―親友の来訪―
「……えーっと。何で俺ギルドのソファーで寝てるんだっけ」
ギルドに差し込む朝日の眩しさに、ふと目が覚めた。ギルドの天井を眺めながら、昨日のことを思い出す。そう、あの後エリシアは中々泣き止まずに、ただ黙って二人でソファーに座ってたはずだ。その後は……。
「あ。俺寝落ちしたのか」
そこからウトウトしてきたのは覚えてる。で、プツリと意識が飛んだらしい。おそらくエリシアが掛けてくれたんだろう。俺にはしっかりと毛布がかけられていた。
「ふふふ、目が覚めた見たいネ。おはようレイちゃん?」
不意に真横から声がして、そこにはマスターが不敵な笑みを浮かべながら、椅子に腰掛け、モーニングティーを楽しんでいた。
「あ、おはようございますマスター。ただいまです」
「お帰りなさい。無事で何よりよ、レイちゃん。私もうれしいわ♪」
マスターはにっこりと笑いながら、紅茶を一口、口に運んだ。
「とりあえず、顔を洗って寝癖を直していらっしゃいな。クエスト報告はそれからよ」
俺はマスターに促されるまま顔を洗い、髪を整えた。鏡に映る自分の髪が、大分伸びていることに気がついた。散髪に行くべきかもしれない。いつの間にか、約1ヶ月もここを留守にしていた。久しぶりの長期戦に、大分体にガタが来てる。今夜こそ自分のベッドで寝よう。
タオルで顔を拭いたとき、タオルからする柔らかい洗剤の香りが、なぜか昨日のエリシアを思い出させた。理由はもちろん、エリシアも同じ洗剤を使っているからだろう。
俺より一回り小さい身体。華奢な体つきから想像もつかないほど、柔らかいその感触が、強烈に、鮮烈に、そして生々しく、俺の脳裏に焼き付けられていた。その吸い付くような感触を思い出してしまった瞬間、俺は自分がとんでもない愚行に出てしまったことを自覚した。そして顔に血液が集まり、柄にも無く赤面してしまったのである。
「……やっちまった。あいつの顔見れる気がしない」
もう一度顔に冷水を浴びせる。冬の水道は凍てつくほどに冷たかったが、おかげですこし頭が冷える。大丈夫、なるようにしかならないさ。
洗面所から戻った俺は、姿勢を正し、マスターの正面に立った。
「マスター、クエストの報告をします。依頼主、ゼクス=アルビオン氏より依頼された内容を、契約通りに敢行し、期待に沿うことができたことをここに報告します」
俺はゼクス隊長から預かったクエスト完了証を差し出し、マスターは一通り目を通した。
「受理します。本当によく帰ってきてくれました。お帰りなさい、レイちゃん。ほんとに……ほんとに心配してたわよ! エリシアちゃんが!!! ほんっとに大変だったのよ!? エリシアちゃん過呼吸まで起しちゃって、もうほんとにパニックよ!?」
ええ。それはもう私なんかより全然! なんてマスターはプンプン怒りながら言うが、ぶっちゃけ半分はあんたのせいだろ。
「ま、まぁ生きて帰ってきたんだから問題ないっすよ。ははは、それじゃあ報告はこれくらいで……」
とりあえず、いっちゃんが来るのを待とう。あんな体でソファーで寝たせいか、体中のいろいろなところがギシギシと悲鳴を上げている。
「あ、それとね。今いっちゃんはジーク君とグレンちゃんの付き添いで出払ってるから、治療は私がするわ。でも午前中に私は終わらせなきゃいけない仕事がいくつかあるので、悪いけど午後まで我慢してネ。あ、くれぐれもそんな体で外出なんてしないこと! パッと見ただけでも、良くそんな体であんな『へんてこバイク』乗ってたなぁって思うくらい酷い有様よ」
確かに、あのフェンリアの乗り心地は至上最悪だった。あのブーストモードは二度と発動したくない。
「言われなくても何処にも行きませんよ」
