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Aerial Wing -ある暗殺者の物語-  作者: ちゃーりー
皇女の居る日常
22/119

―エアリアルウィングの宴Ⅱ―


―2時間後―


「はーい! 一番グレン=オルタナ! 脱ぎまーす!」


「へっ? きゃあ!? 何脱ぎ始めてるんですかグレンさん!」


「脱ぐなこの阿呆!」


 テーブルに上り、シャツを脱ぎ捨て、くねくねと気持ち悪くケツを振りながら、ズボンのベルトに手をかけたグレンを、俺は顎に蹴りを入れてぶっ飛ばし、床に沈める。


「ちょっとぉ! お酒も料理も足りてないわよー? レイもってきなさい!」


「お前もう酒瓶4本あけてるじゃねーか。いい加減にしとけよ。料理はもう食材が無いから諦めろ」


 オリビアが4本目の酒を空にして、次を要求してくるがそれを無視する。そして俺は少しでも後片付けが楽なように、空き瓶などを片付け、空いた皿をキッチンに運んでいく。


 そんな俺にいっちゃんが両手にビンを持ってフラフラとやってきた。


「れーいさーん。ひっく! じゅーすもってきたよー? おれんじとこーら、どっちのむぅ? にゃひひひひ」


「おいおい、いっちゃん酔っ払ってるのか!? ジュースしか飲んでないだろ!? 呂律全然回ってないし、どっちもオレンジジュースじゃねーか!」


「あるぇ? おかしーですねぇ。まぁいいやー、どっちもいりーながのんじゃいますぅぐびぐびぐびぐび」


 いっちゃんは口の両端にオレンジジュースの瓶を咥え、ぐびぐびと……半分飲んで、半分ダーっと口からこぼしていた。


「ああもう止めろよ。仕事増やすなよ全く……」


 俺はひょいっといっちゃんからジュースを取り上げた。


「あーん! れいさんわたしのおさけかえしてくらさーい」


「ジュースだっつーの!」


 俺は呆れながら、顔を手ぬぐいでぐりぐりと拭いてやった。


 なんて手のかかる妹分なんだ……。


「ガハハハハハ! 若いくせにこの程度でべろんべろんか! 弛んでるぞクソガキ共!」


「もうだめ……ダディありえないよ……」


 まずはアーチャーがテーブルに突っ伏す。


「親父さんはビール一人でどんだけ飲み干してるんだ……おえっぷ」


 そしてジークがトイレへと向かった。おやっさんは、さらにジョッキでビールをグビグビはじめた。

化け物かおやっさんは。オリビア以上に呑んでるぞ……。


「……こんな楽しいパーティは初めて」


 いつの間にか隣に居たエリシアが、ぽつりとそんな事をつぶやいた。


「こっからが大変なんだよ。みんな潰れるまで飲むから、後片付けはぜーんぶ俺がやることになるんだぜ? たまったもんじゃねーよ」


「でも、レイもなんだか楽しそうだよ?」


「そうか?」


「うん。だって買い物中、ぶっすーってつまらなそうにしてたじゃない」


「実際つまらなかったしな」


 ふむ、いつもと変わらないような気もするけど、まぁエリシアにそう見えるんだったら、俺も楽しんでるのかもしれないな。俺は、自分の手に持ったグラスの中身を飲み干した。

見渡す限りの惨状、あちらこちらに酒瓶が転がり、それをジュースを飲みつつ回収していく。


「あれー? じゅーすないー。あ、ぶどうじゅーすでいいやー」


「あ、駄目よいっちゃん! それブドウジュースじゃないよ?」


 赤ワインに手を出そうとしてるジュースで酔っ払ったいっちゃんの元に、エリシアは駆け寄った。こうみると、なんか姉妹みたいだな。二人とも天然で。


「どう? レイちゃんも楽しんでる?」


「そこそこですよ、マスター」


 マスターが差し出したジュースを、俺はグラスに受けた。


「エリシアちゃん、すごく楽しそう。順応するの早いわね、あの子」


「……確かに、順応するのは早いと思います」


 だが、俺は納得できない所もある。それを口にすることにした。


「マスター。……もう少し時間を置いてやっても良かったんじゃないですか? こんな事をするのは、ちょっと早い気もします」


 マスターは俺の言葉を聞いて、ふぅとため息をつきながら、グラスに入ったワインを一口呑んだ。


「……まぁねぇ。でもね、お葬式っていうのは、故人のためにいっぱい泣いて、故人を見送るだけじゃなくて、残された人たちが、故人の思い出を語り合ったり、食事やお酒を通して笑いあって、明日を生きるための力を蓄える場でもあるのよ。


