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Aerial Wing -ある暗殺者の物語-  作者: ちゃーりー
皇女の居る日常
24/119

ーレイの受難Ⅱー




「おーい、レイー? しっかりしろー?」


 アーチャーの声が聞こえる。ぺしんぺしんと、頬を軽く叩かれているらしい。……痛い。


「治療は済んでる、動けるか?」


 ジークの声がした。俺は体を動かしてみる。体中の骨がギギギと変な音を立てた気がした。体がうまく動かない……。流石マスター。俺の一番嫌う重力魔法を使う辺り、本当にドS女王。


 人の話ぐらい聞けってんだ。賢き人と書いて賢者だというのに、『言葉より先に手を出す』タイミングで強力な魔法が飛んできやがる。呪われてしまえ。


「あひゃひゃひゃひゃひゃ! エリシアちゃんのびんた! あのレイがエリシアちゃんにびんたされた! あひゃひゃひゃひゃひゃ! もったいねー! なんでそんな貴重なシーンに俺は寝てたんだ! 俺これ一生後悔するわ! あひゃひゃひゃひゃひゃ!」


 グレンの馬鹿笑いが聞こえる……。なんて耳障りなんだ……。その下品な笑い声を生み出す口を、永遠に黙らせたい。八つ当たりと言われても良い。今すぐ殴りたい。


 が、こんな体じゃ反撃されるのが落ちなので、諦めた。


「う〜ん……痛い」


 体中がバキボキ音を鳴らす。この疲労感、いっちゃんの回復魔法で治しきれなかった部分だろう。


「いやぁ、良い顔になったなぁ? レイ」


 グレンがニタニタと笑いながら手鏡を見せてくる。俺の頬には立派な紅葉が出来ていた。


「うわー、こいつはすげーや」


 俺も思わずそんな事を口にしてしまった。


「レイちゃん、あなたがなんでエリシアちゃんにあんなことをしたかは分かります。ですが、あなたがエリシアちゃんに言ったことは最低よ! 女の子に対してブスを何回連呼したの?!」


「え、いやそれは」


 流石に言葉に詰る。しかし、俺だってあんな事はしたくなかった。


「……ブスじゃありません。『ドブス』って言われました」


「「「殺す!!!!!!!!」」」


「ちょ、おまっ……わーっ!?」


 三人の武芸の達人達が一斉に俺に襲い掛かる。俺は野郎共に、顔が腫上ってドがつくほどの不細工にされた。



「エリシア様、どうもすみませんでした……」


 俺はエリシアの足元で土下座して謝っていた。


「うわー、なんかレイがマスター以外に土下座してるってすごい新鮮。マスターにだって滅多にしないのに」


 ジークが思わず口にした。


「いいなぁ、エリシア羨ましぃ、私もレイに足元で土下座させて、頭をヒールで踏んづけてやりたいのにぃ……」


「な、なんかそれはそれでレイが羨ま……ごっふんごっふん」


 オリビアとグレンが、かなりアブノーマルな野次を入れてくる。正直うるさい! 俺かて、したくてしてるんじゃないやい!


「……ノーメイクじゃ、お客様にとてもじゃないけど見せられないって」


「レイさん最低です!」


 ついにはいっちゃんからも批判のコメントが飛び出した。


「いや、だからそのそれには……!」


「メデューサが泣いて逃げ出すくらいのドブスって…」


「お前血も涙も無い奴だな……死ねばいいのに」


 ジークから白い眼差しと共に、辛らつなコメントが俺に突き刺さる。


「いや、だからそんな事、心にも思ってないって」


「心に思ってなければ何でも言っていいの!? レイなんて大っ嫌い! 顔も見たくない! レイの馬鹿! 馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿! ばーか!!!」


