口に含む。途端、口いっぱいに広がるダークマター。不味い、なんていう次元じゃなかった。舌と鼻腔を突き抜けて行く、味と認識できないほどの刺激、いや衝撃。あまりの衝撃に、俺の意識が遠退くのが判る。……俺は残された力を振り絞り、感想を口に出した。


「……エリ、シア。クゾマズイ……ってレベルじゃねぇ」

「うん、知ってる。うぇぇぇぇん。レイぃしっかりしてぇ、レイぃ!」

「結局エリシアを泣かしちまいやがって。お前は一体何がしたいんだ?」

「お前ホント馬鹿だよなぁレイ」


 ああ、体の自由が利かない。吐き気とかそう言うレベルじゃない。体が勝手に痙攣し始めた。もしかして俺、このまま死ぬのか? こんなふざけた死に方をするのか?


「ただいまー、レイちゃんもどったわよー?さ、治療を……って、あれ!? ロキウス!? 何で貴方こんなところに!? って、キャー!? レイちゃん!? レイちゃん!? レイちゃん! しっかりしなさい! え? 毒物が一切効かないはずのレイちゃんが急性中毒症状起すなんて、一体どうなってるの!? 何でこんなことに!? ちょっとロキウス、一体何があったの!?」


 消え行く意識の中、俺は思った。エリシアの最大の欠点を見つけた……。エリシアに料理を作らせてはいけない……と。

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