―エアリアルウィングの暗殺者Ⅰ―
2022 9/11内容を大きくリニューアルしました。物語全体の流れは変わりませんが、新しい物語もきっと楽しめると思います。是非読んでみてください!
―コルトタウン・リブール大使館―
俺たちアサシンが馬車馬の如く働いて統一したはずのレオニード帝国。そんな帝国がいくつかの小国の独立を許し、国名をレオニード王国と改名してからすぐに、レオニード王国は他国からの信頼を得る為に、軍縮政策を決定した。
しかし、ただ軍縮するだけでは、治安は悪化し、多くの失業者を出してしまう。そこで考案されたのが、ギルド政策だった。
各地に軍が行ってきた治安維持活動や調査活動を、民間企業に委託するというものだ。
そして俺も、そんな世間の煽りを受け、アサシンからギルドへの出向を命じられ、今回のような厄介事を解決して日銭を稼ぐ冒険者となってしまった一人。……と、世の中の人間はエアリアルウィングの俺、レイ=ブレイズを認識しているのだろう。現に、警ら隊の人間がアサシンである俺と顔を合わせると、ビシッと敬礼し、お疲れ様ですと挨拶してきたもんだが、今はどうだ。「お疲れさん、また頼むよ」なんて苦笑いを浮かべる始末。
ま、だからなんだよって話なんだが……。
そんな事より、今は任務に集中しよう。
俺は、仄暗く埃が堆積する天井裏に潜入し息を潜め、足元に開けた小さな穴から犯人達を視認した。
「こちらレイ=ブレイズ。マスター、潜入完了しました。武装した犯人グループと人質15人の無事を確認。何時でも行けますけど、早くしてくれます? 狭くて埃っぽくて、今すぐ帰ってシャワー浴びたいです、どうぞ」
通信用小型魔法水晶を起動し、マスターに現状を報告すると、耳に嵌めた水晶から、マスターの緊張感のかけらも無い返事が帰ってくる。
「はいはーい。あなたの愛しい姉であり、マスターのセイラでーす☆ さすが! 仕事が早くて助かるわ! でもちょっと待ってね? 今陽動部隊が準備してるから……。ねぇ! レイちゃんいつでもいけるってー! ──ハーイ、了ー解! OKみたい。カウント5で陽動部隊が突入するそぶりをするから、ビシッと決めちゃって♪」
「──了解。カウントどうぞ」
今から俺は足元の敵陣ど真ん中に突っ込んでいく事になるのだが、それ以前にこの『自称姉』の言動と、その単純な作戦内容に、俺からして見ればツッコミ所満載である。そう、たとえば、そんな簡単な作戦でいいのであれば、俺の能力をもってすれば、わざわざこんな埃だらけの天井裏なんかに潜入する必要がこれっぽっちも無い事だ。
「あ、それとレイちゃん。わかってると思うけど」
「犯人グループは生け捕りにし、人質の安全確保を最優先。迅速に事件を解決し、建物への被害も最小限に」
「よろしい! ではカウントします! 5……」
そもそも建物への被害も最小限にしろと言うのであれば、別に正面から直接俺が忍びこんで、速攻で制圧したほうがいいじゃないか。
「作戦開始ー!」
マスターの合図と同時に、火薬か何かが破裂したような、ドーンという轟音がロビーのほうで響き、ターゲットたちの間で緊迫した空気が流れる。
「おい嘘だろ!? こっちには人質がいるってのに、お構い無しでつっこんで来やがった!」
「くっそ! どうなってやがる!? 話が違うじゃねーか!!!」
「どうするんだよ!? 人質を盾にしてズラかるか!?」
そう。こんな風に混乱の最中、天井をぶち抜いて俺がフロアに降り立つ必要なんて無いじゃないかと思ってしまう。
「──神速!」
神速の法。俺が最も得意とするアサシンの魔法のひとつで、魔力によって身体能力を通常の何倍にも跳ね上げ、最大で10秒間。まさに神速ともいうべき動きを可能にすることが出来る魔法だ。単純な肉体強化魔法ではあるが、卓越した身体能力や戦闘力を有した人物が使用したとなれば、それは、とてつもない脅威となる。
「っ!?」
全員が俺へと武器を構えようとするが、全てが手遅れだ。まず正面に居た一人目の顔面に、挨拶代わりに右ストレートを叩き込んでやった。
続けざまに左隣の二人目の敵には鳩尾へ左肘を叩き込み、右隣の三人目はハイキックで顎を蹴り上げ、背後に迫る四人目をそのまま後ろ蹴りで蹴り飛ばした。
さらに飛び掛ってきた五人目の襟元を掴んで、六人目へと投げつけ纏めて始末する。
ほぼ開幕と同時に制圧を完了した俺は、神速を解き、マスターに報告すべく通信を繋ぐ。
「任務完了。ところでマスター、クリーニング代は経費で落ちますか」