 バンっとテーブルを叩いて立ち上がったと思ったら、ものすごい勢いでバカを連呼するエリシア。


「あ、おいエリシア?」


 エリシアはそのまま、泣いてギルドの外へ逃げてしまった。


「あーあ、逃げられちゃったー」


 頬杖をつきながら指先で、髪の毛をいじりながら傍観していたオリビアが、ぽつりと呟いた。


「ま、自分の罪の重さを知るんだね」


「レイちゃん、この件に関しては、必ず責任取るようにね。ほら、追いかけてあげなさいよ」


 そして俺はすぐに重大なことに気がつく。そう、こんなことしてる場合じゃないんだ。


「ふざけんな! あいつ今自分がどういう立場にあるかわかってんのか!? あのド天然が!」


「「「「「「あ」」」」」」


 全員が笑えない事実を思い出す。そう、今彼女は、一億の賞金をかけられた賞金首なのだ。俺は誰よりも早くギルドを飛び出していた。


「たたた大変! みんなエリシアちゃんを追うのよ!」


「ひゃー!? 痴話喧嘩がなんでこんな展開になるんだ?」


 一瞬置いて、ギルドの内部が一気に混乱する。俺はすでに、エリシアが逃げたであろうT字路の手前まで来ていた。


 どっちだ!? どっちへ行った!? 右か? 左か!?


「今の子ちょーかわいくね?」


「なんか泣いて走っていったけど、彼氏にでも振られたのかなぁ? だったら抱きしめて俺が癒してやりたかったのになぁ」


 間違いない、右だ!


「ばーか、お前じゃ役不足……痛って!? ……この野郎! 何処見てはし……って速ぁ!?」


 今男にぶつかったが、気にする暇も泣く俺は街中を疾走する。人ごみが邪魔だ。


「はっ!」


 俺は掛け声と共に、民家の屋根に跳び、屋根伝いに走る。しかし、屋根の上を走っているのに、エリシアの姿が見当たらない。あれ、おかしいな。あいつの足じゃすぐ追いつけるのに……。


「見失ったか!? くそ!」


 俺はあたりを見回す。すると、全く逆の大通りを一台の路面電車が走り、その窓から俺に向かって、あっかんべーをしているエリシアを目撃した……。


「あ……」


 一杯食わされたのだ。エリシアは俺が追いかける事を予測し、右へ曲がるふりをして、すぐに逆方向へと進行方向を変えたのだ。エリシアの乗った路面電車は、コルト中央へと向かってスピードを上げていく。


「あんの……!」


 自分が今どういう状況に置かれているのか、理解してないのか!? あんな目立つ顔で、アレだけの人間に目撃されたら、すぐに懸賞金目当ての賞金稼ぎに狙われちまう! それなのに変装もせずに単独行動だと!? あいつどこまで……!


「ド天然がぁぁぁ!!!」


 魔力を開放し、神速の法を発動する。


「俺と鬼ごっこは、100万年早ぇぇぇ!!!」


 疾走する。


 屋根の上を俺の現在出せる最速のスピードで駆け抜け、屋根を飛び移り、追跡し続ける。


 だが、屋根が途切れ、大通りに出てしまう。それでも俺は全速力で追跡を続ける。


 車が正面から迫るが、それを飛び越え、自転車の下をスライディングで潜り、人ごみを掻い潜り、重力に逆らい壁を疾走し、壁が途切れたところで跳躍し、再び民家の屋根を飛び移り、路面電車に追いつき、跳躍……! 落下地点、路面電車の窓へと張り付く!


「ひっ!?」


 いきなり現れる俺の顔に、エリシアは驚き、顔が引きつった。


「ぜぇ……はぁ……えーりーしーあー」


「う……うっそぉ!?」


 エリシアは、俺のスピードとその執念の追跡に、青ざめた顔で驚きの声を上げた。


「お……おまわりさーん!」

 

 他の乗客が悲鳴をあげ、路面電車が急停車する。


「やべ、エリシアちょっとこっち!」


「あ! ちょっと!」


 俺はエリシアの手を引っ張り、電車の外へと連れ出した。


「キャー人攫いー!」


「ちげーよ! えーとえーと、保護者だ!」


 うん、嘘はついてないはずだ。



―コルト中央公園―


「はぁはぁ……お前、自分に今、一億の懸賞金掛かってるって言う自覚ある?」


 俺はひとまず、エリシアを中央公園のベンチへと連れてきていた。俺はベンチにぐたぁっと足を放り出しながらだらしなく座り酸素を求め、エリシアはベンチに座りながら、器用に膝を抱えて不貞腐れていた。


