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Aerial Wing -ある暗殺者の物語-  作者: ちゃーりー
皇女の居る日常
28/119

―戦場指揮官エリシアⅡ―


 鈍い金属音がホールに響く。バッキンというデカイ音を立てて、金具は破壊され、テーブルは床からひっぺ剥がされる。

そしてそのまま、グレンが七輪ごとテーブルを投げようとした。だが、火事になると面倒なので、アイテムポーチから素早く皮手袋を取り出して装着し、七輪をどけた。そして七輪のなくなったテーブルのみを、グレンがリーダー格であろうヤクザにぶん投げた。


 グレンが右から襲ってきたチンピラの短刀を避け、顔面に拳を叩き込む。するとチンピラは3メートルは吹き飛び、床に転がり意識を失った。


「面倒だから殺すなよー? 流石に任務外の殺しはマスターに迷惑掛かるぜ」


 俺は、背後に武器を振り上げて迫るヤクザに、七輪の中の真っ赤になった炭を、トングで取り出して額に押し当てつつ、グレンに釘を刺す。

 後方で絶叫が聴こえ、振り向くと、髪の毛に火がついたやくざが逃げ惑い、ピッチャーに入ったウーロン茶で消火しているのが見えた。


「うーわっ。お前、なんてえげつねーことを。お前じゃあるまいし殺したりするかよ!」


 俺は目前に迫る刃を避け、後頭部を手刀で叩き、意識を奪う。


 とりあえず七輪は邪魔だな。置いておこう。


 さらに迫る敵に腹蹴りをかまし、ダウンさせる。


「なぁ? ギルドも急襲されてると思うか?」


 グレンが目の前の敵を殴り飛ばし、ボーリングのように、吹っ飛んだ先のヤクザをまとめて倒しながら、そんな事を聞いてきた。


「さぁなぁ? ジークたち居るし、大丈夫じゃないか?」

「だよな」


 殴りかかってくる敵の腕を絡めとり、床に組み伏せ、そのまま在らぬ方向へと捻り、腕の骨を砕く。


「ぎゃあああああああああああ」


 その男はそのままピクピクして立てなくなった。


「お前血も涙も無い奴だな! その折り方は治り超遅いぞ! よっぽどの回復魔法の使い手じゃないと、ボルト入れなきゃどうしょうもないかもしれんぞ!?」

「あ、まじで? よし、じゃあ次は医者がスプーンを全力投球して、切断しかないって言うくらいの折り方してみるわ」

「どういう理論でその答えに行き着くんだよ!?」


 流石のヤクザどもも、仲間がいとも簡単に骨折させられたり、一撃でぶっ飛ばされて気絶したのを見て、恐怖に立ち尽くしていた。


 いい加減、俺は一人ひとり相手にするのが面倒になってきた。


 そして閃き、俺は抜刀する。


「おいレイ! 殺しはまずいってさっき自分で……」

「って思ったんだけどさぁ。ここ、焼肉屋じゃーん? こいつら全部今すぐ解体してさ、廃棄処分する肉にまぜて捨てればバレないんじゃね? って思ってさぁ……。ほら、俺って、エアリアルウィング来てからというもの、しばらく人間を殺してないんだよねぇ。やっぱ月に、何人か解体しないとさぁ、どうも感覚が鈍るって言うか……」


 もちろん、こんなものは本心じゃない。演技である。だから思いっきり極悪人面の笑顔で決めゼリフを言い放つ。


「どうしても、疼くんだよなぁ? グレンには無いか? そーいうのクックック」

「おーい? レイー? 酒でも飲んじゃったのかー? 帰ってこーい……」


 グレンが思いっきりドン引きして、俺の顔の前で手のひらをひらひらと振って見せてくる。


「なぁなぁグレン。マスターには内緒にしといてくれよ。別にいいだろ? こいつら俺らのこと殺す気で来てるんだろ? だったら自分たちが殺される覚悟くらいしてるよなぁ? え? そーだろ? オイ!」

「ちょっ!? オイお前ら! コイツまじやべーぞ!? こいつが殺るって決めたらマジやっべーぞ!? 有言実行死刑執行な感じで、容赦とか一切しないから! まじで! 俺止められないからね!? 今すぐ逃げなきゃマジで解体ばらされるぞ! わかったら早く行けって!!!」


