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―暗殺者部隊―

―大陸循環鉄道2等車両内―





 現在、列車は1時間ほど走り、もうしばらくすれば国境を越えて、ブロッケン共和国へと入国する。

ブロッケン共和国のセントラルステーションまでは、そこから約6時間もかかってしまうらしい。


 後から手に入れた情報なのだが、アサシンの先発隊が正規ルートで潜入したことが、アルデバラン側に露見してしまい、先発隊が強襲を受けるなんて事はなかったが、警備はそれまでの3倍になったらしい。

 もちろん、一般市民を含めレオニードからの人の出入りは完全にシャットアウト。おかげで、大陸循環鉄道の右回りを利用すれば、たったの1駅で済むはずの所を、左回りを利用するせいで8つの駅を通過し、その過程で3日も消費する上に、旅費もまさに、うなぎのぼりだ。

 しかも面倒な事はそれだけではない。アルデバラン帝国の手前の駅、リゼンブルグという国のセントラルステーションで途中下車し、別人に成りすましてから同じ車両に乗りなおし、アルデバランに入国し、そこから国境付近のアサシン達が潜伏しているアジトで仲間と合流し、そこでやっと傭兵としてオーディアへと潜入できるのだ。

 ……先発隊で潜入バレしたアサシンを、グーでぶん殴りたい。


 とまぁ、そんな感じなので、明日の朝までは特にすることもないだろう。

朝食はセントラルステーションの駅弁を買おう。あそこの駅弁は大陸内でも一番美味いとの評判だったはずだ。


「んじゃ、カトレアも上手く巻けたみたいだし、寝るとするかな……」

「ふぅん? やっぱり私を出し抜く気満々だったのね? レーイレイ♪」


 突如、背後から聞こえるはずの無い声がして、俺の背筋は氷水をぶっ掛けられたような錯覚を覚えるほど戦慄した。


「な、なんでおまえ……」


 ここに居るんだと、言葉を発する前に、俺の首元には、ギラリと背筋も凍るような鈍い輝きを放つ、デスサイズの刃が、ぴたりとくっついていた。

 もしも、今列車が少しでも揺れたり、奴が刃を動かそう物ならば、俺の喉元からは鮮血が噴出すだろう。それをコンマ一秒の速さで理解した俺は……。


「ヒェッ」


 思わず情けない声を上げてしまうのだった……。


「あのねー、隊長が『絶対レイは明日抜け駆けするから、明日のレイの動向に注意すると良いよー』なんていうから、あたしも今日の1stのダブルにしてもらったのよ♪ 流石にちょっと不安だったけど、レイレイってばほんとにいるんだもん。よかったー、私一歩間違えたらレイレイを独りぼっちにしてるところだったんだけど、これなら安心よねぇ? そうでしょ? レイレイ。ところで、今大切そうにポッケにしまったものは何かしら?」


 瞳から完全に光が消えて、瞳孔開きっぱなしのマジギレ寸前のカトレアに、冷や汗をダラダラとかきながら俺は、ポケットの中に入れたエリシアのお守りではなく、一番内側に入っていたものをゆっくりと取り出した。


「か、懐炉だよ懐炉。二等車両は暖房イマイチ効かなくてさ」

「あら、レイレイ寒いの? そういえばガタガタ震えてるわね? ふふっ、小動物みたいに縮こまっちゃって、かーわいっ♡ その顔、私の母性本能をコチョコチョして止まないわ♡ あーもっといぢめたくなるぅ♡」


 母性本能だと? お前が感じているのは、狩猟本能的な何かだろうに。


「あの、カトレアさん? 機嫌が直ったならこの物騒なもの仕舞ってくれない?」

「だーめ♪ 私の顔じーっと見詰めて、『ごめんなさいカトレア様。もう虐めないでくださいワン』って言ったら許してあ・げ・ゆ♡」


 く……なんて屈辱だ。そんなふざけた台詞、口が裂けても言えるもんか。……だが喉が裂けるわけにはいかないのである。



「ゆ……許してください……」

「わ・ん♡」

「…………ワン」

「きゃっはぁ♪ レイレイきゃわいすぎるぅ♡」

「わっ!? ちょ、カトレア!?」


 唐突にカトレアが俺に覆い被さり、俺の頭を抱きしめる。そして俺の右耳のすぐ隣で、くすぐるように囁きかけてきた。


「寒いのなら、私が温めてあげる。ねぇ、布越しでも、私の躰、温かいでしょ? 私の1stクラスのベッドの、ふかふかのお布団の中で、直接肌と肌をくっつけて二人で温まらない? もう、汗ばむくらいに。骨の髄まで、蕩けるほどに……。ああん、でもやっぱりぃ、私が向こうまで待てなーい♡」

