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Aerial Wing -ある暗殺者の物語-  作者: ちゃーりー
皇女の居る日常
23/119

ーレイの受難Ⅰー

……夢を見ている自覚はある。


 幾度と無く見てきた、『あの日』の夢だ。


 子供の泣き叫ぶ声が聞こえる。他の誰でもない、幼少の俺の泣き叫ぶ声が聞こえる。

 

 俺は、泣いている……。


 顔の見えない人々が、口々に憎悪の言葉をぶつけ続ける。


 その憎悪の行きつく先は、断頭台。


 俺はただ、一心不乱に、自分につけられた枷を外そうともがき、やめてくれと泣き叫ぶ。


 ああ、一体、何度この夢を見たらいいのだろう。


 これは悪い夢だ。


 過ぎ去りし過去の幻影。


 変える事の出来ないどうしょうもない事象。


 手枷から手をなんとか引き抜き、必死に人ごみを掻き分け、その断頭台に架けられたその人を救おうと手を伸ばす。


 だが無常にも、俺の目の前で刑は執行され、俺は、誰よりも大切だったその人の血で、真っ赤に染まる。


 心臓に痛みが走るほどの、拭いきれない俺のトラウマ。


 何度、この光景を目にすればいい? これで一体何度目だ? 忘れる事なんてできない。


 苦しい。辛い。悲しい。……痛い。

 痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い!!!!!!! 胸が張り裂ける。胃の物が全部逆流してくる。息が出来ない。爪が剥がれるほど、石畳の表面に爪を立ててる。俺がこんなにも苦しんでいるのに、人々は歓声を揚げている。


 正義は成されたと。


 コレで救われると。


 俺は、壊れたように泣き叫ぶ。


 ……これは夢だ。俺の見ている幻影だ。


 夢ならば、都合のいいように書き換えてしまえばいい。


 俺は、口角を吊り上げ、笑みを浮かべた。





 殺してやる。





 一人残らず切り刻んでやる。子供も、赤子も、女も、男も、老人も、全て斬り捨ててやる。



「うううううあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああ!!!」


 剣を両手に持ち、今の姿へと変貌した俺が、無差別に殺戮の限りを尽くしていく。


 迫る兵士を次々と切り捨て、逃げ惑う人々を背後から襲い、その内臓を何度も何度も貫き、首を刎ね、その狂気に任せて剣を振るう。


 飛び散る血飛沫。吹き上がる血液の噴水。刈られていく命、命、命……。




 気がつけば、足元に転がる夥しい数の死体。男、女、子供、老人、兵士、聖職者。目に見える全ての命を奪い、もう辺りには、誰も居ない。


 全身を返り血で真っ赤に染め上げ、広場を死体で埋め尽くし、俺はその断頭台で両膝をつき、天を仰ぎ、剣を握った両腕を広げ狂ったように笑う。


「あははははははははははは!!! はははははははは……!!! はは……ははははは……」


 剣を断頭台に突き刺し、刑が執行されたその血塗られたギロチンに、俺は拳を叩き込む。何度も、何度も、何度も……。


 そして再び、子供のように、泣き叫び始める。そして、刑が執行され、変わり果てた人の頭を抱きしめ……。彼女の名を呼び続け、悪夢から醒めた。






「……またか。あー……。気持悪い……」


 いつもより遅い朝を迎えた。


 泥の様に重い上半身を持ち上げ、ぼりぼりと髪の毛を掻き毟る。


そしてベッド脇の小型冷蔵庫から、ミネラルウォーターを引っ張り出して、ボトルのまま一気飲みして、空になったボトルをゴミ箱へと投げ捨てた。


「ふぅ……」


 ため息をついて、少しの間、頭の中を空にする。



こういう時は、コレに限る。なーんも考えずに、ぼーっとぼーっと、ベッドに寝転がり、天井を眺め続けた……。



「いけね、そろそろ行かないと」


 気がつけば10分も何も考えずに、ぼーっとしてしまっていた。シャワーを浴び、いつもの仕事用の服を着て、パンをかじり、牛乳をパック飲みする。


「あ、牛乳買って来ないと……」


 丁度空になった牛乳パックを潰し、ゴミ箱に放る。


「さーて、今日は仕事だ仕事……」


 俺はいつものようにシルフィードマントを羽織り、玄関を出て、鍵を閉める。


そしていつものように、隣のギルドの門をくぐるのだ。


「うーっす。ってまだお前ら寝てるのかよ!」


 昨日の宴の惨状が、そのまま残っていた。床で寝ている男連中を起こすのも面倒なので、そのまま放置する事にした。この分じゃ、マスターも寝坊だろう。まぁ、このギルドに明確な出社時間なんてものは存在してないので、特に問題は無い。


