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Aerial Wing -ある暗殺者の物語-  作者: ちゃーりー
オーディア紛争地域
40/119

―死闘―


『ども、久々ッス、アサシンのお兄さん♪』


「な……!?」


連絡水晶から聞こえるはずのない男の声に、俺は戦慄する。


「鬼夜叉丸!」

『ピンポーン♪ よかったー、これで『誰?』とか言われたらどうしようかと思ったッス☆」

「なんでお前が! ユキカゼ班長に一体何をした!?」

「レイレイ、ちょっと落ち着いたら? ねぇ、鬼夜叉丸だっけ?」


 隣で情けなくパニックになってる俺を他所に、カトレアは至って冷静だった。


「ユキカゼ班長、その通信水晶の持ち主はどうしたの? ま。大体察しはつくけれど、確認のためね。落し物を偶然拾いましたなんて冗談やめてよね?」

『わ、きれーな声の女の人♡ 俺あんたみたいな声の女、タイプなんスよねー♡ ベッドで乱れるタイプと見た♡ あ、スンマセン話脱線しちゃったッス。この通信水晶の持ち主さんでしたっけ? ちょっと前に一戦交えたッス。いやー強かったッスよ。仲間を逃がす為に一人、この俺の前に立ちはだかって、名誉の戦死って奴ッス。滅茶苦茶強かったッスよ、あの人。人間にしてはね。まぁ、俺の敵じゃないッスけど? その勇気と強さに敬意を表して、他の奴らは見逃してあげたんすけどね。ねぇねぇお姉さん、この水晶顔とかみれないの? 見てみたいなぁお姉さんの顔♡ きっとかわいいんだろーなぁ?』


 軽口を叩く鬼夜叉丸の態度に、俺もカトレアも、苛立ちを覚えていた。だが、俺達の頭の中を支配していたのは、鬼夜叉丸へのイラつきなどではなく、ユキカゼ班長を失ったという現状についてだった。


「ユキカゼ班長……!」


 しかし、ユキカゼ班長の事を惜しんでる場合ではないのだ。


 迂闊だった。こいつの存在を勿論意識していた。なのに、簡単に自分の名を知られてしまった。偶然とはいえ、なんて失態だ。このままじゃエリシアの居場所がコイツにばれちまう! どうすりゃいい!


『レイさんレイさん。こう見えてもぉ、俺は見る目あるんッス。あんたは、さっきの班長さんより強い。いや、正確に言えば、強くなる人間ッス。俺は、強い奴はたまらなく好きなんスよ。変な意味じゃないッスよ? 俺衆道はさっぱりなんで。女の子大好きなんで。って話がそれたッスね。つーわけで、ここらでいっちょ殺陣たてましょうや。今エルフの隠れ里に居ます。早く来てくださいよ?……退屈で退屈で、誰か斬らないと落ち着かないんッスよねぇ。あ、そーだ、ボウヤちょっとこっちおいで。大丈夫、斬ったりしないッスから。じゃないとぉ、君のお母さん、頭がなくなっちゃうかもぉ。どーする? クヒヒヒヒ』

『ひっく、ひっく。やだよぉ、お母さんを殺さないでよぉ!』

『ダメよアルベル! 逃げなさい!」

「おい、何をする気だ! 鬼夜叉丸!」

『ボウヤ名前は?』

『ひっく、あ……アルベル』

『アルベル君、ちょーっとお願いがあるッス。この水晶に向かって、『レイお兄ちゃん助けてー!』って叫んで欲しいッス。もし声が小さかったら、お母さん死んじゃうかもしれないなー?』

『れ……レイお兄ちゃん助けてー!!!』

『あれぇ? 小さいなぁ!』

『レイお兄ちゃん助けてー!!!』

『レイお兄ちゃん助けてー! あはははははは!!! ほら、続けて続けて♪」

『お願い、レイお兄ちゃん助けて! お母さんを助けてーーー!!!」


 まだ幼いであろう子供が、喉を潰さんばかりの悲痛な叫び声を上げ、助けを求めている。それを聞いて鬼夜叉丸は、何がそんなに可笑しいのか、さぞ楽しそうに、ゲラゲラと不愉快な笑い声を上げた。