「ちょぉぉぉぉ!?」

「躰が、熱いの……。肌がピリピリするほどに……!」


 熱に浮かされたような、恍惚とした表情を浮かべながら、カトレアは上着を捲り上げ、そのまま脱ぎ捨てようとした瞬間。俺はカトレアの手を掴んで制止する。


「……おい、待ってくれカトレア」

「何で止めるのよぅ! 見て、私の躰。こんなに火照って赤く……。あれ?」


 そう、確かに俺も男だ。これ以上されたら間違いも犯すだろう。だが制止した理由はそこじゃない。カトレアも、自身に起こった異変に気がつき、俺にべったりくっついてたくせに、急に慌てて飛びのいた。


「ちょ、なにこれ!?」


 カトレアの、陶器のように美しい白い肌が、至る所で蕁麻疹により真っ赤に染まっているのだ。あれは、アレルギー反応だろうか。


「かゆっ! かゆい! かゆいかゆいかゆいかゆい! ちょっとレイレイ! なんか銀製のもの持ってるでしょ!」


「銀製? なんかあったかな」


 俺は色々道具を確認してみたが、俺は銀製の道具は持ち込んでないようだった。そして先ほどの、『エリシアのお守り』を手にしたとき、指先に僅かな銀粉が張り付いたのに気がつき、サッと仕舞い込んだ。


「あっ思い出した! 昨日寄った道具屋の爺さん家に悪霊が沸いててさー、それ祓うのに、エクソシストが銀粉を振りまいたんだよ! 俺もその粉浴びちゃってさぁ、それから洗濯してなかったわ! わりぃわりぃ」


 俺はとっさの嘘をつく。これを取り上げられるわけには行かないだろうからな。

そして哀れカトレアは、俺にくっついたせいで顔にまで蕁麻疹が出てしまった。


「あのさ、カトレア。ちょっと鏡見たほうが良いと思う」

「え?」


 カトレアは鏡をポケットから取り出し、自分の悲惨な姿を確認した。


「いやぁぁぁぁぁ! 見ないで! 見ないでレイレイー!」


 カトレアは一瞬にして神隠しで姿を消してしまう。


「あー、ごめんなカトレア。わざとじゃないんだ」

「もうやだぁ。こんな顔レイレイに見せられない! アルデバランつくまで絶対、私の所来ちゃダメだからね!?」


 いや、せがまれても頼まれても甘えられても行きたくないんだけど。


「あ……ああ。残念だけどそうするよ。お大事に」


 姿の見えないカトレアは、そのままこの車両から出て行ったらしい。気配がしなくなった。

そして再びエリシアが放って寄越したお守りを手に取る。


「あっぶねぇ……。今のはかなり危険だった。なんだこれ?」


 そのお守りはキルトのようにいくつもの布を縫い合わせた巾着袋のようになっており、中央にはエリシアの魔力で書かれたであろうルーンが刻まれていた。

 そして巾着袋の中は二重構造になっており、片方にはヘマタイトと呼ばれる鉱石が入っていて、もう片方には銀粉が沢山詰められていた。

 さっきは気が付かなかったが、そのお守りには変な付箋が折られ、貼り付けられてあるようだ。

俺はその付箋を丁寧に剥がし、広げてみた。


「『ご利益 無病息災、必勝祈願、悪霊退散、害虫駆除』害虫駆除? 悪霊退散?」


 エリシアのお守りはその継はぎ部分から銀粉が僅かに漏れ出していて、これがカトレアの肌を見るも無残な姿に変えたのだろう。


 そして気が付いた。


「マスターの入れ知恵か」


 マスターはカトレアの銀アレルギーを知っている。しかもこの銀はどうやら祝福が施された聖銀。こんなものがカトレアのコレクションに触れようものなら、その時点でそのコレクションは灰に変わるだろう。悪霊退散とは良く言ったものだ。


