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―エリシアの怒りと心配と―



 えー、今現在。俺、レイ=ブレイズは窮地に立たされて……いや正座させられていた。


「「「「…………」」」」


 俺をソファーに正座させて、正面の長いソファーには右からオリビア、エリシア、マスター、いっちゃんがじっとこちらを睨んでいた。おかしいな。何でこんなことになった? なんで俺怒られてるの? ちょっと冷静になって思い返してみよう。えー、ことを遡れば3時間前、俺とカトレアがここで激戦を果たし、隊長の召集に応じるため、壊れた階段を放置して、致し方なく城へと赴いた。

で、何時もの様に嫌がらせを受け、ハードな依頼内容を聞かされ、それを承諾してきた。 


 折角来たついでに、ロキにも顔だそうかと思ったが、確か今日は定例会議の日だった事を思い出し、諦めて、今さっきギルドに帰って来て、さて階段を直そうってなったら、目の据わってるマスターが『レイちゃん、ちょっとここに正座なさい』と一言告げて、現在に至るわけだな、うん。


 ダメだ。正座の理由全然わかんない。



「あいつってさぁ、女難の相でも出てるんじゃないか? 流石に哀れになるぞアレは」


 グレンが俺をやや哀れむ。ちくしょう、こいつに哀れに思われるなんて、とことん今日は厄日だ。ああ帰りたい。今すぐに帰りたい。もうシャワー浴びて眠りたい。今日という日をすべて洗い流して、俺の記憶から消し去り、無かった事にしてやるんだ。


「今回そこまで、レイ悪くないように思うんだよねー。何で正座させられてるんだろ」


 ジークが俺を弁護してくれるような空気を出す中、アーチャーはやれやれと大袈裟なジェスチャーをとりながら、ため息をついて語り始める。


「わかってないねぇ二人とも。そんなんだから彼女できないんだよ? 結局元をたどれば、レイの隠れ八方美人と優柔不断が招いた結果だよ。いいかい? 死神嬢の熱烈なラブラブ光線を思いっきりスルーしながら、このギルドの誰よりもエリシアさんとちゃっかり打ち解けちゃってさ? シーツの中で抱きしめちゃうだなんて、いかにそうせざるを得ない状況だとしても、ふざけんなよって感じしない? そしてそれを死神嬢に目撃されちゃったなんてさ、ぶっちゃけ自業自得以外の何物でもないよ」

「「ああ、そりゃレイが悪い。死ねばいいのに」」


 そして俺をまたしても助けてくれない野郎連中。オネガイダカラダレカタスケテ。てか女性陣全員が腕組んで俺を睨んでるっておかしいだろ!? いっちゃんまで一緒になって! 全然関係なくねぇ? つーかこわっ! 何故かギルドのほぼ全員が俺の敵みたいになってない!? 

 

 なんで? どうして? 俺一体何をした? 嫌われてる? 俺って嫌われてる? やっぱアサシン戻るべきだった!? ああ畜生もうイヤだ! オリビアなんて超機嫌わりぃ! 魔力漏れ出してテーブルとか霜降りてるよ、霜! マスターまでもが何時でも魔法撃てるように杖構えてるし! 怖すぎだろ! で、特にエリシア! エリシアがホント怖い! もうね、今まで見たこと無い顔してる! 強いて言うならそう、東洋の『般若』という女性の鬼みたいな顔してるの! いや、顔はそんなに変えてないはずなのに、目を合わせられない! バックに、エリシアのバックに鬼がおる!!!


「わたしといっちゃんが留守中に、カトレアちゃんが来た見たいね? 随分イチャイチャしてったみたいじゃない?」


 は!? イチャイチャ!? あんなの一方的な嫌がらせだろ!?