「……そうだよね、ごめんなさい」


 エリシアの表情は、不貞腐れたままだったが、バツの悪さからだろうか。彼女は素直に謝罪の言葉を口にした。


「いや、いいけどさ……ふぅー、しんどい」


 さっきのグラビティカノンが効いてるんだろう、若干体がまだ重い。あれはしばらく体重が重くなるという追加効果もある。動きがいつもの半分以下になるのだ。それでも全力で追いかけた俺を褒めて欲しい。


「でも、私レイには、あんなこと、言われたくなかった」


「……悪かったって」


 まだ根に持つのかこいつは。


「ヤ。そんなんじゃ許さない」


「や。ってお前……。はぁ……じゃあどうしたら許してくれる?」


 俺は呆れて脱力してしまうが、元はと言えば俺があんな事を口走ってしまった事が原因だ。エリシアはめちゃくちゃ美人だ。おまけにリアルプリンセスなのだ。彼女を罵る相手なんて、きっと今まで一人も居なかったに違いない。『ドブス』だなんて言葉を言われたのは、きっと生まれて初めてだったんだろう。


「えと……んー……じゃ、じゃあ……」


 エリシアは、膝を抱えながら俺を見つめ、ポツリとつぶやいた。


「レイに、私がどう写ってるのか、正直に答えたら……許してあげる」

「ど……」


 やばい! 今反射的に『ド天然』って言いそうになった! これ絶対アウトだ!


「どうってお前それは……」


 その時、昨日のマスターの言葉が、俺の頭をよぎる。


『どうして素直に、『可愛い』っていう単語が出てこないのかしら?』


「えっと、その……えー、なんだ。か……かわ」


 なんだ、どういうことだ。可愛いという単語はこんなに口にするのが恥ずかしくなる単語だっただろうか!? っていうかここまで言ったんだからもう察してくれ許してくれ勘弁してくれ! なんでこっちじーっと見て待ってるんだエリシア!


 俺の頭は混乱の極みに到達していた。言い訳をするわけじゃないが、おかげで俺は周囲への注意が散漫になってしまっていた。だから、本当に唐突に起こる事象に反応し切れなかったんだ。


「え? 鎖…? え? え?」


 突然、エリシアの細い体にジャラジャラと鎖が巻きつき、エリシアを縛り上げた。


「エリシア!!!」


「レイ、助けて!」


 俺は咄嗟に手を伸ばしたが、鎖はそのままエリシアを高く空中へと引っ張り上げ、その先には男が待ち構えていた。


「エリシア皇女だな? 悪いが一緒に来て貰う」


「嫌っ! 痛い! 離してっ! レイー!」


「てめぇ! その女に気安く触れるな!」


 俺は投げナイフを取り出し、真っ直ぐ男へと投げつける。


「っ!」


 俺のナイフに身構える男。だが……。


 キンッという金属音と共に、俺の放った投げナイフは、誰かが放った投げナイフによって弾かれた。そして、男との間に、真っ黒なローブを着込んだ覆面の男が立ち塞がる。どうやら相手の殿しんがりのようだ。なんとまぁ準備のいい奴だ。俺のナイフを空中で防ぐなんて、結構良い腕してやがる。厄介だな……。


「誰だあんた」


 驚いた事に、エリシアを攫った男が、仮面の男に尋ねた。仲間じゃないのか? だとすると……。


「その男に個人的に恨みが有ってね。ここは引き受けよう。君は自分の目的を果たすといい」


「へへ、そいつはありがたい。何処の誰だかわからねーけど、何処かで会ったら酒を浴びるほど奢らせてくれや!」


「──お前、アヴェンジャーか!」


 やつは背中に背負っていた剣を抜刀し、俺への殺気を高めていく。


「元アサシン部隊、レイ=ブレイズ。祖国の仇、死すべし」


「へっ、2秒で沈めてやる……」


 俺は背中の剣を……ん? ん?……剣を、あれ? 俺の右手が剣の柄を求め彷徨う。


「げっ!? 丸腰!?」


 あえて言おう、最悪であると……。

路面電車


 リゼンブルグとの交易がもたらした新たな技術の一つ。レオニードの都市部を循環するように走っていて、地域住民の移動手段として親しまれて居る。到着の際と、出発の際に鳴る鐘の音から、別名『チンチン電車』と呼ばれて居たりもする。名づけたのは、チンチン電車を利用する悪ガキ達であった。

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