 エリシアはよっぽどカトレアに怒ってたんだろう。カトレアを害虫扱いとは、敵対心丸出しだな。これはエリシアなりの些細な復讐なのだろう。エリシアにブスは禁句だと、俺は痛いほどよーく知ってる。


「あ、聖銀だってこと教えておいてやらないと。あいつの手持ちの兵隊が減っちまう」


 そう思ってカトレアの居るであろう一等車両に来て見ると。


『いやぁぁぁぁ! ピエールがぁぁぁぁ! あれ、ジョンだっけ? あれ、ちがうなぁ、ロベルト? は、無事。えーっと。うーん……命名、モブ。モブなら良いや』


 すでに時遅し、カトレアの元イケメンゾンビコレクションの一つが灰に帰ったらしい。しかしモブってお前。お前のそういう所がどうしても好きになれないんだ、カトレア。

 

 俺は何も告げずに自分の席へと戻る。安らかに眠れ、モブ。


 

 俺は今のオーディアの現状をまとめたレポートを手にする。

これは先に現地入りしたアサシン部隊が纏めた物だった。


『現在のオーディアにおけるアルデバラン軍の実態。


 現在アルデバラン軍は治安維持と称し、アルデバラン軍の統治支配を快く思わずに反抗する者を、クーデター軍、政府軍関係なく徹底的に攻撃し、オーディアに多大なダメージを残している。女性や子供を収容し、奴隷として本国へ連行している場面も確認されている。


 さらにアルデバラン軍の暴挙はとどまらず、オーディア各地で女性に対し、拉致監禁、集団暴行や人身売買などのケースも多数確認しており、早急な対応が求められる。


 そして一般市民を強制労働施設に収容し、過酷な労働を強いて、大量の武器製造を行っていることから、アルデバランは極めて早いペースで軍備を整えており、これは我が国に対して戦争を仕掛ける準備を整えていると見て間違いないだろう』


「なんというか、全てが予想通りって感じだな。こりゃもうマジで戦争になるな」


 俺は次のページを捲った。


『ラジール皇、およびアリシア皇后、エリシア皇女について。※極秘につき、絶対に外部に漏らさない事。

 アリシア皇后はすでに死亡しており、現在遺体は我が国のコルトタウン某所にて埋葬されていることが確認されている。エリシア皇女については、我が国の某所にて生存が確認されている。現在、エリシア皇女は王位継承権破棄を宣言し、一般市民として我が国の国民として生活している。これは極秘情報である。決して部隊外に漏らさぬ事。

 ラジール皇は現在も行方が分からず、アルタ樹海付近の捜索が続いている。アルタ樹海の中にはエルフ族が遺した廃村などが多数現存しており、食料の調達なども可能な為、アルタ樹海潜伏の情報は極めて有力といえる。

以上。※この情報は必ず焼却処分すること』


 俺がライターで火をつけると、竜の油を染み込ませてあるその紙は、一瞬炎に包まれ消えてしまう。


「さて、寝るかな」


 俺は座席の横にあるレバーを引っ張った。すると座席は変形してベッドに変わり、備え付けの枕とかけ布団を座席の下のスペースの引き出しから取り出した。

 大陸循環鉄道の2等車両は、各座席が個室のように仕切られていて、こんな風に変形する。寝心地はソコソコ。悪くは無い。まぁ大抵の人間は国を跨ぐ際、無理せず各国のセントラルステーションホテルを利用する。


 俺はブースの扉を閉め、ブラインドを下ろし、耳栓とアイマスクを着用する。

明日の朝、ブロッケンに着くころには、『don't disturb』というタグを引っ掛けていない限り、客室乗務員がモーニングコーヒーのサービスに回ってくれる。

 

 列車の揺れと、若干の寒さを感じながら、俺は眠りについた。


―3日後、アルデバラン・オーディア国境付近・アサシン部隊アジト―


 アレから特に何かあるわけでもなく、俺とカトレアは順調に指示されたアサシン部隊の潜伏するアジトへとやってきた。ある空き家を一つ買い取ったもので、そこには5人のメンバーが揃っているはずだ。


