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―王、親父飯を食らうⅠ―


「うーん……」

「お、気がついたか? エリシア」


 ソファーに横になっていたエリシアが目を覚ました。気を失ったエリシアを、俺はソファーへと運び、額に濡れタオルを置いて介抱してやっていた。とはいっても、気絶していたのは、およそ5分程度だった。


「いやー申し訳ないエリシアさん、かなり驚かせてしまったみたいですね」


 ハハハと苦笑いを浮かべ、ぺこりと頭を下げるロキ。


「誤解しないでもらいたいんだが、俺とコイツはホモダチなんかじゃなくてただの親友だ。公には出来ないけどな」


 もちろん冗談だと理解してくれてるとは思うが、エリシアの事だ。本気で信じかねないので、俺は一応誤解を生まないように説明をしておく。


「わ、わかってるよ! そ、その、ちょっと混乱しちゃっただけだから! し、親友? そ、そーなんだ。知らなかったわ。こ、今度から、そういう大切なことはちゃんと教えてね? そ、それとその……介抱してくれて、あ、ありがと」


 エリシアは俺から少し離れて座り、下を俯いて俺と視線を交わすことも無く、小さく座り、両手をひざの上でぎゅっと握り締めていた。その行動を見たロキは、俺の肩に腕を回し、ぐっと顔を近づけ、訝しげに俺に訪ねてくる。


「ひそひそ(おいレイ、お前本当に後ろからギュッとしただけ? ホントは行くとこまで行ったんじゃねーの?」

「ひそひそ(いや、そんな事してないはずだけど)」

「ひそひそ(だってアレは遊び人に手を出されちゃった生娘の反応じゃねぇ? 私何てはしたない事を! しかもあんな軽薄な男と……! 的な……)」

「表出るかコラ」

「馬鹿冗談だよ。ひそひそ(とにかくお前この場をどうにかしてくれよ、息がつまりそうだ)」


 ロキの指令を受け、俺は少しため息をついて、エリシアに話し掛けることにした。


「ああそうだエリシア。おやっさんどうした? 一緒じゃなかったのか?」


 エリシアは、俺の声に少しびくっとして慌てながら、俺の問いかけに答えてくれる。


「あ、えっとパパ様は市場ですごいお肉を見つけて、『絶対競り卸して帰る! アレは私財を投げ打ってでも手に入れるべき代物だ!』ってはりきってて、パパ様が呼んでくれたタクシーで先に帰ってきたの。ギルドまでそんなに距離も無いから歩きますって言ったんだけどね、『護衛もなしにエリシアを歩かせたらマスターに怒られちまうよ』って言われて乗せられちゃったの」


 なるほど。それで一人で帰ってきたのか……。


「なんかおやっさんらしいな。で? そのおやっさんが目の色を変える肉ってどんな肉だったのさ」

「龍牛の霜降りサーロインAAA+よ。アレ一体幾らになるのかしら?」


 一般的な食材ならある程度扱ってきた俺だったが、聞き慣れない食品だった。だが、流石ロキ。舌の肥えたコイツには、心当たりのある食品だったようだ。


「なんだって!? エリシアさん、そんな超高級品がコルトの市場に流れたのですか!?」

「ええ、龍牛といえば、王家の主催するような宴会でしか使用されない高級品。それがAAA+ともなると……」


 なんか二人だけで会話が進んでいくのも癪なので、俺はギルド内の『検索魔法水晶』を起動し、龍牛の項目を検索してみる。最近の魔法テクノロジーの進歩には目を見張るものがある。こんな便利なものまでギルドに支給され、そろそろ掲示板に依頼書を貼り付ける時代が終わるのかもしれない。


『龍牛:普通の乳牛などよりふた回り大きく、気性が荒く、飼育は極めて困難。ドラゴンの鱗の様に固いその皮から龍牛と名づけられた。


 主にエンゼルクレイドル周辺の草原に多く生息し、群れで行動する。この牛から取れる皮を使った防具は革製品と思えないほど頑丈で、高い耐炎性を誇る。そのため一部の冒険者の間で重宝されている。固い皮膚の下に守られた肉は絶品で、第一級高級食材指定を受けている。


 なお、エンゼルクレイドル周辺は邪龍の狩場になっていて、邪龍は龍牛を獲物にすることがある。(皮膚の高い耐炎性は邪龍の炎から身を守るためと考えられる)そのため、龍牛を狙ったハンターが、邪龍に襲われ命を落とすケースが後を絶たない。


 狩猟難易度:A+(特別指定狩猟目標に登録されています。狩猟の際は必ずギルドマスターによる狩猟許可が必要とされます。ご注意を) 

 現在『龍牛』をターゲットとした依頼は2件です。表示する場合はココをタッチしてください』


 俺はコレと言って興味も無い内容だと判断し、検索を終了した。なるほど、どうやらレア中のレア食材だということは理解できた。美食家や一流のコックたちがこぞって競り落としにかかったに違いない。


