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―ゼクス隊長の依頼Ⅰ―

―王都行き路面電車内―



レオニード王国の王都周辺には、王都レオニードを起点として、ぐるりと周辺の市街地を繋げるように、路面電車が環状運転している。先日エリシアが俺から逃亡するために乗車したのも、この路面電車だ。


 俺は、とにかくゼクス隊長の呼び出しに応じるべくして、王都行きの路面電車に乗り、レオニード城を目指していた。思えば、王都に足を踏み入れるのは実に1年ぶりだろうか。


 そういえば、カトレアとも一年近く会っていなかった。……まぁもちろん、こちらから会いに行くわけが無いのだが。


「ん? 待てよ? おいカトレア、お前任務どうしたんだよ。ブロッケン共和国内の諜報活動任されてなかったか?」

「あー、アルデバランと戦争になるかもしれないから、わざわざ呼び出されたのよ。諜報活動くらいなら他のメンバーで事足りるしね。他にも何十人か召集されて、国境あたりに集結中だよ? 何班かもうオーディアに現地入りしてるし。レイレイがエリシア皇女なんて助けちゃうからだよ? ほっときゃいいのに、あんな小国の皇女なんて。 あ、ところで、エリシア皇女って今何処にいるの?」


 あれ? 今なんかこいつ、すごい的外れなこと言ったぞ?


「お前、散々ブス呼ばわりしてたじゃないか。」

「え? あのブスなの?! 何? ノーメイク!? 普段は特殊メイクでもしてるわけ!?」

「えー? いや、エリシア多分ほとんど化粧なんてしないぜ? 素のまんまでも十分美人な方なんじゃないの? って、睨むなよ。武器を仕舞え。電車内だぞ」


 カトレアはしぶしぶと武器をしまい、俺にため息をつきながらつぶやいた。


「レイレイ、メガネかけたら?」

「失敬な、俺の視力は3.0だぞ3,0! アサシンの中じゃ真ん中だけどな」


 そして、俺はふと思い出す。そういえば、エリシアにはマスターのジャミング魔法が掛けられていたのだ。


「ふむ。あのセイラの仕業ね? 私の目をごまかすだなんて、相当手の込んだジャミング魔法を施したみたいね。忌々しい女! ほんっとに大っ嫌い!」


 あからさまに敵意むき出しのカトレアの姿に、俺はやれやれとため息をついた。


「あー、ところで、散々ブス呼ばわりしてたけど、お前どんな風にエリシアが見えてたんだ?」


 がりがりと親指の爪をかじりながら、イライラゲージをじわじわと上げていくカトレアに、興味本位でそんな事を聞いてみた。


「んー。紙とペン持ってる?」


 俺は手帳とペンをカトレアに渡すと、カトレアは素早くペンを走らせ、似顔絵を描いていく。

カトレアの似顔絵はアサシンの中でもトップクラスにうまい。しかし、俺の似顔絵はやたら線が歪み、似ても似つかない絵になってしまう。どうも手元が震えるとか本人は言う。思えば、書いてる時妙に鼻息を荒くしながら書いてたな。


「はい。冗談抜きでこう見えてた!」


 ペンと手帳を受け取り、俺はその絵に驚愕した。


「え。なんか目が逝っちゃってるし、鼻が豚みたいなんだけど。顔もパンパンに膨れて、肌とかニキビだらけじゃん。涎まで垂れてるし……。何これ、オーク?」

「ね? ブスでしょ? これとレイレイがシーツの中で抱き合って見えたんだもん。私だってしてもらったこと無いのに!」


 これはえげつないな。こんな風に見えてたのか? 他の人間も?