「いや、イチャイチャなんて、そんな甘ったるいこと一切してません。ありゃもう殺し合いですよ、えぇ」

「殺し合い? セッ×スの間違いでしょ? アレはあんた達の擬似セッ×スでしょ? 現にあのビッチ、やられたっていうのにエクスタシー決めてたわよね? 絶対ア×メ決めてたわよね? ああホンッとに気持悪い気味悪い気色悪い! 思い出しただけでもリバースしそう」

「青少年の健全な育成に多大な悪影響を及ぼしかねない単語を連呼するんじゃねぇよ! 仮にも女だろ!? ついでに少なくとも俺にそんな認識は無ぇよ! 自己満足だよ自家発電だよあのバカの一方的なオナ……わかってますマスター自重します自重しますから杖を下げてくださいスミマセンでした!!!」


 俺は思わず指をびしっとさしてマッハのような早口でツッコミを入れて、危うく暴走し、マスターのお叱りの重力魔法を浴びせられる所だった。


「……オリビアさん、本当にどんな表現だったんですか?」


 余計な事を聞こうとしたいっちゃんに、エリシアが死んだ魚のような、光の無い虚ろな目をして淡々と告げる。


「いっちゃん、あんなセリフ、聞かないほうがいいよ。すっごくバカで淫乱丸出しだったから」


 そして目の両端が釣り上がり、その顔を怒りにゆがめたオリビアも、エリシアに続く。


「そうよ、いっちゃん。あんたはあんなセリフ聞いちゃダメ。とっても悪影響よ。バカと淫乱が移っちゃうわ。ちなみにレイはもう手遅れみたいだから、レイにも近づいちゃダメよ?」


 そしてじとっと、何か汚らわしいものでも見るような冷めきった目で、いっちゃんは結論を口にする。


「なるほど。レイさんって、バカで淫乱な女性が好きだったんですね、本当に最低です。しばらく私達に近づかないで下さい。なんかいろいろ移りそうで怖いです。……ばっちぃ」

「ばっ……君らね、俺だって時には女相手にガチ切れしたくなる瞬間くらいあるぞ? 今とか今とか 」


 流石の俺も、今のいっちゃんの辛辣な一言には流石にイラっとして、ぐっさり来るものがある。


「あのさぁ、いくらなんでも酷すぎやしないか? カトレアのしでかした事に対して、どうして俺がこんなにも辛辣な言葉をぶつけられて、正座までさせられてるんだ? むしろ君ら二人を守るためにかなり必死だったんですけど」

「エリシア、頼んだっけ?」

「頼んでないね。私達は、責任を取って汚物の後始末をレイに命令はしましたけど、決して、一言たりとも、『私達を守って』だなんて、お願いしてません」


 うわぁ。なんつーかもう、うわぁ……。言葉に表せないこの感情。コレは怒りか悲しみか? マジでアサシンに戻ろうかな。俺もうここでやっていく自信がなくなってきた。


「ね? グレン?」

「ですよね? ジークさん」

「「何で俺ら!?」」


 急に話を振られた二人は、その場に竦み上がる。本人達が感じているであろうその圧力はおそらく、邪竜のそれを上回っているはずだ。


「え。それは流石に、ねぇ? ちょっと冷静になろうぜ? ほら、確かに原因はレイにあったかも知れないけど、相手は死神嬢、レイはかなり良くやったんじゃない……かなぁ? ナンテ……」

「ってか、死神嬢を撃退って、コレが戦場なら勲章もらえちゃうくらいすごい事なんだけどなー? ナンテ……」


 グレンもジークも、珍しく俺を弁護してくれるが、最後のほう、まるで蚊の飛んでいるような小さな声になってしまっている。そんな二人に、エリシアとオリビアは、圧力をさらに上げて凄む。


「「ね?」」

「「……ハイ、ソノトウリデス」」


 あの屈強な前衛二人が、そのプレッシャーに耐え切れずに二人に屈した。


「まーったく、だらしの無い奴らだなぁ」


 厨房の奥から、ゆっくりと出てきたその影に、俺は希望を見出す。


「おやっさぁん!」


 来た! このギルドで絶対的な俺の味方! おやっさん!


「おい、エリシア、オリビア。お前たちもいい加減許してやらんか。こいつはちゃんとけじめはつけたんだろ? 見てみぃ、こいつ以外、死神嬢の名前を聞いた瞬間、びびりまくってお前さんたちを守るどころか、テーブルの裏に隠れて自分の身の安全を確保したヘナチョコばっかりなんだぞ?」

「「「ギクッ」」」


 ああ、そういえばそんなことしてたなぁ。俺そんな奴らに死ねばいいのにとか言われたの? 後で一発ずつ殴ろうそうしよう。


「エリシア、お前さんはかなり不服だろうが、それをコイツに当たったところでしょうがないだろう? オリビアもだ。自分に匹敵するであろう敵が現れ、焦燥に駆られるのは実に良い事なんだぞ? それを八つ当たりではなく、自分の力を高める糧とすれば、お前はもっと強くなる。わかったな?」


