ーセイラの魔法講座ー
エリシア誘拐事件から2日経った。
俺は何とか動けるようにはなったが、体のだるさは抜けず、無理をして仕事に行こうとしたら、マスターからの許可が下りなかった。そして結局、今日も仕事が出来ずにいた。……まぁ、仕事の許可が下りないのは、おそらく別の理由もあるからなのだろうが。
「はぁ、暇だな……」
行くことはないが、クエストボードを眺めてみても、気を惹かれるような依頼は張ってなかった。
「もう昼か。おやっさんは今日はオフだし、昼飯でもつくるか」
俺はバンダナとエプロンを掛け、冷蔵庫を開ける。食材は一通り揃っていて、飯には困らないだろう。
今ギルドには、執務室にマスターがいて、エリシアと魔法の勉強中。
今日はオリビアは依頼で地方に。ジークは宝探しとしゃれ込み迷宮の森というダンジョンへ。多分2日は帰ってこないだろう。アーチャーは本家からの呼び出しで里帰り。いっちゃんとグレンは暴れているモンスター鎮圧のために辺境の町へと出かけた。
「ふむ、3人分か。パスタでも作ろうか」
ミートソースなんてのは時間が掛かるから、簡単にカルボナーラにでもしよう。ちょうどいいことに、おやっさん特製の『自家製パンチェッタ』が残ってるしな。
「よっこいせっと」
俺は大なべに水を汲み、塩を一掴みし、鍋に放り火をつける。湯が沸騰したところで、俺は乾燥パスタを鍋に入れた。本当に凝って作るなら、カルボナーラは生パスタ、とくにフェットチーネと呼ばれるパスタが一番なんだが、そこまで凝る必要もないので、普通の1,6mmを使用することにした。
次に、まな板で玉ねぎを丸まるひとつ分スライスし、保管庫からフックに吊るされているパンチェッタを、まな板へドカッと乗せた。
ちなみにパンチェッタとは、通称生ベーコンと呼ばれるもので、コレを燻した物がベーコンなのだ。
この特製パンチェッタは、おやっさんが厳選した岩塩と、マスターが栽培し、ブレンドしたミックスハーブを使って塩漬けにしたもので、味は絶品。コレを使わない手は無いだろう。
俺はそれを適当に食べやすい大きさに切り、フライパンにオリーブオイルを適量垂らし、パンチェッタと玉ねぎを炒める。人によっては玉ねぎを入れたり入れなかったりするのだが、マスターは入っていたほうが好きなので入れる。っていうか入っていないと、『玉ねぎ入ってない……』ってぶーたれる。俺はぶっちゃけどっちでもいい。
いい感じに炒め終わり、ここからが勝負だ。
牛乳、生クリームを同量ボウルに注ぎ、全卵と卵黄を一つずつ加え、そこにチーズおろしでパルメザンチーズをがっつり入れる。そして茹でているパスタの食感を、一本鍋から取り出し食べて確かめる。
パスタの固さというのは大分好みが分かれるし、麺によって時間も違う。個人的には芯が少し残ったアルデンテといわれる状態が好みだ。ちなみに、マスターはこの硬さで無いと許さないというほど好み。エリシアは知らない。
「ま、こんなとこか」
理想の触感より若干固い状態で、俺は火を止めた。
そしてすぐにパスタを先ほどのパンチェッタと玉ねぎを炒めたフライパンに移し、茹で汁を少しだけ注ぐ。これはカルボナーラを作るときのテクニックの一つだという。なんでも、こうすることによって、
具材の味がパスタに染み込むのだとか。そして理想の固さになったところで、先ほどのボウルに移し、手早くかき混ぜる。
ここで、絶対にやってはならないことがある。
これは経験談なのだが、以前火のついたフライパンに移してしまったがために、火が通り過ぎてソースがダマダマになってしまったのだ。ソースには和えたパスタと具材の余熱でも十分火が入るとのこと。しかし時たまコレが入らないことがあるのだ。まぁこの量ならそんなことは起きないだろうが、おやっさんは、そう言う時は、先ほどパスタを茹でていた鍋でボウルごと湯煎しながら混ぜろって言ってたっけ……。
