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ーエアリアルウィングの暗殺者Ⅱー

 レオニード鉄道。帝国時代、機械文明国であるリゼンブルグからもたらされた技術のひとつである『電車』を試験的に導入した物だったが、今となっては市民の大切な移動手段となっている。首都レオニードにはもっと大掛かりな『大陸循環鉄道』という大陸をぐるりと一周するように作られた国際鉄道が存在しているが、人工の密集した地域では、小回りの利く路面電車が運用されている。


 しかしそれも、もう数年後にはまた別の何かに置き換わっているかもしれない。機械文明国との交易が盛んに行われた結果、もたらされた技術の数々により街は急速に発展し、大金持ち専用だった『ガソリン駆動式自動車』を市民が所有するようになったため、整備不足だった道路は各地で壊滅的な渋滞が発生するようになってしまった。


 結果、国は交通インフラの整備を急務としていて、街の様子は日々移ろい続けている。


 そんな変わり続ける町を、夕日はいつもどおり赤く染め、俺は車窓越しに流れていく風景を眺めていた。車内はさまざまな乗客が乗っている。学校帰りの学生や疲れた顔をした労働者。窮屈そうに身を縮めながら乗る大型の猿獣人。その足元で、踏まれそうになる小人。そして、グレンを見つけて指を刺し、車内だというのに、はしゃぎだす近所の子供達。ちょっとしたテロが起きたというのに、この街はいつもどおりの顔をしていた。


「グレンー! 今日は何壊したんだよー!」


「あのでっけぇ音グレンだろー? 隣町にまで響いてたぞー!」


「はかいそー馬鹿グレンって手配されちゃうぞー!」


 どうやら子供達は、グレンがマスターの提案で週に一度開いてる、無償の『青空武術教室』の生徒らしい。グレンはああみえて子供好きだ。師範の娘に手を出して破門なんてされなければ、今頃自分の道場を与えられててもおかしくないだろうに。


「この悪ガキども。師匠と呼べ師匠と。ところで、破戒と破壊をかけてるのか。なかなか言い得て妙じゃないか。しかし破戒僧だなんて難しい言葉、良く知っていたな。学校で習ったのか? 感心感心!」


「ううん? レイにーちゃん」


「グレンは稼いだ金の殆どを、僧兵のくせに風俗で使い込む破戒僧で、なんでもぶっ壊す破壊魔だぞ。冒険者になるならあんな奴には絶対なるなって教えてくれたよー」


 ギロリと突き刺すような目線で俺を睨みはじめた。


「言い得て妙だろ」


「やかましい!」


 グレンは車内では静かにしろと、子供達を諭すが、子供達は一向に聞く気配が無い。しかし、周りの大人達はそれを別に咎めるつもりもないようだ。ある人は微笑ましく眺めていたり、またある人は疲れた顔をしながら座席に座り新聞を眺めていたり。日々小さな事件が必ず起きているこの街は、今日も穏やかな時が流れている。一昔前に比べれば、今のような兵音を平和と言って差し支えないだろう。


 しかし、この街が平和だからといって、では世界も平和ですかといったらそうでもないらしい。やや中年の冒険者らしき男が手に持つ新聞の見出しには、『オーディア皇国クーデター激化。首都テスカトールにて戦闘勃発』と書かれていた。



―コルトタウン 冒険者ギルド・エアリアルウィング―



 コルトタウン中央。路面電車の駅から歩いて少し行った、住宅街。レンガ造りの古い町並みの中に、我がギルドの本拠地は建っている。


 一階はメンバー専用のレストランになっており、リビングにはメンバーが疲れを癒せるような寛ぎのスペースとなっていて、トレーニングルームやシャワールーム、仮眠室や救護室といった設備も整っている。


 そして二階は、マスターの執務室や作戦司令室の他に、エアリアルウィングに所属する女性メンバーだけが住める、超格安の女子寮だ。このあからさまな女尊男卑ともとれる男女差別どうにかならないのだろうか。