「「むぅぅぅ……」」


 おやっさんのでっかい手のひらが、二人の頭をぽんぽんと軽く叩く。二人は不服ながらも、なんとか納得してくれたようだ。


「……さて、マスター。本当はこんな痴話喧嘩の制裁に、こいつを正座させてるわけじゃないんだろう? そろそろ本題に入らないと、飯の時間になっちまうぞ?」

 

 心優しい父親の顔をしていたおやっさんが、今度は厳しい顔つきへと変わり、その視線は俺へと向けられた。そして、マスターは黙ったまま、ゼクス隊長が提出したであろう特別依頼原本を皆に見えるような位置に取り出した。


『オーディア紛争地域における諜報活動と情報収集、およびラジール王の所在生存確認』


「あんたが帰ってくる10分前くらいにゼクス隊長から送られてきたわよ。何よこれ」


 どうやらオリビアも、この依頼書の内容に目を通したようだ。先ほどより鋭い視線が俺へと向けられた。


「見ての通りだ、とりあえず明後日から行く予定だ。期間はわからない。短期で済むかもしれないし、長期戦になる可能性もある。出来る限りの準備はして事に当たる。問題ないさ」


 俺の言葉に、一切納得していない様子で、すぐにオリビアは反論してくる。


「あんた正気? あそこにはまだ鬼夜叉丸が潜伏してるかもしれないのよ? 出くわしたら殺されるわよあんた。まぁ、死に急ぎたいなら好きにしなさいよ。葬式は出ないわよ? 自業自得で死ぬアホのために貴重な時間は裂けないの」

「オリビアさんの言うとおりです! レイさん、危なすぎます! やめてください! 鬼夜叉丸はきっと、まだあそこに居る筈です! 見てくださいこの資料、今あの国のいたる所で、所属不明の剣士に襲撃をされて、壊滅に追い遣られた部隊がいくつもあるんです! 敵味方関係なく、襲撃されてます。これ、絶対鬼夜叉丸ですよね!?」

「二人とも静かに。……先ずはレイちゃん、どうしてこんな任務を言い渡されたのか、いきさつを話してくれるかしら?」


 マスターに、ゼクス隊長がこの任務を提示した経緯を、全て話した。


「なるほどね。確かにそれは私も勿論疑問に思ってたわよ。アルデバランの真の目的がわかれば、確かにエリシアちゃんの警護がしやすい上に、場合によっては、その隙を突いて反撃に出ることも可能になるかもしれないわ。けどそれは、私たちの仕事じゃないと思わない? 私はマスターとして、メンバーを死にに行けなんて命令は出せません。この書類に判は押せないわよ?」

「だからマスター。ギルドから指名されてるのは俺だけだけど、この作戦は現地に入ってるアサシンがバックアップしてくれるんだって! ついでにカトレアも」


 やばい、カトレアの名前を出した瞬間のエリシアの作り笑顔がマックスに怖い!


「レイちゃん、あなたの力を疑ってるわけじゃないの。

 鬼夜叉丸と遭遇して、真っ向から戦って生き残ったあなたの強さは、ギルドの誇りと言えます。でもね、もしあの場に鬼夜叉丸が居るという事前情報があったなら、エリシア皇女救出作戦は、ロキウス王に掛け合っていました。アサシン全部隊を投入して欲しいと。

 それほど、鬼夜叉丸は私にとって脅威よ。

 あの時の私の姿、いっちゃんは見ていたわね? 私、どんなだった?」

「……マスターは、震えてました。レイさんの姿をアーチャーさんのカメラから確認して、時折画面で確認できるレイさんが、次の瞬間倒れてないことをずっと祈ってました」

「レイ、それは僕も同じだ。弓を引き絞る手が、あんなに震えたことは無いよ。君が斬られるだなんてことを、想像もしたこと無かった。だがあの瞬間は別だ。もし、僕が少しでもミスをすれば、君は斬殺されるかもしれない。あのプレッシャーは、今までに無い重さだったよ」


