―変わり果てた国Ⅰ―
乾いた風が、砂を巻き上げながら吹き抜ける。砂煙が晴れると、そこに広がる光景は、凄惨なものだった。辺りには死体がいくつも放置され、腐敗臭が漂い、ハエが集っている。これだけの死体をつくりながらも、少し離れたところから、殺し合いが続いていることを証明するように、怒声と、銃声と、剣と剣がぶつかり合う金属音、爆発音、悲鳴、断末魔などが聞こえてくる。
オーディア首都、テスカトール。1ヶ月ほど前にエリシア救出のために潜入した都は、あの時以上に地獄と化していた。
「……エリシアが居なくてよかった。こんなものは、アイツには見せられない」
単独でこの街に潜入した俺は、そんな事を呟いた。そしてその直後の事だった。
「はぁはぁ、はぁはぁ!」
「あっちだ! 挟み撃ちにしろ!」
複数の人間が、こちらに向かって走ってくる事に気が付き、俺は物陰へと姿を隠す。そして注意深く、周囲の様子を伺った。
「レナ、早く!」
「まって、お兄ちゃん!」
子供? 兄妹だろうか。 男の子が女の子の手を引き、アルデバラン兵から逃げているのを確認した。
子供達は、正面から現れた兵士達に阻まれ、あっさりと挟み撃ちに会い、囲まれてしまう。そして兄の方は、扱えるはずもないであろう剣を、ふらふらしながら正面に構えるのだった。
「妹に手を出したら、殺してやる!!!」
「ほぅ? ガキが刃物遊びなんていけないなぁ? この俺がたっぷりと教育してやるよ!」
あの集団のリーダーだろうか。子供の剣を自分の剣で軽く弾き、その切っ先を喉元に突きつけた。
「ひっ!」
男の子はカチカチと歯を鳴らしながら震え、それを見た男は、さも嬉しそうに、ニヤニヤと笑いながら、その切っ先を、プスリと頬に刺した。男の子の頬から、一筋の血が流れ、頬を濡らしている涙と混じり、じわりと広がっていく。
「お前のような生意気なガキを手懐けるには、いたぶるのが一番だ。爪を2枚も剥いでやったら、泣きながら言うんだぜ? 『ごめんなさいごめんなさい! 何でもいう事を聞くから助けてください!』ってなぁ! ま、それが嫌なら精々良い子にしてな。さーて、娘の方は奴隷収容所へ。このガキは労働者収容所へ」
「はっ!」
「くっそ! 離せ! 離せー! レナ、レナー!」
「お兄ちゃん! やめて! 助けて! だれか助けてー!」
あたりの建物には何人も人間が潜んでいる。だが、誰一人として子供達を助けようとはしない。
「やれやれ、見ちまったもんはしょうがない。契約書にサインしちまったからな」
俺は物陰からでて、兵士達の方へ歩いていく。
「あ? なんだきさ・・」
兵士が、俺が何者かと尋ねる前に、俺は相手の顔面に拳を叩き込む。
「大の大人がよってたかって子供囲んでるんじゃねーよ。みっともない」
兵士はそのまま後ろに吹っ飛び、地面に大の字になって、鼻血を出しながら気を失った。あっけに取られていた他の兵士たちだったが、我に返った途端、すぐに激昂した。
「貴様ぁ! かまわん、殺せー!」
10人ほどの兵士達が一度に襲い掛かってきた。俺は神速は使わずに、双剣を納刀したまま両手に持ち、襲い来る兵士達を迎撃する。
一人目の槍を弾き、腕の間接部分に剣を振り下ろし、腕をへし折る。二人目の槍を避け、右ひざを砕いて顎を打ち上げる。背後から迫った三人目の喉元を、背を向けたまま突き上げ、振り向きざまに兜ごと叩き伏せる。正面から迫る四人目の両肩に両方の剣を振り下ろし、両方の肩を砕き、胸の甲冑を思いっきり蹴り飛ばす。吹っ飛んだそいつは、まるでボーリングのように、背後に居た兵士達をも巻き込んだ。
俺は一呼吸置いて、残った連中に向かって、再び剣を向けた。
「まだやるか? これ以上やるなら、次は抜き身でいくぞ?」
「う、動くなぁ! それ以上動くとこいつらの命はないぞ!」
リーダーの男が手下の兵士に命じ、二人の子供を人質にとった。