 俺は正義の味方じゃない。だが。


 ここで動かないほど、腐っても居ない。


「鬼夜叉丸、今すぐその親子を放せ。退屈なんだろ? 遊んでやるよ、糞餓鬼」

『ククク、嬉しいッス。待ってますよ、れーいさん♪』


 俺は水晶を踏み潰し、装備を確認する。もう名前は割れちまったんだ、覆面なんて邪魔になるだけだろう。


「勝ち目なんてないと思うけどー? 今のレイレイには」

「カトレア。今の俺は虫の居所が最高に悪い。黙っててくれるか?」


 全ての装備の確認を終え、俺は廃屋を後にする。


「ほんとバカ。そんなんだから、他のアサシンにナメられるのよ? いっそ騎士にでも転職しなさいよ。どうなっても知らないんだからね? ……ま、レイレイに『アレ』を無視しろってのが、無理な話かな。アサシンの中で超がつくほどお人好しだもんね、レイレイは」

 

背後で、カトレアの罵詈雑言が聞こえた気がしたが、俺は意に介せず森へと向かう。


 勝ち目があるかと聞かれたら、ない訳ではないが、限りなく薄い。勝ち目と言っていい次元じゃない。だが、このまま放っておくわけにも行かない。あの糞餓鬼に、この刃を叩き込んでやる!!!






―エルフの隠れ里―


「お、来たッスね。あと5分待って来なかったら、とりあえずこの子の前で母親犯してから探しに行こうと思ってた所ッス。どうもレイさん。元気してました? エリシアちゃん元気ッスか? まさか手ぇ出してないッスよね? あのコ、俺の嫁なんで手ぇ出したら 瞬殺シュンコロッスよ?」


 鬼夜叉丸は捕まえていたエルフの子供を、母親の方へと放り、コキコキと首の骨を鳴らした。


「ここからできる限り子供を連れて逃げろ。今すぐに」

「は、はい!」

「ひっく、ひっく、怖かったよぉ、お母さん……」


 必死に母親にしがみつくエルフの子供を見て、少しの安堵を覚えつつも、溢れ出る殺気を全て、目の前の悪鬼へと集中する。


「こいつ等も、アサシンなんすか? 雑兵のまちがいっしょ?」


 そんなセリフを吐く鬼夜叉丸の足元には、見知った顔の遺体が無造作に転がっていた。


「カルロス、ニーゲル!」


 鬼夜叉丸はニーゲルの顔面を踏みつけ、さもつまらなそうに、その亡骸を茂みへと蹴り飛ばした。


「逃げろブレイズ、逃げるんだ。お前に勝てる相手ではな……ゲホゲホッ!」


 声がした方向を見ると、血だまりの中にユキカゼ班長が横たわっていた。

 

「班長!」

「俺のことはいい! 逃げろ、ブレイズ! お前の責務を果たせ! げほっ!」


 俺は班長に駆け寄り、すぐに傷の具合を確認する。


「あれ、生きてた? でも助からないと思うッス。その血の量、普通の人間なら致死量ッスよ。意識があるのがビックリッス。あ、介錯いります? 得意ッスけど。ギャハハハハハハ」