 殆どの仲間が、俺の身を珍しく案じているようだった。


 死を覚悟した瞬間が、アレが初めてではない。だけど確かにあの時、俺は感じたことの無い恐怖に囚われていた。常に死のイメージが付きまとっていた。あそこに戻るという恐怖がないわけない。だが……。



「それでも、俺は行かなくちゃいけないんですよ。もし、行かせてくれないのなら、俺はアサシンに戻ります。戻って任務を遂行するまでですよ」


 俺は自分の覚悟を真っ向からマスターに伝える。どうしても、俺が行かないとならない理由もある。

これは、エリシアの前では伝えられない内容なので、今は黙っておこう。


「どうして? わかんないよ……」

「エリシア」


 いつの間にかエリシアは俯き、わなわなと肩を震わせて怒っているようにも見えるし、泣いているようにも見えた。


「なんでレイがそんな危険を冒さないといけないの!? アルデバランはレイが言ってたとおり、私の体が欲しいだけ! それでいいじゃない! それ以上の理由なんて無いに決まってる! そんな下らない事を確かめるために、どうしてレイがあんな所に行かなきゃいけないの!? 私、わからないよ……」


 エリシアの体が欲しいだけ。そして祖国があんな所……か。すごい表現の連発だな。

なんてことを、俺は一人冷静に思ってしまうのだった。


「エリシア、これって結構大切なことだと思うけど? アルデバランだけがそうだったなら、俺の理論で正解だと思ったよ。けど、君のお父さんが取った行動は、明らかに矛盾してるんだ。どう足掻いたって、アルデバランについてこの国を攻めたほうが得策に決まってる。それに、君が知らない君の事実があるかもしれないんだぞ? 君はそれを知りたくないのか?」

「嫌っ! そんなの知りたくない! 私のせいで大勢の人の血が流れる理由なんて、これ以上知りたくなんて無いよ!」

「あ……」


 やってしまった。コレは確実に地雷だった。今のは間違いなく、エリシアを傷つけてしまっただろう。彼女の瞳が、再び涙で溢れ始める。


「……ごめん」

「もういい! 好きなようにすれば良いじゃない! せいぜいカトレアさんとずっと向こうで仲良くやってきたら!? レイのバカ!!! 大っ嫌い!!!」


 俺の謝罪の言葉は彼女に届かずに、エリシアは直しかけの階段を飛び越え、壊れていない階段を駆け上がり、自分の部屋へと入ってガチャリと鍵を閉めてしまった。


「あーあ、こうなると思ったから止めましょうってマスターと相談してたのに。バーカ。素直に『そうですよね! やめときます!』って言ってたら、こうはなら無かったわよ?」


 オリビアは重いため息を吐き出しながら、頬杖をつきながら俺に呆れた。


「んもぅ、予想した地雷を全部スキップで踏んでいっちゃうんだもん。カトレアちゃんの名前出しちゃうし、エリシアちゃんの心に傷付けちゃうし、最低よレイちゃん!」

「レイさん最低です! 私も大っ嫌いです!」


 エリシアが部屋に閉じ篭ったのを見計らって、三人が俺へと一斉攻撃を始めた。


「ダメダメ、レイは実際の地雷は恐ろしい直感で感知しても、こういう類の地雷は盲目者並に見えてないんだから。やっぱり最初から禁固刑にしておくべきだったと僕は思うね」


 アーチャーが失笑しながら、そんな物騒な事を口にした。それに続いて、グレンも口を開く。


「しかし、死神嬢からは何度も大好きって言われて、エリシアちゃんに大っ嫌いって言われるのは2回目だっけ? お前って幸せ者だよなホント、不思議なことにあんまり羨ましくないがな」


 そしてジークが俺の肩をぽんっと叩き、慈愛の眼差しを向けながらこんな事を言うのだ。


「大丈夫レイ。昔の偉い人は言った。『愛情の反対は憎しみではなく無関心だ』と。良いじゃん、嫉妬もされずに心配もされずに『あそうなの、いってらっしゃい』がどれだけ辛いか」


 呆れ返る男連中。おやっさんはいつの間にかバーのカウンターにもどってグラスを磨いて、黙って事の成り行きを見守っていた。


「で、どうするんです? エリシアの希望通り、ウチじゃ許可しないって言っても、このバカ、アサシン戻ってでも行くって言ってますよ?