「しくじったわ。 私としたことが! エリシア皇女を見つけたら滅茶苦茶不細工になるまでひっぱたいて、体中縛り上げ泣いて許しを請うまで拷問して、ゾンビ5体に輪○させた挙句に、薬漬けにして壊して、いっそ死なせてって言わせてから殺すつもりだったのに。

 あんなブスに化けてたなんて飛んだ誤算だったわ。やっぱりあの時殺しておくべきだった。レイレイもレイレイで、よりにもよってエリシア皇女とシーツの中で抱き合ってだなんて! ある意味ブスと抱き合ってるよりよっぽど凶悪よ! ああ忌々しい!」


 なんてぶつぶつと、物騒すぎる独り言を俺に聞こえてないつもりで呟きながら、右手の親指の爪をかじり始めた。その仕草は、まさに狂気そのものだ。何故なら、自分の髪の毛が一筋口に入っていても、爪から血が出ていても、光の消えたカッと見開かれた目で虚空を凝視しながら、親指の爪をかじるのを止めないのだ。……あまりの怖さに直視できない。


 なるほど。あのジャミングルーンはエリシアに危害を加えようとする人間の感情に比例して、本人を別人に変えると、マスターは言っていた。つまり、この絵を見る限り、相当殺る気満々だったんだろう。


「しかしこれ、エリシアには見せられないなぁ」

「いいじゃない。私がレイレイなら『君は周りの人からこんな風に見られてるから、俺と一緒に並ばないでくれ。俺はカトレアしか愛してないし、困るんだ』って言うけどなぁ。きゃっ♪」

「いやほんと、どこのレイレイさんですかってレベルで俺じゃないよね、そいつ」


 呆れてため息をついたとき、カトレアの前髪を束ねたヘアピンに妙な細工が施されているのを見つけた。


「カトレア、ちょっと動くな」

「ふぇ!?」


 俺はカトレアの髪から、そのヘアピンを取り外した。


「なんだこれ。隠しカメラ? おい、カトレア。このヘアピンどうしたんだ?」


 ふと、カトレアを見ると、顔を真っ赤にして目を潤ませ、わなわなと震えていた。


「ん? どうしたカトレア」

「れ……レイレイが! レイレイから私の髪にふれ! ふれふれ、触れてくれた! レイレイがナデナデしてくれたぁぁぁぁぁ! きゃーーーーーーーー♡」

「え」


 しまった、カトレアの暴走スイッチに触れてしまったらしい。

てかこいつ、隠しカメラくっつけられてること気が付いてなかったの!?


「どうしよう! 今私、絶対妊娠した! 確実に孕んだ! ヤバ、またイッちゃうかもぉ♡」

「やめろよ薄気味悪い」

「もう、もう絶対私髪洗わない! レイレイが触れてくれた髪を絶対洗うもんですか!」

「いや洗えよばっちぃ……」

「もうこの髪を切って永久保存するの! 未来永劫完全な形で保存するわ! レイレイと私の子孫に受け継いで家宝とするの!」

「お前そこ切ると大変なことになるぞ。しかも撫でたんじゃなくて一瞬触っちまっただけだし、お前と子孫は残さない」


 車内で大暴走を続けるカトレアに、俺はついにはツッコミきれなくなって放置することにして、俺はヘアピンをもう一度良く調べてみる。ポップなドクロのデザインの飾り部分に、本当に小さな魔水晶レンズが取り付けられた、実に精巧なつくりをしている。


 しかしこのヘアピン、いつもカトレアが使っているものとデザインはそう変わらないな。うーん、でもカトレアが人から物を受け取って、それを調べもしないで簡単に装着するかなぁ。

 

 考えられるのは、カトレアに隠しカメラを感づかれないように取り付けた人物ということになる。


 だとすると、そんな事を出来る人間は……。


「あの人の仕業か……」


 そんな事をしているうちに電車は城門前の駅に着く。


『レオニード城門前ー、レオニード城門前ー』


 車内アナウンスと同時に、電車の扉が開いた。俺はホームに降り立つと同時にぐっと伸びをしてみた。疲れが溜まっているのだろうか、いたるところでポキポキと骨が音を立てる。先ほどの超神速の反動かもしれない。やはり今のままの方法では付け焼刃もいいところだ。色々と改良を加えないと、実戦ではまるで役に立たないだろう。しかし、何かを確実に掴んだ。それだけは事実だった。


「空いてて良かったな」

「混んでなくて残念だったね。レイレイ、恥ずかしがらずにくっついても良かったし、レイレイになら何処触ってもらっても……きゃー何言わせるのよぅ! レイレイってほんとえっちなんだからぁ♡」