 俺は新聞受けから朝刊を引っ張り出して、椅子に腰掛け、テーブルに足を乗せてバサリと広げた。


「ん……。『ラジール政権消えゆ。皇国外逃亡か』」


 一面を飾っていたのは、オーディア皇国に関する続報だった。

まぁ、ここ二、三日の一面はコレばっかりなんだがな。


 俺は全ての記事に目を通す事にした。




 オーディア皇国はクーデター軍と正規軍が激しく衝突し、大多数の被害を出しながら、ラジール政権は崩壊した。その中でラジール皇をはじめ、アリシア皇后、エリシア皇女が姿を消した。

クーデター軍の情報によると、第三の勢力がエリシア皇女を国外へ亡命させたとの事だが、詳しいことはわかっていない。

 

 すぐに国境が封鎖され、誰一人として許可なく国外へ出ることは出来なくなった。

その後、ラジール王の捜索が始まったが、今のところ消息を絶ったままだ。オーディアは今後、アルデバラン帝国の傘下に加わることが決定していて、実質アルデバランに吸収される形となる。クーデター軍指揮官、ネブラ将軍は、アルデバラン王に高官としての地位を約束された。


 今後のアルデバランの動きに要注意である。



「チッ。ネブラの馬鹿が……。いいように扱われて、いちゃもん付けられて処刑されるのがオチだっての」


 新聞を折りたたみ、無造作にテーブルに放る。


 問題はここからだ。エリシアの国外逃亡はすでに明るみに出てる。アルデバランに対して、でかい態度を取れるのは、周辺諸国だと、ここ。レオニード王国しかない。それまで、レオニードとアルデバランの丁度真ん中にオーディアがあったが、そこを取られたとあれば、容易にあいつらはこちらに仕掛けてくるだろう。表立った動きは無くても、特殊工作員。そう、アサシンみたいな奴らが放たれる。


 まぁ、向こうには俺たちアサシンほど、凶悪なまでに鍛え抜かれた精鋭部隊は居ないだろうが……。


「面倒なことには変わりは無い……か。ま、俺はアサシン外された身だし? 召集が無い限りは動かないでよさそうだし? アサシンの面々がわざわざ俺を招集するほど追い詰められるなんてありえねーよな。しがない冒険者の俺は、適当に自分の仕事でもこなしてますよってね……」


 俺はそんな独り言を言いながら、キッチンからリンゴジュースを取り出し、コップに注いでぐびぐびと飲み始める。


 その時、ギルドの扉が開いた。


「ちゃーっす! 毎度、ギルド連盟でーす!」


「あ、ごくろーさん」


 ギルド連盟の兄ちゃんだ。この人はギルド連盟が発行する依頼書を、いつも届けてくれる。これがクエストボードに張られ、俺たちはその依頼をこなす事になってる。


 俺は連盟の兄ちゃんから依頼書を受け取り、受取書にサインをした。


「うひゃー、なんかすごいですね。また宴会か何かですか?」


「ああ、ちょっと新人が入ってな。まぁ実力は未知数なんだが」


「へぇ。男ですか? 女の子ですか?」


「ん? 女だな」


 俺はそんな何気ない会話をしながら、一足先に依頼書に目を通す。


『求む! 用心棒。山賊集団から物資を守ってください』

『人探し 家出してしまった父を探してください』

『WANTED エリシア皇女』


「ぶーーーーー!!!」


「うわぁ!? どうしたんすかレイさん!?」


 俺は思わず飲んでいたリンゴジュースを盛大に吹き出してしまった。


『彼女を必ず無傷の状態で逮捕してください。彼女はラジール政権が不正を行っていたと思われる案件の重要参考人として指名手配されています。報酬』


「一億!?」


「あ、ああそれですか。ねー。破格っすよね、女の子一人に。でもー、それ多分近いうちに無効になりますよ」


「え?」


「ていうのも、これ実は期限が1週間以内なんですよ。よく判んないですよね? 重要参考人ならもっと時間をかけて良いと思うんですがね」


 クエスト依頼人は、ネブラか……。なるほど、あいつ、一週間以内にエリシアを探し出せなんて命令を受けて、それを達成できなかったら消されるな?


「なんか裏社会にも出回ってるらしくて、恐ろしい話ですよねー。あ、ところでレイさん、今度その新人の女の子紹介してくださいよぉ! 俺この間彼女と別れちゃって」


 って、そんな事はどうでもいい! 今すぐマスターに報告して何かしら手を打ってもらわないと! 依頼書にはエリシアの顔写真まで添付されてやがる! このままじゃ、本当に大変なことになっちまう!!!


「レイ? 早いね、おは……わぷ!?」


 俺はこれ以上に無いくらい最悪のタイミングで階段から降りてくるエリシアの声に反応し、着ていたシルフィードマントをブン投げ、バッサリとかぶせた!


 なんつータイミングで顔出してきやがる! このど天然皇女!!!


「お、おっせーぞ新入りぃ! ったく、早く顔洗って来やがれってんだ!」


「れ……レイ?」


「レイさん? ど、どうしたんすか?」


 シルフィードマントをもぞもぞとどけようとしたエリシアに、さらに神速で適当な洗濯物を押し付ける!