「もう少ししたら、パパさんとエリシアちゃんが仕入れから帰ってくるから、もし傷が疼くようだったらエリシアちゃんに治療してもらっててもいいよ?彼女、回復魔法の腕もダイブ上達してきたし、完治はできなくても痛みくらいは和らげることが出来るはずよ。じゃ、行って来るわネ」
そう言って、マスターは紅茶を飲み干し、いくつかの書類をファイルにつめて席を立った。
「行ってらっしゃいませ」
「いい子にしてるのヨ☆」
「はいはい」
マスターはギルドの扉をくぐり、パタンと音を立てて、ギルドの扉は閉まった。そして、静寂になったギルドに俺は一人取り残される形となってしまった。
「え。何。今もしかしてだれもいねーの?」
ギルドの掲示板には、メンバーの名札が張ってあり、それぞれ何のクエストのため何処へ出張中だとか、その日の情報が書いてある。
「グレン、ジーク、いっちゃんはクエストで今日戻る。オリビア休暇で、エステ?いちいち書き込まんでもいい。アーチャーは王宮に特別講師としてお呼ばれか。流石だなぁあいつも・・・」
結局わかったのは自分が今どうしょうもなく暇で、みんなはそれぞれ仕事にいってたり遊んでたりするということだ。まぁつまり、折角帰ってきたのに話し相手もいないのだ。流石の俺でも寂しさくらいは感じる。
「暇だなぁ……」
俺はそんなことを呟きながら、冷蔵庫からりんごジュースをグラスに注ぎ、バーカウンターに座りながらそれを飲む。そして新聞を広げて眺めてみるも、これと言って興味を引くニュースも無いので、俺は新聞を折りたたみ、ため息をつくのだ。
「暇そうだな、レイ」
唐突に真後ろから声をかけられ、俺は思わずジュースを噴出した。別に声をかけられたくらいじゃ驚かないが、声の主が問題だった。その声はとても聞きなれていたが、酷く懐かしく感じ、そして、思わず突っ込まずにはいられない。
「ロ、ロキ!? お前なんでここに!?」
「お、今日は畏まった態度はいきなりオフか? お前相当疲れてるだろ。俺がこっそり忍び寄ってることに、全く気がついてないもんな」
王の姿には相応しくないような安っぽいフード付きのマントで隠しながらも、それは見紛う事なくロキウス=レオニード王。俺の親友だった。ロキはケラケラと笑いながらフードをとった。その黄金の髪が太陽の光を反射し、まぶしく感じた。
「また抜け出したのかよ! 一国の王が護衛もつけずに下町をウロウロするなと何度言えば!」
「ハハハ、怒るな怒るな。確かに俺はこの国の主だ。でもその前に俺はお前の親友であり、お前は俺の親友だ。その親友が任務で死に掛けて、命辛々生きて帰ったなんて報告受けたら、真っ先に見舞いに来るのが親友ってヤツだろ? 久しぶりだな、レイ。無事でよかった」
あまりにも、屈託の無い笑顔で肩を叩いてくるロキに、俺はすっかり毒気を抜かれてしまう。
「ったく、セイラさんにばれてもしらねーからな。久しぶりだな、ロキ。今回ばかりは流石に死んだと思ったぜ」
俺たちは何となく互いの顔を見てぶっと噴出し、げらげらと下品な笑い声をあげた。
「さっぶ! お前親友とかガチで口に出しちゃう!?」
「うっせ! お前こそなんだその面!鼻からりんごジュース垂れて来たぞ! きったねー!」
「いひひひひひ、あははははは! マジありえねー、なにこいつ! 今のクソ寒いセリフ、録音して末代まで聞かせてやりてぇ」
「超ぶっさいくぅ! なんだよその髪、シラミ湧いてそうなんだけど! 伸ばし放題じゃないか! うはははははは!」
俺が唯一心を許せる無二の親友、ロキ。突然の来訪で驚きはしたが、やはりわざわざ赴いてくれたことには、正直感謝するしかない。抜け出すのも楽じゃないはずだ。今頃城は大パニックになっているかもしれない。いや、案外アサシンの誰かを影武者に仕立てて抜け出してきたのかもしれない。
「ったく、全然元気そうじゃないかレイ。心配して損したぜ」