「おい、変態殺人鬼。餓鬼の遊びに付き合ってやるって言ってるんだ。良い子にして待ってろ。お前こそ、今のうちに首でも洗っといたらどうだ?」

「ぶっ!……くっくっく、OKッス。でも、もし俺をがっかりさせたら、簡単にゃ殺さないッスよ? たっぷりと苦しんでもらうッスから」


 俺はすぐさま止血を施し、班長を安全なところに運んだ。だが、この傷じゃもう……。


「はぁはぁ……。お前の足なら、逃げ切れる。何故逃げない。お前には任務があるはずだ。アサシンなら任務を優先しろ、ブレイズ!」

「違うぜ、班長。今の俺は元アサシンであって、アサシンじゃない」


 俺は魔力を開放し、殺陣鬼へと意識を集中した。


「俺はエアリアルウィングのレイ=ブレイズ。『殺陣鬼』鬼夜叉丸。お前を、任務遂行の障害とみなし、排除する!!!」

「ククク、良い殺気だ。あの時とは別モンッスよ。さぁ、殺陣ましょうか。最高に楽しい一時にしましょうや! ねぇ!? エアリアルウィングのレイさんよぉ!!!」


 鬼夜叉丸はゆっくりと腰を落し、居合いの構えを取った。

そして俺はシルフィードとイフリートを両手に構え、全神経……いや、全身全霊を鬼夜叉丸に集中する。


 刹那、俺と鬼夜叉丸は同時に飛び出し、互いに高速の乱撃を繰り出し、交じり合う刃が火花のブーケと、金属と金属が激しくぶつかり続ける耳障りなノイズを作り出した。そして互いに一瞬距離を取り、再び地を蹴り距離を詰め、互いに渾身の一閃を繰り出す。


 刃と刃がせめぎ合い、耳鳴りがするようなキィンと言う甲高い金属音が周囲に響き渡る。


「へぇ? いい音させるじゃないッスか。完全に今、俺の攻撃に合わせたッスね? 以前のレイさんなら、汚い音響かせて、無様にぶっ飛んでたでしょうに」

「……チッ。相変わらずチートみたいにえげつない斬撃だ。コレが手抜きの一撃だと思うとゾッとするぜ!」

「ハハッ。確かに本気とは言いがたいッスけど、今の一撃が殺すつもりがなかったわけじゃないッスよ? 初めて殺陣たてた時の最初の斬撃、それと同じくらいの力加減ッス。あ、大概の人間はコレで死ぬッス。受け止める人間なんて殆ど居ないッス。というわけなんで、ギア上げるッスよ?」

「ほざけ!」


 奴の繰り出した斬撃を左で受け止め、右の剣を突き出す。その突きをかわされ、再び奴の斬撃が真横から襲ってきて、それを両方の剣で受け止め、弾き、左右交互に突きを繰り出すが、奴は涼しい顔で全て避けやがる。

 右手の剣を振り下ろした際に、左手に魔力を集中し、炎を纏わせ、奴が右の斬撃を防いだ瞬間に、その炎を鬼夜叉丸に向かって爆発させた。


 だがそんな物をもろともせずに、爆炎の中から腕が伸びて俺の首を捻り潰そうと迫り、間一髪でかわし、奴の爪が掠った頬に裂傷が走った。


 俺は背後に跳び、いったん鬼夜叉丸と距離を取る。奴は不思議と深追いするような事はしてこなかった。


「良い剣ッスね。持ち主に良く馴染んでる。それ、精霊剣ッスよね。しかも、それぞれ別の属性と来たもんだ。世の中の剣士が見たら嫉妬の余り勃起するんじゃないッスか? 俺はしねーけど。うひひひひ! でもさぁ、そんな名剣を、なんであの時持ってこなかったんスか?」

「見ての通り目立ちすぎるんだよ。特にイフリートは、一度鞘から抜いたらこの剣自身が満足するまで火を吹き続けるしな!」

「マジッスか! いいッスねぇ~。そういうの大好物ッス」


 こちらが再び剣を構えたと同時に、奴は再び踏み込み、凶悪な斬撃を振り下ろす。

その斬撃を二回、三回と弾き、逸らし、こちらも攻撃を仕掛けるが、奴はまるで遊ぶようにかわした。


「ククク。いいッスねぇいいッスねぇ。レイさん『神速の法』って言ってましたっけ? アレ使わずに、俺の動きについて来れてるじゃないッスか。これなら、俺もそれなりに本気になれるッス」

「性格の悪い奴だ。テメェにしちゃあ温い事しやがると思ってたが、俺を試しやがるか。舐められたもんだな」

「それはお互い様ッスよ。レイさんこそ、今の今まで神速の法を使ってないじゃないッスか。自分のスピードが、どれだけあの時と変わったのか俺で試してんでしょ? なら、御相子おあいこッスよ。じゃ、探り合いはこの辺で……」