しっかりと火も通り、俺は皿へと盛り付け、絶対に忘れてはならない荒挽きの黒胡椒を軽く振り、彩りにピンクペッパー、そしてプレーンリーブドとよばれるパセリを飾りに添えた。
「おっし、完璧」
あ、ちなみに余談ではあるが、ホワイトソース系のソースに荒挽きの黒胡椒が乗ったパスタの事を『カルボナーラ』と定義付けているらしいので、生クリームが入ったり入らなかったりしたり、もしくは逆もあると、おやっさんは教えてくれた。だが総じて、黒胡椒を使っていることがポイントらしい。
俺はテーブルに皿とフォークを並べ、コップと水を用意し、執務室にマスターたちを呼びに行く。
俺はノックをしてから扉を開けた。
「マスター、食事の用意が出来ました」
「あら、レイちゃんありがとう。気が利くわね! そろそろ休憩にして、お食事をと思っていたのよ。じゃあエリシアちゃん、休憩しましょうか」
「はい、そうですね」
二人は机に広げていた資料やら、道具やらを片付け、部屋から出てくる。そして、俺は自信作であるカルボナーラをテーブルへと並べるのだった。
「あ、おいしそー♪ カルボナーラにしたのね」
「すごいレイ! お店のランチみたい!」
「フフン、会心の出来だぞ」
柄にも無く、ドヤ顔で自慢してしまう。二人が席に着き、俺も椅子に座った。
「「「いただきます」」」
三人でパスタにフォークを刺し、くるくると巻きつけ口へと運ぶ。
「おいっしー! レイちゃんなんか最近パパさんみたいに料理うまくなったわね」
マスターがすぐに、食べた感想を述べてくれた。
「ま。あれだけおやっさんの助手やらされてれば……。っていうか、おやっさんがオフの日に仕事行かせてくれないのは誰でしたっけ?」
「おほほほほ、さぁ何のことかしら?」
全く白々しい。この人は俺がおやっさん直伝の料理を覚え始めた頃から、おやっさんの休みや俺のスケジュールを地味にコントロールしてきたのだ。とんだ女狐である。
「ほんと、すっごくおいしい。レイってやっぱり料理上手だね。ねぇねぇ今度わたしにも料理おしえてよ」
エリシアが目を耀かせながら、俺に依頼してきたが、どうせ教わるなら、もっと良い教師が居るだろうに。
「おやっさんに習ったほうが勉強になるぞ」
俺はおやっさんほど料理は上手くない。世の中で自炊している野郎共よりは若干自信はあるが、おやっさんやプロの料理人の前だと、まだまだアマチュア同然だろう。
「そんなことより、エリシア。魔法の勉強順調か?」
「えーっと、どうだろう。魔力の因子があるのは分かったみたいなんだけど……」
「とんでもない! エリシアちゃん。あなたは素質があるどころか、才能があるわ! 飲み込みも早いし、魔術への探究心も強い。良い魔術師になるわよ! そうね、エリシアちゃんの魔力の質から言って、光の魔法を覚えやすいんじゃないかしら。どう? プリーストとかエクソシスト、目指してみる? 仕事の幅がぐっと増えるわよ?」
マスターがちょっと興奮気味にエリシアに提案している。よっぽど才能があるんだろうな。もしかしたら将来賢者になれる可能性があるとか? しかし聖職者系列か。それされると俺は絡みづらくなるなぁ。
「にしても、光ですか。珍しいタイプですね。全属性扱えちゃうマスターは別として、光の魔力と相性の良い人材なんて、うちにはエリシアが初めてってことになりますよね」
光の魔法を操れる人間は多くない。主に他者の治癒や強化に長け、その他にもアンデットや悪魔など、闇の力による者の力を跳ね除ける『破邪』の特性をもつ。
エクソシストやプリーストなどに、多くこの力を持つものが多い。
光のほかにも、水の属性などが治癒の力を持つことが確認されている。
ちなみにいっちゃんはオリビアと同じく水の魔法に魔力の波長が合う。オリビアの場合は水と風が織り成す氷という魔法ではあるが、彼女はもっぱら攻撃にしかその力を使わない為、水の持つ癒しの力を使わない。