エリシアちゃんには、一刻も早く元気を出してもらわなきゃいけないの。


だってこの国で冒険者としてやっていく決意を固めたんだから、そのスタートが悲しいことばかりじゃ、切ないでしょう? 彼女が一生懸命笑おうとするのなら、私たちはその手助けをしてあげなきゃ。もうあの子は、エアリアルウィングの仲間なんだしね」


「そういう、もんなんですかね」


「そ。そーゆーもんよ♪」


 マスターは再び上機嫌にワインを飲み始める。


「どう? エリシアちゃんの服」


 今一度エリシアのファッションに注目してみる。


 白いニットの、あれはショルダーレスとかいっただろうか。まぁ見たまんまなんだろうが…。その上着に黒いフリルスカートを履いている。うん、ファッションのことはあまりわからないが、パッと見ただけでセンスがいいのは良く判る。


「ええ、実に似合っていますね。流行を取り入れつつ、彼女らしい服装で。流石マスターとオリビアのチョイスだと思いますよ」


「あら、アレはエリシアちゃんのチョイスよ? あの子、やっぱりセンスあるわねぇ。それとレイちゃん、どうして率直に『可愛い』っていう単語が出てこないのかしら?」


「ふむ。……なるほど、可愛いですか」


 確かに、ぜんぶひっくるめて可愛いで済まされるか……。ん? その程度の感想を聞いていたのか? この人は。


「はぁ、やっぱり問題はレイちゃんの方よねぇ」


「何の話ですか?」


「いいえー、別にー?」


 どこかつまらなそうにマスターはそっぽを向いた。


「ああそうだ、ロキウス王に伝えて置いてください。『護衛も付けずに、車の運転手ひとり連れて外出するのはどうかと思う』と」


「はぁ!? あの人、また城を抜け出したの!? もぉ王様になっても、やる事は一切変わらないんだからあの人は! どーせレイちゃんに会いたかったんだろうけど! 妬けちゃうなぁもぉ」


「俺に嫉妬しないでくださいよ。そう思うなら何で、こっそり逢いに来たロキウス王に説教なんてしたんですか」


「だってあの人は王様なのよ!? 立場わかってないのよ!……そりゃあ嬉しかったけど、しょうがないじゃない」


 むすーっと拗ねるマスター。こういう所はちゃっかりしっかり女性なんだよなぁこの人……。


「マスター、俺がエアリアルウィングに居ることをアヴェンジャーに漏らしたのも、あの『元老の爺』の仕業ですよね? あんなの、新政治をしていく上では癌でしかない。マスターと王の間を邪魔立てするうえに、あなたの命まで狙った。……もういっそ、永遠に黙らせたほうがいいのでは?」


「レイちゃん。今日はエリシアちゃんの歓迎会なのよ? 怖いこと言わないの。悪い子ね」


「……イエス、マイ・ロード」


 俺は、二人には幸せになってほしいと願う。この俺ですら判る。ロキとマスターは、心の底から愛し合っている。


例えば、ロキの命が危なければ、マスターは命を懸けて、ロキを守るだろう。そしてロキも、マスターの命が危なければ、立場を忘れて命を懸けて彼女を守るだろう。


 俺は部下として、王の家臣として、親友として、義理の弟として二人の為なら何でも出来るのに……。

なぜ、その一言を言ってくれない。やはり納得できない。あんな糞爺、さっさと……。


「レイちゃん。自分に反対する人を斬り捨てるなんて、そんなの暴君の所業よ?