「しかし、レイのいう『おやっさん』とはここのギルドのアラン=マクレガー氏のことだろ? 彼に幻とも言えるその食材を調理できるのか?」

「いいえ、パパ様だからこそ、あの幻の食材を完璧に調理できるのです。断言します、彼はこの大陸で最高の料理人ですわ、ロキウス様」

「ほう、エリシアさんにそこまで言わせるなんて。セイラのギルドにそんな逸材が?」


 珍しい。エリシアがドヤ顔してる。……どうしてお前がそんなに誇らしげなのかはわからないが……。


「言っとくけどロキ、お前はおやっさんの料理を食わないほうがいいぞ」

「はぁ? なんでだよ」


 何故ってそりゃお前、それは勿論…………。


「お前の食卓に並ぶメシの味が、『豪華に見えるレトルト食品』に変わっちまうんだよ」

「え、そんなに?」


 丁度そのときだった。ギルドの扉がバーンと開き……。


「帰ったぞ! さぁこうしちゃおれん! 今すぐこいつを真空パックして急速冷凍にしてやらんと……ん? んん!? あんたまさか! いや、貴方様は、ロキウス王では!?」


 さすが元傭兵のおやっさんだ、すぐに相手が誰だか気がつくと、その場にひざまずいて、頭を下げた。


「楽にしてくれ。貴殿はエアリアルウィングのコックを勤めるアラン=マクレガー氏だな。いかにも、私はロキウス=レオニードだ。いつもセイラが世話になっている。よく彼女に尽くしてくれているようだな。これからも、私の愛する彼女を、よろしく頼む」

「ははっ! 勿体無きお言葉! このアラン、命に代えましても!」


 おやっさんはチラリと俺を見てぎょっと目を見開き、『なにやってんだおまえ! 頭が高いぞ!』とアイコンタクトを送って来た。


「コホン、えーっと、ロキウス王、セイラ様が戻るまでは、もうオフでいいのではありませんか? っていうかもうなんか色々めんどくせーよロキ」


 俺はつい呆れて、やれやれと両手を広げてアピールしてやる。 


「フッ。そーだな。あっはっはっは! だよなー! やっぱ絶対不自然だと思ったんだよ! お前、彼がもどってきてもそーやって腕組んでふんぞり返ってるし! 少しは協力しろよ! 何か俺が悪いみたいじゃないか!」

「はぁ? お前がかっこつけるからいけないんじゃないか。『あ、おじゃましてまーす♪』くらいで構えてくれれば、俺も説明しやすかったんだよ。ま、悪かったなおやっさん。計らずともドッキリみたいになっちまったよ」


 あっけに取られてフリーズするおやっさん。そんなおやっさんに、エリシアは俺とロキに呆れながら説明してくれた。


「もぅ! レイもロキウス王様も人が悪いですよ! まったくもぅ。……パパ様、レイったら実はロキウス王さまと大親友なんですって。さっきから、マスターが居ないことをいい事に、二人でりんごジュースで無礼講して楽しんでるんですよ? なんか言ってあげてください」

「な、なに!? レイが!? って、レイがコレまでにないくらい明るく笑ってやがる!? お前酒でも飲んだのか!?」

「シラフだよ、くっくっく。びっくりした? やっぱり」

「絶対してるって! だって俺一応おーさまよ? 王さま!」

「ああ。毎度毎度お前の『王様モード』を見ると同一人物とは思えないよ。素のイメージのほうが俺は強いからな。お前いい俳優になるぜ? あーあ、セイラさんにこれが知れたら、俺ら揃ってお仕置きかな」

「だなー。なんでこうセイラってそう言うところばっかりドSなんだろうな。でもああ見えて、ベッドの上では」

「よせ! それ以上聞きたくない。っていうかそれはもうアウトだ。限りなく」


 俺は思わずロキの口を手で押さえていた。


「エリシアちゃん、今時の王族って、案外あんな感じなのかい?」

「あー、やっぱりそう思っちゃいますよね……。私は、皇女としては自分が変わってるなーと思ってたけど、ロキウス王様を見るとなんだか当たり前なのかなって思っちゃいます」


 ロキがげらげらと笑いながら俺の手をどけて、改めておやっさんに切り出した。


「さて、どうやらこのギルドではアラン殿の事を、それぞれ父親の愛称で呼ぶのが慣わしだそうだな。業に入れば郷に従えというし、俺もそうさせてもらおうと思う。それでは、俺はそうだな……『親父殿』と呼ぶことにしよう」

「えぇ!? そんな! なんと恐れ多い!」

「いいんだ、俺はこの馬鹿レイの前では、ただのロキウスだ。酔狂な王の気まぐれだと思って、付き合ってくれると有難いんだが、そこを何とか頼むよ、親父殿」

「ははぁ! かしこまりました!」


 ロキは俺の肩に手を回し、ニタリと笑っていた。コイツってホント、こういうところはずる賢いなぁって思う。


「よし、じゃあ親父殿! 市場で最高の肉を仕入れたんだろう? 最高の一品を注文したいのだが?」


 その挑戦的なロキの視線に、おやっさんの料理人の魂に火がついた。


「なるほど、オーダーですな? ならばこのアラン、全身全霊をもって、最高の一品をご覧に入れましょうぞ!」


 今までに見たことの無い、おやっさんの覇気。コックコートを羽織り、エプロンをギュッと締めたその姿から、燃え盛るフライパンから放たれる熱風のように、それは伝わってきた。それはまさに、数々の戦場を潜り抜けてきた元傭兵と、数々の修羅場をくぐった料理人の二つが合わさった、おやっさんだからこそ出せる、おやっさんの覇気だった。

 

 それを目の当たりにした俺たちは、思わず固唾を飲み込み、彼が調理場という戦場へ赴くのを、黙って守るしかなかった。


「なんて男だ。あんな逸材が、ギルドのコックだと!? 王宮の料理人に、あんな強烈なオーラを放つ男は居ないぞ!」


 ロキウスは感動で、握り拳をぶるぶると震わせていた。


「私の国にも、あんなすごい人は居ませんでした」

「まぁ、経歴も異色だけどな。元傭兵が大陸中を旅してコックとして腕を磨き続けたって、よくよく考えたらすげーぞ」

「これは、出てくる料理が楽しみで仕方ない!」


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