 グレンが俺を羽交い絞めにした途端、やくざたちは恐怖におののき、一目散に逃げ出した。


 だが、俺はグレンの羽交い絞めを抜け出し、その出口の前に俺は立ちはだかる。


「いけねーなぁ兄ちゃん達。それじゃ食い逃げだろぉ? 自分の食事代と、この店への詫び料と、俺らへの詫び、しっかり置いてってくれないとさぁ? ……懲悪しちゃうよ?」

「ひぃぃぃぃ!!!」


 慌てて奴らは、財布を取り出し、レジのテーブルへとそのまま置いて逃げていく。これまたそれなりに詰まってそうなものまである……。


「……まいどー。またどーぞーってな」

「……お前さ、ヤクザより性質悪いよね」

「暗殺者だしな」


 俺は気絶している連中の持ち物を探り始める。


「で、お前何してるの」

「何って、こいつらから剥ぎ取りだよ。モンスターにもするだろ? お、結構持ってるじゃーんケッケッケ」

「何が懲悪だ! お前が悪だ!!!」


 俺は奴らの財布から、探していた物を見つけた。


「なーんてな、ほら。こいつらの身元判明」


 俺は男の財布から、あるカードを取り出した。これは表では貿易商人ギルドを掲げてはいるが、裏では密輸などを扱っているマフィアのギルドカードだった。


「リーダスファミリーか。アルデバランと繋がってやがるのか」

「ご名答。リーダスのばら撒く麻薬は、アルデバラン原産だ。持ち込むのはアルデバランの諜報部の仕事。まぁ警察や冒険者の間には有名すぎる話だけどな。まぁ、これで情報を隠蔽しやすくはなるだろうさ。さて、帰ろうか?」


 俺は証拠として、しっかりとギルドカードを回収した。


「ちぇー。まだ食い足りないってのによ」


 俺はギルドカードが入っていた財布も、積み上げてある財布の山へと追加し、伝票に書かれた5万2350nきっかりを、レジの小銭皿に乗せて店を出た。



「さーて、帰って報告書を纏めなきゃだな」

「レイ、任せていいか? 俺この近くの色町に行きつけの店があってだな……」


 ニシシとイヤらしい笑いを浮かべてるグレンに、俺は呆れていたその瞬間。


 背後の路地裏の壁が爆ぜ、俺たちは正面へと飛び退き、爆ぜた場所に注目した。


『ウォォォォォォォォォォォォォ!!!』


 俺たちの居た場所のすぐ後ろに、毛むくじゃらの大きな影が仁王立ちしている。


 そいつは足元の砕けたレンガを踏み潰しながら、こちらに向かって近所迷惑極まりない咆哮を轟かせた。


「おいおいおいおい、あれ『トロール』だよな!? あいつらの仕業か? どっから持って来た!」


 流石のグレンも驚きを隠せないようだ。


「……確か『リーダス貿易ギルド』のキャッチコピーは『日常雑貨から家具、めずらしいペットまで』だったか? ずいぶんとまぁ……趣味のいい品揃えだな」


 俺はそのありえないチョイスに、思わず皮肉とため息がこぼれた。


 トロールは口から湯気のような熱い吐息を吐きながら、こちらへと近づいてくる。


「トロールは異常に回復力が高い。やるなら一撃でとどめ刺さなきゃ厳しいぞ」


 ぐっと腰を落とし、戦闘態勢に入るグレン。こんな時に俺は、いや、こんな時だからだろうか。あることが思い浮かんだ。


「なぁグレン。ちょっとさ、聞いて欲しいことがあるんだ」

「あん? こんな時に愛の告白じゃないだろな!?」

「そんな気持ち悪いこと想像して楽しいかよ」

「ごめん。自分で言ってて気持ち悪かったわ。で、なんだよ」

「エリシアに連絡を取りたい」

「はぁ!? こんな時に女に電話たぁいいご身分だな、おい!!!」


 トロールの大きな拳が迫り、俺たちは後ろにもう一度飛び退く。


「最後まで聞けって。今この俺たちですら予想できなかった急襲。エリシアならどう対処するか。それを知りたい」

「お、なるほど、戦場指揮官としての抜き打ちテストか。今マスターもロキウス王に謁見という名のラブラブタイムだったよな。確かに丁度いいな。良い、実に良い!やってみようじゃないか」

