―変わり果てた国Ⅱ―
『ぐるるるるるるるるるるるるるるぅ!!!』
砂煙の中には、大きな筋肉と鱗で身を包み、鎌のような爪を真っ赤に染めた、リザードマンに似たモンスターが立っていた。だがそれは、あからさまに、リザードマンとは一線を画しているようだ。
「……信じられるか? アレが生物魔道兵器、『ソドム』だ!」
「ふぅん? リザードマンより爪が長くて? 鱗が重厚で? そして」
ソドムが口を大きく開け、そこから竜のように火球を放つ。俺は難なくそれを天井に弾いた。
「火を噴くねぇ? 確かにこりゃ、劣化した竜種みたいなもんだな」
「劣化だと? 冗談じゃない! こいつの最も恐ろしい武器はあれだ!」
ソドムは背中に背負っていた大砲のようなものを右腕に装着する。その武器にはまるで大蛇のように弾薬が垂れ下がり、シリンダー型の砲身が6本伸び、6門の銃口がこちらに向かって大口を開けていた。
「おいおいおいおい。何の冗談だよ? あれってまさか」
「『魔導ガトリング砲』だ! にげろ!」
俺と男は、後方の窓ガラスを突き破り外に逃げ、すぐに窓から離れて物陰に身を隠した。
刹那、背後でガトリング砲の銃口から、竜の咆哮に匹敵するであろう炸裂が嵐のように巻き起こる。
「くっそ! ふざけやがって!」
魔導ガトリング砲、機械文明の発達したリゼンブルグという都市国家の武器である『ガトリング砲』をベースに、魔術的要素を組み込んだ武器が魔導ガトリング砲だ。
リゼンブルグの銃は、当初、その殺傷威力から戦士達を震え上がらせたが、この銃というものは、魔法の防御壁を超える事が出来なかった。
なぜならそれは、狙撃者が弾丸そのものに魔力を纏わせることが極めて困難だったのだ。魔法の防御壁、つまり魔障壁を打ち破るには、それを越える魔力が必要だ。
よって、ただの兵士達には極めて有効である銃だが、魔力をもった人間にはほとんど無力に等しい。しかし、その欠点を克服したのが魔銃とよばれる銃の存在だ。銃弾の鉛に魔水晶を混ぜて凝固させることにより、魔力を纏った銃弾を打ち出す事に成功したという。
その最新のモデルが、アレというわけか。
「つか、アレ全部魔弾だよな!? コストかかりすぎだろ!」
「俺もそう思ったんだがな、実のところあの弾薬は唯の弾薬なんだ。しかし撃ちだされている弾丸は間違いなく魔弾。そのカラクリがわからないんだ」
「やばい! 伏せろ!」
『ドルルルルルルルル!!!』
唸り続ける銃声。頭の上を何百発という弾丸が暴れ狂う。だが、銃口がオーバーヒートしたのだろうか? それとも銃弾が尽きたのだろうか。一旦銃弾の嵐が止んだ。俺は小さな手鏡を使い様子を伺うと、奴は新たな弾奏を装填している最中だった。冷静になって考えてみると、とんでもない光景だな。バケモノが兵器を正確に扱ってやがる。つまり、人間並みの知能が備わっているという事になる。
『キシャアアアアアアアアア!』
ソドムは咆哮を上げると、再びこちらに銃口を向ける。
「なら、そのカラクリを突き止めてやるか」
「無茶だ! あの銃弾には魔障壁の類は一切通用しないぞ!」
「そんなの最初から使えねーよ。というより、俺には必要ない」
「は?」
『キュイィィィィィィィィ』
ソドムのガトリング砲が再び回転を始め、魔力が注がれていく。同時に、ソドムとガトリング砲が繋がれたチューブのような物の中を、何かが流れるのを見た。
「なるほど。腐っても竜種ってことか。神速」
『ドルルルルルルルルル!!!』
俺に向かって連射される弾丸を避け、奴には到底追いきれないスピードで撹乱し、一気に距離を詰め、俺はガトリング砲が取り付けてある右腕を切り落とした。
『ギュアアアアアアアアアアア!!!???』
腕を切り落とされた痛みから、ソドムは俺の耳元で絶叫する。
「うるせーよ。耳元で騒ぐな」
相手は人間ではないとあって、止めを刺す事を俺は躊躇わなかった。右手の剣を閃かせ、鱗の隙間から剣を突き刺し、心臓を貫いた。
「あんた、一体何者だよ。今の動き普通じゃなかったよな?」
「ただの傭兵さ。それより見ろ、このチューブはコイツの血管と繋がってる。つまり、竜種特有の高い含有魔力を誇る血液を媒介として、魔弾を打ち出していたんだ。トロールの次に生命力の高い竜種だからこそ使える兵器ってことだ。それよりえげつないのは、やっぱりこのソドムだろうな。どう見ても竜種から掛け離れた姿をしてる。こいつの死体は俺の仲間に回収させよう。そっち方面に詳しい奴がいる。それに、コイツの存在が他国に知れ渡れば、今の状況を覆せるぞ。こんなものをこの国に放ったとなれば、アルデバランの『この国の治安維持』なんていう大義名分は足元から崩れる」