 そういえば、あんた前からここに居る事不服そうだったわよね。

 まぁ、あんたとしては、左遷されたようなもんだし? 戻してくれるって言うのなら、戻してもらいたいわよねぇ?

 私としてはそんなに戻りたかったらさっさと戻れば? って感じよね。

ギルドとしても、すぐに人を殺したがる殺人鬼みたいなサイコパス野郎を雇ってるなんて、世間体が悪いとか、そういう以前の問題よね? そう思わない?」


 オリビアのその交戦的な物言いに、流石の俺もカチンと来て言い返そうとするが、マスターが俺とオリビアの間に割って入り、オリビアに釘を刺した。


「オリビアちゃんストップ。レイちゃんが本気で怒ったら、誰よりも厄介だって判るでしょう? 本気の喧嘩になるからそういう言い方やめよ?

 でもレイちゃん。貴方はもう少し、人の気持を理解して欲しいわ。私達が怒ってるのはね、なんで帰ってきてすぐ、エリシアちゃんに声をかけてあげないの?

 カトレアちゃんと出かけて、午後のお仕事は結局、オリビアちゃんが代わりに行ってくれなかったら、キャンセルになるところだったのよ?

 帰ってきたかと思えば、ごめんねの一言も無しに階段を修理しようとしてるし!

 その10分前、この依頼書が届いて、どれだけエリシアちゃんが青ざめたことか……!

 最近のニュースはエリシアちゃんを追い詰めるような内容ばかりが放映されて、今日なんてあのおぞましいアルデバランの顔まで放映されちゃってもう……。

 ああ、なんて可愛そうなエリシアちゃん。

 仕舞にはカトレアちゃんにブス呼ばわりされた上に殺されそうになっちゃったり、危ない目に遭って欲しくないと願っているレイちゃんから、あまりにも心無い言葉まで言われて!

 ああもう。お姉ちゃん悲しい! お姉ちゃんあなたをそんな子に育てた覚えはありませんよ!?」


 ……育ててないだろう? 自称姉。しかし、今のマスターの話を要約していくとつまり。


「あのさ、もしかして反対してる理由って……」

「決まってるでしょ? エリシアが『行かせないで』ってお願いしてきたからよ。じゃなきゃこの私があんたの事を気遣うわけないでしょ? どーせ真正面から戦って勝てない相手には、隠れてやり過ごすか、お得意の暗殺術でサクサクっと殺っちゃうじゃない、あんた。どこをどう心配するってのよ!」


 未だに怒りの収まらないオリビアが、一々喧嘩腰で俺に突っかかってくる。


「まぁまぁ、オリビアちゃん。私はやっぱり心配は心配よ? けど、エリシアちゃんの事ほど心配はしてないわねぇ」

「レイさん、この依頼書を皆で見た時、エリシアさんは、マスターに『お願いですから、こんな危険な依頼に許可なんて出さないでください』ってお願いしてたんです。レイさんの事を、本気でエリシアさんは心配したんです。だって、このギルドで誰よりも間近で、レイさんが鬼夜叉丸にやられてしまいそうになるところを見てる人ですよ? 画面越しで見てた私たちですら心配するのに、目の前で見てたエリシアさんが、心配しないはず無いじゃないですか! それにエリシアさんはレイさんの事、むぐっ!?」


 急にオリビアがいっちゃんの口を塞ぎ、何かをさえぎった。


「エリシアが俺の事どうしたって?」

「うっさい野暮天! エリシアに謝れ! 今すぐエリシアに土下座して謝ってこい! そんでもって階段直せ! 今すぐ! カキ氷にするわよ!?」

「ハイ」


 響き渡るオリビアの怒声。それと同時に、辺りの空気を急速に冷やしながら右手に集まる氷の魔力に、思わず縮み上がった。


「あ、それとねレイちゃん。実はね、エリシアちゃんに初仕事を与えてるの。受付嬢として、この任務の不可は、彼女に決定権を与えました。それが彼女の受付嬢としての初仕事よ」

「え?」

「もし、ゼクス隊長やほかのメンバーに、自分はアサシンにとって必要なんだって認めて欲しいという理由があるなら、私にその書類を渡して判をもらってください。そうではなくて、エリシアちゃんのために、エリシアちゃんを守りたいって言う嘘偽りの無い気持ちだけならば、エリシアちゃんに提出してください。まぁ、がんばって説得するのね♪」

「なっ!?」


 なんちゅーことをしてくれるんだこの賢者様は!