「じゃ、そうと決まれば……とりあえず逃げろ!」

「おう!」


 俺たちは夜の街をトロールが追えるスピードで、なるべく被害が出ないよう、広めの道を選び逃げる。

途中グレンは『トロールだー! 皆逃げろー!』だなんて大声を上げていた。


 俺はケータイを操作して、電話帳からエリシア=バレンタインの名前を見つけ、ダイヤルボタンを押す。


 数秒のコール音の後に、通話中の文字が表示され、エリシアの声が聞こえてきた。


「はい、エリシアです。レイでしょう? どうしたのこんな時間に」

「もしもし? エリシアあのさ、俺とグレン、今トロールに追われてるんだ」


 エリシアのケータイに電話をかけ、とりあえずの状況を伝える。が……。


『……え? 何を言い出すの、急に。何かの冗談?』


 流石に理解され難いらしい。まぁ当然だな。そしてすぐに俺は、ある悪戯を思いついた。


「今すぐ、通信司令室に入って、俺のチャンネルに繋いでくれ。鮮明なライブ画像をお届けする」

『もー、なんなのよぉ』



 画像通信の水晶を自分の目線と同じ位置に固定し、少しトロールとの距離を詰め、エリシアとの通信が繋がった瞬間、顔がドアップになるような位置へと跳躍する。


 結果、エリシアの見ている大画面には、いきなりトロールの醜い顔が、画面いっぱいに表示されるに違いない。


『はい、繋い……きゃああああああああああ!!!???』


 予想通りの絶叫。耳のスピーカーがキーンと音を立てるほどのすばらしいスクリームだった。


「何してんのお前。すっげー楽しそうだな。顔が滅茶苦茶笑顔だ」

「いやー、案外エリシアってからかうと面白いんだぜ」


 そしてすぐにスピーカーから、若干上ずった涙声で、エリシアが抗議してくるのが聴こえてくる。


『信じられない! レイの馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿っ! 何考えてるの!? っていうか何で街中でトロールなんかに追いかけられてるの!?』


 なぜ追いかけられているか? そうだな、大まかに言えば、君のせいなんだけどね。


「どこぞの輸入ペットが逃げ出したか捨てられたかして、野生化でもしたんだろ?」

『信じられない! なんて飼い主なの!?』

「おい、まさかエリシアちゃん今の冗談を本気に捉えてないよな」


 ごめんグレン。ホントに信じてるよ、あのド天然なら……。


「丁度いいから、お前に抜き打ちテストだ。今俺はグレンと一緒に居る。俺の装備はダガー一本。残念ながら、トロールを死に至らしめる方法を俺は持ち合わせていないが、グレンは体が凶器だから問題ないだろう。今現在地のデータを送った」

『確認したよ。コルト西の……え、色町!?』

「はい?」


 俺は一度、自分の逃げてきた場所を確認してみる。見れば風俗店や、ラブホテル、娼館などが立ち並ぶ、大変アダルテイストな場所へと逃げ込んでいた。


「おい、グレン」

「いやー、人間本能のままに走り出すと本能的に一番行きたい場所にたどり着くもんだなぁ♡」

『ちょちょちょちょっとレイ!? そそそそそんなところで一体っ! ででででもレイも男の人だししょうがないところもあるし私が口出しする立場でもないけどそのそのえっと、最低! 不潔よレイ! レイ不潔!!!」


 完全にパニックになってるエリシア。コレではオペレーションどころではないだろう。


「落ち着けエリシア。俺はグレンの逃げる方向に一緒に逃げてきただけだ。とにかく現状、トロールをそろそろ倒さないと、人的被害が発生しかねない。お前が無理なら今すぐ片付けるけど、どうするよ」


 俺の言葉に、エリシアはすーはーすーはーと深呼吸したようだ。そして……。


「……ほんとにもう! わかった。はじめましょう。レイ、グレンさん。よろしくお願いします」


 どうやら冷静になれたようだ。若干緊張しているようだが、問題はないだろう。


「OK、先ずはおさらいから行こう。トロールの主な生態データと、俺たちの今現在の戦闘能力データは画面の右と左にそれぞれ表示されるはずだ。地図データは右隣の画面を参照してくれ」


 エリシアに指示を出しながらも、トロールの鈍い拳を避け続けることは怠らない。


『う、うん。大丈夫。いつもどうり出てるよ』

「いつも思うけどさ、マスターが使ってるあの作戦司令室って恐ろしいほどにハイテクだよな」

「そりゃもう、特殊任務部隊アサシン御用達だからな」

「はは、ロキウス王様様だな」


 トロールが逃げ続ける俺たちを、執拗に追いかけてくる。これでけが人が出ていないことが不思議だ。


『レイ、グレンさん。聞こえますか? 今から作戦を伝えます』


 エリシアから口頭で、その作戦を伝えられ、俺たちは思わずにやりと笑ってしまった。


「「了解!」」


 その作戦は、トロールの性質、そして俺たちの能力を上手く利用した、実に効率的で、マスターもきっと同じような指示を出していただろうと納得する作戦だ。




『その先の十字路で、レイは右、グレンさんは左に分かれてください』


 