「討ち取ったのはあんただ、好きにしてくれ。それより助かった」
男は立ち上がり、握手を求める。
「自己紹介がまだだったな。シリウス=ペントラゴンだ」
「レイ=ブレイズだ」
俺は求められた握手に応じて、一つ思い出す。
「ペントラゴン? ディムルット=ペントラゴンの親族か?」
「ディムルットは俺の祖父だ。爺さんを知ってるのか? 今何処にいる」
「彼は、……亡くなった。最後の最後まで、立派な騎士だったよ。俺と仲間が看取って、今はレオニードのコルトタウンのある教会に眠っている」
俺は今言えるであろう必要最低限の情報だけを伝えた。
「そんな! なぜ爺さんは国境を越えてる!? 何があった」
「今は言えない。知りたかったらこの戦争を終わらせ、生き残れ。全部終わったら、会いに行ってやってくれ。その時が来たら、話してやる」
エリシアの身を守るためにも、今はそれしか言えないだろう。
「レイ、お前はこれからどうするんだ?」
「アルタ樹海に行ってラジールを探す。あそこは食い物には困らないからな。変な毒キノコでも拾い食いしない限り飢え死にしたりはしないだろ」
「そうか。だが出られなくなる可能性はある。気をつけろよ」
「ああ、わかってる」
俺はアサシン部隊バックアップ班に遺体を回収してもらうよう要請を出した。
『敵の新兵器の回収を急いでくれ』と依頼したら、3分で到着すると声を弾ませていた。
本当に3分後に回収したらしく、『お手柄だぞレイ! これはアルデバランがオーディアで兵器実験をしているという証拠になる』と無線が入り、その後、アルデバラン側の回収員と戦闘になったらしいが、心配する必要はないだろう。
―アルタ樹海入り口―
半日かかって、俺はアルタ樹海入り口に到達したが、もうすでに日が暮れ、樹海は真っ黒な口を開けたように、そこに佇んでいた。
「こんな時間に、ここに入るのは自殺行為……か」
普通の人間なら、まずやらないだろう。だが、俺には入るだけの能力が備わっている。
「やっぱ、木の枝を伝った方がよさそうだな。どうやら侵入者避けのトラップも仕掛けてあるようだし」
暗闇には慣れていて、目は普段どおりとは行かないが、十分見えている。
「んじゃ、行きますか」
俺は跳躍し、太い木の枝に着地する。そこから他の木へと跳び、再び飛ぶ。この暗闇なら、例え敵が潜んでいたとしても、身を隠す事ができる。それに、暗闇だからこそ、分かる事もある。
それは明かりだ。普通こんな時間に、樹海に入ろうとする人間は、それこそ自殺志願者だ。
中で暮らす人間は、森の要塞に守られているからこそ、明かりを起こす事ができる。入り口からしばらく入ったところに、俺はそれを見つけた。森の中に、明かりが見えた。
「ビンゴ」
俺は明かりに近づいて行き、ある程度のところで地面に着地する。そこには小屋がいくつも建っていて、人の気配があった。
小窓から内部を伺うと、そこに居たのは、エルフだった。
「なんだ、エルフの集落か」
再び移動を再開しようとした時だった。エルフの青年に見つかってしまい、エルフの言葉で仲間を呼ばれてしまった。
「あ、ちょっと……」
俺が『別に敵じゃないぞ?』と言おうとしたが、間に合わなかった。エルフ達は杖や剣をもち、俺を取り囲んだ。
「人間か。見たところ一人のようだが、一体何の用だ!」
この集落の長だろうか? エルフの言葉で俺に話しかける。
「言葉が通じないか? ならば君らの言葉で……」
「いや、通じるし、話せる。俺はレイ=ブレイズ。勝手にあんた達の集落に足を踏み入れてしまった非礼を詫びる。俺はあんた達の敵じゃない。俺はセイラ=リーゼリットの部下だ。エルフの言葉は彼女に習った」
俺はギルドカードを取り出し、一族の長に渡す。
「……なるほど、あの娘は今、賢者ではなくギルドマスターになっていたか。君を信じようミスターブレイズ。最近この森にも人が入って来てね、食料などの備蓄を盗んでいくし、物乞いに来ることもあれば、戦闘も仕掛けてくる。もっとも、戦闘を仕掛けてくるのはどうやら外国の人間らしい。しかし迷惑しているのには変わりない。君は何をしにこの森へ来たのだね?」
「俺は物乞いでも盗賊でもない。ラジール皇を探している。彼にどうしても聞き出さないといけない事がある。何か知らないか?」
「外国の兵士達も同じような事を言っていた。彼らには秘密にしておいたが、ラジールはオーディア山脈とこの森の境目に身を隠している。あそこにはドワーフ達が働いていた廃坑があり、入り口には小屋がいくつかある。その中のどれかに彼は身を潜めているはずだ」