「レイはどんな魔法と相性がいいの?」
俺にして思えば今更なことをエリシアに聞かれ、半ば呆れながらも応えてやった。
「闇だよ闇。アサシンの最低条件として、闇の魔法を扱うことが出来るっていう要項があるくらい、必須項目だ」
「え? そうなの?」
「神速はともかくとして、神隠しなんかは闇の力をつかう。その他にもアサシンには闇の魔力を伴う力が多く存在する。特に強力な魔法の一つとして上げるなら、特殊部隊アサシンの中でも、『班長クラス』って呼ばれるような、上位アサシンの中には、ネクロマンサーとよばれる……、いや、食事中だし止めよう。それに噂をしたら『アイツ』が来そうで……」
「うふふ……。そうね、あの子が来たら、レイちゃん大変な目に遭っちゃうもんね」
食事中に話せる話ではないが、ネクロマンス。つまり屍などを操り、ゾンビ兵として他人を攻撃するような魔法がある。
まぁコレを扱う奴なんて『アイツ』一人なんだが……。久しぶりに思い出したら悪寒がしてきた……。
まぁ他にも、隠密魔法全般、呪詛系全般、呪毒魔法全般、なんかも、闇の魔法に属する。そして一番特徴的なのが、闇の魔力は、物質化し、硬化しやすいという特性がある。
つまり、方法さえ熟知していれば、魔力だけで武器を具現化することが出来るのだ。
コレができるアサシンは、もちろんゼクス隊長を含め、数人ほどしか居ない。
わかるだろうか。武器の持込が禁止された場所に、堂々と正面から手ぶらで入り込み、ターゲットの目の前で武器を具現化し、始末することが可能なのだ。
勿論、魔法の行使を禁止する結界もある。が、そこを捻じ曲げてのアサシンだ。
あの手この手で結界を無効化し、まんまと任務を遂行する。あいつらは、難しければ難しいほど興奮するという、一種の職業病に近い何かを抱えているに違いない。
「ねぇレイ、私が回復魔法使えるようになったら、レイの傷は、私が治してあげる! 期待しててね♪」
エリシアは耀くような笑顔で、俺に告げた。
「あー、まぁ、いつになるかわからないけど、期待はしておくよ」
そんな俺をじーっと見つめながら、なんだかニヤニヤしてるマスターは、パスタを食べ続けてる。そして、さも楽しそうに……。
「ふふふ、そーかそーか。エリシアちゃんにはエクソシストの才能もあるっと。これは荒れるぞぉ? うふふ♡」
「や、やめて下さいマスター。まじ洒落にならん!」
意味深なマスターのセリフに、エリシアは完全に置いてけぼりで、きょとんとしていたが、心当たりのある俺は冷や汗でぐっしょりになる。
そんなこんなで、いつの間にか昼食を食べ終わり、適当に食後のティータイムを楽しんだ後、俺は食器を集めて洗い物を始める。
「レイ、お皿拭くの手伝うよー」
「おう、サンキュ」
エリシアが皿を拭いてくれるので、俺はエリシアが拭いた皿を棚にしまっていくことにした。
「ねぇレイ。もし私が一人前になったら、レイのサポートとして、一緒にクエストに参加させて欲しいんだけど……。後衛が居れば、レイの戦術の幅も広がるんじゃないかなと、思うのだけど、どうかな?」
なるほど、確かに、後衛がいるとクエストの幅も戦術の幅も広がる。……広がるだろう、が。
「お前が俺のサポート? ハハ、いつになるやら」
「すぐになるわよ! そのうち『エリシア無しの仕事なんて辛すぎる』って言わせちゃうんだから!」
エリシアは、どこからそんな自信が沸いてくるのかはわからないが、俺にびしっと指をさして宣言した。
そんな情けない自分を想像しただけで、あまりのシュールな姿に笑い出しそうになった。そして、俺はそんなエリシアを鼻で笑い……。
「10年はえーよ」
「いたっ!」
その小さめの額に、デコピンをかましてやった。