作戦通りに、俺たちは即座に右と左に分かれる。




『知能の低いトロールは、どちらを追うか瞬時に判断できないでしょう。その隙に、レイはすぐ横の建物の裏を回り、トロールの背後に出てください。そして、呪縛法で動きを止めてください』




 俺はすぐに路地に飛び込み、魔力を開放しつつ走った。


「ま、呪縛法なんてあまり使う機会ないけどな!」


 俺はトロールの背後に回り、印を切り、大地に手を触れる。



「呪縛法、龍脈陣!」



 紫色の光を帯びた魔方陣が、トロールの足元に現れる。そしてそこに魔力を注ぎ、俺は鍵の言葉を唱える。



「縛!」



 一瞬にしてその魔方陣が蛇のように解れ、鎌首を持ち上げ、トロールへと巻きつき、完全に自由を奪った。




『グレンさんは、左側の建物が5階建てのアパートになってるので、その屋上から、拘束したトロールの頭頂部より、渾身の一撃をお願いします』




「なるほど、この位置からなら間違いなく脳天をぶち抜けるぜ! 覚悟しろ、必殺! 阿修羅金剛拳!!!!!!」



 グレンが建物から飛び降り、その勢いと自慢の馬鹿力で、トロールの脳天をその拳で打ち抜く!




『いくら生命力が高く、傷口がすぐ塞がってしまうトロールでも、脳に致命的なダメージを負ってしまえばひとたまりもありません。これで、チェックメイトです!』




 グレンの拳がトロールの脳天を直撃したとき時、まるで大砲の発射音のような轟音と衝撃が、あたりに響き渡った。


 その衝撃の凄まじさたるや、トロールの足元の、アスファルトで舗装された地面に、音を立ててひびを入れるほどだ。おそらく、トロールの体の骨も、今の地面のような状態になったのだろう。

白目をむき、そのままトロールは絶命した。


 地響きと共に、その巨体は地面に倒れ、グレンは軽やかに着地する。


「南無阿弥陀仏。いくら人食いモンスターと言えど、やはり殺生は心が痛むもんだな。安らかに成仏してくれよ」


 俺はトロールの悪臭に鼻をつまみながら、頚動脈に手を当て、その鼓動がしっかり止まっていることを確認した。


「OK、エリシア。任務完了、完璧なオペレートだった。俺に呪縛法を使わせるなんて、結構珍しい方法ではあるが、データに基づく実に効率的な方法だったと思うぞ」

「お疲れエリシアちゃん。あんた、いい戦場指揮官になれるぜ」


 俺とグレンは、互いにエリシアを労った。文句なしのオペレート内容に、俺達も大満足だった。


『そ、そんな……。えと、二人とも怪我は無いですよね? お疲れ様です。もうすぐ治安部隊がそちらに向かうと思います。ことの詳細は全て話を通しておきますので、あ! それとレイ! 今『天々』の人から苦情メールが来たよ! 今回は全面的にマフィアが悪かったってことで、お店の修理代はあっちに請求するみたいだけど、暴れるなら外でやって欲しいって! もぉ、明日マスターに怒られても知らないからね!?』


 俺はエリシアを最大限に労ったはずなのに、俺に返って来る言葉は実に胃が痛くなる話だった。


「戦場指揮官殿。事実の隠蔽工作を依頼する」

『却下します』

「いや、そこをなんとか」

『駄目です。反省してください』

「反省なら十二分にしてます。二度としませんから」

『そもそも、レイはおいしい焼肉を、グレンさんと好きなだけ食べてきた挙句が、この事件でしょう? あーあ、いいなー。私も美味しい料理が食べたいなー。高級ってついちゃうパパさまもびっくりするような、おいしいレストランで、お食事ご馳走してくれる素敵な男性は居ないかしら?』

「げ」


 エリシアのとてつもなく鋭利なカウンターに、俺は思わず絶句した。するとすぐに、グレンの大爆笑が聴こえてくる。


「ぶははははははははは! エリシアちゃんやるなぁ! 今レイの顔、真っ青になってるぜ? エリシアちゃんとマスターくらいだぜ? レイをここまで真っ青にするなんて! ぎゃはははははは!」


 そのとき、通信から聞き慣れた、そして聞きたくない声が聞こえてくる。


『ええ、それはもう。私の可愛い愛弟子ですから? ねぇ? お二人さん』


「「マスターーーーーーー!?」」


 俺とグレンはその通信から伝わってくるマスターのお怒り具合に、顔が真っ青になり直立不動の『気をつけ』状態となり、一歩も動けなくなる。もちろん冷や汗が、だらだらと滝のように流れてきた。