「おいおい、バカなのかお前。冷静になって考えてみろ。俺はその二人を解放すれば見逃してやるって言ってるんだぜ? 二人を人質にする意味が無い。二人を放してそのまま回れ右して消えろよ。それとも試してみるか? お前たちが子供を殺すのが早いのか、俺がお前ら全員の首を跳ね飛ばすのが早いのか。俺はどちらでも構わないが、解放をお勧めするぞ?」
手下の兵士達は顔を見合わせ、次の瞬間一斉に逃げ出した。
「な!? 貴様ら敵前逃亡は重罪だぞ!? 戻って来い! 戻らんかぁ!」
逃げ出した兵士達に向かって大声を上げるリーダーの男の肩を叩き、振り向いた瞬間に、全力で拳を叩き込む。
リーダーの男は、鼻の骨を砕かれ、不細工な面構えのまま、後頭部から地面に倒れ、口から泡を吹いた。
「部下のほうがよっぽど優秀じゃないか。……お前ら無事か? 早く家に帰んな」
男の子は、女の子を助け起し、涙を拭いながら訴えた。
「帰る家なんてない。父さんも母さんも、みんなあいつらに……!」
「お父さんもお母さんも、何も悪い事してないのに……。どうして? どうしてこんな酷い事するの?」
『どうして』。その単語が、俺の頭の中でリピートされる。二人の苦しむ姿、大人を憎む瞳が、かつての俺と重なって見えた。
俺は、大したことはしてやれないかもしれないが、せめてこの二人を何とか助けてやろうと思い、適当なメモ用紙に走り書きをして、封筒につめ、さらにもう一つ同じような封書を書きなぐる。
「……とにかく、身を隠すんだ。夜になったら見つからないように、レオニード王国の大使館に向かえ。そしたら、『レイ=ブレイズからセイラ=リーゼリットさんに暗号を直接届けるように言われた』と伝えて、こっちを門番に渡せ。これを渡せば、レオニードのコルトタウンまでいける筈だ。あとは、セイラっていうお姉さんが全部うまくやってくれる。大丈夫、心配するな。俺はエアリアルウィングのレイ=ブレイズ。レオニードじゃちょっとした有名人なんだ。王宮にだって顔が利く。エアリアルウィングには、この国の出身のメンバーも居るんだぜ? まだ名前聞いてなかったな。名前は?」
俺の問いに、二人は顔を見合わせてから答えた。
「ローレン……」
「わたしレナ」
俺は二人の頭を、ぐしゃぐしゃと撫でてやる。
「よし、ローレン、レナ。その密書はめっちゃ重要な物だから、他人に見せるな。無くすな。必ず手渡ししてくれ。これはこの国を救うための仕事だ。わかるな? 頼んだぜ、ふたりとも。一緒にあの馬鹿共に一泡吹かせてやろうぜ」
「……わかった。がんばる!」
「レナもがんばる」
「おう、服はなるべく黒い服を着ろ。ゆっくりと慌てず、建物の影を歩け。警備が手薄なルートは、この地図に書いておいてやった。頼んだぜ」
「「うん!」」
俺は二人に、2つの封書を渡す。ちなみに内容は、門番用の封書には『敵の監視を避けるために子供を伝令に使う。彼らの両親はアルデバラン軍によって殺害された。故に伝令後は難民として、我が国にて保護するように』と記し、マスター用には『偶然保護した。あとよろしく』と記し、渡してある。ま、後で怒られるかもしれないが、マスターはぶーぶー文句言いながら、ちゃんと何とかしてくれるだろう。
「「いってきます!」」
「おう、健闘を祈る」
俺は二人を見送ると、もうすこしあたりを捜索することにした。
道端に放置された死体は、殆どオーディアの政府軍とクーデター軍だった。どれも放置されてかなり時間が経っているのか、辺りには酷い腐敗臭が漂う。
そしておかしなことが一つ。どの死体も、ほとんど獣が襲ったような殺され方をしている。
噛み殺され、引き裂かれ、そして食われている。野犬やカラス、虫などにより食い荒らされているが、直接的な死因と見られる致命傷が、すべて常軌を遺脱しているのだ。
「これは一体なんだ」
アルデバランは猛獣でも放ったのだろうか? それともモンスターか? 魔狼という可能性もある。
『ガタガタッ!』
俺は路地から聞こえてきた物音に、とっさに身を構えた。
「はぁはぁ、ちくしょうアルデバラン軍め! ぐっ!」