「そう思うならあんな激戦地に送り込むな。アサシン外されてる身を謳歌させろ」
「あれ? 戻りたいんじゃなかったか?」
「カトレア外してくれたら戻る」
「あー、カトレアねぇ。でも、カトレアもいい女だと思うけどなぁ?」
「身体はな。顔も美人だしスタイルもいいとおもうよ。けど脳みそがジャンク品だ」
「ハッハッハ!それ言えてるー。俺もセイラがあんなだったらゾッとするよ。じゃあやっぱセイラが言ってたとおり、エリシア姫のほうがレイは好みか?」
う、エリシアの顔が浮かんだ瞬間、昨日の事を思い出してしまう。ホントどうしたらいいんだろう。あ、待てよ? ロキは今まで付き合った女性はセイラさんだけだが、女の扱いは心得てるはずだ。
「あー、そう。なぁロキ、ちょっと相談したいんだけどさ」
「ん? ついにレイも女の子の口説き方知りたくなった? いいよいいよー? エリシア姫はもうウチの国の一般庶民だから、そりゃもー口説くなりチューするなりお好きにどうぞ。早く結婚して子供作って、国にしっかりと税金納めてもらわないとな。あ、俺もりんごジュースもらうぞ?」
「おう。そのエリシアなんだけどさ」
「うん?」
「昨日思わず抱いちゃったんだよ」
「ぶーーーっ!!!!???」
ロキは飲んでいたりんごジュースを盛大に噴出した。そしてすぐに俺は自分のミスに気がついた。
「あ、それじゃ語弊があるな。なんかそう、思わず背中をぎゅっとね……って、大丈夫かロキ?」
「げっほ!! げっほげほげほげほ!!! げーっほげほげほ!!! ぜぇぜぇ……。お前、お前なぁ! りんごジュース咽ちゃったじゃんか。あーびっくりした。お前それ語弊があるどころの話じゃねーから。いや待て、お前そんなことしちゃったの!? 付き合ってないよな? お前ら」
「うん、ね。どーしよっか。それから俺そのまま力尽きて寝ちゃったみたいで、気が付いたら朝でさ、まだそれからエリシアと顔合わせねーの。俺どうしたらいい? ロキ」
「知るかオヴァカ。そりゃもーどうしょうもないよぉ。でも、拒否られたりしなかったんだろ? なし崩し的にお前はエリシア姫を手に入れちゃったってこと? お前まずいよぉ。一応お相手は、この大陸で一番美しいと言われた皇女だぜ? あ、ちなみに俺はセイラのほうが勿論美人だと思うけど♡」
ロキは、鼻の下をでろぉんと伸ばし、頬をピンクに染めて惚気た。
「……今さっき口説くなりキスするなり好きにしろって言ったじゃんか。それと惚気るな、そのデレデレ面が薄ら寒い」
「エリシア皇女には悪いけどさぁ、バレンタイン皇家が滅んでて良かったな。国際指名手配犯にされてもなんも文句言えないよそれ。俺もかばってやれないよ……呆れるわ。レイ君サイテー、なし崩しにそんなこと女の子にしちゃいけないってセイラ先生に怒られるよー?いーけないんだーいけないんだー、せーんせーに言ってやろー♪」
「……何で酔った勢いでヤッちゃいましたって訳でもないのにすごい叩かれるの? そんなマズイ?」
「ははは、ちょっと盛った。悪い悪い。いや、悪いのはどう考えてもお前だな。うーん、でもそれさぁ、今更後には引けないんじゃないか? ほぼ、君が好きですっていうのをボディーランゲージで伝えちゃった感じだろ? あとは腹くくって言葉にするだけじゃないの? まぁ、それカトレアに知れたら、ふたりともニュースに出来ない死に方しちゃうだろうけど……」
「やっぱそうだよなぁ。あの時完全に後先考えてなかった。俺もなんか浮かれてたみたいだ。なんで? 俺別にカトレアと付き合ってないのに、なんでアイツに気を使わなきゃならんの? やんなっちまう」
ジュースを飲み干し、テーブルに突っ伏したまま、俺は深いため息を突いた。
「にしても、エリシア姫か。そもそも今回のお前に託された任務は、エリシア姫の隠された秘密を探すことだったな」
