―遠き家路と再会Ⅱ―
そこには、白銀色の剣のようなシャープなボディをしながらも、無骨なまでに巨大なエンジンを搭載し、まるで高級車のホイールをそのまま搭載しましたとでも言うような、大口径の車輪を装備した大型のバイクが、そこに静かに鎮座していた。
一際目を引くのは、やはり後輪のサイドのあたりから延びた、4本のマフラーだ。黄金に輝くソレは、今まさに唸りを上げ、神狼のごとく荒々しい疾走を予感させた。
「燃料はただのガソリンじゃない。火龍の血液じゃ。これがどれだけ危険な代物か、貴様にならわかるじゃろ」
「この世で最も高火力にして引火性の高い液体か。えげつないな。事故ったりしたら」
「ああ。周囲30mは何もなくなっちまう。しかし、理論上は一瞬にして最高時速の500kmに到達できる設計じゃ。それをお主に検証してもらいたい。幸い、コルトタウン付近までは長い直線の道が500kmほど続いておる。ここなら最高時速が叩き出せるじゃろ。あとはお主の腕次第じゃな」
腕次第とか言いますけどね爺さん。俺はバイクに乗った経験なんて任務で2回かそこら。プロのライダーでもない俺がこんな化け物に乗れるのか?
「まぁ単純計算、2時間ほどでコルトタウンにつける。現在時刻は午後2時。あと2時間ほどで日が完全に沈む。視界の悪さから言って、1時間にどれだけ距離を稼げるかが問題じゃ。さて、操縦自体は簡単じゃ。クラッチなどはすべてオート。ジャストのタイミングで切り替わるから、お主はアクセルをひねり続ければ良い。まぁ御託を並べるより乗るが早い。ほれ、コレがこいつのライダースーツじゃ」
爺さんから渡されたスーツを身にまとい、ヘルメットを装着した。
「アサシンに支給された戦闘服と同じような素材でできてるのか?」
「まぁな。じゃがはっきり言って気休めじゃ。最高速度で事故を起こせば即ミンチじゃ。まぁ安心せい。痛みを感じる前に死んでいる」
「……ああ、最高だね」
俺はバイクに跨り、エンジンをスタートした。スロットルを捻り、エンジンを吹かすと、大地を揺るがすような低い音が響き渡る。それはまるで、低く唸り声をあげる狼のような轟音だった。
「アサシン専用ねぇ。そんじゃまぁ、いっちょ行って見ますか!」
「必要とされるのは神速に匹敵する反射神経と胆力じゃ! そして忘れるな? こいつは試作機だ。試作機にトラブルはつき物だと思え! 死ぬなよ若造!」
「ああそうかよ。なら殺すかもしれない相手の名前くらい覚えとけ。エアリアルウィングのレイ=ブレイズだ」
「へっ。覚えておくぜ。グッドラック!」
俺はフェンリアのスロットルを思いっきり捻る。フェンリアは前輪を高く持ち上げ、怪物の雄たけびのような爆音を響かせながら、前輪が地面に着地したと同時にロケットのようなスタートを決めた。
その光景はまるで、神速の法を発動したまま疾走しているかのような世界だった。
ほぼ正面しか見えない世界。
激しい風圧で体が飛びそうになるのをフェンリアにしがみつき耐える。
見る見るうちに、フェンリアは加速し、国境のゲートを通過した先の何もない荒野に走った一本の道路を、道なりに進むだけだった。
その道を、フェンリアは音速の速さで駆け抜けていく。
なんという馬力、なんという速度。
きっと、すれ違う車があるとしたら、とんでもない事故を引き起こすだろう。その衝撃波だけで、看板が吹き飛ぶのが、ミラーに映っていた。まさにフェンリアの名にふさわしい走りと言える。
走り出してから数十分が経過しただろうか? ヘルメット内にフランケン博士の声が響いた。
『聞こえるかレイ。フランケンじゃ! どうだフェンリアの乗り心地は』
どうやらヘルメットに通信機が取り付けられているようだ。
「乗り心地は最低だ! 現在時速370km! 風圧で体が千切れそうだ! ただ、すげースピードだ。アサシン専用だけのことはある!」
「ほう、もうすでに50kmを走破したぞ。まぁあと20分ほどで直線コースに出るじゃろ。ソレまでは適当にフェンリアに慣れることじゃな」
「了解!」
山沿いの道に差し掛かり、俺はスピードを落とし、曲がりくねっている道を問題なく通り抜けた。
そして道は山道へと変わり、ヘアピンのようなカーブをドリフトしながら駆け上って行く。
「博士、そろそろ山道も終わるころじゃないか?」
「うむ。頂上から麓までは緩やかなカーブが続く。麓はレオニダス平原じゃ。500kmのただの直線コースが待っている。しかし急げよ? 日暮れが近づいておる。街灯なんてないから視界がほぼゼロに変わる。そんな状態で超高速走行は不可能じゃ」