 外すな! 今は絶対に顔を出すな!!!


 俺の心臓がバックンバックン音を立てて、冷や汗がどっと染み出てくる。


「ほら早く洗濯物してこいやー! そんでもってそのノーメイクじゃとてもじゃないが客人に見せられないひっでぇ面を整えてきやがれー!」


 我ながらとてつもなく演技が下手だとは思うが、今はコレが精一杯だ! エリシア、すまん!


「ひどい! なんでそんな事言うの!?」


「うわー、なんか今までのレイさんのイメージ総崩れですわ。ないわー」


 飽きれた顔で俺を批難してくる兄ちゃん。いや、こんな態度とってる原因はオマエだからね!? 俺だってしたかねーよこんな事!!! 帰れ! 今すぐ帰れ! さもなきゃ殺すか!? 殺っちゃうか!?


 ってか、エリシアが本気で傷ついてる! 演技だって気がついていない! だがすまんエリシア! これには深海並みにふかーい事情があるんだ! これもお前を守ってやるためなんだ! 許せ! 後でいくらでも罰は受けよう!


「えっと、その子が新人の子っすか? 声聞く限りめちゃめちゃ可愛いと思ったんですけど…」


「いやー、コイツ、マジでドブスだぞドブス。どれくらいドブスかというと、メデューサだって泣いて逃げ出すくらいの弩級のドブス!


 で、仕事もぜんっぜん出来なくてホント使い物にならないんだ。まぁ兄ちゃんさ、今度良い女紹介するから、こいつは止めとけ? な? わかったら……3秒以内に消えろ。消されたくなかったらな!!!」


 俺はいろいろ限界を向かえ、ついに殺意を剥き出しにしてしまった。暗殺者の殺気を直に受けた兄ちゃんは、一瞬にして、恐怖に震え上がった。


「しししししし失礼しましたぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」


 兄ちゃんは転びながら、まるで食われかけたウサギのように、尋常じゃない速度で、無様に逃げていった。


 俺は、兄ちゃんの姿が見えなくなったのを確認し、安堵のため息を吐き出し、同時に全身の力が抜けた。


「ふ……ふぅ〜〜〜〜〜! あっぶねぇ……寿命が縮んだぞ確実に」


「レイちゃん? どうしたの? 何の騒ぎ?」


 少し遅れてマスターたちが起きて来た。きっと今の兄ちゃんの悲鳴で目が覚めたのだろう。


「あ、マスターおはようございます。ちょっと問題発生です。あ、エリシア、悪かったな。大丈夫だったか?」


 俺はシルフィードマントをエリシアからどけてやった。


『パァァァァァァァァァァァァァァン!!!!』


 朝日が差し込むギルドに、乾いた音が響き渡る。


俺の頬を、涙でぐっちゃぐちゃになったエリシアが、思い切りひっぱたいていた。


「ひどいよ! あんまりだよ! レイがそんな人だとは思わなかった! あんなに親切にしてくれたのは、全部嘘だったのね!!! 大っ嫌い!!! レイなんて大っ嫌い!!!」


 いや、十分予想はしてましたよ、この展開。っていうかこれ以外の結末ってきっとない……。俺だってアサシンの端くれ。一般人となんら変わりの無いエリシアのビンタなんて避けようと思えば余裕で避けられるよ。だがそれはしちゃいけないってわかってた。しかし、だ。 想像以上にこれは……。


「きっつぅぅぅぅぅ!」


 身体的ダメージより、エリシアを傷つけてしまった事と、大っ嫌いという単語が心臓に突き刺さり、深海より深い精神ダメージを受ける。


「大地の精霊よ、我に力を貸したまえ。汝の力を持ってして彼の者をねじ伏せたまえ!『グラビティ・カノン』!!!」


「わっ!? ちょ、待って下さいマスター! これには深い訳が!」


「問答無用! 女の子を泣かせる最低な男は、地の底に沈みなさい!!!」


「ぎゃっふん!?」


 自分に対して10倍の重力が発生する大地の精霊魔法を食らい、俺は床をつきぬけ、地面にめり込み、その痛みで変な悲鳴を上げた……。


 その時、持っていた依頼書が空中に散り、問題の依頼書がマスターの手に渡った。


「ちょっと何よこれ、どうなってるの!? レイちゃん説明を……って、無理そうね……」


 俺の意識は闇に落ちていき、途絶えた。




レイの悪夢


 レイの忘れたくとも忘れられない強烈なトラウマ。この夢を見てしまった日は、大抵ろくな事が起きないと自分で自覚しつつも、あまりの不快感から注意力が散漫になりがち。結果的に重大なミスに繋がる事が多いため、レイは仕事を休むか簡単な仕事を選ぶ事にしている。幼き日の彼に何があったかは、また別の機会に……。

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