 お互いに背後へ飛び退いて距離を取り、一気に魔力を滾らせ、全開放する。


「……神速!」


 世界がゆっくりと動く。音をそこへ置き去りにするような世界。その世界の中で、俺たちは共に地面を蹴り、互いの距離をゼロに詰め、剣を交える。


 左右交互に斬りつけるも、鬼夜叉丸はそれを防ぎ、俺の隙を正確に見切り、すかさず突きを繰り出す。


 少し反応が遅れた俺は、左の剣で防ぎつつ、体を捻らせ回転し、なんとか急所を避ける。腕を少し斬られたが、致命傷じゃない。まだ動かす事もできる。


 回転した体の遠心力をそのまま利用し、奴の懐へと剣を切り上げる。

だが奴は驚いた事に、ひじと膝で刃を受け止め、にやりと笑い、左手で掌打を繰り出す。

 その掌打が俺を突き飛ばす寸前に、俺は鬼夜叉丸に受け止められた刃に魔力を送った。シルフィードが俺の魔力に反応し、真空の刃を孕んだ突風を吐き出す。


 生み出された突風は完全に鬼夜叉丸を捕らえており、鬼夜叉丸はその風に吹き飛ばされ、体には無数の裂傷が生じた。


「はぁはぁはぁ」


 互いの繰り出す技、全ての攻撃が必殺の一撃だった。一瞬でも気を抜いたら、間違いなく死んでいた。極度の緊張で、吸い込む空気が、まるで鉛のように重たい。なのにこの差は一体何だ。俺は凌ぐことで精一杯だというのに、あいつはまだ余裕が見て取れる。


「っててー。油断しちゃったッス」

「鋼鉄ですらねじ切れるシルフィードの鎌鼬だぞ。どういう体してんだよ、鬼ってのは……」


 全力で鎌鼬を発生させたはずなのに、奴には致命傷に至る傷を一つだってつけられてない。タイミングは完璧だったはずだ。原因があるとすれば、俺の魔力の出力不足に他ならない。目に見える自分の力不足に憤りを感じ、奥歯がギリリと鈍い音を上げた。


「肉体を構築している物質は人間とほぼ一緒っス。違うのはそーッスね。魔力の容量と、その技術ッス。今俺は、レイさんの魔力が剣に注がれ、暴れだす前に、体に魔力の鎧を纏ったッス。コレが出来なかったら間違いなくミンチッスよミンチ」


 けらけらと笑いながら、鬼夜叉丸は刀に魔力を注いだ。


「精霊剣。はるか昔、魔族や魔物と呼ばれていた人間の脅威に対し、神が与えし秘法の産物。……だったかな? 俺等鬼の間に伝わる精霊剣の情報ッス。精霊剣に魔力さえ注げば誰もが魔族と対等に戦えちゃいますよーってヤツッスか? クックックッ。舐められたもんッスよねぇ、鬼もさ!」


 やばい、あの魔力は絶対にヤバイ。俺は即座にシルフィードに魔力を注ぎ、目の前に風の障壁を作り出す。


「お返しッス」


 鬼夜叉丸の突き出した刀から、シルフィードが吐き出した鎌鼬と同様の突風、いや、魔力の奔流が俺を襲う。


「うぉぉぉ!」


 俺は全力で魔力を剣に注ぎ、その奔流に立ち向かったが、魔力の量が圧倒的に違う。風の障壁を突き破られ、俺は体をズタズタにされながら、大きく後ろへと吹き飛ばされた。


「わかります? 魔力ってこうやって使うんッスよ。その剣、確かに持ち主に馴染んでて良い剣ッス。けど、使う側がそれじゃ話にならないッス。剣が泣いてるッスよ? 本当の力を使ってくれてないって。今のレイさんじゃあ『猫に小判』ってとこッスね。ま、見ての通り、俺の『斬神丸』も妖刀の類ッス。あんたと違うところは、俺が持つとまさに、『鬼に金棒』って事ッスよ! あはははは!」