 そんな我がホームである、ギルドの木製の扉を開くと、そこにはシスターの服を着た栗色のショートヘアの少女が、丁寧に箒で床の掃除を行っていた。


「あ、おかえりなさい! グレンさん、レイさん! お怪我はありませんか? お疲れになっていませんか? もし怪我とかしてたら是非治療させてください!」


 イリーナ=ヴァルキリー。通称いっちゃん。彼女もエアリアルウィングの冒険者なのだが、彼女は正真正銘、この国の国教でもある『アギトル教』のシスターだ。回復魔法や支援魔法を得意とし、パーティーではヒーラーという重要なポジションであるのだが、いかんせん、この子はまだまだ駆け出しの冒険者。実戦経験が足りていない。魔法事態はマスターがしっかり仕込んでいるので、あとはそれをいかに役立てるかという話になって来るのだが……。


「無傷だよ。あんな雑魚に遅れをとるわけないだろ?」


 当然俺は大体無傷で帰ってくるので、せいぜい疲労を回復する為のマッサージ代わりにヒーリングをしてもらう程度でしか、彼女の回復魔法を受けた事がない。


 だがそれ以前に、訳あってこの子とは、致命的に相性が悪い。


「そう邪険にするなよレイ。の練習くらい付き合ってやれ。体に悪いモンじゃあるまいし。あ、いや、お前にとっちゃ悪いモンだよな、『聖職者アレルギー』だもんな」


「いいんです! どうせレイさんの事だから、無傷で帰ってくるって思ってましたから! 『うるせぇ、話しかけるな』と言わんばかりに無言で睨み付けられて来た頃と比べたら大いなる進歩ですよ、ええ!」


「え。お前いっちゃんにまでそんな事してたの? 最低じゃねぇか……。お前、俺の事も最初ゴキブリでも見るような目で睨み付けてきたけどさ、ここまで来るとちょっと常軌を逸してるっつーか。ちょっとしたサイコパスだな」


「チッ。うるせーなほっとけよ」


 俺は苛立ちから、自然と舌打ちをしてしまう。俺は聖職者と名乗る宗教関係の職業が大嫌いだ。嫌悪していると言っても過言ではない。できる限り冠婚葬祭のイベントには参加したくないし、自宅の表札には大きく『宗教関係お断り(破れば命の補償はしかねます)』と記載してあるし、極力パーティーを組む事も無い。

 


 兎にも角にも神、神、神。馬鹿の一つ覚えみたいに神、神、神。飽きもせずに毎朝毎晩、神、神、神。ああ、身の毛が弥立つほどにおぞましい。


「いっちゃん。グレンちゃん。嫌いなモノは嫌いなんだからしょうがないじゃない。いっちゃんだって、幽霊ゴーストとかゾンビ苦手だから、エクソシスト試験受けなかったんでしょ? どうしても克服できないものってあるものでしょ?」


 上方から聞こえてくる優しげな声に、俺達の視線は階段の上にいるその人へと集まる。


「ふたりともお疲れさま。リブール大使から報酬と感謝のお言葉を賜りましたよ。レイちゃんも、あまりいっちゃんを邪険にしないであげて。もしもの時一番困るのは、あなたなんだから」


 腰まで美しく伸びたブロンドの髪。エルフ特有の横に伸びた耳。そして彼女の優秀さを物語る赤縁メガネ。高貴で優雅なドレスローブに身を包んだハーフエルフの美しい女性がそこに立っていた。


 彼女こそ、この国に5人だけしか名乗る事を許されない『賢者』の一人。風と大地の精霊魔法を得意とし、その聡明な頭脳でレオニードを勝利へと導いてきた人物であり、そして、現国王、ロキウス=レオニード王の婚約者。セイラ=リーゼリットだ。


「レイちゃん、いっちゃんの事が嫌いとかじゃないんでしょう? だったらそんな態度とったら可哀想よね? 嫌いなものが神様ってだけなのよね? 回復魔法で火傷するとかでもないし、そもそもいっちゃんの回復魔法は水系魔法だから、呪文の中に祝詞のりとは含まれてないわよ。信じてる物が違うから差別するなんて、あなたの嫌いな人達と同じ事を、あなたがしていいの?」