 俺はノックを3回と2回ずつ行い、反応を待った。


「新聞なら間に合ってるぞ。帰ってママのミルクでも吸ってやがれ!」


 中から男性の荒々しい声がした。これが合言葉だ。


「葬儀屋だよ。棺を持ってきた」


 俺が合言葉を言うと、男は黙って扉の鍵を開けた。俺とカトレアは周りに注意しながら、すばやく中に入る。


「これはこれは……。本当に帰ってきたか、レイレイ? クックック、あんまり使えなくて、賢者様にも見放されて突っ返されたか? イッヒッヒッヒ」

「……」

 上位アサシン、カルロス=フォード。コイツは特殊能力、『毒手』の使い手。奴の触れた人間は問答無用で魔術系の猛毒に犯される。しかし、特殊能力とは良く言ったもので、実際は、右手の人差し指が義指となっていて、そこに猛毒が染み付いた毒針やら、毒ガスやらが仕込まれている。暗殺の実績などから、実力は昔の俺のやや上といったところだろうか。今は剣を交えないと分からないだろう。だが、カトレアよりは間違いなく弱いはずだ。


「カルロス、私の目の前でレイレイを侮辱するとか、良い度胸してるじゃない? 消すわよ」


 カトレアの目付きが刃物のように鋭くなり、殺気を帯びた魔力が、カトレアの体からぶわっと吹き出される。


「へっ。こいつは失礼。相変わらず自分より弱い男捕まえて、死ぬまでおもちゃにして、死んだらコレクション化の毎日か? いい趣味をお持ちで」

「フン、あんたこそ、平和ボケして鈍ってるから、潜入バレなんてヘマしたんじゃないの? おかげでとんでもない時間のロスだわ。見習いからやり直したら? 愚図。はっきり言って、あんたが私のレイレイを侮辱するなんて100年早いわ。レイレイならそんなヘマやらかさないし、実力だってあんたより数段勝ってるわ」


 カトレアの変な挑発に、カルロスはこめかみに欠陥を浮かせて、椅子から立ち上がった。


「へぇ? それは興味深いねぇ。いっちょ手合わせしてくれよ、レイ」

「見ろカトレア。お前が変なこと言うから、めんどくさいことになってきたじゃないか。どうしてくれんだよ」

「殺っちゃっていいんんじゃない? あのバカ居ても居なくても困らないでしょ」


 いや、困るからね。メンバー同士の殺し合いはご法度。その後の処理とか懲戒とかすげー困ったことになるからな?


「フォード、やめろ。戦場で仲間同士が争うな。ブレイズ、よく来てくれたな。お前を歓迎する」


 カルロスを制し、握手を求めてきた男、ロウガ=ユキカゼ。ロウガ班のリーダで、彼は俺の実力を認めてくれる数少ない信頼できるアサシンだ。口数が少なく、国柄で人をセカンドネームで呼ぶ。俺も彼をユキカゼ班長と呼んでいた。


「ありがとうユキカゼ班長。あなたが今回のミッションに参加してくれているなら、このミッションは安心だな」

「世事は良い。鬼夜叉丸と戦って生きて帰ったらしいな。今回も期待している」


 彼の特殊能力は『千里眼』。遠くを見渡すだけでなく、壁を6枚まで透視する。

普段は眼帯で両目を塞いでいるが、それでも日常生活に差支えが無いという。


「正式にアサシンに帰ってきたのか? レイ。エアリアルウィングでエリシア皇女と毎晩よろしくやってるって聞いたけど」

「なんですって!?」


 全く別の方向からとんでもないガセネタが飛んできて、それを聞いたカトレアは、髪の毛を逆立てて怒り狂い、俺にデスサイズを振り下ろした。俺はすぐに両方の剣を引き抜き、デスサイズの刃を受け止め全否定する。


「してないよ。超ガセネタだよ。それと一時的にヘルプで回されただけだ」


 壁に腕を組んでもたれている男、エリック=アンダーソン。このアジトの扉を開けてくれた男だ。彼の特殊能力は『エクスプロージョン』。触れたものを火薬なしで爆発させる。爆発物のプロフェッショナルだ。どんな爆弾も、彼に掛かれば触れただけで無効化されてしまう。


「えー? ガセネタかよぉ、エリックから聞いたとき、マジ噴出したぜ? 絶対『王室式夜伽術』の殺傷能力をレイから聞き出そうって思ってたのによぉ! ぶひゃひゃひゃひゃひゃ!」