 奴の刀に魔力が走り、無造作に何度も刀を振り下ろす。振り下ろすたびに魔力が刃となって飛んでくる。悲鳴を上げる体を無理やりおこし、無様に転がりながらその刃を避ける。


「この……! くそったれがぁぁぁぁ!!!」


 容赦なく飛んでくる刃に、イフリートとシルフィード両方に魔力を注ぎ、同じように魔力の刃を飛ばし、打ち落とす。


「ククク。格の違いって奴を見せてやるッス。次はそう、戦闘技術の差ってヤツッス」


 次の瞬間、奴は刀を納刀し、俺の飛ばした刃をするりとすり抜け続け、こちらへと近づいてくる。

スピードを上げて何度も飛ばし、角度を変えても、奴は肌に掠めもせず、ゆっくりと近づいてきやがった。


 こんなにも違うものなのか? ついに奴は俺の目の前までやってきて、振り下ろした剣を、造作もなく魔力で固めたであろう左腕で受け止めやがった。


 血の気が引くのと共に、俺は悟ってしまう。勝てるはずがない。レベルが別次元だ。


「ふぅ、ま、ざっとこんなモンッスよ。今の、レイさんに出来ます?」

「化け物め!」


 瞬間、ニタリと笑った奴は、右拳をぞっとするようなスピードで突き出し、俺はとっさに両の剣でガードした。が、剣はそのまま後ろへと弾かれ、俺の手から離れて地面へと突き刺さる。そしてガードがガラ空きになったところへ、奴は腹部目掛けて蹴りを繰り出す。


「神速!」


 攻撃をまともに食らうその寸前、後ろへ跳び、なんとか両の腕で防御の姿勢をとり、その凶暴なまでな蹴りをその腕に受けた。


 全身を駆け巡る衝撃音。思わず意識が飛びそうになるほどの激痛。まるでグレンの全力の阿修羅金剛拳をまともに食らったような衝撃に、ガードした俺の左腕の骨は粉砕され、吹き飛んだ俺は大木へと叩き付けられ、口から血を吹き出した。


「がはっ! げほっげほっ!」


 俺は痛みに悶え、地面へと崩れ落ちる。全身に走る痛みが、俺に立ち上がることを許さない。


「あーあ。がっかりッスよレイさん。やっぱレイさんもちょっとだけ本気出しちゃうと、こんなあっさり壊れちゃうんッスね。ねぇレイさん。俺等が最初に殺陣た時、塔の上に滅茶苦茶すげー人、居ましたよね? あの人が、噂のゼクス=アルビオンさんなんスかね」


 こいつ……やっぱり化け物だ。俺ですら気が付けなかったゼクス隊長の気配に気がついてやがった。ヤバイ、痛みで意識が薄れる。


『……負けないで』


 くっそ、幻聴までしてきやがった。いよいよヤバイ。俺、このまま死ぬのかな……。


『……死なないで』


「初めてッスよ。あんなにこえーって思ったの。でも同時に嬉しかったッス。自分より強い相手が存在して、俺の事ジーッと見てるんスよ?今にも殺してやろうかなって殺気ぶつけながら。へへへ、その状況下であんたらと殺しあうとか、マジ最高だったなぁ」


 動け、動いてくれ、俺の体。


……ちくしょう、痛ぇ。息をするだけで激痛が走る。こんな体でこれ以上何が出来るってんだ……。ああ、せめてマスターに、これまでの事をなんとか伝えないと。……だめだ、伝える方法なんて思いつかねーや。くそ、犬死かよ。アイツにも、合わせる顔がありゃしねぇ……。