路地に居たのは、どうやら死に掛けているオーディア政府軍の生き残りのようだ。何かから必死に逃げてきたようにも見える。見た感じ、それなりの身分のある人間のようだ。身につけている鎧が一般の兵士のそれではない。
「おい、しっかりしろ。おい」
男は気を失ったようだ。俺はため息をつき、男を担いで、そのまま路地の建物の中に入った。
幸い、そこには緊急箱と、それなりの治療道具も揃っていたので、俺は男に応急処置を施し、しばらく様子を見た。
1時間くらいしただろうか。男が目を覚ました。
「俺は……生きているのか?」
「気が付いたか。食料が残っていた。食えるなら食うと良い」
「……あんたアルデバラン軍の傭兵じゃないのか? 何故俺を助ける」
「表面上はな。それ以上は語れない。一応応急処置は施した。が、無理すれば死ぬぞ。あんたに2つ3つ質問がある。まず一つ。表に転がってるあんたの仲間やクーデター軍の死体。ありゃ人間の仕業じゃないな? 何があった」
「……あんた、生物魔道兵器って聞いた事あるか?」
「ああ、人造生物キメラってやつか。神にも背く大罪、大禁忌魔法実験だろ? 噂だけでしか聞いたことないから、疑わしいもんだな」
「俺も最初そう思ってたさ。だが実際目にすると考えが変わる。俺の仲間を襲ったのは、人間と竜を掛け合わせたような奴だった」
「リザードマンじゃないのか?」
「リザードマンが爪だけで武装した人間をあんな姿に変えられるものか! しかもあいつ、魔法まであつかってやがった! 俺は見たんだ、あいつらは実験をしてる。この国で、いずれレオニードを攻撃する為の、生物魔道兵器の演習をしてやがるんだ! くっそ、アルデバランの野郎! 全部罠だったんだ! クーデターもアイツが仕組んだことだった! この土地とエリシア皇女を手に入れるために!」
ふむ、生物魔道兵器の実験か。これは警戒する必要がありそうだ。
「二つ目の質問だ。ラジール皇の居場所を知らないか? 別に殺そうってわけじゃない。これは約束しよう」
だが、返ってきた言葉はある意味予想を反していた。
「アルタ樹海のどっかでくたばってるんじゃないか? 今頃獣にでも食われて骨になってるかもな」
「お前政府軍だろ? 一応、主なんだから、あいつさえ生きていれば、一度引いて形成を立て直す事だってできるんじゃないか?」
そんな事を言うと、男は鼻で笑った。
「俺達騎士が命をかけて守ろうとしたのは皇じゃない。皇后様とエリシア皇女、そして国民だ。そもそもな、あんな奴を、王として見ていた人間は殆ど居ない。奴の側近だって、甘い汁を吸いに来てる虫みたいなものだ。あんたまだ若いから知らないかもな。ラジール皇の先代の王、ラルフ皇を知ってるか?」
「いや?」
「ラルフ皇は、今のレオニードの王、ロキウスに並ぶ名君とされたお人だった。心優しく、人望もあり、ルキフィス王にも屈しない正義の人だった。最初、アリシア様と結婚したのは彼だったんだ。だが程無くして、ラルフ皇は暗殺され、弟のラジールが玉座につき、アリシア様を娶ったんだ。そして、エリシア皇女が生まれた。成長したエリシア皇女を見て、全ての人が思ったはずだ。エリシア皇女はラジールの娘なんかじゃない。ラルフ皇の娘だと」
「ま……まじで?」
とんでもないエリシアの出生を知ってしまい、流石に俺も驚愕してしまった。
言われてみれば、確かにラジールの要素が一つも含まれて居ないな。顔はアリシア様そっくりだったし、母親の血が強いと思ってたんだが。
「ラジール本人も気が付いてたんじゃないか? エリシア皇女を娘として一度も愛情を注いだ事もなかった。赤ん坊のエリシア皇女を、一度だって抱いてやった事はなかったと言うぞ?」
なるほど、エリシアはそれを知っていたのだろうか? だからこそ、ラジールの死に対して感知しないなんて記載をしたのか? 確かに、国民や兵士達の心配をしている言葉を何度も聞いたが、父親の心配って殆どしてなかったんじゃないか?