「わかってるって! よし、頂上を越した。ほんとに怪物みたいなバイクだな。坂道だろうがなんだろうが平然と登っていきやがる」
俺は緩やかなカーブを下っていき、ついにレオニダス平原へと抜けた。
「よし、いいタイムじゃ。ではこれより超高速モードを発動する。右のグリップ付近に赤いボタンがあるじゃろ? ソレを押すとブースターが点火する。心の準備ができたらボタンを押せ!」
「準備なんて何時でもできてる! ブースター点火!」
轟音とともに、バイクのマフラーが炎を吐き出し、前輪が持ち上がった。その瞬間、前輪のサイドからも小さなブースターが発動し、タイヤを無理やり地面に押さえつけ、速度は一瞬にして500kmへ達し、俺はフェンリアにしがみつくのがやっとだった。
「くっ生身で神速のスピードに振り回されてるみたいだ!」
「踏ん張れ小僧。まだブースターを発動して5分も経っとらん。そろそろ、フェンリアが本当の姿を晒すぞ」
「え?」
その言葉は現実となった。ボディがゆっくり変形し、フェンリアのフォルムがまるでカジキのような鋭い形へと変形し、俺を魔力のバリアが包み、風を完全にシャットアウトした。
「おいジジイ。こんな機能があるならもっと早く出すよう設定しやがれ」
「フン。エンジンが放つ膨大な熱エネルギーを、魔法エネルギーに変換することで発動しているバリアじゃ。そのシステムを組み込むだけでも、とてつもない苦労をしたんじゃぞ。贅沢を言うでない。……むむ!?……これは」
「ん? なんだよ。あんまし良い発見じゃなさそうだな」
博士の声のトーンが少し落ちて、ため息混じりに答えた。
「燃料の減りが予想以上じゃ。時速500kmを維持するのはあと20分が限界じゃろう。おおよそ半分の500km地点までは何とかたどり着けるじゃろうが、その後は普通のバイクと大して変わらんスピードで走るしかない」
「えー? まじかよー」
まぁとにかくこのスピードで走るしかない。走れるところまで走って、それから考えよう。っというより、もうなるようにしかならないか。
博士の言ったとおり、20分したところでブースターの燃料が切れ、あとは予備であるガソリンタンクが起動した。
「ふぅ、あと500km。これ500kmもガソリン持つのか?」
「んーむ。持たんじゃろうな。まぁ安心せい、コルトまでの500kmは村が点在しておる。ガソリンも、質は悪いが、あるといえばある。まぁ、気長にコルトまで帰ることじゃな」
「……はぁ」
俺のため息と同時に、フェンリアは元の姿に戻り、さっきの神速のような走りは嘘の様なスピードで(まぁ普通のバイクくらいのスピード)コルトを目指す。
途中の村々に寄り、ガソリンを給油し、適当に食事や休憩を挟みながらスタートしてからおよそ10時間。真夜中の0時を回ったころ、俺はやっとの思いでコルトタウンのゲートをくぐった。そして通いなれた道を行くこと数分。
「着いたぁ」
久しぶりの我が家。そしてその隣に、エアリアルウィング。
もうグレンたちは家に帰ってるだろうな。マスターの部屋の明かりは落ちてる。オリビアの部屋も明かりが落ちてるが、そもそも居ないかもしれない。いっちゃんはぐっすりだろうな。エリシアは……うん、明かりが落ちてるところを見ると寝てるのだろう。
そして今更思うのだ。途中のガソリンスタンドで電話を借りればよかったのだ。なんで到着してからそんなことに、今更気付いてしまったんだろう。
いや、連絡しなくて正解かもな。エリシアの奴が、何時になるか判らない俺の帰りを、起きて待っていたらたまらない。
「とりあえずシャワー浴びるか」
俺は自分の家に入り、服を脱ぎ捨てシャワールームに入り、熱いシャワーを頭からかぶった。
「あー、生き返る。まじでキッツイ任務だったぜー」
鏡に映る自分の姿を見てみると、また大きな傷跡が何箇所か増えていた。
とりあえず体の汚れと汗を全部洗い流し、ふと気がつく。バスルームの曇りガラス越しに、ギルドの暖炉の明かりが灯っているのがわかったのだ。
「あぁ? 消し忘れか? 無用心だなぁ」
俺はすぐに体を拭き、新しい服に着替えて、エアリアルウィングの鍵を持ち、家を出て、すぐ隣のギルドの扉の鍵を開け静かに中に入った。
「あ……」
そこには、大広間の暖炉の前で、クッションを枕に毛布に包まれながら、スースーと寝息を立てる元皇女、エリシアの姿があった。
「……エリシア」