『諦めないで』


 さっきから聞こえてる幻聴は、エリシアの声だ。俺の走馬灯はエリシアが独占してるようだ。


 エリシア、ごめんな。約束、守ってやれそうにない。それどころか、俺のせいでお前の居場所割れちまうかも……。


ははは、なんて悪い冗談だ。もっと恩義を感じなきゃいけない相手は居るはずなのに、あいつの顔ばっかり頭に浮かんできやがる。


エリシア、か。ほんと天然で、ドジでビックリするくらい庶民的なお姫様だったなぁ。


『帰ってきて』


 俺が死んだら、アイツ後悔するかな。ハンコ押した事、責任感じちまうのかな。


だとしたら、申し訳ねぇなぁ。もう、アイツの泣き顔は見たくないのになぁ。


って、これから死ぬ俺には、泣き顔どころか、笑顔も見れないか……。もっと、いろんな顔見てみたかったな。もっと、傍に居てやりてぇな。

 

 あー、参った。今更理解してしまった。俺、死にたくない。すげーみっともねぇ理由で死にたくないって思っちまった。





 ……ああなんてこった。俺、いつの間にか、エリシアに惚れてたのか。






「……クソがぁぁ! 動きやがれぇぇぇぇぇ!!!」


 死に掛けた体にムチを打って、歯を食いしばって、激痛に耐えながら立ち上がる。


「おーおー、いきてたッスか。って立つんスか!? その体で!? 自分でやっておいてなんだけどマジ死ぬッスよ?」

「はぁはぁ……はぁはぁ!」


 ごめんな、エリシア。約束したのに、クエスト失敗だわ。


「……ククク。いいッスねぇいいッスねぇ。今まで何人かそんな死に掛けみたいな状態にしてきたけど、大体いうことは二通り、『殺してくれ』か『助けてくれ』のどっちかだったッス。そういう時はねぇ、殺してくれって言った奴は利き腕切り落として生かして、助けてくれって言った奴は殺したッス。そのときのあいつ等の顔といったら、ククク。でもレイさん。いい面してやがる。体は死体と大してかわらねーのに、目と殺気だけは『殺してやる』って訴えてる。最高ッス。最高ッスよレイさん!!!」



『絶対に、私の元へ帰ってきて。私には、あなたが必要なの。だから、生きて! 負けないで、レイ!』


 せめて、一つくらい守らせてくれ。この鬼に、お前を触れさせやしない。指、いや細胞の一つさえ、お前には触れさせない。


「はぁはぁ、全く、ほんっとに禄でもない仕事を引き受けたもんだ……。こんなバケモノから守れって? 依頼人は天国に居るから追加報酬無しだなんて、安請け合いもいいとこだ。恨むぜマスター!」


 お前は、お前だけは、俺が……守る!!!こんな安っぽい命一つで、お前を守れるなら!!!


「なぁ、鬼って地獄から生まれたんだろ? だったら道案内してくれよ、糞餓鬼。地獄でたっぷり殺し合おうぜ?」

「あはははははは!!! あんたのことは忘れないッスよレイさん! 地獄は一人で行ってください。あ、安心してください。エリシアちゃんは大切にするッス。毎晩抱いて寝るッス。寂しい思いなんてさせないッスから、もう死んでください」


 不思議だ。アレだけ痛かった体が動く。痛みを通り越したか? もう何でも良い……。


「来てくれ、シルフィード」


 風の剣であるシルフィードは、俺の呼び声に答え、ふわりと空中へ浮かび、俺の掌へと収まる。


「シルフィード、思えばお前は、最初に俺が手に入れた精霊剣だったな。ずっと世話になってきた。お前が居なかったら、今まで生きて来れなかった。それでも俺は、お前を使いこなせてやれてなかったんだな。すまない。最初で最期でいい。俺にお前の本当の力を見せてくれないか」


 その時だった。頭の中に、一つの知識が流れ込んできた。それは、シルフィードが俺に教えてくれた、シルフィードの力の一部であるということはすぐにわかった。


「サンキュ、相棒」


 そして地面に刺さっていたイフリートが炎を吹き出し、そのまま俺の傍へと浮かび上がり、折れた左腕にイフリートの魔力が注がれ、砕かれた全身の骨が再生して行くのが判った。