 エリックのそばにあった物資の詰まった木箱の上で、男がナイフを弄びながら、下品な笑い声をあげた。


「あはは。最低だなお前」

「そんでもってな? レイに化けて、その『皇室式夜伽術』をたっぷり堪能しようかと思ってたのによぉ! ぶひゃひゃひゃひゃ」


 俺は剣を抜き、げらげらと下品な笑いを続けるコイツの喉元に突きつけた。


「ひゃひ!?」

「悪い悪い、あまりにも最低だったから一瞬殺意を抑えきれずに、抜刀しちまったわ」

「は、速い。何だ今の。神速つかってねーよな? お前」


 エリックが俺の剣の刃に注目しながら声を上げた。俺が剣を突きつけているこの男、ニーゲル=アルマは特殊能力、『百変化』の使い手だ。コイツは触れた人間の、自分のポテンシャルを越えない限り、魔法や剣術、特殊能力に至るまで全てをコピーする。そして、俺の知る限り最も下種な人間だ。イケメンに変装し、女性を騙すことが多々あり、ゼクス隊長も手を焼いている。


「ヒュー♪ 今のが神速使ってない速さだって? 速さだけを突き詰めるとそんな芸当が出来るのかい。カルロス、ニーゲル。これでもあんた達、『レイなんて必要ない』なんて言ってられる? でもレイ、正直アタイも内心そう思っちまってた。素直に詫びるよ。強くなったね」

「でしょでしょ!? 私もびっくりしちゃって、もぅ惚れ直しちゃったくらいなんだから! きゃー♪」


 男勝りの女性アサシン。ミズキ=サクラ。彼女は東洋のアサシンと名高い『忍』の一族の血を引くという。隊長が言うには、この名前も偽名だというが、アサシンの中で実名を使っていない人間は珍しくない。彼女は特殊能力は持たないが、戦闘力が高く、回復魔法や支援魔法に精通している。アサシンの医療スタッフともいえるだろう。カトレアとはなんとなく仲が良いらしい。


「チッ。アサシンの基本中の基本である神速の法、神隠しの法、呪縛法くらいしか使えないし、ただ速いだけじゃねーか。他に取りえも無いくせに」


 いやまぁ普段使わないだけで、他にも使えるけどね?


「フォード。口を慎め。ろくに鍛錬もせずに、現状の力で満足した貴様ではもう、ブレイズには勝てん。今ので良く分かった。隊長が愛弟子であるブレイズをわざわざエアリアルウィングに回した理由が。なるほど、『可愛い子には旅をさせろ』とはよく言ったものだ。お前もいっそ外れてみるか? フォード」


 その言葉にカルロスは立ち上がった。


「班長! 俺がコイツより劣ってるだなんてありえねぇ! レイ! 今すぐ俺と勝負しろ! 俺が勝ったら潔くテメェを認めてやる! だが、俺が勝ったらとっとと帰りやがれ!」

「フォード、勝手をするな。そんなに稽古がしたいのなら俺が……」

「いいじゃない、ほっときなさいよロウガ。こいつには良い薬になるわ。多分勝負なんて一瞬でつくから騒ぎにもならないわ。というわけでレイレイ! さくっと殺っちゃって☆ いいかげんイライラするの♪」

「勝手に決めるなよカトレア。まぁ、カルロスはやる気みたいだし、気が乗らないけど仕方ないか」


 俺は、仕方なくカルロスの正面へ立ち、深呼吸をして、神経を研ぎ澄ます。


「じゃ、合図はコインが落ちた瞬間で。いくよー……」


 エリックがコインを指で弾き、コインがくるくると空中を回りながら、地面に落ちた。


「「神速!」」


 刹那、カルロスの剣が俺、の体目掛けて真っ直ぐと伸びるが、何故か俺はそのスピードが、一瞬、本当に神速なのか疑ってしまった。剣を抜くまでもないと悟り、カルロスの初撃を難なくかわし、続けて繰り出し続ける攻撃も、すべて見切り、奴の懐まで潜り込んだ。


「なっ!?」


 奴の驚愕する顔が一瞬見えたが、俺はすぐさま奴の腕と襟元を掴み、体を反転させて、グレンが以前やっていた柔術の『背負い投げ』という技をやって見せた。


「げふっ!?」


 床に叩き付けられたカルロスは、まるで潰れた蛙のような声をあげて、床でのた打ち回った。


「……っし!」


 なんという爽快感。良い汗をかいたとはこの事だろうか。告白しよう。俺はカルロスが大嫌いだ。そんな奴を圧倒的に凌駕し、床に叩き付けたのだ。本当に、気持ちが良い……。これは癖になってしまうかもしれない。