「公然の秘密って奴だよ。後が怖くて、誰も口にしないだけさ。だからこそ、エリシア皇女が王位を継いで下さる事を願っていた連中も多かったし、彼女が選ぶ男ならば、間違いなくこの国を導くような男。そう、例えばロキウス王とかかな? あの二人なら美男美女でお似合いのカップルだと思わないか?」
「思わない。断じて思わない。ロキウス王はもっとすごいのがくっついてるし、たぶんエリシア……皇女もそんな風には思わないと思うぞ」
なんだろうね、このモヤッとした感覚は。ロキがセイラさんにしているようなことをエリシアにしてると思ったら、なんか殺してやりたく……おっと、スイッチがオフどころか在らぬ方向に行ってしまった。
「ところで、エリシア皇女の出生というか、先祖とかの事を知りたいんだけど」
「それなら、皇宮のなかの資料室に資料があったと思う。俺の知る限りでは、もともとアリシア様は『ローズ一族』というプリーストの家系だったらしい」
「そうか。なら皇宮にも行く必要があるかもな」
「一つ忠告しておく。今王宮はアルデバランが占拠してる。忍び込むのは容易くないぞ。俺ならラジールから全て聞き出せるだけ聞き出して、その後、必要ならば忍び込むな」
「そりゃごもっともだ」
俺はあたりを見回しながら、地図を確認し、アルタ樹海までの道をピックアップする。
「あんた、レオニードの人間だろ? 訛りで分かる。そんなあんたに一つ聞きたい。エリシア皇女が今何処にいるか知らないか?」
「……仮に、エリシア皇女が無事だとして、お前はどうしたいんだ?」
「もちろん、王位についていただきたい! 我々は再びエリシア皇女のために戦い、アルデバラン軍をこの国から追い出す! そして祖国を再興するんだ!」
俺はその言葉に、ため息を吐いてしまった。
「残念ながら、お前の知ってるエリシア皇女は死んだ」
「な!? そんなバカな!?」
「てかさ、二十歳そこそこの、お前ら曰く心の優しい女を無理やり女王にして、『敵を殺して来い』『国を守るために命を懸けろ』って命令を、お前らはその女に出させるのか? その命令、されなきゃ出来ない事なのか? はっきり言って、そんなんだから国を滅茶苦茶にされるんだよ」
エリシアにそんなことできるはずがない。たった一人の男を戦場に赴かせるだけであんなに苦悩する女が、そんなプレッシャーに耐え切れるわけない。そう思った瞬間、なんだかこの男をとてつもなく許せなくなった。
「あいつは……あいつにそんな女王なんて務まるもんか」
「え?」
エリシアは、ど天然な上に不器用で、そして泣き虫で……。でも、いつだって努力してて、ギルドの連中と一緒に笑えるようになって、俺にバカだの大っ嫌いだの言うようになって、あまつさえ、俺を暗殺者には向かないとか言いやがった。俺に言わせりゃ、あいつの方がよっぽど皇女なんて向いてない。なんてったって、たった一人の男すら、戦場に送り込む事を間違いだったと後悔するくらいだ。そんな女が、何万何十万という兵士達を戦場に送れるもんか。出来てせいぜい、クエストの承認印を押すのが精一杯だ。
「あぶない!」
「!?」
俺は男の声でハッと我に返り、後ろに飛びのく。目の前の壁が、粉々に砕け散り、砂煙を上げていた。