「イフリート、お前こんな事ができたのか。……そうだよな、ごめん、お前もずっと一緒だよな」


 力が沸いてくる。これなら、まだ戦える。最初で最期の、全身全霊を篭めた、最強の切り札を使うことが出来る。


「この土壇場で、精霊剣の力を解放したッスか。猫に小判ってのは、訂正した方がよさそうッスね。ま、見せてくださいよ、レイさんの最期の輝きをさぁ!」


 鬼夜叉丸が、居合いの構えを取り、殺気と魔力を高め続ける。恐らく、これがお互い最後の一撃になるはずだ。


「『エア・マスタリー』」


 シルフィードが教えてくれた力を解放する。

 

 エア・マスタリー。自分を中心とした半径3m程度の空間の空気を、完全に掌握する。一見、普通の人間には3m以内の人間の空気を奪うとか、水中だろうが高高度だろうが、空気を保つことが出来る力。だが、俺が使うと豹変する。超神速で感じた、あの深海に居るような感覚。あれは、空気の壁に他ならない。それを取り払ったなら!


「神速の法、奥義。超神速……!」

「!?」


 爆発的に上がった俺の魔力に、鬼夜叉丸は表情を変え、俺へと全神経を集中させる。


発動と同時に俺は地面を蹴る。思ったとおり、あの強烈な空気の抵抗を一切感じない。カトレアとやり合った時よる数段スピードも上がってる。これなら確実に切り伏せることが出来る。だが、俺の思惑を完全に上回ったのが鬼夜叉丸だ。


 もう何されても驚かないって思ってたが、やっぱりすごいもんだなコイツ。俺の動きを完全に捉え、剣を引き抜いてやがる。


 鬼夜叉丸の刀は、空気との摩擦で真っ赤に染まりながらも、俺を確実に切り捨てようと迫った。


 その刃を全力で左手のイフリートで弾いた時、その想像を絶する衝撃で骨が再び砕けたが、イフリートが、粉砕されたところから、片っ端に修正していくのがわかる。


 だがもう左手の剣は振るえないだろう。力が上手く入らない。だというのに、目の前の鬼は、あの衝撃を自身も受けた筈なのに、俺の頭へそのまま刀を振り下ろそうと構え直していた。


 だが、そう。それを待ってた。今までずっとシュミレーションし続けてたんだ。この瞬間だけを!


 筋肉の動き、呼吸、趣向、癖。


 奴は居合いの真横一閃の攻撃を防がれた後、恐ろしいスピードで上段構えへと持ち直し、渾身の一撃を振り下ろす。


 コレが奴の必殺パターン。


 だがそれこそ、奴が見せるほんの一瞬の隙。超神速だからこそ視認し、その無防備となった心臓へと刃を突き刺せるたった一度の可能性。


 あとは、全力で奴の懐へと飛び込み、右のシルフィードを奴の心臓を貫くだけだ!


「!?」


 鬼夜叉丸の引きつった顔が見えた。


 奴は確信したはずだ。俺に殺されると。


 刹那、奴の肌が鋼鉄のように凝固する。が、切っ先はすでに奴の皮膚に突き刺さってる。このまま貫ける! あとちょっとだ。剣を突き刺せ!


 この鬼の心臓に…………!!!


「がはっ!!!」


 口から血液を吐き出したのは、俺だった。


「はぁはぁはぁはぁ……!!!」


 冷や汗でびっしょにりなり、硬直し、激しく呼吸を繰り返す鬼夜叉丸の胸には、浅くシルフィードの切っ先が刺さり、肋骨に深々と突き刺さっていた。


「はは……。なんだよ、もうちょっと……だったのに。クソが、マジで……嫌ンなっちまう……」


 魔力を使い果たしボロボロの体が、限界を迎えた瞬間だった。


俺の意識はそこで途絶えて行き、体が星の重力に従い、地面へと倒れた。


 ああ、なんて情けない。あと、たった数センチで、心臓に刃が届いていたというのに。


 悔しくて、申し訳なくて、悲しくて……。


「ごめん。エリシア」


 最期に、そんな安っぽい謝罪の言葉と、悲しそうにしてるエリシアの顔が浮かんだ。

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