いきなり有力情報を得ちまったな。マスターはエルフの中でも有名な存在で、信頼も厚い。やっぱりマスターの名前を出して正解だったな。これなら予定より全然早く任務を遂行できそうだ。
「ならば山を目指して進めば良いんだな? ありがとう」
俺は再び木へと跳躍しようとすると、長は俺を引きとめた。
「やめなさい。もうそろそろ『冥府の泉』が沸く頃だ」
「冥府の泉?」
「この樹海が人々に恐れられている本当の理由だ。夜にこの樹海を歩くと、必ず冥府の泉にたどり着く。どんな方向を歩いていても、必ず冥府の泉に出てしまうんだ。その泉は本当に恐ろしい。その泉を見てしまったものは、心を闇に食われ、泉の水に触れてしまう。触れてしまったが最後、その者は冥府へと引きずり込まれ、アンデットモンスターとなって帰ってくる。感覚を研ぎ澄ましてみろ、感じるはずだ。禍々しい魔力を」
俺は言われたとおり集中し、あたりの魔力の気配に感覚を研ぎ澄ます。
「!?」
丁度北の方角。今まさに進もうとしていた方向から、背筋がゾクッとするような嫌な冷たい魔力を感じた。その魔力は、地獄から手が伸び、周りの生物全てを掴み、その地獄へと引き摺り下ろすような恐ろしい光景をイメージさせた。
「……なんだこれ。気持ち悪ぃ」
あまりの禍々しさに、俺は吐き気を覚え、思わず手で口を塞いだ。
「分かったら今晩はここに泊まって行くと良い。幸い小屋も一つ開いている。碌なもてなしはできないが、食事くらいなら用意しよう」
長は背を向け、村の中心へと歩き出す。
「いや、進まなければ良いのなら、俺は野宿で十分だ。そこまでしてもらう理由もないはずだしな」
「ふふふ、セイラは、私の姪だ。姪の部下をぞんざいに扱ったとあれば、姪にしかられてしまうのでな。ハハハ、君も知ってるだろう? 彼女の機嫌を悪くした時の性質の悪さを」
「ああ、そりゃもう……って、姪!?」
「申し遅れたな。私はヨハン=リーゼリット。セイラの叔父だ。以後お見知りおきを、レイ君。君のような優秀な部下が姪にいて、私も安心している。これからも姪を頼むよ。今宵の宿は保障しよう。ゆっくり休んでいくと良い」
マスターの叔父さんだって? あー確かに、この樹海に親戚が居るとかどうとか、むかーし昔に聞かされたような、聞かされなかったような。しかし、エルフの世間は狭いって言うし、不思議ではないか。
「ははは、エルフの村にしては随分と友好的だなーなんて思ってたら、そういう事だったのか」
「我々は人間達と敵対したいわけではないのだよ。ただ、我々エルフ族は君達の言う『魔族』や『亜人』などの異種族、果てはモンスターと同格とされ、攻撃を受けるようになった。そうなれば、我々も抗うしかないだろう? 寿命、魔力、知識、それが人間より長けているというだけで、我々は敵らしい。我々エルフに言わせれば、他の種族はおろか、同じ人間までも奴隷とし、家畜同然に扱える人間達こそ、悪魔に近しい存在だ。我々エルフにはそんな恐ろしい真似はできない」
そう言われてしまうと、やっぱり納得してしまう。人間は何処までも自分勝手で、何処までも臆病だ。自分より優れた存在が現れると、妬み、恐れ、やがて敵意を抱く。
人間は過去、好戦的でない事を良いことに、エルフ達を力でねじ伏せようと戦を仕掛け、その強力な魔力の前に苦戦を強いられ不可侵条約を結ぶなんて情けない醜態を晒した。
もし、エルフが好戦的な種族であったなら、淘汰されていたのは人間だろう。
「つまらない話をしてしまったな。今夜はこの小屋で休むと良い。何か必要なものがあったら気兼ねなく言ってくれたまえ」
案内された小屋はしっかりとした作りで、中にはベッドが用意されていた。一晩過ごすには全く問題はないだろう。
「十分です。お心遣いに感謝します、エルフの長よ」
俺はエルフの礼儀作法に習い、感謝を述べる。
「明日の早朝にはここを発つつもりで居ます。故に別れの挨拶も出来ずに去ることをお許しいただきたい」
「レイ君、アルデバラン軍はこの森を抜け、ラジールを拿捕するにはまだまだ時間がかかるだろう。普通の人間ならば、昼でも薄暗いこの樹海を抜けようだなんて思わない。夜なんてもってのほかだ。何をそんなに急ぐ?」
それはもちろん、アサシン達と『ラジール捕縛レース』を開催中だからって言うのもあるが、俺の中にはそれ以上の目的が出来ていた。
「早くギルドに帰らないといけないんですよ。心配性の受付嬢が居てね、無駄に心配ばかりするんですよ。早く帰って安心させてやらないと、胃に穴を開けかねない」