『帰って来て見たら、司令室が起動してるから、何かなーと思ったら、随分楽しそうなことをしてたのね? 面白いから黙って見てたら、事実の隠蔽だなんて言い始めるのだもの。悪い子ねぇ、レイちゃん?』

「ひっ!?」

『グレン君も笑い事じゃないわよねぇ? だって、一緒に暴れたんでしょ? もちろんグレン君も、エリシアちゃんに何かご馳走するのよね?』

「へ!?」

『えー? マスター。私、一食で十分なんですけど。クスクス』

『あらそう? じゃあ一人はエリシアちゃんにご馳走、もうひとりは、お仕置きかしらね? フフフ』

「「げっ!?」」

『さて、どちらがどちらを選ぶのかしら?』


 俺とグレンの、仁義無き『エリシア争奪戦』もとい『お仕置き回避戦』が幕を開けた瞬間だった。


「ええええエリシア! レストラン『エデンの林檎』っていう店なんてどうだ!? オリビアも美味いって言ってた中々おしゃれな店らしいんだけど!?」

「ちょっ!? エリシアちゃん! 王都にある『ヴィーナスの晩餐』なんてどうよ!? 貴族たちの間でけっこう有名なお店らしいんだ!」

『えー? 迷うなぁ』

『お値段的には、今のところヴィーナスの晩餐かしらねぇ?』


 ちょっとまてぇ! 今グレンの上げた店はゼロがいくつもつく店だろ!? こいつそんなに金もってるのか!?


 ええええ? 俺そもそも、おやっさんの飯が美味いからそんなに外食なんてしないんだけど!? あとどこがあったよ!? 思い出せ思い出せ……。ああもう! 定食屋みたいな所しか思い浮かばねー!!!


 いや、落ち着けレイ。冷静になれ。俺の知っている店で、女性が喜ぶ店を選ぶんだ。


 ……待てよ? エリシアにはきっと、レストランを厳選するような土地勘はまだ備わってないはず。よって判断基準はマスターの情報! つまり、攻略すべきは……マスターだ!!!


 今までのマスターの言動、行動、趣向。全てを含め出すアンサーは!


 あそこしかない!!!


「エリシア、王都の帝王ホテルの屋上レストランで食事しないか? 夜景も綺麗だし、ガーデンブロッシュなんかあって、すごく良い店だと思うんだけど」


 その店を挙げた時、やはりマスターは食いついてきた。


『あら、もしかしてあの『宝石世界』? 素敵じゃない! やーだぁ、レイちゃんてば意外と心得てるじゃない! エリシアちゃん。ここ、私超オススメしちゃう♪』



 よし! HIT! 俺は勝利を確信し、握り拳をぐっと握った。


『え? そうなんですか? じゃあそこがいいなぁ♪ 楽しみにしてるね、レイ』

『あのね! ここのお店はね!』


 なんて声の弾んだマスターの声を最後に、通信は途絶えた。


「ふぅ、あぶねー」

「ちくしょう。お仕置き部屋かよぉ。てかなんでお前そんな店知ってるんだよ。絶対お前の趣味じゃないだろ?」


 確かに、これはちょっとずるかったような気もする。だが、これはまさに情報戦なのだ。グレンはそこがまだ甘い。


 マスターを陥落させるなら、『アイツ』を利用するのが一番確実なんだ。


「ロキウス王が、あの店でマスターを口説いたんだ」

「くそう、その手があったか!!!」


 グレンが悔しがる中、通信機とは別に、俺のケータイが着信音を鳴らし、俺は通話を繋いだ。


「もしもし?」

「レイ、言い忘れたことがあるの。5分以内に全速力でギルドに帰ってきて、報告書を書き始めてください。じゃないとマスターのお仕置きです」

「え?」


 いや、確かに全速力で帰ればギリギリ間に合う時間だが……何故?


 なんて思ってる矢先に、通話は途絶えた。


「どした?」

「5分以内に帰って来いって。なんなんだよ、全く」

「はは……。帰ってやれ帰ってやれ。寄り道なんてしてみろ、大変なことになるぞ? 多分。ま、俺は寄り道しまくって帰るけどな!」

「はぁ?」


 その理由が、自分の今居る位置情報だと理解するまで、そう時間はかからなかった。


 なぜなら、グレンがすぐ近くの建物の前で、女性と談笑したかと思えば、そのまま建物の中へと、鼻の下をびろぉぉぉんと延ばして入って行ったからだ。


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