「ああ、そうだロキ、ちょっといいか?」
「ん?」
俺はロキの身体をぽんぽんとボディチェックをしてみる。
「……何」
不満そうな顔をするロキをほっといて、俺はロキに発信機やら盗聴器やらの類が無いことを確認し、ギルド内の盗聴などもないかチェックする。
「ま、ギルド内はマスターのテリトリーだから、盗聴の心配は無いか」
「で、いきなりお前は仕事スイッチ入れるのか。盗聴の心配までして何の話だよ」
「今回の任務のことだ。ゼクス隊長に話せなかったことがある」
俺は今回の任務で得た情報をすべてロキに話した。エリシアの父親はラジールではない可能性があること。エリシアが動物の言葉を理解し、太古に封印されしイービルウィングの封印をとく鍵である、精霊の巫女であること。そして、それを告白したラジールは、最後アリシア皇后の名を口にして逝ったこと。
「そっか、ラジール皇は死んだのか。ま、自業自得っちゃー自業自得だよな」
「気になるのが、エリシアの存在だ。本当にあいつにそんな力があるのか? もしあるとしたら、エリシアをアルデバランに渡したら世界がひっくり返ることになる」
「にわかに信じがたいけどね。そこらへんはセイラにも聞くべきだし、何なら、お師匠様にも話を聞くべきなんじゃないか? 大賢者フローラ様に」
大賢者フローラ。この国の、マスターを含め5人の賢者を纏める賢者の長。200年以上生きていると言われるエルフで、マスターの実の祖母であり、師匠だ。
俺は幼少のころ、彼女のもとで世話になっていた。そのころに俺はマスターと知り合い、ロキと出合った。ちなみにマスターには、あの頃から、今のように扱き使われていた。だが、俺がアサシンになることを猛反対していたフローラばーさんと、俺は大喧嘩をしてしまい、家出をするように、彼女の屋敷を出てしまったのだ。
「……今更どのツラ下げて帰れと?」
「うーわ。餓鬼臭っ」
「ほっとけ」
自分でもわかっているが、こればかりはどうしょうもないのだ。そんな俺を、ロキは苦笑いしながら話を続けた。
「で、どうしてゼクスに話さなかった?」
「ゼクス隊長は俺以上のリアリストだ。世界をこれ以上に無いほど揺るがすであろうエリシアを、果たして無視してくれるかどうか」
「なるほど。確かにそうだな。アイツなら何かのきっかけがあれば、女でも平気で殺すわ。しかしどうしたモンかなぁ。もしそれが本当なら、絶対にアルデバランなんかに渡すわけには行かないよな。護衛増やそうか? 信頼できるアサシン2名ほどつけてもいいよ?」
「余計なことしなくていい。俺が守る。エリシアは、俺が命に代えても、守って見せるよ」
その言葉をロキに次げた瞬間、背後でどさどさと何かが落ちる音がして、俺たち二人はそちらに目を向けた。
「え……れ、レイ。ゴメンね、盗み聞きとかじゃないよ? たまたま聞こえちゃったって言うか、あ! 何も聞いてない! 何も聞いてないの! 大丈夫大丈夫! ととと隣にいらっしゃる方は、え? ロキウス王様……よね? え? え? なんで?」
「あー……。お、おかえりーエリシア。うんそう、ロキウス王だ。二人はもちろん初対面じゃないよな、あはははは……」
「レイ、お前のその幸運ともいえなくもない不運には、本当に同情するよ。お久しぶりです、エリシア姫。いや、ここはエリシアさんのほうがいいのかな? セイラから話は聞いてないだろうか。実は俺、レイと『お・ホ・モ・だ・ち』なんだよね☆」
「…………おい」
「あっはっはっ、ちょっとしたジョークだよジョーク、エリシアさんだってそんな事判ってるだろ?」
「キュゥ……」
エリシアは変な悲鳴とともに、顔を真っ赤にして、目を回して、どさっと倒れてしまった。
「あー。レイ、ごめん」
「ホントお前ってサイテー」