「むぅ! なによ、レイのいじわる! ほんとレイは私にいじわるばっかり!」
エリシアは子供のように、涙目になりながら、ぽかぽかと背中を叩いてくる。
そんな仕草が、ちょっとかわいいなんて思ってしまった俺は、自分のその心境に、若干の戸惑いを覚えたが、その戸惑いの正体は結局判らなかった。
午後3時になってしばらくしても、エリシアたちの授業は続いていた。チラッと覗いてみると、エリシアは両手に魔力を集中し、額を汗で濡らしながら、魔力を放出するという、魔法の初歩を訓練していた。
俺は邪魔をしないようにゆっくり扉を閉じて、キッチンに降りてコーヒーを沸かす。そして作りおきのスコーンを、いつでも出せるようにと支度をする。
「ちゃーっす、新聞でーす」
「ご苦労様、そこ置いといて」
「はい、まいどー」
新聞配達の兄ちゃんが新聞を置き、さっさと出て行く。俺はコーヒー片手に、夕刊を開いた。
『ラジール皇、国内潜伏の可能性強まる』
「へぇ、あいつまだあの国に居たのか。逃げ遅れたのか?」
『先日のクーデターにより崩壊したラジール政権の皇、ラジール氏が、国内に未だ潜伏している可能性が強まった。国境付近の村での目撃証言が多数あったのだ。付近の村々や、オーディア山脈の麓、アルタ樹海などを、現在クーデター軍が捜索しているとの情報も入ってきている。もし目撃証言通り、ラジール氏が発見されたならば、彼は公開処刑を免れないだろう。そもそも今回のクーデターは、ラジール氏の悪政の中、虐げられた市民や民族が、ネブラ将軍の指示の元発生したものであり、かつて残酷な処刑を強いられたオーディアの革命家、ラティーン氏と同じ目に遭わせようと唱える市民も少なくなく……』
俺は途中で、読むのを止めた。
エリシアがこの記事を見たら、どう思うのだろう。そもそも、実の父をどんな風に思ってるのだろうか。あの様子だと、あまり仲が良かったような印象は伝わってこない。
けど、実の父親が残酷な公開処刑をされることを、快く思うはずが無い。
母親や大切な人間を失って、それでも少しずつ立ち直り始めた彼女に、世界はどうしてこうも残酷なんだろうと、つくづく思う。
今、エリシアには懸賞金がかけられ、自由に外を出歩くことも出来ない。エリシアには内緒になっているが、実は他のギルドからの先日の買い物大作戦の目撃情報により、賞金稼ぎが深夜、このギルドを急襲していた。
だが、グレンとジークによって、賞金稼ぎはいとも簡単に返り討ちに遭い、事なきを得ている。
俺は一応体調不良ということで休んではいるが、有事の戦闘になったらその対応をするという役目があり、いわば公休というよりは、非番というやつなのだ。
つまり、エリシアを守るために、俺達のような戦闘員が、誰か一人、必ずギルドに残るというシステムが、現在成り立っている状況だ。
「はぁ、前途多難だなぁ」
俺はソファーに横になり、ぼーっと天井を眺めた。
俺が動けば、ラジールを国境の外に連れ出すことくらいは何とかできるだろうか?
果たしてそれをエリシアは望むだろうか?
まぁ、それをエリシアが望んだとしたら、できる限り応えてやるとしよう。
俺はとりあえず、その夕刊を見つかりにくいところに隠した。
「がんばれよ、エリシア」
俺は扉の向こうで必死に修業している彼女を、影ながら応援しつつ、俺も自身のトレーニングに励むことにし、ソファーから起き上がった。
トレーニングルームと名づけられた、防御結界が張り巡らされた一室に、俺は訓練用の双剣(重量が通常の3倍)を持ち込み、魔力を高めて瞑想した。
そしてイメージする。
最強にして最悪の敵の姿を。エリシアを苦しめる、あの悪鬼を。
『やぁ兄さん。また殺陣てくれるんですか?』
イメージをそのまま空間に投影し、幻影はニタニタと笑いながら、居合いの構えを取った
「……ああ、今日はとことんやってやる!」