『あら? さては私の完璧なオペレーションに不服のご様子ね? じゃあレイちゃん。正面から突入して、『一人も殺さない』ってどこまで保障してくれるのかしら。人質の話じゃないわよ? 犯人グループ含めてのはなしよ? 仮に、一般人が武装してる程度の戦闘力しか持ち合わせなかった犯人が居たとして、目にも止まらないスピードで、不意打ちをされた人間は、果たして無事で済まされるのかしら? 死なないにしても、障害が残るような負傷を負わせ、『生物学的に生きているだけ』なーんて事になったら、責任問題になると思わない? とくにウチは、悪目立ちし過ぎてるんだから、そこらへんを特に気をつけてと毎日毎日私は口酸っぱく言い続けてるわよね? それなのにアナタやグレンちゃんと来たら』
「あーはいはい、俺が悪ぅござんした。クリーニングくらい自分でしますからもう勘弁してください。もう事件解決したんで、俺は……」
撤収しますと言いかけたその刹那。背後から襲い来る殺気に、反射的に腰のダガーを引き抜き、急襲者の刃を振り向かずに受け止める。
キーンという金属と金属がぶつかり合う甲高い剣激の音が辺りに響き渡った。その音は通信先のマスターの耳にも届いていたようで、マスターの声に一気に緊張が走る。
「──何事? レイちゃん、現状報告を!」
「──ったく、リブールなんて弱小国家の大使館占拠して何を引き出すのかと思えば、なるほど。引き出したかったのは『俺』か。マスター、例のやつらですよ」
その強襲者達は、全員が黒いフードと白い骸骨の仮面を身につけていた。その仮面こそ、彼らの一員たる証。
「アヴェンジャー! やってくれるわね。本当にしつこい奴らだわ!」
アヴェンジャー。それは俺たちアサシンの働きによって祖国を潰されたり、親族を殺されたりした者たちが徒党を組み、復讐を成そうという何ともわかりやすい連中だ。
奴らの最も厄介な所は、中にはアサシンと同等の力を持つものや、腕の立つ賞金稼ぎなどもその中に含まれている。とにかく人数が多い。そして彼らは普段、一般人として極普通の生活を、静かに営んでいるといことだ。コレは実に面倒だ。
「祖国の仇、死すべし」
クローゼットの中や、床下から飛び出してきただけならまだしも、助けたはずの人質までもが、変身魔法で潜入していたアヴェンジャーと来たもんだ。四面楚歌とはまさにこの事。
その全員が武器を持ち、俺を取り囲んだ。手斧、剣、刀、棍棒、ナイフ……。大小さまざまな武器を構えながら、俺との距離をじりじりとつめよってくるアヴェンジャー達。
対する俺の武器と言えば、武器屋で先日購入した、ちょっとかっこいいダガー一本。こんなものでまともに斬りあったら、あっさり折れてしまうだろう。
潜入任務に適しているとはいえ、もうちょっと良い剣を見繕って来れば良かったかなと、少し後悔した。
「やばいなー、俺殺されちゃうなー、どーしよマスター。本気出していい?」
「何度も言うけど、なるべく死人を出さないようにね」
「えー? 奴さんたち俺のこと本気で殺す気だよ? 俺死んじゃうかもしれないのに?」
「その程度でやられちゃうなんて、どの口が言うのかしら? お仕置きするわよ?」
やれやれ、まったくもって……。
「人使い荒すぎですよ。まぁ、いつもの事ですがねっ!!!」
アヴェンジャー達はタイミングを合わせ、一斉に俺に襲い掛かってきた。
俺は神速を発動し、襲い来る全ての刃をすり抜け、一人目の右腕にダガーを突き刺し、側頭部に回し蹴りをかます。
続いて、二人目の顎を後ろ蹴りを決めて砕き、三人目の刃を弾き、腕を絡めとり関節技で肩を外して、床へと叩きつける。
そして迫る四人目の攻撃をダガーで凌ぎつつ掴み、腕の関節を捻じ曲げて相手の剣を奪い、足に突き刺した。同じように五人目のメイスを奪い、顔面を殴り仮面をぶち破る。不細工な面におまけのストレート。
そんな調子で、六人、七人、八人、と倒し、ついに最後の一人の腕にダガーを深く突き刺したところで、ダガーはボキッと折れてしまい、俺はため息をつきながら、柄だけになってしまったダガーにお疲れさん、と声を掛けて床へと投げ捨てた。
そして尚、襲い来る最後の一人の足を払い、床に転倒させ、折れたダガーが刺さったままの傷口を軽く踏みつけ動きを封じ終了。
「ぐあああああああ! おのれぇぇ! 卑怯な暗殺者風情がぁ! 何故殺さん! 私に情けをかけるつもりかぁぁぁぁぁ!!!」
「はい、うるさい。さて、君らの大嫌いな元アサシンメンバーだけど冒険者ギルド、エアリアルウィングのレイ=ブレイズさんですよ。暴行の現行犯で君らを逮捕し、警ら隊に引き渡します。はい、これギルドカード。つまり身分証ね。というわけで、黙秘権あるんだから黙っててくれる? なんなら薬で黙らせるか? っていうか俺みたいな左遷くらった奴狙わないで現役メンバー狙えよ。めんどくせぇし陰湿なんだよ雑魚が。まぁ、現役なんて狙ったら殺されて死体ごと消されちまって、事件にすらならないんだろうけどさ」