「うぐっ。そもそも、俺は別にいっちゃんに冷たく当たったつもりはありませんよ。どうしても彼女の格好に抵抗があるのは自分でもどうしようもないし、これでも慣れたほうだと思いますよ。一応コレでも鋭意努力してますって」


 この人はいつもこんな感じだ。幼少の頃から俺はこの人を知っている。身寄りの無かった俺をこの人の祖母が引き取り、それ以来この人と共に暮らし、17歳まで一緒に育ってきた。そして年上の彼女は、俺を弟と呼び、俺もリーゼリット家を出るまでは彼女を『セイラ姉ちゃん』と呼んできた事実がある。おかげでこの人には、未だに頭が上がらない。それに、逆らったら何されるかわからない……。


「努力! 仲間に冷たく当たらない努力! しかもそれで!? 随分ご立派な努力してるんだなぁおい!」


「うっさい馬鹿グレン」


「ああ!? どこらへん努力してんのかちょっと教えて見ろよこら!」


「ほらほら、喧嘩しないの。報酬を渡すから、執務室に来てね。あ、いっちゃん。パパさんに、今日はパパさん特製のピザが食べたいわって伝えてくれる? 焼けたら執務室まで持ってきて♡ ちょっと色々と立て込んでるのよ」


「イエス! マイ・ロード♡ わたしもピザ食べたいです! おとーさーん! オーダー! 特製ピザ2枚おねがいしまーす!」


「あ、おやっさん! 俺もピザで頼むー! オリーブ多めと生バジルトッピングで!」


 厨房の奥から、「あいよ」と野太い声が聞こえてきた。これで、報酬を受け取り終わる頃には焼きたてのピザを頬張ることができるだろう。


「さて、まずはレイちゃんから報酬を渡すから、順番に執務室に来て頂戴ね。あ、それとグレンちゃん。私、正面玄関から突入してくださいと指示は出したけれど、正面ゲートの門を破壊しろだなんて一言も言ってないし、中央のリブール王様の銅像を破壊しろだなんて命令出して無いわよね? というわけで、始末書を書き終わったら報酬受け取りに来てネ♡ 残高があればだけど」


「ぎゃああああ! マスターそりゃないッスよぉ! だって陽動っていうから、目立てば目立つほどいいって思うじゃないッスかぁ! 俺があの鉄板ぶっ飛ばしたのを見て、正面守ってた犯人グループが一目散に逃げ出したんッスよ? ちゃんと仕事してるじゃないッスかぁ!」


 いやまぁ確かに、あんな分厚い鉄の塊りをひしゃげて吹き飛ぶほどのパンチを繰り出した人間が、殺気立った目で拳をバキバキ首をゴキゴキ鳴らしながら歩いてきたら、アサシンでも撤退を選択するだろうけれども……。


「うんうん。報告書にもしっかりその旨を記載しておいてね。自分で勝手にそう判断しましたって♡ ねぇ知ってた? あの門ロックされて無かったし、横にスライドするだけで通れたのよ」


「ええ!? うっそぉぉぉん!? むしろなんでロックしてねぇんだよ! ロックするだろ普通!」


「テロリストが突入した時に壊れちゃったみたいよ?ちょっと修理すればまた使えたのに、グレンちゃんがトドメ刺しちゃったのよ。もー、リブール大使さまがすごく申し分けなさそうに、報告してきたわよ。あの国財政困難で、国事態がなくなっちゃうかもっていう瀬戸際だって知ってたでしょ? 今回はもう流石に天引きさせてもらからね? ああもう、レイちゃんに報酬支払ったらほぼほぼ赤字じゃないの!」


 マスターはぷんぷんと怒りながら、執務室へと入り、バンと大きな音を立てて閉じた。その様子に血の気が引いたグレンを横目に、俺は階段を上がって執務室へと入室した。



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