「えええ!? あのカルロスがレイにこうもあっさり!?」

「こりゃたまげた。カトレアと同じくらいじゃないの?」


 ミズキが立ち上がり、拍手で俺を迎える。ニーゲルがその横で驚愕していた。


「ば、バカな。何だ今の動き!? これじゃあまるで隊長やカトレアの神速じゃねーか!」

「間違いない。神速の限界速度に到達している。見事だブレイズ。感服した」


 まだ立ち上がれないで居るカルロスを、ユキカゼ班長が引っ張り起こした。


「レイレイかっこいいー! やっぱサイコー!」

「わっ! ちょ!? くっつくなカトレア!」


 後ろから抱きついたカトレアは、耳元でささやいた。


「超神速の事は黙っとくね? あれまだ完全な形じゃないんでしょ? もし完成したら、また私とシテね? あんな気持ちが良いことされたら、病みつきなっちゃうよ♪」

「その表現止めてくれたらいつでも相手してやる。それより、いいのか? 俺マント洗濯してないけど」


 カトレアの肌は、再びぷつぷつと赤い斑点が出来始める。俺のマントにはまだ、聖銀の粉がたっぷりと付着していた。


「きゃあああああああ!? レイレイ今すぐお風呂に入って全部洗濯してきて!!! じゃないと絶対チューどころか、ハグハグだってしてあげないんだから!!!」


 カトレアが涙目になりながら発狂し、俺を指差してそんな戯言を吐きすて、俺から飛びのく。


「つまり風呂に入らなければ俺の身の安全は保障されるんだな? じゃあ入れないわー」


 そんな冗談を言っていると、ユキカゼ班長が咳払いをして、俺達の空気を切り替える。


「ではこれより、我々ユキカゼ班はオーディアへと入る。現地へは傭兵として潜入し、そこでいったん情報収集のために4日間各自で動いてもらう。4日間の間に必ず、ラジール王の居場所を突き止めろ。集合場所と時間は、アルタ樹海の南に位置するエルド村の教会に0時とする。時間厳守しろ。遅れるようなら、死んだものとして次の作戦へ移る。では各自準備に取り掛かれ。15分後に出発する」


 俺達は潜入用に用意されたボロローブを身に纏うが、その下は傭兵とは比べ物にならないほどの装備をしていた。


 その代表とも言えるのは、一見黒革張りのレザーメイルにも見える、通称、『コンバットスーツ』だろう。アサシン部隊に支給されているコンバットスーツには特殊な金属が織り込まれており、そこらのプレートメイルより防御力がある上に、動作の邪魔を一切しない。俺のいた頃はまだ試作段階だったが、今回の作戦で正式に採用される事となったらしい。俺も早速そのスーツに身を包んだ。


「すげ、重さを全く感じない。これほんとに防御力あるわけ?」

「ああ。俺の爆発でやっと一部破壊できるくらいかな。よっぽどの名刀じゃないと、そのスーツは斬れない。ただ、通気性は最悪だ。真夏なんて着れたモンじゃないぜ?」


 エリックが丁寧にそんな事を教えてくれた。


「準備が整い次第トラックに乗れ。現地で解散する」

「「「「「「「了解」」」」」」」」


 俺は先に届いていた荷物を開封し、コンバットスーツのアイテムポーチやストックホルダーに収めていく。これで準備は整った。


「よし、行くか」


 俺はトラックの荷台へと飛び乗り、奥のほうであぐらをかきながら目を瞑った。

やがて全員がトラックに乗り込み、トラックはガレージを出発し、国境を越えるために検問へと向かった。


 そこから大体2時間くらい走っただろうか。国境検問所には傭兵達が屯し、入国のために長い列を作っていた。そこでさらに1時間は待たされ、やっと俺達の順番が回ってきた。

その検問で許可証を見せ、あっさりとオーディア領地へと潜入する事に成功し、いよいよ俺は、戦場へと脚を踏み入れたのだった。


 時刻は午後7時半。今頃、アイツはどうしてるのかな……。

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