 アルデバランや、ルキフィスとなんら変わらなくなってしまうわ。私はね、正しき王であろうとする、優しいロキウスを好きになったの。


だから、今は愛されているだけで幸せよ? それに、ロキウスがあの元老をいつか説得するって私に誓ったんだから、それを信じて待つのが辛いと思う? 私、幸せよ?」


 俺の不満を汲み取ってか、マスターは優しく諭すように話し始めた。


「それにね、私は良い仲間を持ったわ。賢者という立場に居るより、私は今の私が誇らしい。


あなた達のリーダー、このギルドのマスターであることが、とても嬉しいの。だって、あなたみたいに、私のことで本気に怒ってくれる仲間がこんなに居るのよ?


 それは、何十万という軍勢より、心強いわ。大丈夫、私はあなたたちが居れば戦える。どんな障害も、どんな絶望も、あなたたちが居れば希望に変えられると信じてます。


それがいつかロキウスを、いいえ、この国を支えてくれる力になる。そう思わない? ロキウスの親友なら、あの人の悪いところも知ってるでしょ?」

「……はい」


 そのマスターの顔はとても誇りに満ち溢れ、本当に嬉しそうに話していた。


だからこそ、この人は本当に強い女性なのだと理解する。この人は、ロキにとって必要なんだ。俺の親友を幸せに出来るのは、やっぱりあなたしか居ない。


「さて、私ももうちょっと飲んでこよーっと♪ エリシアちゃーん、私も混ぜてー」


「ほどほどにしてくださいね、セイラさん」


「こーら、スイッチオフになってるわよ? 酔っ払ってるの?」


「はは、これだけ酒の匂いが充満してると、ちょっとスイッチが緩くなるんですよ」


 宴会はなおも続いた。そして時刻が1時を回った頃、やっとギルドは静かになる。俺以外の人間が、酔いつぶれたり疲れたりして、そのまま眠るのだ。


「なんでこうも、尋常じゃないくらい飲み散らかすんだよ……」


 あちらこちらに散らばる酒瓶をあつめ、大きな袋に詰め込む。とりあえず料理は全て完売してるので、食器をすべてキッチンに運び、洗うのは明日にすることにした。


「さて、次はっと……」


 野郎共はいい。問題は女性陣だ……。俺はこういう時のための毛布を、倉庫から引っ張り出す。


 先ずはソファーで横になったマスターに、毛布をかける。


「あなたが風邪なんて引いたら、ロキウス王にどやされるんだから勘弁して下さいね」


 次にオリビアだ。あーあー、ここにギルド関係者以外の男が居たら大変だぞお前…。


「グレンよりは早く起きろよ? 何があっても俺は責任取らないからな」


「んふふふ、やーだぁレイのすけべー……スー、スー」


「なんもしてねーよバカチン」


 とりあえず毛布をかけ、頭を軽くぺちっと叩いてやった。


 次はいっちゃんだ。この子は風邪引きやすいからな、ちゃんとベッドに連れてってやろう。


「よっこいせ……小柄で軽いのが救いだよなぁ。あー疲れたなぁ。何だか今日はバテバテだよ……」


 いっちゃんを抱きかかえ、彼女の自室へと運びベッドに入れる。


「おやすみ、いっちゃん」


 部屋を静かに出て、フロアに下りるとエリシアが目を覚ましていて、暗くなったギルドの中で天窓から入る月明かりに照らされながら、月を見上げていた。


「なんだ、目が覚めたのか?」


「あ、レイ……。うん、あまりお酒飲めないから、目が覚めちゃった」


「少なくとも、俺よりは飲んでたと思うぞ」


「ふふ、レイは一滴も飲んでないじゃない」


「だな」


 俺はとりあえず、暖炉の火が消えてしまわないよう、薪を足した。


 まだ冬ではないとはいえ、十分に寒さを感じる。流石の野郎共も、風邪を引いたら仕事に支障をきたす。暖炉の傍が心地良いほど暖かいので、俺は暖炉の前にあぐらをかいて、しばらく暖を取ることにした。