「いやー、本当に空いてて良かった」


 もうこいつとコミュニケーションが取れると思わないことにしよう。どう足掻いても一方通行なんだから、本気で相手にしてたら、俺の脳みそまでジャンク品になっちまうと理解した。


 

 俺達は観光客に混じり、頑丈で大きな城門を潜り城内へと進み、関係者専用の通路を、身分証をガードマンに提示し、更に進んだ。


城内のある程度のところまでは一般公開もされている。だがその先の王宮となる区域は、関係者である者しか入れない。


 俺は指紋認証システムによりロックされている扉のロックを外し、専用エレベーターで王宮内のゼクス隊長の執務室の前にやってきた。そして3回ノックして声をかける。


「隊長、レイです」

「カトレアでーす」

「いいよー、入っておいで」


 俺はドアノブを捻り扉を開けると、2本のナイフが飛んでくるのを目視し、俺に向かってくる1本を2本の指で挟み受け止める。カトレアも同様に、自分に飛んできたナイフを難なくキャッチする。


「ナイスキャッチ☆ お小遣いだ、とっといて」

「純銀製ですか。遠慮なく」

「ひっどい隊長! 私が銀の金属アレルギーなの知ってて投げたでしょ!? グローブしてなかったら被れちゃうところだったじゃない! 要らないわよこんな危険物!」


 普通の人間だったら頭を貫通するような速度で、ナイフを投げ返すカトレア。ゼクス隊長はそれを歯でカチンと挟み込み、キャッチして、ニッシッシと笑ってみせる。おちゃらけていて、相変わらずメンバーへの嫌がらせをしているこの男こそ、俺の師匠……。


「お帰り、二人とも」


 椅子にふんぞり返り、テーブルに足を組んで乗せている30台後半に差し掛かった、顔に傷を持つ細目の男。性格が悪く、隊員への嫌がらせが趣味という、レオニード王国最強の剣士であり、特殊任務部隊アサシンの総隊長、ゼクス=アルビオンだ。


「隊長、カトレアにこんなのつけてましたね?」


 俺はカトレアの髪についていたヘアピンを放って返す。


「おー、流石レイ。これ新作なんだけど、よく気が付いたね。良く出来てるだろ? 自信作なんだ♪ やっぱり冒険者なんかにしておくのは、もったいないかなぁ?」


 ゼクス隊長はそのヘアピンを謎の機械にとりつけ、映像を抽出しはじめたようだ。


「あ、隊長。その画像、あとで私にもちょーだいね? きゃは♪良く考えたら、レイレイとの『愛の営み(戦闘)』を録画するなんてしたこと無かったね☆ 癖になったらどーしよう。きゃー♪ そんなことになったら、ホントの愛の営みまで録画しちゃったりしてぇ♡ あぁん♡ だめだよぅレイレイ♡ そんな恥ずかしい所撮らないでぇ!♡」


 本当に俺の感情を無視して、自分勝手な妄想に体をくねくねとくねらせるカトレアに怖気が走る。


「隊長、お願いだからこいつを俺の所に寄越すの、止めてもらえないですかね」

「そう! その顔が見たかったんだよレイ! あっはっはっはっは! やっぱりカトレアを差し向けたのは正解だった! あっはっはっはっは!」


 畜生このど腐れ中年暗殺者め!!! できることならマジでぶっ殺してぇ!!! 出来ない自分がこんなにも歯がゆいだなんて!!! 


「さて、弟子のとてもいい成長記録も手に入ったし、早速用件を話そうかな」


 ゼクス隊長は椅子に座りなおし、真っ直ぐと俺を見据えた。やれやれ、やっと本題が始まるのか。


「ペテルギース邸で大暴れしたみたいだね。アルバトロスの奴、超カンカンだったよ? もちろんぺテルの爺もね。頭下げるの俺なんだよ? カンベンしてよぉ。あいつら、勝手に怒ってネチネチとひたすらしつこいっていつも言ってるじゃないか。……あとでロキウス王と爆笑したけど」


 大うけしてるじゃないか。まぁ、想像したとおりだけどな……。


「まぁぶっちゃけそんな事どうでも良いんだよね。来て貰ったのはさ、君をアサシンに戻そうかなって思ってるんだよね」

「え?」


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