「いやー、これはなんつーか。ねぇグレン? ぷっぷー」


 ジークがさも愉快そうに、わざとらしく口を押さえながら笑い出す。


「これはなぁ? ここでマスターなんかに渡したら間違いなく追放orリンチだなぁ! うっしゃっしゃっしゃっしゃ!」

「策士だなぁほんと、ウチのマスターって。何事もハッキリしないレイには、良い薬だろうけど。……にしても、レイには悪いけど、見てて楽しいね! すごく!!!」


 アーチャーまでもが、腕を組みながらベストスマイルで俺を見つめてきやがる。


「ちっくしょう! お前らあとで覚えてろよ!!!」


 俺は皆がニヤニヤと見守る中、階段を飛び越え、エリシアの部屋の前に立ち、深呼吸をする。



 大丈夫、俺の気持ちに嘘偽りは無い。俺の目的は、エリシアを守ることなんだから、俺は別に間違っちゃ居ないし、やましい気持ちも無い。


「エリシア、さっきはごめん。本当に悪かったって思ってる。それでも、このクエストはお前にハンコを押してもらいたい」


 長いようで、短い、そして重苦しい沈黙。そしてその直後に……。


『ガチャ!』


 エリシアの部屋の扉が勢い良く開き、アサシンの俺でもびっくりするような速さでエリシアは依頼書を引ったくり……。


『バタン!!!』


 こちらに風圧がぶつかるくらいの勢いで扉を閉め。


『ドン!!!』


 依頼書の無事が心配に鳴るような音が響き。


『パサッ……』


 足元からデカデカと判の押された依頼書が出てきた……。


「え?」


 えええええええええええええええええええええ!!!!!!???????????? 


「え!? 何でしょう今の!? エリシアちゃんなりの照れ隠しですか!?」

「わっわかんない。ちょっと判断しにくいわ……」


 ジークが慌ててマスターに尋ねているのが聞こえるが、マスターもエリシアの真意にたどり着けなかったようだ。


「さっきの延長線上じゃないか? 何処へでも好きなように行っちまえ的な」

「なんだろうね。あのレイの顔。あっさりと離婚届に判を押されてしまった旦那みたいな微妙な顔してるよ」


 おやっさんすら呆れ、頬をポリポリと掻きながら絶望的な意見を口にして、アーチャーの哀れみの視線が俺に突き刺さる。


「あれがジークさんの言う『無関心』という奴なのでしょうか」

「アッハッハッハッハ! だめ! もう無理! お腹痛い! 死んじゃう! 面白すぎて死んじゃう! あははははははっ! レイざまー! レイざまー!きゃはははははははははは!!!」

「南無阿弥陀仏。哀れレイ。成仏しろよ……。ぶはははははははははは!!!」


 いっちゃんの言葉の無関心というワードが更に俺を追い詰め、グレンとオリビアの不愉快極まりない大爆笑がギルドに響き渡る。だが俺は、そんな些細な事よりも、今のエリシアの行動の意味を知る事に全神経が集中していた。


 なんでこんなあっさり判子が押されて来るんだ? 今の説得で納得してくれたのか? それとも、これホントにさっさと行って来い。お前なんてもう知らねぇよって事? いやちょっと待て、ホントにそれで良いのか!? これこのまま行ったら、後々何の修正も出来なくねぇ!? え、ちょっと待ってくれよ。くっそう! あっけにとられて表情すら見れなかった! 


「あ、あのエリシア? えっとその……」

「………………」


 なんと言って良いかも判らず、向こうから伝わってくる沈黙の重さに負け、俺はとぼとぼと階段を降りてしまった。そして皆がじろじろ見たり、ゲラゲラ笑ったりする中、俺を見守り続けていたおやっさんが居るバーのカウンター席へと座る。


「……おやっさん。なんでも良い。きつめの酒くれる?」

「……悪いことは言わん。ミルクにしとけ」



 おやっさんは、テーブルに突っ伏す俺にミルクを注いでくれるのだった。

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