「隣、座って良い?」


「え? あ、ああ。ご自由に」


 俺は少し横にずれ、暖炉の前を譲る。何故か俺は気恥ずかしくなって、暖炉の火を意味も無くいじった。……何してんの俺。


「レイ、ありがとう」


「ん? なにが?」


「私、本当に此処に来てよかった」


「そっか」


 しばらく沈黙が続いた。ふたりでぼーっと、ゆっくりと揺れる炎を眺めながら、暖をとった。


「レイ、私ね……。やっぱり、お母様にも、じいやにも、生きてて欲しかったよ」


「え、エリシア?」


 さっきまで、心の底から笑ってたはずのエリシアがまた、泣き出してしまう。


「ごめんね?……すごく楽しいの。でも楽しいからこそ、ほんとにこれで良いのかなって……。ああ、ここに二人が居てくれたらなぁって、やっぱり思っちゃうんだよね」

 

 俺には、エリシアの涙を止めてやれる術なんてない。気の利いた言葉だって浮かばない。


「……泣きたいだけ、泣けばいいんじゃないか? 今は俺しか起きてないし、なんだったら俺は帰るよ?」


 エリシアは黙って、ただ首を横に静かに振った。


「……ん」


 つまりは、帰る必要は無いということなんだろう……。さて、困ったものだ。ガサツな俺はハンカチなんて気の利いた物もなければ、生憎ポケットティッシュなんてものも、今日は持ち合わせていない。うん、今度からハンカチくらいは持ち合わせるべきかもしれないな。……買いに行かないとか。手ぬぐいじゃだめか? ダメだよなぁ……。


 そんな下らないことで悶々としている俺を他所に、エリシアは自分でハンカチを取り出し、涙を拭き取り始める。


 いやまぁそうだよな。自分で持ってるよ、エリシアなら。ハンカチの一枚や二枚……。


「……レイは、優しいよね」

「一応暗殺者だぞ? 俺」


 俺の何処を見てそんな感想が出てくるのかは知らないが、エリシアが、まじまじと俺の顔を見る。なんかその表情がなんとなく、そう、ちょっとだけ色っぽくて、目を逸らしてしまった。

なんだ? エリシアまだ酔ってるのか?


「……ふふ、やっぱり似合わない」


「はぁ?」


「レイには、暗殺者なんて似合わないなって思ったの」


「……ふーん? で、いっそ転職しろって? そーだな、武器屋とかならやってもいいかもな。武器の目利きには自信があるんだ」


「ふふふ、レイならコックさんできると思うよ?」


 そんな、何気ない会話を交わしていると、少し、冷たい風が流れてきた。その風は、俺とエリシアの間を流れ、肌寒く感じた。


「……ちょっと寒いね」


 エリシアが少し身震いした。



「なんだ、窓開いてるじゃないか。ちょっと閉めてくるよ」


「ぁ。うん」


 俺は立ち上がり、窓を閉める。とりあえず鍵も閉めたし、どうやら他の鍵もしまってる。戸締りはこれでよさそうだ。


「レイ、もう私寝るね」


 エリシアは立ち上がっていて、もう涙は止まっていた。


「おう、おやすみ。ちゃんとベッドで寝てくれないと、大急ぎで組み立てた意味がなくなるからな」


「うん、ありがとね」


 エリシアは自分の部屋の扉を開けた。


「あ、そうだ。最後に一つだけ!」


「うん? どうした?」


 エリシアは何となくそわそわしながら、俺と目線を合わせずに言った。


「その……遅くなっちゃったけど、あの時守ってくれてありがとう。これからもよろしくね、 騎士ナイトさま! おやすみなさい!」


 エリシアは逃げるように部屋に入り、ばたんと大きな音を立ててドアを閉めた。



「…… 騎士ナイトねぇ? 有り得無いな」


 あまりに自分とかけ離れた花形職業に、俺はため息をついて呆れ、ギルドを後にするのだった。

リビングの暖炉


ギルドが宿屋だった頃の名残。レイが実は暑がりであり寒がりでもあるため、冬は何かと暖炉の前で暖を取る癖がある。作中は季節的には秋であるのだが、コルトの夜は冷え込む為、暖房器具は欠かせない物となる。もちろん、各家庭に『エアコン』という画期的な発明が普及しはじめているが、レイやセイラは冬は暖炉という暖房器具を好んで使用する。セイラがギルドの拠点をこの場所に決めたのも、この暖炉の存在が大きかった。

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