俺は倒れたアヴェンジャー達を拘束し、マスターに報告する。
「こちらレイ。マスター、アヴェンジャーを全員拘束しました。警ら隊に引き渡したら帰還します」
「お疲れさま。グレンちゃんがそろそろそっちに到着するから、二人で協力して、事後処理もしっかりお願いね。大使からも、人質を無事救出してくれたことを感謝すると連絡があったわ」
「人質? じゃあ実際の人質は別の場所に居たんですか?」
「おうよ。地下倉庫に全員ぶち込まれてたから、俺が助け出した。俺の手柄って事だ。ざまぁ見ろ」
背後からの聞き慣れた声に、俺はため息をつく。
ライオンのように逆立った髪の毛。筋骨隆々の肉体をもちながら、柔軟性を持つ完璧な肉体を、猛獣の毛皮でつくられた粗暴で半裸と判断されてもおかしくないファッションに身を包んだ男。エアリアルウィングで最も脳筋とされる男、グレン=オルタナだった。
「ざまぁ見ろってなんだよ。でっけぇノックするだけの簡単な仕事じゃなくて良かったじゃないか。寧ろ感謝して欲しいね、報酬泥棒さん」
「はぁン!? お前の頭の中にちゃんと中身入ってるかカチ割って確かめてやるかおおン!?」
「あーはいはい。そいつはおっかないねぇ。……あーあ。経済的に困窮してるってわかってる国の鋼鉄のゲートを、ぶっ壊しちまいやがって。あれ請求先お前の取り分から天引きされるぞ絶対」
「おいマジか」
窓の外にはグレンの渾身の一撃により、大きくひしゃげながら吹き飛び、ロータリーの中央にひっそりと建っていたリブール王国の初代国王の像の頭部を粉々に粉砕した、大きな鉄扉の門が横たわっていた。
グレンの放つその渾身の一撃は、常軌を逸している。高性能爆薬や、または大口径の大砲を至近距離でぶっ放した時と同等の破壊力を持っているといって過言ではない。もちろん、ただただ破壊力が高いだけではない。武術の腕前も常人を遙かに越えていて、相手がどんな武器を所持して居ようが、何十人と徒党を組もうが、素手ですべて制圧してしまうし、武器の扱いにも長けている。
まさに達人。近接戦闘のプロフェッショナルである。が、知能指数がサル並だ。
「お前もこれはまた派手にやらかしたなぁ。 現状これで死人が出てないのが不思議だよな」
「出すと後で面倒だからな」
「殺人を面倒で片付けるなよ。前々から言ってるけど、お前そんなんじゃろくな死に方しねーぞ? 死んだ後だって地獄行き確定だぜ?」
グレンがそんな事をのたまっているが、俺は意に介せず、イヤイヤながらアヴェンジャーに止血を施し、回復薬をぶっかけた。これでとりあえず死ぬ事は無いだろう。
「ほっとけ。俺は神なんざ崇拝しないし、信じてる奴の気が知れない。だってそうだろ? 存在が不確かな上に、信じ信仰したからって何起こる訳でもない。一部回復魔法やら退魔系魔法の呪文に祝詞やら祈りの言葉が含まれ、神の祝福だとか謳っちゃいるが、呪文は発動条件に過ぎず、実際効果を発揮するのは魔法に組み込まれた術式だ。ちなみに海を越えた別の国の回復魔法の呪文を知ってるか? ズバリ『ふんげろぴー』だぜ」
「ふんげろぴー!?」
「ああ、ふんげろぴー、だ。彼らの言葉で傷よ癒えろという意味なのだそうだ。ふんげろぴーに神聖さや威厳、ありがたみを感じることが出来るか?」
「な、なるほど。せ、世界ってやっぱすげぇんだな。まだまだ驚きに満ち溢れてるぜ!」
嘘に決まってんだろ馬鹿め。
俺の言葉を鵜呑みにする馬鹿グレンのその後のどうでもいい話を、俺は完璧に聞き流し、犯人グループを警ら隊に引き渡すと、その足で、首都レオニードを走る路面電車に乗り込み、ギルドのあるコルトタウンへと撤収するのだった。
レオニード王国
元はレオニード帝国として、魔法文明を主として発展してきた国であったが、近年は機械文明のリゼンブルクとの交易により、機械文明が多く取り入れられ、国民の生活は大きく様変わりしている。鉱石や魔法鉱石に恵まれ、強力な軍事力を持つ。元々は侵略国家だったため、多種多様の文化、そして異種族や他種族と称されるエルフや獣人、ドワーフなども時折見かけるが、王都周辺では殆ど見られない。この国最大の問題として、他種族に対しての差別が根強く残っていることが上げられる。
小型通信魔法結晶
機能によって大きさと名称が変わる魔法道具。今回、レイが使用した物はビー玉程度の大きさで、音声通信のみとなっているが、電子機器に比べて傍受されにくいと言うメリットがある。有効範囲はやや狭い。