マスターが掛けたであろう毛布のそばには、『こんなところで寝ちゃいけません! いい加減お部屋で寝るようにしなさいネ☆ 追伸、レイちゃん無事だったわよ。明日の朝にはこっちにつくかもネ』というメモが落ちていた。まったく、だったら起こして部屋で寝かせれば良いものを……。
「スー……スー……」
「ったく、風邪引いちまうぞホントに」
エリシアの瞼は、少し腫れていて、泣いたであろう涙の跡が、クッションに残っていた。
「……お前はいつも、泣いてばかりだな。いや、泣かせてるのは俺か。お前の笑顔を守ってやりたいんだけどな。どうしてこうも、うまく行かないんだろうな?」
「スー……スー……れい……ばか……」
「ははは。耳の痛い寝言だな。……そうだな、俺は馬鹿だ」
だって、今俺は、眠るお前を見て、愛おしいと思ってしまった。
「……エリシア、エリシア。おい、起きろよ。エリシア?」
「……ん?」
「ほら、風邪引くぞ? ついでに言うと、こんなところで寝るなんて無用心すぎるっての。おい、エリシア、ほら、寝るなら自分のベッドで寝ろよ」
「ふぇ?」
薄く目を開けたエリシアは、ぽ~っとした表情で俺を少し見つめた。
そして……。
「え?……れい?」
「目ぇ覚めたか? お姫様」
次の瞬間、目を丸くして驚いたかと思ったエリシアは、勢いよく俺に飛びついてきた。
「レイ!!!」
「うぉ!?」
中腰姿勢だった俺は成す術無く倒れこみ、床に後頭部をぶつけた。
「いてててて……」
「レイだよね!? レイだよね!? 夢じゃないよね!?」
な……なんだこれは。今は王位継承権を破棄し、一般人になったとはいえ、皇女に押し倒されてるというこのとんでもない幻のようなシチュエーションは何だ。後頭部の痛みが幻ではないと告げている。
「大丈夫!? 怪我は!? 痛いところは!? ちゃんと心臓動いてるよね!?」
エリシアが俺を抱きしめ、胸板に耳を押し付ける。きっと、俺の心音ははっきりと聞こえてるはずだ。なぜなら、あまりの出来事に、心臓がどっくんどっくん暴れまわってるような感覚に陥っているからだ。
「お、落ち着けって。痛いところはそうだな、後頭部が痛い。で、お前は一度深呼吸でもして、自分が今何してるのか再認識してみてくれるとうれしいかな」
状況としてはそう、エリシアが馬乗りになって俺を押し倒している。こんなところを誰かに見られたら間違いなく俺は殺される。っていうか、コレは流石に理性というものが壊滅寸前なのである。
「……ハッ!?」
エリシアは耳まで真っ赤にして、俺から飛びのいた。
「わ、私ってばなんてはしたない事を!」
「ったく、大袈裟なんだよお前は」
俺は気まずさのあまり、ちょっと頬を搔いて、目を逸らした。
「……大袈裟? 大袈裟ですって?」
「え?」
俺の一言でエリシアは肩をワナワナと震わせ、俺を涙目でキッと睨んだかと思ったら、そこらへんにあったクッションを手に取り、俺に向かってきた。
「ちょ!?」
ぼふっと柔らかいクッションが顔面を叩いた。
「私がどれだけ心配したかも知らないで! 何よ! 連絡も取れないし、ニュースじゃオーディアの情勢は悪くなる一方で、アルデバランが怖い生物兵器なんていうのを持ち出したとか、鬼夜叉丸とあなたが戦って、あなたは重症を負って意識不明っていう報告受けるし、その後の連絡もなし! 私が!……私が毎日、どんな気持ちで……わたし……毎日怖くて、不安で、胸が張り裂けそうで!」
一方的に殴り続けていたエリシアは、ボロボロと泣き出し、俺に背を向けた。
「……悪かったよ、もう泣くな。ほら、俺帰ってきたぞ? な?」
「な゛い゛でな゛い゛も゛ん゛!!!」
あー……めっちゃ泣いてる。ほんとにコイツは、喜んだり怒ったり泣いたり、忙しいやつだな。そういえば、こんなに俺を心配してくれた人は今までに居たかな。マスターは、確かに心配してはくれるだろうけど、それ以上に俺を信頼してくれているから、こうはならないだろうな。レイなら大丈夫。そんな風に皆は思ってるかもしれない。
「……いつまでも泣いてんじゃねーよ、ばーか」
俺はそう、この後の事なんて、ほとんど考えずに、俺のために涙を流し続けるこのお姫様の背中を
「え?」
優しくそっと、それでも、心の中では強く、抱きしめてしまったのだ。
「ただいま、エリシア。 お前のお守りのおかげで、俺は助かったみたいだ。ありがとな」
「……っ! ばか。遅いよ。どれだけ待たせれば気が済むのよ……。心配したんだからね? 無事でよかった……。お帰りなさい、レイ」




